強者の理不尽
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:英雄・犬塚
「仕留めたか?」
『まだです。しぶとく粘られてますね~……!』
今までで一番大きな時化が発生したが、それは敵にとって致命的な時化だったはずだ。それを起こした黒水守が、申し訳なさそうに「ウチの神器、スロースターターなもので……すみません」と言ってきた。
「謝る必要ねえよ。相変わらず、とんでもねえ神器使いだよ、アンタは」
黒水守の神器は、混沌の海なら数百キロに渡って干渉できる。
ただ、瞬時に広範囲を掌握できるわけではなく、本格稼働するまで時間がかかる。エンジンを暖気させるみたいに、干渉可能範囲を広げる時間が必要らしい。
その時間を稼ぐため、黒水守は死刑囚を放った。
囮の中に黒水守がいると敵が勘違いするよう、敵への攻撃を最小限にしておき……その隙にネウロン近海を掌握していく。
『予定なら、囮だけでもっと持たせるつもりだったんですが……。敵の方が上手だったようで、完全掌握前に攻撃開始しました。すみません』
「敵の方が上手? 逆だろ。アンタの方が上手だよ」
なんせ、黒水守は最初から戦場にいない。
黒水守本人は、ずっとウチの方舟の甲板にいる。
戦場から遠く離れたウチの船で警戒に当たりつつ、囮だけ送り出し、超遠距離から神器でネウロン近海の混沌を操り続けている。
敵の反撃があったとはいえ、どんな反撃を行おうと黒水守本体は無傷。敵の攻撃も、さすがにここまでは届かない。
逆に、黒水守は数十キロ先の混沌を操り、一方的に攻撃できるけどな。まったく……とんでもない神器使いだよ、アンタは。
交国は多次元世界指折りの巨大軍事国家だが、混沌の海での戦いに限れば、黒水守の右に出る者はいないだろう。余所を探してもそうそういない。
「相変わらず凄まじい神器ですね。味方で良かったですよ」
「そうだな」
副官と言葉を交わしつつ、「味方とは限らんけどな」と考える。
いまの黒水守は「交国の領主」だが、灰の兄貴は――特佐長官は黒水守を疑っているらしい。兄貴の見立ては、結構当たるんだよなぁ……。
少なくとも今は味方と言っていいと思うが……凄まじい神器の使い手なのは確かだ。俺も混沌の海なら相手にしたくないよ。
黒水守・石守睦月――もとい、加藤睦月の名は、ずっと前から轟いていた。
たった1人でプレーローマの軍団を蹴散らし、たった1人で混沌の海の封鎖までやって、プレーローマを苦しめていた経歴の持ち主だからな。
その牙は人類連盟加盟国に向かう事もあったが、今のところは「交国の味方」だ。対プレーローマ戦線でも大活躍してくれている。
「凄まじ過ぎて、敵は『卑怯だ』と言ってるかもしれませんね」
「理不尽だ、とボヤいてるかもしれんぞ」
敵もよく耐えているが、もう限界だろう。
黒水守が操る混沌の海が、敵を飲み干そうとしている。
■title:混沌の海にて
■from:使徒・バフォメット
してやられた。
四方八方から荒れ狂う混沌の海が襲いかかってくる。
藻掻き、攻撃によって押し返すと、その攻撃に混沌が反応する。
藻掻けば藻掻くほど、状況が悪くなる。
黒水守という主に飼い慣らされた混沌が、押しつぶそうとしてくる。
このままでは、負けるどころか殺される。
一か八か、これに賭けるしか――。
『燼器、解――――』
■title:混沌の海にて
■from:黒水守・石守睦月
「…………」
敵の抵抗が止む。
ネウロン近海の混沌を掌握しきる前に仕掛けてしまったので、手こずった。
それでも仕留められた……はずだ。敵は最後に交国軍の艦隊に大打撃を与えた燼器を使ってきたけど、ほぼ自爆にしかならなかったはず。
それでも一応、犬塚特佐に報告する。
おそらく、仕留めたはずだと――。
「念のため、敵の死体を探しておきたいんですが……」
『味方の救援を優先してくれ。敵の方は、アンタが上手くやってくれたと信じる』
「あんまり信じないでください。自分でもちょっと自信ないので」
半端な手応えだった。ただ、あそこから生き残れるとは思えない。
海はまだ荒れ狂っている。敵が起こした時化や、こっちが起こした時化に影響され、ネウロン近海の機動機雷が爆発し、さらに大きな時化に成長している。
おかげで、味方艦隊も危うい状況だ。
方舟は半数生き残れたら良い方だろう。第48艦隊も第59艦隊も、ツイてなかった。あんな規格外の相手に襲われるなんて……。
「とりあえず、このまま出来る限り救援を行います。同時に海の沈静化も行っていきます。この規模だと……沈静化が終わるまで数日かかりそうです」
私の神器は混沌の海にも干渉できるけど、時化を簡単に止められるわけじゃない。自然沈静化を待つよりは早く、収められるけど――。
神器で混沌の海を操り、味方の救援の手伝いをする。
合間に敵も探す。
生身で海に放り出され、パニックになっている人達もそっと味方の方に押し、助ける。……ピクリとも動かない死体は後回しだ。
最終的には回収してあげたいけど……全て救うのは無理だろうなぁ……。
救援活動を続けつつ、艦隊の生き残りの情報をまとめてもらう。特に第59艦隊の被害が大きいけど、第48艦隊の方も被害が出ている。
犬塚特佐が異変に気づき、即座に警告していなければ……艦隊2つが全て海の藻屑になっていたかもしれない。
「艦隊の再起は可能ですか?」
『時間はかかるが、何とか立て直してくれるだろう』
「実質、こちらの負けですかね……?」
『死傷者や、方舟の被害的にはな。だが、今の戦力でもネウロン鎮圧は可能だ』
「救援作業が一段落したら、直ぐにネウロンに向かいますか?」
バフォメットを先程の攻撃で倒せていたとしたら、ネウロン内部にはもう大した敵はいないはずだ。解放軍は、そこまで立派な軍隊じゃない。
巫術師が抵抗してきたとしても、私と犬塚特佐だけで鎮圧できるだろう。
「混沌の海が荒れ狂っていますが、私が先導したら犬塚特佐達ぐらいなら……界外に誘導できると思いますが……」
『ある程度まで沈静化したら、誘導を頼む。界内の敵はこっちで何とかする』
「いえいえ、私も手伝いますよ」
そう申し出たものの、「こっちは任せてくれ」と言われてしまった。
……さっさと海を鎮めて、同行できるように頑張らないとね。
犬塚特佐達だけ界内に先行させてしまったら、都合が悪い。
ラート軍曹達を先に確保されて、私が彼に協力を約束していた事がバレると都合が悪い。……交国への叛意有りと言われかねない。
「犬塚特佐達だけでも、解放軍の兵士は蹴散らせるでしょう。しかし、攻め落とした後の捕虜の管理は大変でしょう?」
『それこそカペル1人で出来る。問題ないさ』
今回の作戦に同行している特別行動兵の名を呟いた犬塚特佐は、自信がある様子だった。……よほど彼女を信頼しているんだろう。
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:英雄・犬塚
「アンタが一番厄介な相手を片付けてくれたんだ」
後は犬塚隊に任せな、と黒水守に告げる。
告げた後、艦橋の一角で――真面目に戦況を見守っていた――カペルに視線を向ける。すると、カペルはこちらに駆け寄ってきた。
「と、特佐っ! カペルの出番、きたっ……!?」
「もうちょっと先だな」
そう言い、カペルの頭を撫でてやる。
カペルは俺達にとって、重要な戦力だ。
この子は黒水守のような真似は出来ないが、鎮圧に関しては万の軍勢を凌ぐ力を持っている。黒水守ですら出来ない事が出来る。
「お前の力には期待している。お前は、この戦いを平和的に終わらせられる俺達の切り札だからな。よろしく頼むぞ」
握手を求めながら言うと、カペルは戸惑いの表情を見せた。
やる気に満ちているが、握手は嫌らしい。
「と、特佐と握手するの……やだっ……!」
「ちゃんと洗ってるぞ!? キレイにしてるぞ!?」
「そ、そうじゃなくって……。カペルの手がダメなのっ」
困り顔のカペルが、自分の手を背中に隠し、おどおどとしている。
「俺は別に構わないんだけどなぁ……。俺に使っても、何の意味もないだろ?」
「そ、そうだけど……。でも、特佐や犬塚隊には、力を使いたくないの」
手を隠したカペルは――握手の代わりのように――額を俺の身体に当て、ぐりぐりとしてきた。その頭を撫でつつ、「わかったわかった、握手はガマンするよ」と言っておく。
「で、でも……カペル、特佐達のお役に立てる……かなぁ?」
「大丈夫だ。いつもの要領でいい。もちろん、俺達も手伝う」
「けど、今回は世界1つ分の鎮圧任務……だよね? 世界にいる全ての解放軍を『大人しくさせる』んだよね?」
出来るかなぁ、と不安げなカペルに「出来るさ」と告げる。
実際、出来るだろう。
黒水守の神器も規格外だが、カペルの神器も相当のものだからな。
「とりあえず、艦隊の救援を手伝う。ネウロン近海の時化が少し落ち着いたら、俺達だけでネウロンに突入するぞ」
皆にそう告げた後、艦橋にいた部外者に――玉帝の使いに声をかける。
「そういう段取りでいいよな、満那」
「はい。犬塚特佐の判断にお任せしま~す」
「…………」
ネウロンにいる解放軍の制圧は、犬塚隊だけで何とかなるだろう。
けど……玉帝の使いの動きが気になるんだよなぁ。
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:玉帝の影・寝鳥満那
「ネウロンへの突入計画は、それでいいのですが――」
それはいい。もう少し急いでほしいが、そこは譲歩しよう。
「特佐からも、黒水守に頼んでいただけますか? ネウロンから誰1人逃がさないようにしてほしい――と」
「それは、お前らの標的を……<ヤドリギ>とかいうものを作った奴を、確実に捕まえるためにか?」
「別に捕まえたりしませんよ。保護ですよ、保護」
「ホントかねぇ……」
出来れば、五体満足で確保したい。
最悪、死体でもいいけど……さすがに挽肉はダメ。
ネウロンには、<ヤドリギ>という「真白の魔神の遺産」の製法を知る者がいる。それを示す報告書が上がってきている。
制作者はネウロンで解放軍が動き出す前に、「私が作りました」という報告書を交国術式研究所に提出したらしい。
解放軍の蜂起の所為で、その制作者はネウロンに取り残されてしまったようだけど……何とか彼女を確保したい。
ヤドリギそのものは大して重要じゃない。
真白の遺産の作り方を知っている事実が重要。それを「知る者」がどうしても必要――というのが主上の指示だ。
それを達成するなら、「どんな手段を使ってもいい」と言われている。
主上の期待に応え、失敗作の価値を証明する必要がある。
我々自身のためにも、主上のためにも、人類のためにも――。
それを阻む輩は全員……人類の敵だ。




