星屑隊、最後の作戦
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「早くしないと……」
相変わらず病室に軟禁中だけど、急に解放軍の人の訪問が増えた。
前はバフォメットさんが止めてくれていたようだけど、そのバフォメットさんが「行方不明」になったらしい。
解放軍上層部の人達はそれを伏せている様子だけど、多分……バフォメットさんが参加した水際作戦で何かあったんだ。
解放軍は水際作戦に自信ありげだったけど、おそらく失敗した。その失敗でバフォメットさんが行方不明になったんだと思う。
それなのに、ネウロンにいる解放軍上層部の人達は「交国軍はまだ来ていない」と言い張っている。あくまで情報統制を継続するつもりらしい。
けど、統制しきれていない。
彼らにはドミナント・プロセッサーのようなものはないから、解放軍兵士を統制しきれていない。
バフォメットさんが行方不明になった事で、タルタリカの制御も怪しくなっているらしい。解放軍の一部兵士に「タルタリカを始末しろ」という命令が下っている。名目上は「多すぎるから間引く」との事だけど……おそらく、バフォメットさんがいなくなった事で、誰もまともに制御出来なくなったんだと思う。
兵士の皆さんも馬鹿じゃないから、上層部が情報統制を行っても「何かおかしい」と気づいている。……解放軍全体の統制が取れなくなりつつある。
「数日中に……いや、今すぐにでも交国軍が来てもおかしくない」
水際作戦の影響で、ネウロン近海は荒れているらしい。
それが収まれば、一気に交国軍が押し寄せてくるはず。
それより早く、現状を何とかしなきゃ。
そのためには子供達や、あの人達に連絡が取りたい。
バフォメットさんが情報をくれたおかげで、色々な手筈が整ったけど……まだ、皆との連絡が――。
「あっ……! バレットさん!? バレットさんですよね!?」
『なっ、なんだぁ……!? 誰だっ……!?』
「私です。ヴァイオレットです……!」
解放軍は、参加している兵士や捕虜の位置管理もまともに出来ていないらしい。
おかげで星屑隊の人達を探すのに苦労したけど……やっと、やっと連絡が取れた! ……監視がない状況で、バレットさんと連絡が取れた。
数日、町を出ていた様子だけど……町の外にある兵器を回収して戻ってきて、それを直す作業をしていたみたい。今は繊一号内の格納庫にいるようだ。
「私の話を聞いてください。解放軍の人に、見張られていない状況で」
『俺も一応……解放軍の兵士になっちゃったんだけど……』
「でも、心から解放軍の目的に賛同したわけじゃないんですよね?」
カメラ越しにバレットさんを見つつ問いかけると、バレットさんは辺りを見回した後、「もちろんだ」と頷いてくれた。
『星屑隊は、お前や子供達を逃がしたいと思っている』
じゃあ、目的は同じ。
情報を共有して、これからの事を話し合わないと――。
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:不能のバレット
他の隊員にもヴァイオレットから通信が来た事を伝える。
ブロセリアンド解放軍の兵士に聞かれるとマズい内容なので、奴らが来た時に直ぐ話し合いを中断できるよう、一部の隊員には見張りに立ってもらう。
見張り以外の隊員にはヴァイオレットの計画を聞いてもらおう。俺だけで判断できる話じゃない。
『私が手伝ってほしいのは、解放軍からの脱走です』
「お前と子供達と、星屑隊で脱走する……って話だよな?」
『はい』
「それはこっちも望むところだ。ここにいる全員、そのつもりだ」
そうですよね、と周囲の隊員に同意を求めると、皆が頷いた。
俺達は解放軍に入ったが、あくまで「第8巫術師実験部隊と逃げるため」に入っただけだ。加入したら、それをするチャンスがあると思ったんだが――。
「けど……俺達だけじゃ、ヴァイオレットや子供達と接触する事さえ許されなかった。申し訳ないけど……手詰まりの状況だったんだ」
『解放軍の兵士が邪魔してくるんですよね?』
「ああ……」
今のところ、訓練中の子供達を遠目に見ることしか出来ていない。
手を振っても、気まずそうに顔を逸らされるだけ。
アイツらの決意が固いのはわかる。……交国が憎いのもわかる。
けど、解放軍に入って交国とやり合うのは、どう考えてもマズい。解放軍のドライバは、明らかに子供達を扇動し、利用している。
それをやめるべきだ――という説得の機会さえ得られずにいる。
「オレ達はいま、廃品回収の任務を与えられている。その間に銃火器を少しは調達できたんだが……これだけで解放軍とやり合うのは無理だ」
そう言ったレンズ軍曹に対し、画面の向こうのヴァイオレットが頷きながら「戦闘をしてほしいわけじゃないんです」と言った。
『こっそり逃げましょう。脱走用の経路は確保しています。ただ……私だけじゃさすがに手が足りなくて……』
「オレ達に出来る事があるなら、何だって言ってくれ。ここから脱出するアテがあるなら、最悪は戦闘も辞さねえよ」
「……今なら、機兵もありますからね」
修理中、という名目で手元に置いてある機兵がある。
一応、動かす事は出来るはずだ。
1機だけで出来る事は、大してないが……ヴァイオレットにも見せてやる。
「スアルタウが、最期に乗っていた機兵だ」
『…………!』
「回収して、なんとか動くようにした」
システムのメンテナンスとか、まだ完全に終わってないんだが……それが終わればそれなりに戦えるはずだ。
解放軍は何故かプレーローマ製の機兵も確保しているから、繊一号にいる解放軍全員を敵に回して勝つのは難しいだろう。
けど、逃げるための陽動とかには……使えるかもしれない。
「俺達は何をすればいい? どうすれば……ロッカ達を助けられるんだ?」
『その前に、もう1つお伝えしておく事があります』
なんだ、と聞くと、ヴァイオレットは「脱走後の事です」と言った。
『私は、子供達を連れて交国からも逃げるつもりです』
「「「「「…………」」」」」
『解放軍から逃げて、交国からも……逃げるつもりでいます。つまり、交国軍人にとって、私達は完全な脱走兵って事になります』
それでも協力してもらえますか――と、ヴァイオレットが聞いてきた。
不安げな表情で。
格納庫内に沈黙が流れる。
それを破ったのはレンズ軍曹だった。
「交国から逃げた後、どっか行くアテはあるのか?」
『えっと……。そこまでは……。でも、とりあえず逃げるべきだと思って』
「じゃあ、オレも連れて行け」
ヴァイオレットだけではなく、周囲の皆がギョッとした。
皆から視線を向けられたレンズ軍曹は、ムッとした様子で「なんだよ」と言いつつ、皆を見渡した。
「ぶっちゃけ、お前らの中にもいるだろ? 交国軍抜ける考え持ってる奴」
「で、でも軍曹……いいんですか? 相手は交国軍ですよ?」
「俺達の故郷……なんですよ?」
「故郷なんて存在しない。それは、交国政府すら肯定しちまったんだろ?」
レンズ軍曹は眉間にシワを寄せつつ、「犬塚特佐が告発したとかで……それを玉帝が認めちまったんだ」と言った。
その情報は解放軍から聞いたものだが、事実らしかった。
解放軍だけが「オークは交国に軍事利用されている」と言っているだけなら……まだ偽情報の可能性がある。だが、政府まで認めたとなると……。
「馬鹿らしくなって、交国から逃げたくなった奴、いるだろ? 手をあげろ」
軍曹にそう言われた皆の中で、半数以上がおずおずと手をあげた。
軍曹自身は上げてないけど……。
「オレが考えていたよりいたな……。お前ら全員裏切り者か」
「あッ……! 軍曹、誘導尋問ですか!?」
「アンタさっき、子供達と逃げるつもりって……」
「ぶっちゃけ、オレだけだったら交国軍に復帰してたと思う」
レンズ軍曹はそう言いつつ、「でも、逃げるよ」と言った。
画面に映ったヴァイオレットを見つつ……。
「交国から逃げた後、アテがないんだろ? ……お前らだけ脱走させたら心配だ。オレがしばらく……護衛としてついていってやる。戦力いた方がいいだろ?」
『いいんですか……?』
「お前らだけじゃ心配だからな。……オレの方は帰る実家がねえんだ。義妹達も嘘っぱちって……政府が認めたことに腹が立ってるし……暇だし、交国軍なんてこの機会に抜けてやらぁ」
『ありがとうございますっ……!』
ヴァイオレットは手を合わせ、涙ぐんでいる。
そしてそのまま、他の隊員に聞いてきた。……俺も含めて。
『ほ、他の皆さんも……とりあえず、一緒に来ませんか?』
「交国軍から脱走しろ……って事か?」
『そこまではお願い出来ません。けど、とりあえず解放軍の支配下から逃げ出すところまでは……協力できますよね……?』
「そりゃあ……」
「まあ……確かに」
「交国軍からの脱走はともかく、解放軍にいたらマズいからな」
「オレからも頼む。……協力してくれ」
レンズ軍曹は皆から一歩後ずさり、深々と頭を下げた。
「オレは、ヴァイオレット達と交国軍から逃げる。……お前らが交国軍に戻った後に『アイツらは逃げた』って言ってもいいけど、見逃してくれ」
「軍曹……」
「真っ正直に話さず、テキトーに誤魔化してくれてもいい」
「いや、もう、頭上げてくださいよ。んなこと頼まれるまでもねえ」
他の隊員達も「オレもこの機会に逃げようかな」と漏らし始めた。
全員が交国軍から抜けるつもりではないようだが……。
「全員、今後の身の振りで悩むだろうが……そこ悩むのは後にしてくれ。とりあえず解放軍から脱走しよう。んで、その後の事は……その時になって考えよう」
レンズ軍曹の言葉に異を唱える者はいなかった。
ただ、解放軍から逃げ出した後について迷っている人もいる様子だ。
……俺自身、正直、迷っている。
「…………」
交国政府は、ずっと俺達を騙してきた。
家族も故郷も嘘。嘘っぱちの夢を使い、ずっと騙してきた。
軍人という職業も、選ばされた。嘘の夢を餌に、ずっと軍事利用されてきた。
交国の都合で作られて、交国の都合で戦場に投入される。
本来、オークにあった味覚と痛覚すら奪われ、人権すらも奪われていた。
でも、それでも、交国は俺達が生まれた国だ。
交国から逃げたところで、行くアテはない。
交国軍人以外の生き方なんて……わからない。
逃げた先に広がっているのは真っ暗闇だ。
それなら……鎖に繋がれても、慣れ親しんだ場所にいた方がマシなんじゃないか……という考えもよぎる。「自由」が俺達を救ってくれるとは限らない。
けど、それでも――。
「バレット、お前は――」
「もちろん、俺も手伝います」
正直……怖くてたまらない。
戦うことも、逃げる事も。
皆で逃げたところで、苦しい最期を迎えるだけかもしれない。
それでも……俺は、この状況に立ち向かわないといけない。
怖くてずっと逃げてきた。けど、今は……ロッカ達のために、戦いたい。
アイツらのために戦いたい。……もう、自分の罪から逃げたくない。
「……交国のために生きる理由も、もう無いので」
「そうか。……じゃあ、頼りにさせてくれ」
「はい」
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:狙撃手のレンズ
「けど……ヴァイオレットちゃんの脱走計画で、なんとかなるのか?」
隊員の1人が、心配そうな顔でそう呟いた。
「ヴァイオレットちゃんは、俺達より行動の自由がないんだろ? 多分、<曙>の病室辺りに軟禁されてるんだよな……?」
『はい。今も軟禁中です。けど、方舟のシステムを足がかりにハッキングを仕掛け、情報を集めています。皆さんに連絡を取れているのもその成果です』
「何かキミ、また出来ること増えてない?」
「そんなサラッと出来るもんじゃないだろ~。ハッキングなんて……」
『軟禁されている間に色々ありまして……』
苦笑いしたヴァイオレットが、「とりあえず、私の脱走計画を聞いてください」と言い、詳細の説明を始めてくれた。
曰く、羊飼いが重要な情報をくれたらしい。
その情報によって、脱走経路の確保は出来たらしい。
繊一号から脱走した後に関しても、ある程度はアテがあるみたいだ。
「ヴァイオレットちゃんの計画が上手くいけば、脱出は可能だな」
「けど、羊飼いから貰った情報なんだろ? 信用できるのか……?」
『大丈夫です。交国軍と敵対していたバフォメットさんの情報は……皆さんとしては信じにくいと思うのですが……信じてください』
「ヴァイオレットがそう言うなら、信じよう」
少し懐疑的な様子の隊員達に呼びかける。
羊飼いはともかく、ヴァイオレットは全面的に信用できる。
「ヴァイオレットは、ずっとガキ共の事を考えて行動してきた。そのヴァイオレットがガキ共のために組み立てた脱走計画だ。ヴァイオレットを信じよう」
「……ですね」
「またまた軍曹の言う通りだ」
「大人になったねぇ……レンズ軍曹……」
「年上だからって、微妙に保護者面すんなっ……!」
「いや、でも、これから交国軍を抜けるなら……階級は意味ねえよなぁ?」
「確かに。……おいレンズ! 俺達の方が年上だぞぉっ?」
「だから? 喧嘩して上下関係決めるかぁ?」
そう返すと、ニヤニヤ笑ってオレを見ていた隊員共が、大げさな動作で「じょ、冗談だって……」「暴力反対っ!」と言ってきた。
「交国軍から抜けるなら階級関係ねえのは事実だ。ただ、計画的に脱走するなら指揮系統は維持した方がいい。安全な場所に辿り着くまで星屑隊のやり方を続けさせてくれ。……ガキ共を助けるために協力してくれ」
「「「了解」」」
「目的は一緒ですからね。……星屑隊としての、最後の作戦行動かぁ」
「絶対に成功させましょう。皆で、無事に逃げるために」
「おう」
オレ達は戦うために造られた。
交国の都合で造られ、人類を守るために戦ってきた。
人類守護は悪いことじゃないと思う。
他に守りたいものがなければ、交国軍に戻るのもアリだと思う。
けど……今のオレには、他にやりたいことがある。
交国不幸者だろうと、こっから先は自分で選ばせてもらう。
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:不能のバレット
『問題は……子供達のことなんですが……』
「何とか説得するか、無理矢理連れて行くか……だな」
解放軍は泥船だ。
ヴァイオレットの話を聞いて、その認識はさらに強くなった。
子供達を、こんなところに置いていけない。
幸い、ここにいる皆が「逃げるなら子供達も一緒に」と言ってくれている。……解放軍は泥船だが、星屑隊だけで相手に出来る組織じゃない。
『あのぅ……。実は私も子供達に避けられていて……』
「こっちもだ。……あの子達は、俺達を遠ざけようとしている」
あの子達なりに考えた結果だとしても、危険な道を歩んでいるなら止めないと。
何とかもう一度接触し、説得しよう。
ヴァイオレットの力も借りれば、説得の機会を得られるはずだ。
「最悪、無理矢理にでも連れて行こう」
『はい。……あの、ところで……ラートさんは……?』
「ラート軍曹は……」
何と言えばいいか迷い、レンズ軍曹の顔を見る。
レンズ軍曹は不機嫌そうな顔で、「アイツも解放軍に入った」と言った。
『皆さんと一緒じゃないんですか?』
「いや、一緒だよ。今はちょっと出てるとこだ。……だけど、なぁ」
『…………?』
「今のアイツは、空気の抜けた風船だ」
レンズ軍曹は、今のラート軍曹をそう評した。
それだけ、ラート軍曹は精神的にボロボロだ。
それでも……ブロセリアンド解放軍に参加している。
ただ、その参加理由は……俺達とは、ちょっと違う様子だった。




