分身特攻
■title:第59艦隊所属艦にて
■from:交国軍・艦長
「再び高エネルギー反応……! 味方艦艇が飲まれていきます!」
何が起きている。
突如、旗艦周辺で高エネルギー反応が観測された。
それに混沌の海が反応し、海が荒れ始めた。時化が発生している。
それは一度では終わらず、立て続けに発生している。
混沌の海ではそういう事故も起こる。方舟が1つ轟沈した際、その時に発生したエネルギーで海が荒れる。それに巻き込まれた方舟が沈むという事態が連鎖し、さらに大きな時化に繋がる事もある。
ちょっとした事故で船団が壊滅する事もある。
しかし、我々は交国軍・第59艦隊だ。
輸送船の船団と違い、時化への対策も持っている。完璧に対応できるわけではないが、連鎖轟沈が発生することなどそうそうない。
そもそも、時化とは別に、不審な高エネルギー反応が何度も観測されている。
敵の攻撃? 敵が機雷をぶつけてきたのか?
まさか、そんなはずない。テロリスト共がこちらの索敵網をくぐり抜け、いくつもの機雷を旗艦周辺まで届けられるはずがない……!
急に通信を繋いで来た犬塚特佐が、「封鎖線を解いて散開しろ! お前達の直ぐ傍に敵がいる!」と言っているが、有り得ない!
有り得ないはずだが――。
「味方の艦艇が、荒れ狂う海に飲まれ、操舵不能に陥っていきます!」
「<生翼>、<丹呉>、通信途絶! <雷古>より救援要請!」
「<雷古>付近で高エネルギー反応を確認」
不審な高エネルギー反応の正体が「敵の攻撃」なら……犬塚特佐の忠告通りだ。
だが、敵はどうやって攻撃している?
混沌の海はエネルギーに反応し、襲いかかってくる。普段の航行中は混沌を刺激しないようにしているが、敵の機雷や特攻攻撃で時化に巻き込まれることもある。
「敵は、どうやって攻撃している!? 何故、敵自身が時化に潰されない!?」
「わかりませんが、爆発物ではありません。高エネルギー反応は……落雷に類似しています」
「混沌の海で、雷……?」
敵の新兵器か? 何故、テロリスト如きがそんな兵器を持っている。
いや、今はそれよりも――。
「高エネルギーの発生源、及び時化から全力で距離を取れ! 時化の中心に引きずり込まれたら、こちらも潰されるぞ!」
混沌はエネルギーに向けて殺到し、それを押しつぶした後も勢いよく荒れ狂う。
一種の渦巻きのようなもので、エネルギーの発生源に――時化の中心に向け、強力な波が起こる。流れに身を任せていれば、そこに引きずり込まれる。
時化に引きずり込まれると、荒れた混沌の海に押しつぶされるどころか、同じく引きずり込まれた味方艦艇と激突する危険もある。
「時化の中心で爆発を観測。退避し損ねた<廉佳>と<戸張>が激突したのかもしれません。さらに時化が大きく――」
「第48艦隊の方へ退避しろ。一度退いて、体勢を――」
「待ってください、艦長。進路上で新しい時化を観測しました。第48艦隊の方でも、同様の現象……あるいは攻撃が観測され始めています」
我々は、交国軍の艦隊だぞ?
そこらの弱小国家の軍隊ではない。
敵の攻撃の正体がわからないまま、ここまで一方的にやられるなど有り得ない。
「テロリストが船員に紛れ込んでいるのでは、ないのか? 船を乗っ取ったテロリスト共が、艦に搭載されている兵器を使って暴れているのでは――」
「その可能性もありますが、それだけとは思えません。観測されている高エネルギー反応は落雷のようなものです。発生源から、熱線のように伸びています」
「……まさか、神器による破壊か?」
そうだとしても、おかしい。
部下も同意見らしく、「神器を振るった本人が、時化に押しつぶされるはずです」と言ってきた。
「空間転移能力でもあれば、話は別――」
艦に衝撃が走った。
轟音と共に悲鳴が上がり、方舟が大きく揺れる。
艦橋の機器が、今まで以上に警告音を発し始めた。
「正体不明の高エネルギーの直撃を受けました! 推進器が破損!」
「艦後部との連絡が取れません!」
我々の方舟が大打撃を受けたのは明らかだった。
それでもまだ、私を含めて生存者はいるが――。
「――――」
破滅の音が聞こえる。
プレス機にかけられた缶のように、我々の方舟が潰れていく音が聞こえる。
高エネルギーに刺激された周辺の海が、この方舟に殺到してくる。
海に押しつぶされる。
「友軍への情報伝達を優先しろ! 艦の防御は、後でいい!」
もう間に合わない。
それなら、我らの死体で勝利への道を舗装してや――――。
■title:混沌の海にて
■from:使徒・バフォメット
『燼器解放』
流体を練り上げて作った大太刀を振るい、燼器の雷撃を放つ。
必要な混沌は、足下にある交国軍の艦艇から絞り上げる。足りなければ周囲の混沌を無理矢理使う。
雷撃は、巫術で観測した魂の密集地に向けて放つ。
混沌の海は暗く、視界が効かない。だが、巫術を使えば魂は観える。観測した魂の群れから敵船の位置を割り出し、そこに向けて雷撃を放つ。
命中。敵の魂が次々と消えていく。
殺し損なった魂も観えたが、あれほど仕留めたのであれば、私の放った雷撃に反応した混沌の海が追撃してくれるだろう。
当然、雷撃の主である私にも、混沌が――時化が迫ってくる。
我が身が押しつぶされていくのを感じつつ、ギリギリまで攻撃を放つ。
ただ、これで終わりではない。
『――燼器解放ッ!』
再び、雷撃を放つ。
先程、雷撃を放っていた場所から1キロほど離れているが、まだ敵艦隊を狙える位置にいる。周囲の混沌は既に荒れ狂っているが、構わず放つ。
我が燼器は、流体を雷撃として放つことが出来る。
そして、私は巫術師。
流体を練り、燼器を振るうための分身を作る事も出来る。
神器にしろ、燼器にしろ、それらの武装は我が魂と共にある。
魂さえ無事なら、憑依先で作り上げ、何度でも振るえる。
本体さえ無事なら、分身や分身を作った先で練り上げた燼器が時化に潰されようと、何度でも何度でも何度でも雷撃を放つことが出来る。
憑依先に十分な混沌がなければ、雷撃を放つことは出来ないが――。
『混沌など、敵船から奪えばいい』
雷撃を放ち、敵船を沈める。
沈め損ねた船に雷撃越しに憑依し、混沌を勝手に拝借して再び攻撃する。方舟から方舟に魂だけで跳び移り、さらなる破壊を作っていく。
ただ、あまり調子に乗りすぎると――。
『む……。混沌機関まで壊してしまったか』
憑依した先の方舟に、使える混沌機関が無かった。
やむを得ず、一度本体に戻る。
本体で流体を練り上げ、小魚型のドローンを作成する。
それを敵艦隊に向け――魂の群生地に向け、放つ。
敵旗艦への憑依も、これで事足りた。交国軍はよく警戒しているが、対巫術戦闘は素人だ。巫術を有効活用すれば艦隊だろうが手玉に取れる。
『しかし、敵の対応が早かったな』
艦隊が2つあろうと、燼器と時化で壊滅させる自信はあった。
ただ、予定よりずっと早くこちらの存在を気取られてしまい、敵艦隊がさらに散開し始めた。これでは全ての船を時化や攻撃に晒すのは難しそうだ。
戦端を開いた以上、敵を鏖殺したかったが……それは無理だろう。
いま、敵艦隊は大混乱に陥っているが……生き残りは必ず、今回の戦いの情報を持ち帰る。交国はそれを分析し、私に対して徹底的に対策を講じてくるだろう。
交国ほどの大国なら、手痛い敗北で学習してくるはずだ。
だからこそ、初見のうちに方舟まで奪い、ネウロンを放棄し、混沌の海で奇襲を繰り返していくべきだと提案したのだが――もう遅い。
このまま、出来るだけ敵を殺していく。
そのためには――。
『伏兵前進。混乱に乗じて敵艦隊に取り憑け』
混乱している敵艦隊が時化から遠ざかろうとしている。
敵艦隊の逃げる先に伏せておいたタルタリカ達を動かす。
敵の警戒網が完璧なら、接近前にタルタリカ達はやられるだろう。奴らは私ほど器用ではない。通常なら見つかるだろう。
だが、敵が大混乱に陥っている今なら、奴ら如きでも取り憑く機会はある。
敵艦隊を分身で攻撃しつつ、タルタリカの群れを動かしていく。
『これで大打撃を与えられるはず――』
そう呟いた瞬間。
私が構築した索敵網の一部が潰される感覚がした。
『――――』
敵が何かしてきた。
敵艦隊に奇襲を仕掛ける前に、混沌の海にタルタリカを放ち、索敵網構築を手伝わせていたのだが……タルタリカの一部が一瞬で殺された。
時化に巻き込まれたような死に方だったが、違う。
先程死んだタルタリカ達は、敵艦隊から離れている。
交国本土方面から来た何かが、タルタリカ達を押しつぶしていった。
それが、音も無くこちらに近づいてくる。
『新手か。……おそらく、神器使いだな』
それも、混沌の海の戦いに長じた奴だ。
■title:混沌の海にて
■from:黒水守・石守睦月
「相手は噂の巫術師か。結構、キツそうだなぁ」
第59艦隊旗艦にこっそり向かっていたけど、進路を変更。
敵はこちらの動きに感づいたのか、好き勝手やり始めた。
あれほどの破壊を振りまきながら、時化に巻き込まれずにいるのかと思ったけど……「巫術師」で「神器並みの兵器」を持っているなら、あれぐらいできるか。
多分、憑依で分身を作っている。
分身達に自爆特攻を繰り返させているんだろう。いくら分身がやられたところで、それは流体で練り上げた偽者。本体が無事なら何度でも特攻できる。
やっぱり……巫術は驚異だな。
普通の巫術師は、あそこまで出来ないだろうけど――。
「力比べと行こうか」
ネウロンに向かうなら、あの巫術師は倒しておきたい。
一応、巫術師対策は用意してきたし……神器の暖気が終わるまでそれを使おう。
「犬塚特佐、死刑囚を出してください」
■title:混沌の海にて
■from:使徒・バフォメット
『混沌を操っているな』
タルタリカがやられた原因がわかった。
敵は混沌の海に意図的に時化を起こし、それで攻撃してきている。
それも、私のような大雑把な方法ではない。
混沌の海そのものを操り、攻撃手段にしている。
交国本土方面からやってきた大波が、索敵網を構築しているタルタリカ達を挽きつぶしていく。次々とタルタリカがやられていくのを観測する。
『敵の本体が、どこかにいるはず……』
混乱の渦中にある艦隊を放置し、新手の敵を見つけるのに集中する。
手間取ったが、見つけた。
タルタリカを潰している大波の後方に、ポツンと漂う魂が見える。
その魂を守るような形で大波が奔り、タルタリカを殺している。……敵はこちらに迫っている。まさか、混沌の海の中でも私の位置を掴んでいるのか?
あるいは、私の位置を推測しつつ、動いているのか――。
『行け』
反撃のため、解放軍から預かった機動機雷の群れを放つ。
ネウロン防衛のために展開している機動機雷だが、交国軍を阻むために「いくらでも使っていい」と言われている。
巫術が使えるタルタリカ達に憑依させた機動機雷が、大波を迂回し、敵の魂に向かっていく。可能な限り至近距離で爆発させようとしたが――。
『やはり、ある程度は周辺が見えているな』
観測した魂に向かわせた機動機雷が、全て迎撃された。
敵の周辺で新たな大波が生まれ、機雷が迎撃された。
機雷が完全に潰される前に爆破し、それによって混沌の海を刺激する。新たな時化を作ったが、その時にはもう敵は離脱している。
『……時化を、完全にコントロールしているわけではないのだな』
ならばやりようはある。
敵に対し、さらに機動機雷を放つ。
その後方に敵艦隊から奪った混沌機関を移動させ、私の分身を作る。
『――――』
敵は迫る機動機雷に向け、再び大波を放った。
先程と同じ事の繰り返し。
機雷は大波に押し返され、潰される。だから、再び爆破する。
ただし、軌道は変更する。
敵の大波を囲む形で機雷を進め、爆破し――。
『燼器解放――!』
爆破で大波の移動方向を誘導する。敵までの道をこじ開ける。
敵の攻撃は、混沌の海を使っている。
上手くコントロールしているように見えるが、時化を完全に操れるわけじゃない。敵本体は時化に巻き込まれないよう、気をつけて移動している。
敵の大波を機動機雷で散らしつつ、爆破で大波をかき乱す。
それによってこじ開けた道に、雷撃を放つ。敵に向け、全力攻撃を放つ。
熱したフライパンに落とした水滴のように、敵の魂が吹き飛んだ。
雷撃によって、確かに魂を消した。
だが、大波は消えていない。
未だ、こちらに向けて侵攻してくる。
それだけではなく、さらに四つの魂が迫ってきた。
大波に守られながら――。
『星屑隊と同じ手か』
■title:混沌の海にて
■from:黒水守・石守睦月
「ごめんね。囮になってね。生き残っても恩赦とか特にないけど……」
神器で混沌を操り、大波を起こしつつ、囮にしている死刑囚の皆さんに謝る。
ふざけんな、ころしてやる、という声が聞こえてきた気がした。多分気のせいじゃないけど、申し訳ない……私はまだ色々やることがあるんだ。
敵は巫術師。
暗い混沌の海だろうと、巫術によって魂の位置を捉えてくる。
けど、「誰の魂か」を区別できているわけじゃない。
玉帝に用意してもらった死刑囚を散開させ、敵の狙いを出来るだけ分散させる。さっきの雷撃、直撃したら私でもさすがにキツい。
「さっさと本体を潰さないとね。死刑囚のためにも」
■title:混沌の海にて
■from:使徒・バフォメット
『燼器解放』
再び雷撃を放つ。
放ったが、狙った魂は「するり」と雷撃を回避していった。
そのまま勢いよく混沌の海を泳ぎ、こちらに向かってくる。
本体の位置に気づいたのか?
敵が「混沌の海への干渉能力」を持っているとしたら、「混沌の海にいる敵の位置」もある程度は把握しているのかもしれない。
……少々、分が悪い。
交国軍相手なら視界差で優位を取れると思っていたが、視界で負けている可能性がある。射程はこちらの方が上だと思うが――。
『先程……囮の魂を屠った時の雷撃で、こちらの攻撃を覚えたか』
対応が早い。
何らかの方法で、こちらの流体のパターンを即時学習した可能性がある。距離を詰めない限り、燼器の一撃はもう入らんかもしれん。
そもそも、敵の本体がどれかわからん。
魂は観える。だが、どれが敵の本体かわからん。
敵は巫術の限界を把握し、囮を使っている。
敵本体を潰さない限り、下手に燼器を放ったところでまた学習される。
『貴様が、噂の黒水守か』
混沌の海で戦うなら、かなり厄介な相手だと聞いている。
海で戦う以上、敵の方が遙かに格上と見るべきだろう。
『――――』
敵艦隊には、もう十分に打撃を与えた。
さらに応援を派遣しない限り、立て直すのには時間がかかるだろう。
解放軍に対する義理立ては、十分果たしたはずだ。
一度、ネウロンに逃げるのも手だが――。
『――ここで仕留める』
推定「黒水守」は、かなり厄介な相手だ。
ネウロンを放棄したところで、コイツが張っている混沌の海に出るのはリスクが高い。まだ私への対処方法を理解しきっていないうちに、仕留めるべきだ。
黒水守さえ殺せば、交国軍の動きもかなり鈍るはずだ。
敵が囮を使い、さらに学習して来ようとするなら――。
『鏖殺すればいい』
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:英雄・犬塚
「特佐。ここは一度退くべきでは? 敵の攻撃の正体もハッキリしませんし」
「いや、黒水守に任せよう」
艦橋で戦況を見守りつつ、待機する。
黒水守は、交国一の海戦巧者だ。
黒水守は敵の攻撃方法を掴んだらしい。
玉帝に頼んで用意させた対策も、上手く活用しているらしい。
敵がどれだけ強者だろうと……混沌の海で黒水守に勝てるはずがない。
奴は、ロミオ・ロレンスの弟子だからな。




