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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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恩讐の天秤



■title:解放軍鹵獲船<曙>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「おい、フェルグス。なんで出歩いてる」


「オレがどこに行こうと、副長には関係ないだろ」


「あるよ。同じ解放軍の兵士だからな」


 フェルグスが倒れた――と聞いて、見舞いにやってきたら、フェルグスが病室の外にいた。訓練に行こうとしているらしい。


 大人しく寝てな、と言っても、フェルグスは「寝てる暇ねえよ」などと言ってきた。オレが止めようとしても押しのけてこようとする。


「いつ交国との戦いになってもいいように、訓練するんだ。この身体や、レギンレイヴにもっと慣れないと……」


「バカ。その前に死ぬぞ」


 倒れた原因は過労もあるようだが、それ以前の問題だ。


「お前は大手術したんだ。ホントはもっと安静にしておくべきなんだぞ」


 両腕と両足を切断し、義手・義足に付け替えたんだ。


 義手と義足にアシスト機能あるし、さらには流体甲冑として使えば念じるだけで動けるとはいえ……ガキの身体が今の状態に直ぐ慣れるわけがない。


 大人でもキツい手術を受けたんだ、本当は訓練にも参加するべきじゃないんだが……ドライバ少将が「彼のやる気は評価するべきだ」と言っている。オレにフェルグスを病室のベッドにくくりつける権利はない。


 ただ、さすがに検査を欠かさず受ける約束はしてもらっている。フェルグスもそれは守っているようだが、医者が止めても聞かないらしい。流体甲冑を纏って、「動けるように薬を打ってくれ」と脅してくる――という苦情も入っている。


 ドライバ少将はそれでもフェルグスを止めず、「皆も彼を模範にするべきだ」と言い、巫術師達に改造手術を勧めていた。


 少将がそういう判断をしたことに関しては、正直…………。


 ……いや、オレが少将やフェルグスほどの覚悟がないだけか。


 そうだとしても――。


「無駄死には駄目だ。今日はベッドで大人しくしてろ」


 一度倒れたなら、話は別だ。


 せめて今日ぐらい大人しくしてろ――と強く言うと、フェルグスは不満げながらも病室に戻ってくれた。重たい義手と義足を小さな身体で動かしつつ……。


「コイツが病室から抜け出すようなら、オレに連絡してくれ」


「少将は、『この子の好きにさせてあげなさい』と言ってましたが……」


「死んだら解放軍の戦力も低下する。少将も理解してくれるさ」


 看護師を説得し、「止めなくていいけど、病室から抜け出したら教えてくれ」と頼んでおく。……これぐらいは、してもいいよな?


 フェルグスは、ひとまずこれで良し。


 あとは――。


「……隊長の様子を見に行くか」


 交国軍との本格的な戦いが迫っている。


 ネウロンに敵艦隊が向かってきている。


 とりあえず、バフォメットとタルタリカが混沌の海で対応するらしいが……戦況次第ではオレ達も出なきゃいけなくなるだろう。


 戦闘で忙しくなる前に……何とか、隊長の説得をしないと。




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「星屑隊のサイラス・ネジ中尉、まだ牢屋にいるんだよな?」


「ええ。今日も面会ですか?」


「説得したいからな。あの人は、解放軍に入るべきだ」


「ふぅん……」


 看守と言葉を交わし、牢屋のある建物へ入っていく。


 大半の「捕虜」は別の場所にいるんだが、隊長は……難しい立場だから……特別に別の牢屋に入れられている。


 あまり良い場所ではないから、早く出してあげたいんだが――。


「隊長? チェーンです。アラシア・チェーンが参りまし――」


 隊長が入れられている牢屋を覗き込む。


 覗き込み、ギョッとする。


 隊長は牢屋の中にいるが、何故か血を流している。


「たっ、隊長……!? その傷、まさか撃たれたんですか!?」


「…………」


「おい、看守! ちょっと来い!!」


「無駄だ」


 傷口を押さえている隊長が呟く。


 その隊長の言葉通りなのか、看守が来る気配はない。


「弾は抜けている。問題ない」


「いや、問題ありまくりでしょ……!?」


 隊長は自分の衣服を破り、それを包帯代わりにして応急処置済みだ――と言ってきた。「この程度では死なん」と言ってるが……結構、血を流している。


 顔色が悪いのは、銃創だけが原因じゃない。繊一号での騒動の後からずっと、牢屋生活を続けているから弱っているのに……!


「捕虜を痛めつけるなんて……。誰がやったんですか? あの看守ですか?」


「貴様が気にする必要はない。私の問題だ」


「オレは星屑隊の副長ですよ?」


「今のお前は、ブロセリアンド解放軍の兵士なのだろう?」


 なら関係ない――と言い、隊長は突き放してきた。


 死にそうな状態でも、相変わらずの無表情だ。


 いや……交国軍を裏切ったオレに対して、怒ってんのかな? 隊長みたいな真面目な人は、オレみたいな奴は嫌い……だよな。


 でも、それでもオレは隊長を助けたいんだ。


「ちょっと待っててください。医者、呼んできますから……!」




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「くそっ……。すみません、隊長。誰を呼んでも、『無理』って言われて……」


「だろうな」


 医者どころか看護師も動かせず、すごすごと戻ってきてしまった。


 看守は隊長の負傷を知らんぷり。医者達も「あそこには近づくなと厳命されていて――」と言ってきた。胸ぐら掴んで脅しても、「無理です」の一点張りだった。


 オレはまだ、解放軍の幹部じゃない。幹部入りの話は……あれきり音沙汰がない。けど、部隊長だから、それなりの権限は持っている。


 持っているんだが……。


「キャスター先生も、今はレンズ達と町の外に出てて……。医療品をテキトーにかっぱらってくる事しか出来なくて……すみません」


「元あったところに戻しておけ」


「そうはいきませんよ。ほら、こっちに来て! 手当させてください!」


 そう言ったが、隊長は傷口を押さえたまま動いてくれなかった。


 それならせめて――と思いつつ、牢屋の中に奪ってきた医療品を差し入れる。消毒して止血用のジェルを塗ったり、清潔な包帯に変えるぐらいしておくべきだ。


「お願いですから……! せめてそれ使ってくださいっ!」


 必死にそう頼んでいると、隊長はやっと動いてくれた。


「すまんな」


「……解放軍に入っても、オレにとっての隊長は、貴方のままですから」


 隊長は自分1人で手当を進めていく。


 器用なもんだ。この人は……オレがいなくても、何でも自分でこなしちまう人だ。オレの助けも……別に、なくても何とかなったのかもしれない。


「…………」


 隊長が処置している光景を見つつ、改めて考える。


 看守も医師達も、様子がおかしかった。


 捕虜が牢屋で撃たれるなんて、異常事態だ。


 それでもオレ以外に誰も動いてないって事は……ブロセリアンド解放軍内部でも、それなりの立場の人が捕虜虐待しているって事だ。


 多分……あの人、だよな……?


「隊長……。まさか、ドライバ少将に撃たれたんですか?」


「お前がそれを知る必要はない」


「な、なんで少将に撃たれてるんですか……! 少将も、隊長を解放軍に勧誘したいって言ってたのに……!」


 ワケがわからず戸惑っていると、隊長は「彼は、私を解放軍に入れる気がない」と返事してきた。


「一応、勧誘はしてくるがな。私も『解放軍に入れてください』と頼んだ事もあるが、彼は私を信じてくれなかった。『心の底から交国軍を裏切らない限り、キミみたいな怪しい奴は仲間にできない』とのことだ」


「はぁ……!? な、なんですか、それっ……」


「私がどういう立場の軍人か、お前も聞かされただろう」


 聞いた。


 ドライバ少将から、隊長は「普通の軍人じゃない」って聞かされた。


 けど、未だに……信じられない。


 そんなの、オレだって知らなかったんだ。


「隊長が……交国軍事委員会・二課の憲兵(にんげん)って……本当なんですか?」


「ああ」


「ウソ言わないでください。しょ、少将が何か勘違いしているんですよね?」


 交国軍事委員会は軍の人事管理をしている。


 委員会のさらに上が軍事計画を決定し、その指示を受けて人員を配置しつつ……各軍人の言動に関しても精査している。


 報告書を見るだけではなく、時には憲兵を使って見張っている。


 ただ、憲兵共の仕事はそれだけじゃない。


 隊長が所属している「二課」は、交国領内の不穏分子対応を担当している。


 ブロセリアンド解放軍のような組織を敵視し、摘発してくる部署だ。多くの解放軍の同志が二課の憲兵に捕まり、処刑されてきた。


 隊長は表向き、星屑隊の隊長として振る舞っていたが……本当の所属は憲兵らしい。間者ってわけじゃないから、どっちも本当の所属なんだが――。


「私はブリトニー・スパナ曹長……つまり、整備長を見張っていた。『元王女』という立場の彼女に、不穏分子が食いついてくる可能性があるからな」


 つまり、整備長をエサに不穏分子摘発を行っていた。


 隊長はいつも通り、淡々とした口調でそう語った。


「そんなの嘘だ……。貴方が憲兵なんて……」


「実際、解放軍の兵士は食いついてきた」


「…………」


 隊長と整備長は、星屑隊が出来る前からの付き合いだった。


 それはつまり……その頃からずっと、隊長は整備長とその近辺を見張っていたって事だ。憲兵として……オレにすら、正体を隠して……。


「だが、どうやら私の目は節穴だったらしい。まさかお前が摘発対象だったとは」


「隊長が憲兵のはずがない……! 貴方は、オレを助けてくれたでしょ!?」


 星屑隊が出来る前。


 隊長は――サイラス・ネジは、オレを助けてくれた。


 隊長にとって、当時のオレは赤の他人だったはずだ。オレも軍事委員会に所属していたけど……オレは憲兵じゃなかったし、他人だったはずだ。


 隊長が助けに来てくれなかったら……オレも死んでいた。


 しかも、隊長はただ助けてくれただけではなく――。


「上官の命令を無視してまで、オレを助けに来てくれたでしょ!? 憲兵が……皆を規律で縛ってくる輩が、そんなことしてまでオレを助ける必要ないでしょ!?」


「貴様に恩を売っておけば、後々便利だと思ったのかもしれんぞ」


「オレなんか助けても、何の得にもなりませんよ……!」


 隊長はオレが「解放軍の兵士」だと知らなかった。


 交国軍に潜伏していたオレを、マークしていたわけじゃない。マークしていたとしたら、オレが解放軍に合流できるはずがない。


「憲兵なら、何であの時、オレを助けたんですか? いや、憲兵じゃなくても……見ず知らずのオレ達を助けようとしたのは、おかしいですよね……!?」


「…………。ただの気まぐれだ」


 隊長は止血用のジェルを傷口に塗りたくりつつ、そう言った。


「私は二課の憲兵だ。軍の規律に背いたからこそ、ネウロンに左遷されたのだ。……お前や整備長まで巻き込んだのはすまないと思っている」


「ホントに憲兵なんですか……?」


「一応な。左遷された身とはいえ、私は二課所属のままだ」


「隊長は、解放軍の蜂起予定を把握していたんですか?」」


「私個人は知らなかった。委員会上層部は……どうだろうな」


 隊長は自分で包帯を巻きつつ――オレに視線を向けず――言葉を続けた。


「私のことはもう放っておけ。委員会の憲兵は、解放軍の兵士にとって怨敵だろう。二課の憲兵は、貴様らの同胞を吊るし上げてきた者達だからな」


「…………」


「私に構う暇があるなら、お前の後輩達を……星屑隊を守ってやってくれ」


「当然、アイツらも守りますよ。隊長の事も守ってみせます」


 ……守れるのか?


 二課の憲兵だったとしても、隊長はオレの命の恩人だ。


 正体を知った後でも、守りたいと思っている。ただ……オレ以外の解放軍兵士は「憲兵」の隊長を受け入れてくれるのか……?


 隊長が牢屋の中で撃たれ、放置されていたのは……経歴の問題が大きいんだろう。ドライバ少将もおそらく、隊長を生かしておくつもりは……。


 ……どうすればいい。


 隊長はオレの命を救ってくれた。恩人だ。


 その恩は、今でも忘れていない。


 けど……オレにとって、「交国への復讐」も同じぐらい大事なものだ。


 隊長を助けて、交国への復讐も遂げたい。けど……隊長はドライバ少将に睨まれている。このままじゃ……隊長を守ることは出来ないかもしれない。


 解放軍に背いてでも、隊長を逃がしたりしない限り――。


「――――」


 自分の思考にハッとする。解放軍を裏切りなんて、有り得ない。


 復讐を諦めるなんて、絶対……駄目だ。


 オレに出来ることは、もう復讐しかない。


 アイツのためにやれる事は、それしかないんだ……。




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