木偶の坊のラート
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:死にたがりのラート
「……わかった。協力する」
『ラートさんっ……!』
必要な部品を取りに行って戻ってくると、ヴィオラから話があると言われた。星屑隊の皆と話し合って、解放軍から脱走する事を決めたらしい。
ヴィオラも、星屑隊の皆も解放軍から逃げたい。
そう思う気持ちもわかるし、それを邪魔する必要はないだろう。
『脱走経路は確保してますっ! 繊一号から逃げた後も……何とかする方法が見つかっているんですっ!』
「…………」
『ただ、フェルグス君達を、どう説得するか迷ってて……』
「なんで?」
『えっ? いや、その…………皆、私と話すらしてくれなくて……』
「アイツらを説得する必要って、あるのか?」
そう返すと、ヴィオラが困惑顔を浮かべた。
肩に誰かの手が置かれる感触がした。
横を向くと、眉間にシワを寄せたレンズが俺を見ていた。
「クソ馬鹿ラート。説得する必要あるに決まってんだろ」
「なんで?」
「このまま解放軍にいたら、アイツらは死ぬ。それぐらいお前にもわかるだろ」
「ああ。けど、アイツらは交国への復讐を望んでいる」
フェルグスとグローニャとロッカが、交国に復讐したい動機は本物だ。
俺達の家族みたいに、偽物じゃない。
本物のために、命を賭けているんだ。……俺達が「本物だと思っていた家族」のために命を賭けていた時とは……わけが違う。
「俺達に、フェルグス達がやりたい事を邪魔する権利って……あるのか?」
『ラートさん……? なに、言って……』
「俺はアイツらの復讐を支持する。……手伝ってやりたいんだ」
俺自身が交国に復讐したいわけじゃない。
父ちゃんも、母ちゃんも、弟も……全部ウソ。
俺達は騙されていた。けど、それは……もう、どうでもいい。
俺は……スアルタウを守れなかった。フェルグスに大怪我を負わせた。
守るって誓っておいて、何も出来なかった。
俺の思いも、判断も……全部……全部間違っていたんだ。
「俺にしてやれるのは、アイツらの判断を支持して……手伝う事だけだ」
「ガキ共は解放軍に騙されてんだよ……!」
「交国が、アイツらの家族や平穏を奪ったのは事実だろ」
「そうだけどよぉ……! 解放軍は所詮、ショボいテロリストなんだぞ!? 解放軍の奴らは、交国みたいに……ガキ共を軍事利用しようとしてんだぞ!?」
「…………」
「オレは、グローニャ達を守りたいんだ! 確かに解放軍の言いたいこともわかるが、負け戦なんて御免だ。ガキ共を連れて、逃げさせてもらうぜ」
「アイツらが『逃げたくない』って言ってもか?」
「そうだよ。オレはアイツらを抱っこしてでも逃げるぞっ!」
「それで本当に……アイツらが救われるのか?」
「はぁっ……!?」
「…………どう足掻いても救われないなら、やりたいこと、やらせるべきだろ」
それを手伝うべきだ。
フェルグス達と一緒に戦って、守る。
アイツらがやりたいことを全肯定してやる。
交国の部品として造られた俺は、戦うしか能がない。
それなら……フェルグス達の部品として戦う方が……いいだろ。
そんで……フェルグス達を守って死ねたら――――。
「俺は、フェルグス達の味方でいたいんだ。最後の最期まで」
「だったら、アイツら助けるために協力しろよっ……!」
「俺だって、最初はそのつもりだった。……けど、失敗した」
「…………」
「俺が間違っていたんだ。俺が……最初から、何もしてなきゃ……」
「…………」
「最初から、バフォメットに子供達を預けていれば良かったんだ。俺が助けようと無駄に足掻いた結果、アルは…………」
『アル君が命を落としたのは、ラートさんの所為じゃありません!』
そんなわけねえ。
俺の行動が……判断が、間違っていたんだ。
俺みたいなバカなザコが、勝手に動いてなきゃ……アルは……。
「でも、アルの傍にいたのは俺だ。俺の所為なんだ」
『…………。あの子達を本当に想っているなら、協力してください!』
「逃げて、本当にどうにかなるのか?」
ヴィオラは賢い。
ヴィオラの計画通りなら、本当に逃げられるんだろう。
「けど、解放軍や交国から逃げて……アイツらが幸せになれる保証、あるのか?」
『それは……』
「アイツらは復讐したがってる。アイツらのやりたい事を取り上げて、逃げて……結局死んだら……それって、不幸なんじゃねえのか?」
「そうなる可能性もある。けどなぁ、ラート」
レンズに胸ぐらを引っ張られる。
……怒ってるみたいだ。
「アイツらの判断が正しい保証はない。アイツらは、まだガキなんだ」
「……俺達だって、似たようなもんだよ」
「解放軍如きが、交国軍に勝てるはずがない」
「勝てなくても……復讐、少しでも出来たら……気が晴れるかもしれない」
「オレは! グローニャ達が好き好んで人殺しするのなんざ、見たくねえんだよっ! 正当な復讐だろうと……アイツらに、戦ってほしくないんだっ!」
「……それって、お前の押しつけだろ」
交国が俺達に「戦争」を押しつけていたのと、何が違う。
解放軍が……正しいとは言わない。
けど、それでも、アイツらがやりたがっている事は……復讐なんだ。
「お前のワガママを押しつけてるだけだろ……」
「そうだよ! オレのワガママだが……それでもっ! オレは……! グローニャが血みどろの争いに突っ込んでいって、ボロボロになっていくのなんざ……見たくねえんだよっ……!! アイツら、まだ子供なんだぞっ……!!?」
「…………」
「テメエが戦う理由は、わかるよっ! けどさぁ、オレ達の方がアイツらより年上なんだぞ!? アイツらが危ねえのに、指咥えて見守るなんて……。お前っ……! らしくねえぞっ……!?」
レンズの瞳が潤んでいる。
俺の胸ぐらを掴んで怒りながら……泣きそうになっている。
そんなレンズの手に、バレットの手が添えられた。バレットはレンズに「軍曹」と呼びかけながら、俺の胸ぐらから手を離すように促してきた。
「…………」
「ラート軍曹。貴方は、子供達の『判断』を支持しているだけなんですよね?」
「……ああ」
「じゃあ、あの子達が『逃げたい』って望めば……」
「それを支持するよ……」
俺はもう、ダメだ。
自分で考えたくない。
もう間違えたくない。
全ての判断を、アイツらに委ねたい。
……俺の考えで動いて、全部……失敗したんだ。
もう…………どうすればいいか、わかんねえよ……。
俺にはもう、アイツらのやりたいこと……応援するしか……。
「わかりました。じゃあとりあえず、俺達の邪魔しないでください」
「…………」
「その代わり、俺達が子供達を説得できた時は、ラート軍曹も一緒に逃げてください。アイツらには……貴方が必要なんです」
そんなことない。
俺なんか、いてもいなくても……どっちでもいいんだ。
「……お前らの好きにしてくれ」
『ラートさん……』
とにかく、俺は最後までフェルグス達に付き合う。
それでいいんだ。
きっと、それでいいんだ。
俺なんかじゃ、状況は変えられない。
藻掻けば藻掻くほど……皆を不幸にするんだ。
皆で好きにしてくれ。
どんな結果になっても、俺はフェルグス達に付き合うよ。
付き合って、守って、それで……。
「…………」
皆から離れ、整備中の機兵に向かう。
アルが最期に憑依していた機兵。
これを直さないと……。
出来れば、これに乗って最期まで戦いたい。
早く直して、いつでも使える状態にしとかなきゃ……。
そう思いながら操縦席に乗ろうとしていると、通信が来た。
「はい……」
『ラート。すまねえが、ちょっと来てくれないか?』
「はい、副長」
指示された場所に向かおうとする。
すると、レンズ達が近寄ってきた。
俺が副長達に密告しないか、疑っているみたいだ。
「副長に呼ばれた。ちょっと行ってくる」
「副長は、ガキ共を戦場に送り出す約束破りだぞ。裏切り者だぞ!」
「…………」
「副長は、ラート軍曹に何の用事なんですか?」
「隊長の説得、手伝ってくれって……」
隊長はまだ、解放軍の軍門に下っていないらしい。
牢屋で勧誘を拒んでいるらしく、その説得に力を貸してほしいと頼まれた。
その話をすると、レンズとバレットが顔を見合わせた後、急に「よし、行ってこい」「行ってきてください」と言ってきた。
「その代わり、隊長の居場所を教えろっ……! 調べてこいっ!」
「隊長も……逃がすつもりなのか?」
「当たり前だろ? ……隊長が逃げたいって言うなら、その判断支持するよな? 隊長自身がやりたいこと、邪魔したりしねえよなぁ?」
「ああ……」
けど、フェルグス達の判断と、隊長の判断は別だ。
隊長も、自由に逃げればいい。
フェルグス達も……自由にすればいい。
俺は、どっちも口を挟まない。
フェルグス達の部品として、最後まで付き合うだけだ。
子供達のために戦う。
俺が戦う理由は、もうそれしか残っていない。
もう……それしか、無いんだ。




