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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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水際作戦



■title:解放軍鹵獲船<曙>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「ネウロンの制圧は96%完了。都市は全て押さえましたが、また都市の外で抵抗を続けている交国軍がいます」


 ネウロンにいる解放軍の主立った面々が集い、情報共有が行われていく。


 現状に関する報告会だが、ネウロンの状況は……そこまで悪くない。バフォメットの力添えもあるため、ネウロン旅団はもう壊滅している。


 それでも解放軍に下らず、抵抗を続ける馬鹿共はいるが……バフォメットのタルタリカや、巫術で蹴散らされている。


「ネウロン旅団の捕虜も、大半が解放軍への参加を了承しています。一般人に関しても殆どが解放軍の活動を支持(・・)し、協力を約束してくれました」


「うんうん。順調だねぇ」


 部下の報告を聞いたドライバ少将が笑顔を見せる。


 一般人も、解放軍の活動を支持している。


 まあ……笑顔は浮かべてないけどな。交国軍の代わりに都市を管理し始めたのが解放軍だから、仕方なく従っている……って奴らも多い。


 けど、悪いのは交国なんだ。オレ達(オーク)だけじゃなくて、一般人も交国の犠牲者なんだ。ネウロン人は交国の実験で――魔物事件で多数死んだわけだし、強制移住させられてきた異世界人も交国の被害者なんだ。


 今は無理矢理でもいい。しぶしぶでもいい。


 時間をかけて説得していけば、いずれ理解してくれるさ……。


「ただ、まだ抵抗している部隊がいるのはよろしくないね」


「はい。対処を急いでいるのですが、今のところ3つの部隊が抵抗を続けています。こちらの追跡を撒いた者もいるので、奴らの制圧はもう少し時間をください」


「はいはい、急いでね~」


 バフォメットとタルタリカが協力してくれるおかげで、ネウロン旅団はほぼ制圧できた。ただ、バフォメット達頼りってわけじゃない。解放軍も仕事をしている。


 ネウロン旅団内にはブロセリアンド解放軍の間者が多数潜んでいるから、抵抗している部隊の中にいる間者に動いてもらえば、奴らも簡単に突き崩す事が出来た。


 中には……間者って事がバレてなぶり殺しにされた解放軍兵士もいる。けど、「間者がいる」って知った交国軍人はさらに浮き足だって崩れていった。


 解放軍にだって、それだけの力はあるんだ。


 オレ達はバフォメット頼りの集団じゃない。


「ネウロンの制圧は予定以上のペースで進んでる! 皆のおかげだよ!」


「少将、ネウロン以外はどうなんですか?」


 部隊長の1人がそう問いかけた。


 皆の視線が少将に向かう。……オレも、そこが気になっていた。


 交国政府が卑怯な方法で「先手」を打ってきた事で、オーク達の動きが鈍い。彼らは交国の不正を知れば、直ぐに離反してくれる見込みだった。


 そうなっていない事は一昨日、ドライバ少将に聞いたんだが……続報は聞けてない。……あまり良い話にはなってないんだろう。


 ネウロンには「バフォメット」という協力者がいた。


 けど、他の蜂起地は……ネウロンほど上手くいってない可能性がある。


「大丈夫。他も順調に制圧済み。というか……ネウロン以上に制圧が進んでいる地域もある! キミ達はひとまず、ネウロンの心配だけすればいい」


 少将はウインクしながらそう言ったが、問いかけた部隊長は「具体的に説明してください」と食い下がった。


「アマルガム元帥が捕まったという噂も流れ、皆が浮き足立ってます。ネウロンはバフォメットの力で掌握が進んでいますが……ネウロンだけ掌握したところで、我々は孤立するだけですよ?」


「あのさぁ、元帥逮捕はあくまで噂! というか、敵の工作だよ! 敵のウソ!」


「交国軍により、エシュレレの解放軍同志が壊滅に追いやられたという噂は本当なんですか? そもそも少将、我々相手にも情報を隠してますよね?」


「仕方ないじゃん。そんなくだらない噂を信じるんだからさ」


 笑顔だったドライバ少将の眉間に、どんどんシワが寄り始めた。


 ドライバ少将は界外の情報を隠している。


 ネウロンにいる解放軍内にも、色んな噂が流れている。オレ達が浮き足立ってもバフォメットが粛々とネウロン旅団を制圧していったが……さすがのバフォメットでも噂を止めることは出来ない。


 ドライバ少将が厳しい情報統制を行っているが……効果は限定的なようだ。


「残念ながら、解放軍内部に裏切り者がいる。そいつらは根拠のない噂を流し、解放軍の兵士を揺さぶっている。……キミもその噂に踊らされているようだね」


「じゃあ噂を否定してください。しっかりとした根拠付きで」


「あのねぇ……! いちいちそんなことをやるほど、僕は暇じゃないんだよ!?」


「じゃあ俺達も情報統制を手伝いますよ。少将だけじゃ手が足りないんでしょう? 部隊長全員に情報を共有してください。俺達はその情報を精査して、それを根拠に部隊員の説得を――」


「僕を疑う気か!? 幹部でもないキミが!?」


 ドライバ少将が机を叩きつつ、大声を出した。


 <曙>艦内の会議室に沈黙が流れる。


 少将もマズいと思ったのか、「ハッ」とした表情を浮かべ、咳払いをした後にまた笑顔を浮かべ始めた。「とにかく僕に任せてくれ」と言った。


 明らかに……動揺、してるよなぁ……?


 質問した部隊長以外も表情を変えている。少将に対して不審げな視線を向けている。……正直、あまり良くない雰囲気だな。


「……仲間同士で言い争っていたら、交国の思うつぼですよ」


 解放軍同士で争っている場合じゃない。


 そう思い、少将に助け船を出す。


「解放軍内部に交国の工作員がいるのは……確かなんです。妙な噂が流れているのがその証拠だ。それに踊らされている場合ですか?」


「そうそう! アラシアの言う通り!」


「工作員への対処は、地道にやっていくしか無いですよ」


 各部隊の長が、部隊員をしっかり管理する。


 裏切り者がいるようなら、それをつるし上げる。


 正直、オレも……ドライバ少将にしっかりした根拠付きで「噂は交国の偽情報」って否定してほしいけど、少将も……忙しいしな。


「噂に踊らされる暇があったら、交国をどうするかを考えましょうよ」


「その通り! 実体のない噂なんて幽霊みたいなものだ! それより……ちゃんとした実体を持った艦隊(・・)が迫っているからね!」


「えっ……」


 それは聞いてなかった。


 敵はもう、艦隊まで動かしているのか?


 いや、ドライバ少将の言う通り、敵が先手を打ってきたのが事実なら……蜂起した解放軍に対処するために艦隊を準備していたのは……当然の話か?


 同志イヌガラシが顔色を変えて立ち上がり、「少将、その話はまだ確認中で――」と言ったが、少将はそれを押しのけて言葉を続けた。


「解放軍の情報網から、無視出来ない情報を拾い上げてね! 交国軍の第48艦隊と第59艦隊が姿を消したらしい! そのうち1つはネウロンに向かってくるかもしれない! 敵が迫っている以上、内輪もめしてる場合じゃないからねっ!?」


「いや、だから……! その話はまだ確定したわけでは――」


「ほぼ確でいいでしょ!? キミ達の――いや、解放軍の情報網は完璧だ! 敵の動きを完全に把握しているんだよっ!?」


「少将。敵がネウロンに到着するとしたら、いつ頃――」


「8日以内に来るはずだ!」


 ドライバ少将の発言を皮切りに、会議室内にどよめきが広がる。


 8日……8日か。それは随分、早いな。


 敵はずっと前から艦隊を動かすつもりだったんだろう。準備を整えておいて、実際に解放軍が蜂起した後、制圧に動く。


 覚悟は……していた。


 けど、他の部隊長はオレほどドライバ少将に信頼されていないらしく、重要な情報は知らされていないらしい。だから浮き足立っている。


「いまの戦力で艦隊相手にやり合えますか? 他地域の解放軍との連携が必須ですよ……!? ネウロンの戦力だけじゃ蹴散らされます!」


「どう対処するつもりですか!」


「解放軍の告発で、交国軍は瓦解するはずでしょ? それなのに、なんでまだ艦隊を動かす余裕があるんですか……!」


「ちょっ……! 皆、お、落ち着いて……! ちゃんと考えてるから……!」


 ドライバ少将も皆の反応に狼狽えている様子だった。


 その隣にいる同志イヌガラシも、顔を手で覆っている。


「落ち着いて! 大丈夫だから!」


 少将は再び大声を出し、まくし立て始めた。


 皆を説得するために――。


「交国軍は我々の告発で、確実にダメージを受けている! 2艦隊しか動かせていないのがその証拠だよ! 沢山の同胞(オーク)が真実を知り、交国政府や上官に逆らってくれているから……その程度しか動かせていないんだ!」


「あなたが把握していないだけで、他にも多数の部隊が動いているのでは?」


「僕は全部把握しているよ! あ、いや、全体の話は元帥や参謀本部の担当だけど……僕も必要な情報はもちろん把握している!」


「その元帥達が捕まったって――」


「それは交国の流した偽情報だって!」


 解放軍の蜂起により、交国国内の火種が動き出した。


 時間が経てば経つほど、反交国の火は大きくなっていく。


 最終的に交国軍は瓦解する。だから大丈夫――と少将はまくし立てた。


「交国の対プレーローマ戦線も、大半の部隊が後退して守りに入っている。これはホント! 交国は解放軍を恐れているから、慌てて守りに入ったんだよ! 解放軍が怖くて、プレーローマ相手に守りを固めているんだ!」


「…………」


「ここで皆が浮き足立ったら、せっかくのチャンスを逃しちゃうんだよ!? 部隊長の皆がしっかりしなきゃ、部下達も困っちゃうよ? あと僕も困るっ!」


「チャンスって……」


「ネウロンに迫っている艦隊に、どう対処するおつもりで?」


 敵艦隊と衝突したら……もし勝てたとしても大きな被害を受けかねない。


 というか、下手したら一方的にやられかねない。


 交国軍の艦隊は<星の涙>による爆撃が得意だ。ネウロン魔物事件では民間人ごと運動弾爆撃で吹き飛ばしていた。


 星の涙の猛威がオレ達に向いたら……町ごと吹き飛ばされかねん。


「星の涙に対処するとなると……混沌の海で迎え撃つつもりですか?」


「我々も方舟は持っていますが……最新鋭の艦ってほどじゃないですよ?」


 解放軍はネウロン旅団が保有する方舟も奪った。


 けど、ネウロン旅団に配備されている方舟は、大したものじゃない。<曙>は旧式で問題もあるし、他の方舟は輸送用だ。


 解放軍の方で最初から用意していた方舟も、最新鋭の方舟ってわけじゃない。ネウロンの方舟で艦隊を組んだところで、一方的にやられるのがオチだ。


 混沌の海の制海権を取られた場合、敵が<海門(ゲート)>を使って好き勝手に奇襲してくる可能性もある。限界はあるが……制海権取られるのはマズい。


「もちろん、対処方法は考えている。混沌の海での艦隊決戦なんてしないよ。そんなことしたら危ないしね?」


 ドライバ少将は机に両手を置いたまま、「地の利を活かすんだ」と言ってきた。


「我々はネウロンに立てこもっている。ネウロンを『城』と考えるんだ。城に向かってきた敵を、城の中から一方的に攻撃すればいいんだよ」


「籠城しきれますか……?」


「そのための兵器も用意した」


 少将が目配せすると、同志イヌガラシが会議室の端末を操作した。


 すると、ディスプレイに兵器の画像が表示された。


「実はネウロン近海には、機動機雷<ウィリアム>の敷設が完了している」


「自走式の機雷ですか」


「そう! 機雷そのものは……機兵1機ギリギリ倒せる程度のショボい爆発しか起こせないけど……混沌の海で爆破したら、海が荒れる」


 混沌の海には高濃度の混沌が大量に漂っている。


 高濃度の混沌は、マッチの火にすら大きく反応する。爆発とは逆に、「火元」に反応して群がってきて……機兵の装甲のように固まって押しつぶしてくる。


 ちょっとした爆発だけでも、それが混沌をおびき寄せて大きな破壊を生む。最新鋭の方舟だろうと押しつぶしかねないほどの圧力を生む。


 混沌の海で機雷や特攻機を使い、敵の侵攻を防ぐのは寡兵がよく用いる戦法だ。中には機雷を撒きすぎて、自分達の世界から出られなくなる馬鹿もいるが――。


「敵はネウロンに来ざるを得ない。機動機雷<ウィリアム>を撒いておけば、近づいてきた敵船を勝手に潰していってくれるわけだ。簡単でしょ?」


「敵がネウロンに来ず、近海の航路を封鎖してきた場合は? そうなると我々は外部からの物資を受け取れなくなり、干上がるのでは?」


「そうならないように同志イヌガラシが腕利きの輸送船団を用意してくれた! 交国の封鎖網を突破できる人達をね! そこは心配しなくていいよ!」


「敵も機雷は考慮しているでしょ。デコイで自爆させて、機雷の数を減らした後にネウロンに攻め込んできた場合は……どうするんですか?」


 高濃度の混沌により、混沌の海は遠くを見通せない。


 ほんの数メートル先すら見通せない暗闇が広がっている。


 だから、機動機雷は音や電波で方舟を察知し、動くんだが――。


「ウィリアムは音波探知式ですよね? 敵の音波欺瞞に引っかかってるのでは?」


「今回、音波探知は補助程度にしか使わない。そんなものより、もっと確実な方法を使うからね」


 自信ありげに笑うドライバ少将が、会議室の一角を手で示した。


 そこは会議室の出入り口。


 その傍で立って、黙って話を聞いていたバフォメットが示されたらしい。


「敵の探知はバフォメットと、巫術を使えるタルタリカが担当する!」


「あぁ……! なるほど、巫術なら混沌の海でも……敵の位置がわかる」


 巫術師達は、巫術の眼で魂が観える。


 真っ暗な海の中でも、魂で敵の位置を把握できるはずだ。


「バフォメット達に機動機雷を操縦してもらうんだ。それによって高精度の機雷迎撃を行う。同志バフォメット達は、敵の欺瞞なんかに引っかからないよ」


 バフォメットは大丈夫だろう。


 けど、タルタリカの方は大丈夫か? 巫術を使える個体を動員するっぽいが……まあ、バフォメットの指揮下なら大丈夫か……?


「我々には巫術師という心強い味方がいる。水際作戦で十分対処可能だ」


 多くの部隊長は、まだ巫術の力を理解していない。


 だから得意げなドライバ少将の言葉を、懐疑的な目つきで見ているが……オレは巫術の怖さをよく理解しているつもりだ。


 そういう方法なら上手くいくと思う。


 問題は、敵がこっちの輸送路を徹底的に封鎖し、ネウロンに物資が到着しなくなった時だ。そうなったらオレ達は飢え死にするかもしれない。


「…………」


 いや、大丈夫……だよな?


 ドライバ少将が「大丈夫」と言っているんだ。


 今は少将を信じよう。


 少将は、交国政府とは違う。


 オレと同じオークで、同志なんだ。


 同志を疑っていたら……交国政府の思うつぼだ。


 交国に勝つためには……仲間同士でしっかり、信じ合うしかないんだ。


 それ以外、交国に復讐する方法はない。……これが最後の希望なんだ。


 これ以外の希望(みち)はない。




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