恩讐の天秤
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「おい、フェルグス。なんで出歩いてる」
「オレがどこに行こうと、副長には関係ないだろ」
「あるよ。同じ解放軍の兵士だからな」
フェルグスが倒れた――と聞いて、見舞いにやってきたら、フェルグスが病室の外にいた。訓練に行こうとしているらしい。
大人しく寝てな、と言っても、フェルグスは「寝てる暇ねえよ」などと言ってきた。オレが止めようとしても押しのけてこようとする。
「いつ交国との戦いになってもいいように、訓練するんだ。この身体や、レギンレイヴにもっと慣れないと……」
「バカ。その前に死ぬぞ」
倒れた原因は過労もあるようだが、それ以前の問題だ。
「お前は大手術したんだ。ホントはもっと安静にしておくべきなんだぞ」
両腕と両足を切断し、義手・義足に付け替えたんだ。
義手と義足にアシスト機能あるし、さらには流体甲冑として使えば念じるだけで動けるとはいえ……ガキの身体が今の状態に直ぐ慣れるわけがない。
大人でもキツい手術を受けたんだ、本当は訓練にも参加するべきじゃないんだが……ドライバ少将が「彼のやる気は評価するべきだ」と言っている。オレにフェルグスを病室のベッドにくくりつける権利はない。
ただ、さすがに検査を欠かさず受ける約束はしてもらっている。フェルグスもそれは守っているようだが、医者が止めても聞かないらしい。流体甲冑を纏って、「動けるように薬を打ってくれ」と脅してくる――という苦情も入っている。
ドライバ少将はそれでもフェルグスを止めず、「皆も彼を模範にするべきだ」と言い、巫術師達に改造手術を勧めていた。
少将がそういう判断をしたことに関しては、正直…………。
……いや、オレが少将やフェルグスほどの覚悟がないだけか。
そうだとしても――。
「無駄死には駄目だ。今日はベッドで大人しくしてろ」
一度倒れたなら、話は別だ。
せめて今日ぐらい大人しくしてろ――と強く言うと、フェルグスは不満げながらも病室に戻ってくれた。重たい義手と義足を小さな身体で動かしつつ……。
「コイツが病室から抜け出すようなら、オレに連絡してくれ」
「少将は、『この子の好きにさせてあげなさい』と言ってましたが……」
「死んだら解放軍の戦力も低下する。少将も理解してくれるさ」
看護師を説得し、「止めなくていいけど、病室から抜け出したら教えてくれ」と頼んでおく。……これぐらいは、してもいいよな?
フェルグスは、ひとまずこれで良し。
あとは――。
「……隊長の様子を見に行くか」
交国軍との本格的な戦いが迫っている。
ネウロンに敵艦隊が向かってきている。
とりあえず、バフォメットとタルタリカが混沌の海で対応するらしいが……戦況次第ではオレ達も出なきゃいけなくなるだろう。
戦闘で忙しくなる前に……何とか、隊長の説得をしないと。
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「星屑隊のサイラス・ネジ中尉、まだ牢屋にいるんだよな?」
「ええ。今日も面会ですか?」
「説得したいからな。あの人は、解放軍に入るべきだ」
「ふぅん……」
看守と言葉を交わし、牢屋のある建物へ入っていく。
大半の「捕虜」は別の場所にいるんだが、隊長は……難しい立場だから……特別に別の牢屋に入れられている。
あまり良い場所ではないから、早く出してあげたいんだが――。
「隊長? チェーンです。アラシア・チェーンが参りまし――」
隊長が入れられている牢屋を覗き込む。
覗き込み、ギョッとする。
隊長は牢屋の中にいるが、何故か血を流している。
「たっ、隊長……!? その傷、まさか撃たれたんですか!?」
「…………」
「おい、看守! ちょっと来い!!」
「無駄だ」
傷口を押さえている隊長が呟く。
その隊長の言葉通りなのか、看守が来る気配はない。
「弾は抜けている。問題ない」
「いや、問題ありまくりでしょ……!?」
隊長は自分の衣服を破り、それを包帯代わりにして応急処置済みだ――と言ってきた。「この程度では死なん」と言ってるが……結構、血を流している。
顔色が悪いのは、銃創だけが原因じゃない。繊一号での騒動の後からずっと、牢屋生活を続けているから弱っているのに……!
「捕虜を痛めつけるなんて……。誰がやったんですか? あの看守ですか?」
「貴様が気にする必要はない。私の問題だ」
「オレは星屑隊の副長ですよ?」
「今のお前は、ブロセリアンド解放軍の兵士なのだろう?」
なら関係ない――と言い、隊長は突き放してきた。
死にそうな状態でも、相変わらずの無表情だ。
いや……交国軍を裏切ったオレに対して、怒ってんのかな? 隊長みたいな真面目な人は、オレみたいな奴は嫌い……だよな。
でも、それでもオレは隊長を助けたいんだ。
「ちょっと待っててください。医者、呼んできますから……!」
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「くそっ……。すみません、隊長。誰を呼んでも、『無理』って言われて……」
「だろうな」
医者どころか看護師も動かせず、すごすごと戻ってきてしまった。
看守は隊長の負傷を知らんぷり。医者達も「あそこには近づくなと厳命されていて――」と言ってきた。胸ぐら掴んで脅しても、「無理です」の一点張りだった。
オレはまだ、解放軍の幹部じゃない。幹部入りの話は……あれきり音沙汰がない。けど、部隊長だから、それなりの権限は持っている。
持っているんだが……。
「キャスター先生も、今はレンズ達と町の外に出てて……。医療品をテキトーにかっぱらってくる事しか出来なくて……すみません」
「元あったところに戻しておけ」
「そうはいきませんよ。ほら、こっちに来て! 手当させてください!」
そう言ったが、隊長は傷口を押さえたまま動いてくれなかった。
それならせめて――と思いつつ、牢屋の中に奪ってきた医療品を差し入れる。消毒して止血用のジェルを塗ったり、清潔な包帯に変えるぐらいしておくべきだ。
「お願いですから……! せめてそれ使ってくださいっ!」
必死にそう頼んでいると、隊長はやっと動いてくれた。
「すまんな」
「……解放軍に入っても、オレにとっての隊長は、貴方のままですから」
隊長は自分1人で手当を進めていく。
器用なもんだ。この人は……オレがいなくても、何でも自分でこなしちまう人だ。オレの助けも……別に、なくても何とかなったのかもしれない。
「…………」
隊長が処置している光景を見つつ、改めて考える。
看守も医師達も、様子がおかしかった。
捕虜が牢屋で撃たれるなんて、異常事態だ。
それでもオレ以外に誰も動いてないって事は……ブロセリアンド解放軍内部でも、それなりの立場の人が捕虜虐待しているって事だ。
多分……あの人、だよな……?
「隊長……。まさか、ドライバ少将に撃たれたんですか?」
「お前がそれを知る必要はない」
「な、なんで少将に撃たれてるんですか……! 少将も、隊長を解放軍に勧誘したいって言ってたのに……!」
ワケがわからず戸惑っていると、隊長は「彼は、私を解放軍に入れる気がない」と返事してきた。
「一応、勧誘はしてくるがな。私も『解放軍に入れてください』と頼んだ事もあるが、彼は私を信じてくれなかった。『心の底から交国軍を裏切らない限り、キミみたいな怪しい奴は仲間にできない』とのことだ」
「はぁ……!? な、なんですか、それっ……」
「私がどういう立場の軍人か、お前も聞かされただろう」
聞いた。
ドライバ少将から、隊長は「普通の軍人じゃない」って聞かされた。
けど、未だに……信じられない。
そんなの、オレだって知らなかったんだ。
「隊長が……交国軍事委員会・二課の憲兵って……本当なんですか?」
「ああ」
「ウソ言わないでください。しょ、少将が何か勘違いしているんですよね?」
交国軍事委員会は軍の人事管理をしている。
委員会のさらに上が軍事計画を決定し、その指示を受けて人員を配置しつつ……各軍人の言動に関しても精査している。
報告書を見るだけではなく、時には憲兵を使って見張っている。
ただ、憲兵共の仕事はそれだけじゃない。
隊長が所属している「二課」は、交国領内の不穏分子対応を担当している。
ブロセリアンド解放軍のような組織を敵視し、摘発してくる部署だ。多くの解放軍の同志が二課の憲兵に捕まり、処刑されてきた。
隊長は表向き、星屑隊の隊長として振る舞っていたが……本当の所属は憲兵らしい。間者ってわけじゃないから、どっちも本当の所属なんだが――。
「私はブリトニー・スパナ曹長……つまり、整備長を見張っていた。『元王女』という立場の彼女に、不穏分子が食いついてくる可能性があるからな」
つまり、整備長をエサに不穏分子摘発を行っていた。
隊長はいつも通り、淡々とした口調でそう語った。
「そんなの嘘だ……。貴方が憲兵なんて……」
「実際、解放軍の兵士は食いついてきた」
「…………」
隊長と整備長は、星屑隊が出来る前からの付き合いだった。
それはつまり……その頃からずっと、隊長は整備長とその近辺を見張っていたって事だ。憲兵として……オレにすら、正体を隠して……。
「だが、どうやら私の目は節穴だったらしい。まさかお前が摘発対象だったとは」
「隊長が憲兵のはずがない……! 貴方は、オレを助けてくれたでしょ!?」
星屑隊が出来る前。
隊長は――サイラス・ネジは、オレを助けてくれた。
隊長にとって、当時のオレは赤の他人だったはずだ。オレも軍事委員会に所属していたけど……オレは憲兵じゃなかったし、他人だったはずだ。
隊長が助けに来てくれなかったら……オレも死んでいた。
しかも、隊長はただ助けてくれただけではなく――。
「上官の命令を無視してまで、オレを助けに来てくれたでしょ!? 憲兵が……皆を規律で縛ってくる輩が、そんなことしてまでオレを助ける必要ないでしょ!?」
「貴様に恩を売っておけば、後々便利だと思ったのかもしれんぞ」
「オレなんか助けても、何の得にもなりませんよ……!」
隊長はオレが「解放軍の兵士」だと知らなかった。
交国軍に潜伏していたオレを、マークしていたわけじゃない。マークしていたとしたら、オレが解放軍に合流できるはずがない。
「憲兵なら、何であの時、オレを助けたんですか? いや、憲兵じゃなくても……見ず知らずのオレ達を助けようとしたのは、おかしいですよね……!?」
「…………。ただの気まぐれだ」
隊長は止血用のジェルを傷口に塗りたくりつつ、そう言った。
「私は二課の憲兵だ。軍の規律に背いたからこそ、ネウロンに左遷されたのだ。……お前や整備長まで巻き込んだのはすまないと思っている」
「ホントに憲兵なんですか……?」
「一応な。左遷された身とはいえ、私は二課所属のままだ」
「隊長は、解放軍の蜂起予定を把握していたんですか?」」
「私個人は知らなかった。委員会上層部は……どうだろうな」
隊長は自分で包帯を巻きつつ――オレに視線を向けず――言葉を続けた。
「私のことはもう放っておけ。委員会の憲兵は、解放軍の兵士にとって怨敵だろう。二課の憲兵は、貴様らの同胞を吊るし上げてきた者達だからな」
「…………」
「私に構う暇があるなら、お前の後輩達を……星屑隊を守ってやってくれ」
「当然、アイツらも守りますよ。隊長の事も守ってみせます」
……守れるのか?
二課の憲兵だったとしても、隊長はオレの命の恩人だ。
正体を知った後でも、守りたいと思っている。ただ……オレ以外の解放軍兵士は「憲兵」の隊長を受け入れてくれるのか……?
隊長が牢屋の中で撃たれ、放置されていたのは……経歴の問題が大きいんだろう。ドライバ少将もおそらく、隊長を生かしておくつもりは……。
……どうすればいい。
隊長はオレの命を救ってくれた。恩人だ。
その恩は、今でも忘れていない。
けど……オレにとって、「交国への復讐」も同じぐらい大事なものだ。
隊長を助けて、交国への復讐も遂げたい。けど……隊長はドライバ少将に睨まれている。このままじゃ……隊長を守ることは出来ないかもしれない。
解放軍に背いてでも、隊長を逃がしたりしない限り――。
「――――」
自分の思考にハッとする。解放軍を裏切りなんて、有り得ない。
復讐を諦めるなんて、絶対……駄目だ。
オレに出来ることは、もう復讐しかない。
アイツのためにやれる事は、それしかないんだ……。




