傷物の正義
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:英雄・犬塚
雄牛計画。
それは「国民感情の操作」と「反交国思想者の排除」を目的とした計画らしい。
数年前、オークの秘密が外部に漏れ、「そう遠くないうちに暴露される」と危惧した玉帝達は火消しに動き出した。
情報を外部に持ち出した「敵」は予想がついていた。
そいつらが「より効果的な暴露」によって交国を破壊するため、白羽の矢が立ったのが<ブロセリアンド解放軍>だった。奴らは解放軍に接触してきた。
解放軍に蜂起を起こさせ、その混乱に乗じて動く。
解放軍の背後にいる組織は、そういう目論見で解放軍を支援していた。
ただ、敵は選択を間違った。ブロセリアンド解放軍は暴露と蜂起を行わせるのにちょうどいい組織だったが、解放軍の情報は交国に筒抜けだった。
元々、反交国思想者の管理用に立ち上げていたのがブロセリアンド解放軍。敵はその罠にまんまと食いついてしまい――交国に情報が筒抜けだと知らないまま――解放軍にさらに人を集めた。
交国軍の兵士達の中で、「反交国」に動きそうなめぼしい人材に接触し、「一緒に蜂起しよう」と囁いて回った。
その影響でブロセリアンド解放軍はさらに力を増したが……あくまで玉帝の手のひらに収まる範囲。人員も規模も動きも筒抜けだった。
そもそも解放軍の元帥に、交国の人間……ウチの兄貴の「甘井汞」が化けていたらしい。だから大半の事は完璧にコントロール出来た。
おかげで、敵はまんまと罠にハマった。
向こうが数年がかりで整えた蜂起の前日、犬塚銀が玉帝を告発。
オーク達の感情が「交国への敵意」ではなく、「話し合いでの解決」に向かうようコントロールした。
当然、それは完璧なコントロールじゃない。全ての民衆がこの茶番劇に付き合ってくれるわけじゃない。だが、敵が準備してきたように、玉帝側も宣伝戦略の準備を行い、世論を操作している。
俺を動かす以外にも、アレコレと工作をしている。
例えば、「解放軍に対する印象操作」を行っている。
ブロセリアンド解放軍は「交国の悪事」を糾弾しようとしている。
だが、その解放軍の正義に瑕疵があれば?
解放軍兵士が民間人を虐殺したり、暴行を働いていたとしたら?
交国の悪事を糾弾する「正義の解放軍」が、今までどんな悪行を重ねてきたかを報道機関に報道させる。「悪事の証拠」なんていくらでもある。
解放軍の元帥がウチの兄貴だから、兄貴の指示で兵士達は動く。その指示で様々な犯罪行為を行わせておき、解放軍の正義に瑕疵を作る。
無茶苦茶なマッチポンプだが、汞の兄貴はそういう工作が大得意。交国政府が関わった証拠は掴ませないが、解放軍の「悪事の証拠」はいくらでも作れる。
そういう悪事の泥水を混ぜ込んでやれば、多くの者が「解放軍はお綺麗なことを言ってるけど、自分達のことを棚上げしてない?」と疑問に思う。揚げ足を取る。
最初の暴露に失敗し、さらに交国による宣伝戦略によって印象が悪化した解放軍は、どんどん弱っていく。
情報は立派な武器だ。上手く使えば国家すら滅ぼす。
正義に瑕疵が見つかった解放軍を、民衆は支持しづらくなる。
交国政府がそう誘導する。SNSにも工作員を導入し、「解放軍に参加する人って陰謀論好きそう」「結局テロリストじゃん」などと発言させていく。
解放軍に対する印象を、さらに傷つけて弱体化を図る。
ブロセリアンド解放軍が「交国が悪い」と言っても、「解放軍の方がろくでもない」と思わせてしまえば、玉帝への糾弾も薄まっていく。
交国の正義にも瑕疵があるが、そこも工作で誘導していく。「交国はプレーローマに対抗するため、仕方なく非道な手を使っていた」と宣伝していく。
解放軍を囮に、交国に対する糾弾を出来るだけ減らす。
解放軍より、交国の方がずっとマシだと――と思わせる。
これが<雄牛計画>における「国民感情の操作」だ。
玉帝も兄貴達も、ろくでもない工作が大得意だ。多分、奴らは解放軍内にも多数の工作員を潜り込ませ、奴らにリアルタイムで「悪事」を働かせ、より一層解放軍の瑕疵を作っている。
蜂起した解放軍兵士の中に、積極的に処刑や犯罪行為をやっている奴がいるが……その中の数人は兄貴達の息がかかっているはずだ。
工作員が何も知らない兵士を扇動し、悪さをさせている。その様子を積極的に発信し、さらに解放軍の正義に瑕疵を作っている。
それ以外にもアレコレやっているだろう。
奴らのろくでもなさは、よく知っている。
結果的に協力している俺も……同じ穴の狢だからな。
俺も玉帝一家の一員だ。
「ただ、まあ……ここまではまだマシなんだよな……」
ここまでは日常的にやってる宣伝戦略だ。
問題はこの先。
玉帝達は、今回の事件に乗じて「反交国思想者の排除」を行おうとしている。
元々、ブロセリアンド解放軍はそのための組織。
交国に悪感情を持つ者達が集まる場として用意し、集まってきた者達の資質を見定める。あまりにも優秀過ぎる人間は、汞の兄貴が情報流して処分させる。
実際……俺は処分に参加した覚えがある。
あの時は灰の兄貴が……特佐長官が「情報部から得た情報で、解放軍の居場所を掴んだ」と言い、俺に取り押さえてくるよう命じてきた。
交国や、それ以外の国にテロリストの情報を握らせ、優秀なテロリストはさっさと消す。無能なテロリストは飼い殺しにし、利用する。
今回も奴らは利用されている。
けど、それは仕方ない。
そいつらはテロリストなんだ。交国には確かに問題があるが、交国は人類のために戦っている。交国には交国の大義がある。
玉帝はクソ女だが、それでも俺は交国の特佐として奴に仕える。
玉帝も交国も「必要悪」なんだ。俺達は本当にろくでなしだが……これぐらいしないとプレーローマに対抗できない。
けど……今回はやりすぎだ。
今回、玉帝達は「解放軍兵士」以外も殺そうとしている。
解放軍の蜂起予定場所に「それ以外の不穏分子」を集めておき、「解放軍の蜂起」という炎に引火するようならまとめて殺す。
そういう選別のために、ネウロンを含む世界に問題のある人間を集めさせた。解放軍は「自分達の思い通りの人材が集まった!」と喜んでいるかもしれないが、実際は玉帝の手のひらの上から抜け出せていない。
ネウロン等に解放軍兵士が大勢集ったのは、解放軍の目論見が通ったわけじゃない。奴らをまとめて処分するため、玉帝達があえて泳がせていただけだ。
玉帝はあえて解放軍に蜂起させ、印象操作を行い、奴らを「正義」ではなく「敵役」にしようとしている。既にそれはそれなりに上手くいっている。
オークの真実が明かされた以上、玉帝も無傷ではないが……告発者を「犬塚銀」にした事で印象操作を行い、最低限のダメージで済ませようとしている。
一方で、解放軍は「交国の治安を乱す者」として滅ぼそうとしている。
解放軍の蜂起に乗っかった奴らごと、皆殺しにしようとしている。
そのために交国軍を派遣しているから……ネウロン等では当然、大規模な戦闘が起こるだろう。
解放軍に参加しなくても、その手の戦闘に巻き込まれるのは目に見えている。玉帝は「選別」と言っていたが、あんなもの……選別ですらない。
玉帝は、解放軍蜂起地の全員に「解放軍入りしてほしい」と思っているはずだ。
全てが敵なら<星の涙>を使って町ごと吹き飛ばせるからな。最初に大打撃を与えて、敵の物資も兵站も全て破壊し、その世界を封鎖する。
最初の攻撃で死ねなかった奴らは飢え死にか……交国の降伏勧告に従って投降。投降したところで……命が保証されるとは限らない。
そもそも……蜂起地の一般人も、解放軍に参加するよう誘導を行っているらしい。色々と問い詰めたら、しれっとそんな事も漏らした。
例えばネウロンでは、何の罪もない住民に不遇を強い、ストレスを溜めさせる。ウチの愚弟の行動も、そのストレス強化に一役買う。
ストレスを溜めた民衆が解放軍に参加したら、まとめて始末できるようになる。制圧作戦が楽になる。
玉帝は解放軍の蜂起地を……世界を、処刑器具として使う気だ。
世界という入れ物に不穏分子を放り込んでおき、火をつける。不穏分子達が世界の中で死んでいくのを安全圏から見守る。
それはあくまで世論操作の「ついで」だ。
不穏分子を出来る限り消しておけば、その後の世論操作も楽になる。
そんなろくでもない計画が<雄牛計画>だ。
俺の弟である久常竹も、この計画に組み込まれている。
アイツの言動で現地の「不穏分子」の動きを刺激するだけではなく、宣伝戦略のためにも<玉帝の子>である竹を利用している。
竹が解放軍の蜂起に巻き込まれて死ねば、「玉帝の子がテロリストの蜂起によって死んだ」と喧伝し、死後に英雄として祭り上げる。
元々、竹が<玉帝の子>として知られたのは、それが狙いなんだ。
アイツは……本当は、エミュオン攻略戦で死ぬはずだった。
玉帝は竹を認知していない。「完全な失敗作」と考えている。
それでも竹を軍人にしたのは、アイツが<玉帝の子>だから。
宣伝戦略に使えるから。
久常竹には大した能力などないのに、下駄を履かせて佐官まで押し上げる。
そのうえ、ゴシップ誌に情報を流して「久常竹は<玉帝の子>」と報道させ、玉帝自身もそれを強く否定しない。そうすることで竹が<玉帝の子>だと世間に認識させる。
竹はそれを「認知された」とはしゃいでいたが……玉帝はそんな竹をエミュオン攻略戦に参加させた。参加者の殆どが死ぬとわかっている陽動作戦に参加させた。
そこで竹が死んだら「玉帝の子が雄々しく戦って戦死した」と喧伝し、死後に英雄視させる。それが当初の目論見だったはずだ。
そういう意図でもないと……奴が竹に対し、間接的な認知を行うはずがない。
実際は臆病風に吹かれた竹は逃げ出した。ラート達の奮闘により、竹は生き残った。玉帝にとっては……計画通りにいかない面白くない出来事だっただろう。
だから、奴は竹を雄牛計画に組み込んだ。
エミュオンで出来なかった事を、ネウロンでするために――。
竹が「無能な指揮官」だろうと、不都合な事実は伏せ、あくまで「玉帝の子が解放軍の犠牲になった」と喧伝する。
いや、今なら玉帝の子ではなく、「犬塚銀の弟」と報道した方が効果的と考えるかもしれんな。……どちらにせよ反吐が出る。
雄牛計画は、邪悪な処刑計画だ。
完全なテロリストだけではなく、無関係な者達も「怪しい」というだけで皆殺しにしようとする計画。彼らの名誉すら奪う計画。
そのうえ、馬鹿で無能なだけの久常竹まで……殺そうとしている。
その死体すら操り人形にし、交国の都合で利用しようとしている。
雄牛計画の全貌を知った俺は、玉帝を批判した。
何もかも貴様の思い通りになると思うな――と言った。
だが、奴は――。
『悪いのはプレーローマなのです』
『なんだと?』
『諸悪の根源は源の魔神。その遺志を継いで人類と敵対しているプレーローマが悪い。……そして厄介なことに、彼らはとても強い』
『…………」
『強者と戦う以上、手段を選んでいられません』
だからオーク達を軍事利用した。
弱者から搾取し、虐殺まで行おうとしている。
『でもそれは人類のため。人類は皆、好き勝手に生きています。プレーローマという巨悪がいるのに、誰も彼もが自分達の利益ばかり追っている』
『お前もその1人だろうが』
『いいえ? 私は人類全体の利益を考えています』
虐殺を行おうと、長い目で見れば人類の利益になる。
交国はプレーローマを倒すために必要な存在。
その交国を維持し、強くするためには「多少の犠牲」はやむを得ない。
『後世の人間が玉帝を火あぶりにするかもしれません。しかし、その時に人類が勝利しているなら、私は喜んで死んで差し上げます』
『…………』
『誰かがやらねばならないのです。手を汚しても、長期的な計画を練って人類を勝利に導かねばならない』
『その過程で、何人犠牲にするつもりなんだ』
『最悪、人類の99.99%が犠牲になっても構いません』
『お前、何を言って…………』
『人類はそこからまた増やせばいいのです』
プレーローマを倒し、「人類の勝利」を手に入れた後に人類を再興したらいい。
玉帝が欲しいのはあくまで勝利。
今を生きる者達など、どうでもいい。
勝てるなら、何人犠牲になってもいい。
『勝てなければ0.01%の人類すら生き残れない。プレーローマの奴隷になって生き残る道もあるかもしれませんが、そんなのは死んでいるのと同義です』
『…………』
『もっと最悪の結果に至る可能性もある。人類絶滅派を率いる<武司天>は、人類種を根絶させようとしている。奴が天下を取った場合、人類種は未来永劫、反撃の機会すら得られなくなる。……何が何でも勝つ必要があるのです』
奴はそう言っていた。
玉帝はイカれている。
とっくの昔にブッ壊れている。
破綻した計画を――交国を、愚直に動かし続ける管理システムのようなものかもしれん。「勝ち」さえ手に入れば、過程などどうでもいいんだ。
『俺はお前とは違う。……何もかもお前の好き勝手にはさせない』
『では、貴方はどうするのですか? 犬塚銀』
『ひとまず、ネウロンに向かう。そこでお前の処刑計画を止める』
俺はそう宣言し、交国本土から出てきた。
一応、許可は取り付けた。
そうさせてくれないと、全て暴露してやるぞ――と脅して。
『テメエの思い通りに久常竹は死なせないし、罪のない一般人も巻き込ませない。ひとまずネウロンの解放軍を……出来るだけ犠牲を抑えて鎮圧する』
『そうですか。まあ、やってみなさい』
『上手くいったら、竹は死なせないし、軍から追放しろ』
竹の死体を、玉帝の操り人形なんかにさせない。
死後、英雄に祭り上げられたところで……アイツは幸せになれない。
だが、ただ生かすだけじゃダメだ。
久常竹は久常竹で、裁かれるべき存在だからな。
『竹がネウロンでアレコレとやらかしても、軍事委員会はろくに動かなかった。それはお前が雄牛計画のために、竹の罪を有耶無耶にしていた所為だろ?』
『久常竹の不手際を責めて、軍から追放させるのですか?』
『そうだ。アイツはテメエほど外道じゃないが、無能だ』
軍人にとって、無能は罪だ。
それで兵士に無駄な犠牲を強いていた以上、竹も裁かれるべきなんだ。
『貴方は、アレを救いたいのでは?』
『命はな。けど、アイツが何の咎も受けずに無罪放免なんざ、誰も納得しねえ』
玉帝の所業よりマシだとしても、竹は竹で罪を犯している。
竹の命令で死んだ軍人もいたはずだ。竹がその責任を取らない限り、そいつらは納得しないだろう。……オークなら、遺族すらいないが……本人達の霊は納得しないだろう。
『竹が生き残ったら、竹のための軍法会議を開くことを約束しろ。最終的にアイツを軍から追放して……無能の罪を償わせろ』
『アレはどうせ、もう解放軍に殺されていますよ』
『その時は、アイツを死地に追いやったテメエを恨むよ』
だが、生きているなら助ける。
そして、引きずってでも軍法会議に連れて行く。
俺は玉帝に「英雄」の役を押しつけられた。
面倒くさい役だが、おかげで発言力が増している。
俺が「久常竹は正式な軍法会議で裁かれるべきだ」と声をあげれば、玉帝といえども無視できない。世論を完全に踏み倒せるほど、玉帝は怪物ではない。
竹は助けるし、他の奴らも出来るだけ助ける。
ネウロン以外の地域は間に合わない可能性もあるが……出来るだけ多く、雄牛計画の犠牲者を減らす。……玉帝や交国にとって「無駄」だろうと……これは、いくらなんでもやりすぎだ。
「全員は助けられないだろうが……出来るだけ、助けたい」
これは俺のワガママだ。
けど、解放軍の兵士達だって、大半は被害者なんだ。
玉帝の計画に良いように乗せられただけ。
罪がある奴も混ざっているが、流れで解放軍兵士になった者も多いはずだ。
だから降伏勧告を行う。
行うが……。
「従わず、抵抗を続ける奴は……殺すしかない」
俺は玉帝が大嫌いだが、奴の大義は理解している。
玉帝のやり方は間違っていると思うが、俺には他のやり方が思いつかん。
玉帝の決断のおかげで、救われた人類もいる。……奴は他の常任理事国の奴らよりはマシだ。狂気に墜ちているが、それでも「人類の勝利」を考えている。
俺は交国の軍人だ。玉帝を批判しても裏切る事はできない。
どうしてもテロリスト側につく奴らなら、殺すしかない。
それ以外、やり方を知らん。
「……ラート、お前がそっち側にいない事を祈るよ」
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:黒水守・石守睦月
「ハァ……。やれやれ……」
与えられた船室で就寝前のストレッチをしつつ、呟く。
ここしばらく、交国は大変だ。
犬塚特佐が玉帝を告発し、ブロセリアンド解放軍が蜂起した。
一見、交国にとって大変マズい事が起きているけど……多分これは、玉帝のコントロール下にある事態なんだろうなぁ……。
オークの軍事利用に関しては、交国から情報を持ち出した彼に聞いていたけど……あの秘密がこんな形で暴露されるなんて思わなかった。
玉帝は犬塚特佐にあえて告発させたんだろうな。……交国の窮地のようで、よくよく精査すると都合の良い展開が続いているから……全て玉帝や特佐長官達がコントロールしているんだろう。
けど、よりによってこのタイミングかぁ……と思わずにいられない。
ラート軍曹に「特別行動兵の子達を助ける」って約束しちゃったんだけどなぁ。
それはこっちにも下心あっての事だけど、約束を守れるか怪しい状況だ。
お願いだから……余計なことは口走らないでね、ラート軍曹。
まあ、どっちに転んでも口封じしなきゃダメかなぁ……?
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:玉帝の影・寝鳥満那
「犬塚特佐は、大人しく交国本土に戻ってくれそうにないね」
「じゃあ、予定通りですね」
「うん」
部下のヒスイを連れ、他の部下達のところに戻って今後の話をする。
犬塚特佐が大人しく本土に戻ってくれたらお守りせずに済んだけど、そんな上手い話はなかった。彼を監視しつつ、ネウロンの作戦に参加せざるを得ない。
向こうからも監視されるだろうなぁ。
英雄・犬塚の目を誤魔化しつつ、悪い事するのは大変だ。
「犬塚特佐は下らない情で、『交国の敵』を救うつもりですか?」
「その下らない情が彼の美点だよ。弱点でもあるけど」
いま、犬塚特佐に死なれると面倒だ。
久常竹と違い、犬塚特佐はちゃんと有能だからね。猪突猛進過ぎるところがあるけど、彼の場合は突っ込んで全ての敵を蹴散らしちゃうからなぁ。
愛機の<白瑛>が優れているだけじゃない。
彼自身も真の英雄だ。
「犬塚特佐の弱点は私達でカバーする」
「特佐と黒水守の監視をしつつ、必要なものも確保する」
「その通り。それが今回の任務ね」
改めて説明すると、部下の1人が「簡単ではありませんね」とボヤいた。
「ネウロンは僻地とはいえ、それなりに広い世界です。監視と護衛を行いつつ、確保任務もこなすには……<戈影衆>と<燭光衆>だけでは足りないのでは?」
「大丈夫。戦力は現地調達するからね」
そう言い、犬塚特佐に内緒で持ち込んだ薬を見せる。
多くの部下が慣れ親しんだものだから、「今回も持ってきたんですね」「それがあれば少しは楽ができますね」と好意的な反応が返ってきた。
犬塚特佐はこの薬の存在を知ったら、ブチギレるだろうけど。
「何だかんだで便利ですからね、それ。主上は何故か『失敗作』と言ってますが」
「失敗作も、使いようだよ」
私達も失敗作だ。
私は「石守回路の後継者」の1人として育てられていたけど、早々に脱落。私には……石守素子のような特異な才能は無かった。
それでも何とか主上の慈悲で殺処分を免れた。
後継者候補以外の役目と力を与えられ、現在は玉帝直属の部下として働いている。犬塚特佐達のような日向の英雄にはなれないけどね。
玉帝は実利と実力を重んじる御方だ。
私達も価値を証明しないと、いずれ処分されるかもしれない。まだ幼いヒスイも含め、前任者達のように処分されるかもしれない。
だが、悲観する必要はない。
私達は失敗作だけど、失敗作でもチャンスはある。
玉帝は機会を常に与えてくれる。
この薬のように、失敗作だって使い方次第で成果を挙げられる。
「…………?」
「あぁ、そうか。ヒスイは初めて見るんだっけ? コレ」
「ごっ、ごめんなさいっ……!」
「これから覚えていけばいいよ。まあ今回、貴女の出番は無いだろうけど」
不思議そうな顔で薬を見ていたヒスイが――私に無知を咎められたのかと思ったのか――慌てて謝ってきた。
そこまでかしこまらないでいいんだけど、まあ、従順な方が使いやすい。この子はこれでいい。久常竹のようになりたくなければ、言う事は聞こうね。
「ヒスイは犬塚特佐に張り付いておいて。彼を殺そうとする奴が現れたら――」
「命がけで止めますっ!!」
「うんうんっ、良い子だねぇ~」
必死になっているヒスイの頭を撫でてあげる。
良い子には良い助言を授けよう。
「犬塚特佐は、『情』に突き動かされて余計なことをするかもしれない。それを止めるのも貴女の役目だからね?」
「は、はいっ!」
「犬塚特佐が余計な事を始めたら、自分の喉元にナイフを突きつけて。それで『やめてくれないと自殺します』って脅すといいよ」
「は…………はいっ!」
「彼は情で動くからね」
そういう手がよく聞く。日向の英雄だからね。
戈影衆とは違う。けど、それでいい。
「じゃあ皆、いつも通り頑張ろう」
日陰仕事は、私達がこなせばいい。役割分担は大事だ。
「頑張って、ヤドリギを作った女を確保しよう」




