侵食
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:英雄・犬塚
「特佐。不審な電波を感知しました」
可愛い部下に「でかした」と告げつつ、詳細を聞いていく。
敵がうっかりお漏らししたのかと思ったが、どうやらそうじゃなさそうだ。
「発信源は第59艦隊の旗艦付近……あるいは旗艦内部です」
「そりゃおかしいな」
ブロセリアンド解放軍が漏らしたならわかる。
うっかりどこかと通信し、その電波でこちらに居場所を教えてくれたと思ったんだが……出処は第59艦隊の旗艦か。
とりあえず、出処に連絡を取る。
特に異常無し。敵はまだ現れていない、との事だが――。
「今の返答、合成音声か? 機械訛りっぽさがあったが」
「おそらく、その通りです。軍事委員会のシステムに照会かけましたが、第59艦隊には先程の通信に出た人物のデータはありません」
「よし。全艦戦闘配置」
第59艦隊旗艦が敵に乗っ取られた可能性が高い。
二重の意味で有り得ない話だが、とりあえず「乗っ取られた」と考えよう。
ネウロン近海には「第48艦隊」と「第59艦隊」の2艦隊がいる。
どちらも混沌の海での戦闘経験豊富。敵に居場所を探知されかねない無駄な電波を漏らすとは考え難い。
しかし、実際に漏れたという事は、何かしらの異常が起きている。
第59艦隊の旗艦に通信を繋いでみた結果も踏まえれば、敵が旗艦内部に侵入している可能性が高い。
おそらく、旗艦内部にいる交国軍人が――外部に異常を知らせるために――あえて電波を漏らしたんだろう。詳細を伝える通信すら出来ない状況ってことは、旗艦は敵に掌握されている可能性が高い。
ただ、そうだとしても――。
「敵はどうやって、旗艦に侵入したんでしょうか……?」
副官の言葉に、「わからん」と返す。
ネウロン近海に展開している交国軍艦隊は、封鎖線と警戒網を敷いている。その警戒網を突破して旗艦が乗っ取られるなんて、普通は考え難い。
「旗艦内部に、最初から裏切り者がいた可能性は……多分低い」
「政府から貰った解放軍のデータがありますからね……」
ブロセリアンド解放軍の兵士の情報は、交国政府が粗方把握している。
その情報を元に委員会の憲兵達が動き、潜伏中の解放軍兵士はほぼ摘発済み。第59艦隊内部に潜り込んでいた奴も捕まえたはずだ。
「敵さん、生身で旗艦まで泳いでいったんですかね?」
「考え難いが、そうなのかもなぁ」
解放軍の兵士は、大した相手じゃない。
だが、情報部や玉帝の情報によると、敵方には「バフォメット」という魔神の使徒がついている。
1000年以上前に消息を絶ったらしいが、死亡は確認されていない。単騎でプレーローマとやり合えるほどの武闘派なら、こちらの想像を軽く超えてくる可能性も十分にある。
既に混沌の海に出ている黒水守に通信を繋ぎ、意見を聞く。
「混沌の海の専門家の意見を聞きたい。旗艦に単身で乗り込むことは可能か?」
『私が出来るので、他の方も出来ると思いますよ』
「アンタほどの人がそう言うなら、出来るのか……。俺は無理だが」
『犬塚特佐だって、それぐらい出来るでしょ』
「特佐だって、前にプレーローマの方舟に生身で侵入してたでしょ」
「状況が全然違う」
艦隊がガッツリ警戒網を敷いている時と、航行中の方舟に乗り込むのではワケが違う。混沌の海は暗いから、警戒網を突破されることはあるが……突破したうえで特定の艦を狙い澄まして乗り込むのは黒水守ぐらいにならないと無理だろう。
敵は黒水守並みと考えた方がいい。
わかっている範囲の情報を、友軍にも伝えていく。
まずは第48艦隊の旗艦。そっちはまだ何とか無事みたいだ。
ただ、俺の判断を疑っている。気持ちはわかるが――。
「封鎖線に穴を開けろとは言わないから、敵の侵入を警戒してくれ。それと時化に注意してくれ。おそらく、これから一気に荒れていくぞ」
第59艦隊には気づかれないよう、警戒だけしてくれと伝える。
第59艦隊の旗艦が乗っ取られた可能性がある以上、第59艦隊所属の艦艇には直ぐに通信を繋がない。敵に筒抜けになる可能性がある。
『しかし……いいんですか? 犬塚特佐』
黒水守の言葉に「何が?」と聞く。
『第59艦隊旗艦、乗っ取られていない可能性もあるんでしょう?』
「俺の考え過ぎの可能性もあるな。照会システムも完璧じゃねえから」
けど、それならそれでいい。
「馬鹿にされるのが俺だけなら、それでいいだろ。警戒を怠って兵士が無駄死にするより、心配性の特佐が赤っ恥かく方がずっとマシだ」
恥をかくのは悪くない。笑い話の種に出来るからな。
恥や責任は俺が担当するとして、この状況を解決するのは――。
「黒水守、強行軍で疲れていると思うが手を貸してくれ」
『大丈夫ですよ。さっきまで休んでいましたから』
黒水守は「暖気が終わってませんが」と言いつつ、偵察を請け負ってくれた。
黒水守は混沌の海の専門家だ。
敵に乗っ取られたと思しき第59艦隊旗艦を、敵にも味方にも気取られずに探ってくれるだろう。
■title:第59艦隊旗艦<陽梅>にて
■from:使徒・バフォメット
『…………気づかれたか?』
交国軍艦隊の旗艦を乗っ取り、工作を進めていた最中。
ネウロン近海の方舟の動きがおかしいことに気づいた。
私の巫術観測と、偵察に出しているタルタリカ達の巫術観測を合わせ、考察する。敵の方舟の動きが――そこに乗っている魂の動きがおかしい。
第59艦隊旗艦から距離を取り、警戒している動きに感じる。
旗艦にあった情報を踏まえて考えると、動いているのは第48艦隊所属の艦艇だ。第59艦隊の方舟は、特別な動きをしていない。
第59艦隊旗艦の「異常」に気づいた者が、第48艦隊内部にいたのか。あるいは別の者達が気づいたのか――。
『そういえば、貴様が何かやっていたな』
私の足下で事切れている提督が、船内の機器で何かをやっていた。
船内の機器といっても、方舟に接続されたものではない。そのため巫術で止めるのが一瞬遅れた。少し、電波が漏れた程度なら問題ないと思ったが……アレで異常を感じ取った人間がいたのかもしれない。
『動きが早いな。ネウロン旅団とはワケが違う』
単身で敵艦隊の旗艦に忍び込み、工作活動を行い、敵を少しずつ削っていくつもりだったが……上手くいかなかったようだ。
出来れば多数の方舟を確保しておきたかったが……諦めるか。これだから水際作戦は避けたかったのだが……。
『ではせめて、盛大に暴れるとするか――燼器解放』
■title:混沌の海にて
■from:黒水守・石守睦月
「爆発……!?」
犬塚特佐の方舟から出て、海を刺激しない程度に神器を使っていたその時。
第59艦隊旗艦がいる方角で、混沌の海が荒れ狂い始めた。
犬塚特佐達にも情報を伝えておく。
友軍には特佐達が知らせてくれるだろう。
『こちらでも爆発を観測した。だが、何が起きている? 事故か?』
「いえ、人為的なものですね。特佐の読み通りだったのかと」
神器を使い、混沌の流れを感じ取る。
海が荒れている。
第59艦隊旗艦周辺で、時化が発生している。時化が始まる直前、そこで何か爆発的な反応が起るのを感じた。ただ、普通の爆発じゃない。
まるで雷が奔ったような感覚だった。
雷に反応した混沌の海が、激しく動いている。
混沌の海にある高濃度の混沌は、エネルギーに反応する。
マッチの火にすら反応し、殺到して荒れ狂う。波に流される程度ならまだマシだけど、混沌が流体装甲のように硬くなり、方舟を押しつぶしてくることもある。
既に何かが押しつぶされる音も聞こえている。今まで何度も聞いてきた破壊音。方舟の潰れていく音。総毛立つ身体を撫でつつ、状況確認を急ぐ。
『第59艦隊旗艦周辺の方舟から、次々と被害報告が届いている。時化だけじゃなくて、その直前に攻撃を受けたらしい』
「旗艦の反応は――」
『わからん。だが、第59艦隊の旗艦が自爆した可能性もある』
混沌の海が反応しているのは、自爆が原因か?
旗艦に侵入した敵が、方舟を自爆させたということだろうか?
いや、今のはそういう反応には思えなかった。
「…………! また、何かが――」
旗艦から離れた場所で、また雷が奔ったような感覚がした。
さらに海が荒れ狂っていく。
これはおそらく――。
「犬塚特佐、混沌の海で誰かが暴れています」
『敵が神器か何か、振るってるって事か?』
「ええ。その攻撃で傷ついた艦艇が、時化によって潰されています」
『そんな馬鹿な。そんなことしたら、攻撃した本人が真っ先に死ぬはずだ』
犬塚特佐の言う通りだ。
混沌の海は、平等に無慈悲だ。
高濃度の混沌はエネルギーに反応し、荒れ狂う。エネルギーの発生源となったものも例外ではない。むしろ、そこに一層強く反応する。
遠隔操作で機雷や爆弾を操作しているなら、それを操作している人間は被害を逃れるが……先程から行われている「攻撃」は爆発の類いじゃない。
神器、あるいはそれに匹敵する兵器による雷撃だ。
それが立て続いている。
その攻撃に晒された交国軍の艦艇がダメージを受け、追撃とばかりに襲いかかってきた時化により、方舟が圧壊していく音が聞こえてくる。
敵は攻撃を連発している。
それなのに、敵自身が時化に飲まれた様子がない。
あれほどの攻撃を出来る存在が、複数いるとは思えない。
「どうやって、時化から逃れ続けているんだ……?」




