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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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空っぽの特等席



■title:解放軍鹵獲船<曙>にて

■from:使徒・バフォメット


『…………』


 ドライバの判断は、馬鹿らしいと思う。


 自殺行為と言っていい。


 だが……私の判断が正しいとも、言い切れない。


 私はかつて、判断を誤った。……愛娘(スミレ)を死なせてしまった。


 判断を誤ったからこそ、判断を放棄し、契約者に委ねた。


 その契約者が不在だからこそ、自分で判断せざるを得ないのだが……解放軍に対してアレコレと口出しするのは判断ミスかもしれん。


 奴らは滅ぶだろうが、それは重要ではない(・・・・・・)。解放軍と組んでいるのは契約者の命令を果たすために効率的だからだ。


 今のところはドライバの判断に従ってやるが、近いうちに――。


「おいっ! バフォメット!! どういう事だ!!」


『…………』


 これからの事を考えていると、少年巫術師が――フェルグスがやってきた。


 手足から機械の音を響かせつつ、肩を怒らせ近づいてくる。


 私に復讐しに来たのか――と微かな期待を抱いたが、そういう話ではないらしい。順番(それ)は相変わらず守るらしい。


「交国軍と戦う作戦、何でオレを外したんだ!?」


『あぁ……。水際作戦の件か』


 巫術師共にも水際作戦が伝わったようだ。


『お前を特別に外したつもりはない。巫術師全員が足手まといだから、ドライバに「巫術師共は外せ」と言っておいただけだ』


 奴はそこだけは守る気らしい。


 フェルグスは、納得していない様子だが――。


 仕方が無いので説明しておくか。……これもドライバに任せておけば良かった。


『お前は、混沌の海での戦闘経験が無いだろう』


「それは……! ねえけど……でも、いないよりマシだろ!?」


『邪魔だ。海での戦闘の勝手がわからない者がいたら、海が無駄に荒れる』


 貴様らは勝手に死ねばいいが、私の邪魔はするな。


 解放軍とは今のところは(・・・・・・)手を結んでやる。水際作戦も一度はこなしてやろう。それが解放軍にとって自殺行為になろうとな。


『混沌の海で戦うのは簡単ではない。魂が見える巫術師達でも、経験が浅ければ混乱して自滅していく。暗い混沌の海で勝手に死んでいく。それは邪魔だ』


「…………」


『信じろとは言わん。だが邪魔はするな』


 巫術師も非巫術師も、どうでもいい。


 ネウロン人というだけで、私にとっては憎しみの対象だ。


 今更、殺して回るつもりもないが……邪魔は許さん。


「タルタリカは良くて、オレはダメなのかよ……!」


『奴らは私の指示を聞くからな。混沌の海に対する恐怖もない』


「オレが海如きで怖じ気づくと――」


『その程度の認識しかないなら、余計に連れていけん』


「オレは逃げない! 命なんて惜しくないから怖くない! だから、せめて、オレだけでも連れていってくれよ……! アンタの役に立ってやるよっ!」


 余程、交国相手に戦いたいらしい。


 復讐のためとはいえ、復讐対象の1人である私の「役に立ってやる」とは……やはり理解に苦しむ少年だ。


 お前の助けはいらないし、むしろ邪魔だ――と突っぱねる。それでも突っかかってくる。……かつての教え子(ヴィンスキー)達の方が素直だったな。


 いや、奴らも血気盛んな時は大概だったな……。よくシシンと2人で巫術師(バカ)共の鼻をへし折ってやったものだ。


『訓練でもしていろ。もしくは……逃げているものと向き合え』


「ハァ……!? オレが、何から逃げているって――」


『ヴァイオレットだ』


 そう言うと、フェルグスは表情を強ばらせて黙った。


 フェルグスに限った話ではないが、ヴァイオレットは避けられている。


 フェルグス達は、ヴァイオレットとの対話を避けている。


『お前は、私が繊一号で起こした事件以降、彼女と一度も話してないだろう?』


「…………」


『お前と他者の関係など、どうでもいいが……。ヴァイオレットは貴様や他の巫術師との対話を望んでいる』


 ヴァイオレットは、解放軍の者達に止められているようだがな。


 しかし、端末に不正なアクセスを繰り返し、何とかフェルグス達と接触しようとしている。病室に閉じ込められながらも、彼女は彼女で足掻いている。


 フェルグス達の方から手を伸ばせば、また会う機会もあるはずだが……フェルグス達の方は、それを避けている。


『お前が彼女と会わないのは、彼女が嫌いになったからか?』


「そんなわけねえだろ!?」


『では、何故だ? 交国と戦うより、彼女と話す方が余程容易いだろう』


 純粋な疑問を投げると、フェルグスは苦い表情を浮かべた。


 そして、「簡単に言いやがる」とこぼした。


「ヴィオラ姉は……オレ達が戦うこと、絶対に止めてくる」


『…………』


「だから、いいんだ。話しても……無駄だから」


『…………』


「け、けど、ヴィオラ姉が嫌いになったわけじゃねえからな!? むしろ、守りたいんだ。……守りたいから、話をしたくないんだ」


『…………』


「オレ、ヴィオラ姉はラート達と一緒にいてほしいんだ。戦いに巻き込みたくない。戦闘は、オレが何とかするから……。守りたいから話をしないんだ」


『そうか。よくわからん話なのは、わかった』


 子供は難しいものだ。


 急に暴れ出したり、急に奇声を上げる「小さなケダモノ」だからな。


 エデン時代、エデン構成員の子や、ネウロン人の子供が私の身体を遊具代わりにする事もあった。アレもアレで理解に苦しんだが……断るとギャンギャンと泣くから、仕方なく石像のように立っておくしかなかったものだ。


 子供は、よくわからん。


 私がこの少年の言う事を理解できないのも、当然のことだ。


 スミレは小さな頃から優秀だった。突然暴れ出したり、突然奇声をあげることもない。私の肩の上を好んでいる、とても優しい子だった。


 スミレが私の肩上を好んでいたから、小さなケダモノ達にもそこは譲らなかった。私の肩はスミレの特等席だからな……。


 ケダモノ達が私に群がり、登ってくるぐらいならスミレもニコニコと笑顔を浮かべるだけだった。しかし、私の肩が取られそうになると、オロオロとしていたものだ。特等席を取られたくなかったのだろう。


 オロオロするスミレも可愛らしかったが、スミレに泣いてほしくない。


 だから、私はそっとスミレに手を伸ばし、特等席に乗せていた。


 すると、スミレは満面の笑みを浮かべていた。


 大人になってから乗せると、「恥ずかしいよ」と言いつつ、笑顔で私に身体を預けてくれていた。私の自慢の子だった。私の宝物だった。


 そのスミレはもう、いないが――。


『…………。あまり、ヴァイオレットを困らせるな』


「アンタには関係ねえだろ」


『その通りだが……』


 ヴァイオレットも、私にとっては他人だ。


 しかし……他の者達とは違う。


 彼女はスミレの身体を受け継いだ者だ。


 他人だが……他の者とは違う。


「か弱い女1人から逃げている貴様が、交国に勝てるとは思えん」


『なっ、なんだとぉっ……!!』


 フェルグスが殴りかかってきた。


 いいぞ、私に復讐してこい。


 かつての私のように、目の前の復讐対象の殺害に集中しろ。


 そう期待し、軽くあしらってやっていると――フェルグスは直ぐに戦闘行動を止めた。動きに殺意も籠もってなかった。つまらん奴だ。


 ……私よりはるかに幼いくせに。


「お、オレは……ヴィオラ姉から逃げてるわけじゃない」


『そうか』


「オレが交国軍をブッ倒せば、ヴィオラ姉達も……認めてくれるはずだ」


 視線を泳がせつつ、そう言ったフェルグスが私を見てきた。


「オレ、最近、かなり調子がいいんだ! お前相手でも結構やれてるだろ!?」


『巫術師として、強くなっているのは確かだ』


 巫術師の力は、画一的ではない。


 索敵範囲や、憑依・操作技術は個々人で差がある。


 死んだ弟から、ある程度の力を受け継いだ可能性があるフェルグスは、以前より強くなっている。だが、私ほど強くはない。


 私でも交国に勝てるか怪しいのだ。フェルグス如きが勝てるとは思えん。私の場合……交国に勝つ必要はないが。


『お前は、それなりに強い。だが、所詮は「巫術師」に過ぎない』


「…………? どういう事だ?」


『死者と会話が出来るほど、超越した存在ではない――という事だ』


 この少年も、どうでもいい。


 実質、私の復讐対象の末裔だからな。


 ネウロンの巫術師である以上、その家系図を辿っていけば……おそらく、真白の魔神に反旗を翻した者達の血に連なっているはずだ。


 だが、それでも……一応、言っておく。


『相手が生きているうちに、会話しておけ。そうしないと後悔するぞ』


「ヴィオラ姉が死ぬって言いたいのかよっ……」


『彼女は不死身ではない。一度死ねば、そこまでだ』


 彼女は真白の魔神ではない。


 スミレも、真白の魔神ではなかった。


 2人共……奴のように転生するわけじゃない。


 死ねば、終わりなのだ。


 死ねば……もう二度と話せなくなる。


『お前も、死の重さがわかっているはずだ』


「…………」


 フェルグスはようやく落ち着いたようだった。


 顔色が悪い。精神的にも、肉体的にも危うい状態のはずだ。


 今は歩けているとはいえ、子供のくせに無茶な手術を受けたからな。本来なら当面は絶対安静のはずだが……薬を打って無理に動いている。


『私は、お前の力を評価している。だが、お前の出番はまだ来ていない』


「…………」


『……解放軍上層部は、馬鹿げた水際作戦(きぼう)にすがっている』


 声を潜め、フェルグスだけに聞こえるよう囁く。


『奴らはネウロン内部での決戦を避けているが、決戦(それ)は回避不可能だ。今のうちに身体を休めて備えておけ。あるいは、新しい機兵の訓練に集中しろ』


「…………」


『それと、余計なお節介だと思うが……ヴァイオレット達とも、よく話をしておけ。死ぬとしたら貴様の方が先だろうが、後悔しないように話しておけ』


 フェルグスは不服そうに黙っていたが、一応、頷いた。


 ……何をしているんだろうな、私は。


 どうでもいい存在に対し、余計な助言を与えてしまった。


 私の助言など……何の力もないだろうがな。


『――さて』


 水際作戦のための準備をしておこう。


 一度だけ、ドライバの指示通りに戦ってやる。


 だが、戦う前に……私も話しておくべき相手がいる。


 諸々の準備を終えたら、会いに行くとしよう。


 渡すものもあるからな……。



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