吼える雄牛
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:英雄・犬塚
「犬塚特佐」
「おお、黒水守」
艦橋で考え事をしていると、混沌の海に出ていた黒水守がやってきた。
神器を使って混沌の海に干渉し、航路短縮に協力してくれていたんだが……今日のところは上がりだ。神器使いとはいえ、何時間もブッ続けで神器使っていたらさすがに倒れる。休んでもらわないと。
「申し訳ありません。もう少し行けると思ったんですが……」
「いや、十分だ。よく休んでくれ」
黒水守は軍務休暇中だったんだが……無理を言ってついてきてもらった。航路短縮しないと、ネウロンに辿り着いた頃には手遅れになってるからな。
「アンタが休んでいる間も、出来るだけ進む。しっかりメシを食って寝てくれ。明日も強行軍になるからな」
「出来るだけ早く復帰します。交国全体が大変な状況にあるのですから……ネウロンの解放軍も早めに鎮圧しないと」
そう言った黒水守が、「ネウロンが一番、解放軍兵士が集っているんですよね?」と聞いてきた。
そうらしい――と返す。
交国各地で解放軍の蜂起が行われているが――交国政府が蜂起を予測していた事もあり――既に鎮圧が終わっている地域も少なくない。
ただ、ネウロンに関してはまとまった戦力が集結している、と報告を受けている。……あえて集結させたみたいだが、あそこが一番手こずるかもしれない。
最悪、航路封鎖したら物資不足でネウロンの解放軍は干上がるだろうが、早めに鎮圧したい。……助けるためにもな。
ネウロンにいる奴らが全員、飢え死にするなんて惨たらしいことは回避したい。別の惨劇も回避したい。そのためには黒水守の力が必要だ。
気にせず休んでくれ――と艦橋から送り出す。
「……ちょっと出てくる」
「あっ、はい」
送り出した黒水守を、艦橋の外まで追いかける。
呼び止め、気になっていた事を問いかける。
「その……ウチの妹とは……素子とは、どうなってる? アイツをどう思う?」
「どう……と、仰いますと……?」
黒水守は、俺の質問の意図がわからなかったらしい。
まあ、こんなあやふやな言い方じゃ伝わらないか。
「素子は……お前の妻だ。一応な」
「ええ、そうですね。婿に迎えていただいたので、今の私は『加藤』ではなく、『石守』の姓を賜っております」
「で、アイツも俺と同じ<玉帝の子>で……人造人間なんだが……」
そこをどう思う?
人造とはいえ、機械の身体ってわけじゃない!
脳や臓器をデザインして作られたってだけで、生身の人間だ。
子供だって作れる。俺は作れないが……素子は、多分、大丈夫だろう。検査して調べてもらえ、とは言っているんだが……アイツは物臭なとこあるからなぁ。
「身内びいき目かもしれんが、アイツは可愛いし頭もいい。とても優秀で……ちょっと言動に問題はあるが、まあ良い女だよ! だから、そのぅ……」
「他と同じく、普通に接してほしい――という事でしょうか?」
「ま、まあ、そういう事だ」
俺も素子も人造人間だから、直接の血の繋がりはない。
だが、俺達は家族だ。兄妹だ。
妹が幸せな結婚生活を送れるかは……ちょっと、心配なんだよ。
我が家は俺の所為で子供が出来ないことや、俺が仕事で留守がち事を除けば、円満な夫婦生活を送れていると思うんだが――。
「他の皆さんと同じ目で見るのは、無理ですね」
「なっ…………!」
「彼女はもう他人じゃない。……平等に見るのは無理です」
黒水守は笑みを浮かべ、「結婚相手として、特別な目で見ています」と言った。
「犬塚特佐が危惧しておられるように、出生のことで色眼鏡をかけるつもりはありません。彼女は彼女。石守素子です」
「あ、あぁ……! そう思ってもらえているなら、良かった!」
「私に至らない事が沢山あるので、『良い夫婦』になれているとは思えません。領地経営の事でも、彼女を沢山困らせてしまっています」
黒水守が苦笑する。
黒水守は玉帝に酷使され、軍事作戦にもちょくちょく参加させられているから……領地である<黒水>を実質的に仕切っているのは素子だ。
黒水守が異世界人や流民の受け入れを積極的に勧めることで、素子が苦言を呈しているのは小耳に挟んでいるが――。
「まあ、そこはな……。夫婦で時間をかけてすり合わせていくしかないだろ。素子も問題のある子だから、衝突しつつ、妥協案を見つけていきな」
「あはは……。衝突というか、いつもお尻を叩かれています」
「アンタが気弱過ぎんだよ。素子の尻に敷かれたら大変だぞぉ~?」
俺は「オークの秘密」の告発と同時に、「玉帝の子は人造人間」という告発も行った。それによって俺や素子の正体も世間にバレちまった。
それは玉帝の指示によるもので、人造人間とオーク達を同一視させる宣伝戦略なんだが……それが妹夫妻の関係にヒビを入れるか心配だった。
「まあ、でも、実際……驚きはしました。彼女や特佐の出生の秘密には」
「そりゃあ、そうだよなぁ」
「けど、貴方達自身は何も悪くない。その点、私は悪い事ばかりしてきた男です。私の経歴の方が大きな問題だと思います。夫婦の観点で見ると」
黒水守は犯罪者として、多方から追われる存在だった。
身を寄せていた組織からも、首領殺しの罪で追われている。
ロレンス首領の首と神器を手土産に交国にやってきた時も、人類連盟加盟国から「そいつを引き渡せ」と散々文句が届いたんだが――。
「アンタのやってきた事は、交国政府が余所と交渉して手打ちにしている。全部が手打ちに出来たわけじゃねえが……少なくとも素子はその辺、気にしている様子ない。だからアンタも気にしなくていいよ」
元は交国の敵だったとしても、今は俺達の味方で身内だ。
そこまで畏まらなくていいよ――と言っておく。
「素子も、アンタの事は気に入っているようだしな」
「えっ、本当ですか?」
「1人の人間としてはな。『おもしれー男』だそうだ」
夫婦としては、まだ距離があるかもしれない。
子供を作れるようになるのも……もうちょっと先だろうな。
けど、お互いに歩み寄っていけば、いつか本物の夫婦になれるさ。
歩み寄るための時間として休暇があるんだが……今回、俺がそれを奪っている。こっち都合で振り回してスマン――と頭を下げると、黒水守は慌てた様子で「気にしないでくださいっ!」と言ってくれた。
「引き留めて悪かった。とりあえず休んでくれ」
「はい」
改めて黒水守を送り出し、艦橋内に戻る。
すると、部下共が「特佐も休んでください」と言ってきた。
「何言ってんだ、ネウロンへの強行軍はまだ始まったばかりだぞ?」
「まだ戦闘始まってないんで、犬塚特佐の出番は無いですよ」
「上官が艦橋にいると、気を遣わないといけないので寝てください」
「その発言って、ホントに気を遣ってんのか……!?」
「とにかく、いま貴方が出来ることはありません。休んでてください」
俺の出番は、ネウロン近海についてから。
あるいは、ネウロンについてから。
だから英気を養ってください――と部下共に気を遣わせちまった。
「……すまん、お前らの言葉に甘えさせてもらう」
そう言い、艦橋から退出する。
ゼリーパンとスープを食って、自分の部屋に戻る。
食ったものがこなれた後に寝るか――と思いつつ、ブロセリアンド解放軍関係の資料を改めて読む。……読めば読むほど苛々してくる。
玉帝め、よくもまぁ……こんな陰険な計画を思いつくもんだ。
「雄牛計画か……。交国のためとはいえ、要は大量処刑計画じゃねえか」
眉間を揉みつつ呟いていると、誰かがやってきた。
扉を開けてやると、温かい茶をトレーに乗せた女の子が部屋の前にいた。
ウチの部隊に配属されている少女――特別行動兵だ。
「カペル。ひょっとして俺のために持って来てくれたのか?」
「えへへ……」
はにかむカペルからトレーを受け取り、「ありがとな」と言って頭を撫でる。
ここ数日、玉帝絡みで俺が苛々しっぱなしだから……気を遣ってくれているらしい。部屋の中に招き入れ、カペルの淹れてくれた茶を飲む。
「美味い! さすがカペルだ! この調子なら立派なお嫁さんになれるぞっ!」
「特佐ぁ~……褒めてすぎぃ~……!」
恥ずかしそうに笑うカペルが、モチモチとしたほっぺたを押さえた。
そうやって照れている姿も可愛い。
可愛いんだが……まだまだ誰かの嫁になる歳ではない! 立派な嫁になれると思うが……しかし、カペルの結婚相手はカペル以上に立派な奴でなければ……。
カペルの「相手」の事でやきもきしていると、カペルが不思議そうな顔で「どうしたの?」と問いかけてきたので、「何でもない」と誤魔化す。
後方父親面して「キモい」とか思われたくない。
まあ……俺は、血の繋がりはなくてもカペルの事を娘のように思っている。……特別行動兵として作戦に同行させちまっているが……。
「やっぱり、ネウロンのこと……心配?」
「あぁ……。まあな」
そっちはそっちで心配だ。
ネウロンに限らず、今回の事件に絡んでいる者達の事が心配だ。
ブロセリアンド解放軍はテロ組織だが……所属している全員に罪があるわけじゃない。解放軍の成り立ちを考えれば、余計にそう思う。
「特佐は平和的にネウロンのこと、解決したいんでしょ? それだったら~……カペル、お役に立てると思うっ!」
「そうだな。お前の力、頼りにさせてくれ」
この子は子供だ。
戦場なんかに連れ出すべきじゃない。
だが……特別な「力」を持っている。
殺すしか能のない俺と違って、人々を繋げる力を持っている。
怒り狂っている解放軍を鎮めるためには、カペルの力が効果的だろう。
「特佐の弟さんも……きっと無事だよっ? 大丈夫っ……!」
「いや、カペル、俺は竹を助けにいくだけじゃあ――」
交国の特佐として、そんな私情で動いているわけじゃない。
そう弁明しようと思ったが、本気で心配してくれているカペル相手に……そんな事を言う気は失せた。……久常竹が心配なのは本心だ。
ネウロンに向かうのは「竹のため」だけじゃないが――。
「……竹達を助けるためには、暴力だけじゃ駄目なんだ。お前の力、今回もアテにさせてくれ」
「はいっ」
カペルが敬礼をしてきたので、その手は下ろさせる。
これは結構、個人的なお願いだからな。
玉帝の思惑通りに事を進めさせてたまるか。非人道的な作戦は許さない――と言いながら、根底にあるのは「情」だ。
玉帝や灰の兄貴や、満那には鼻で笑われるだろうが……感情は俺にとって大事なパーツだ。お前らが不要と断じても、簡単には捨てられない。
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:英雄・犬塚
「…………」
カペルに茶の礼を言い、ベッドで眠りにつく。
いや、つこうとしたが……中々眠れない。
玉帝の計画を考えると、苛ついて気が高まってしまう。
交国は長年に渡り、「オークの秘密」を隠し、オークを軍事利用してきた。
彼らは非常に頼りになる存在で、交国が現在のような巨大軍事国家に成長できたのは……彼らが土台を支えてくれた影響が大きい。
非人道的だが、玉帝は「効率」を重視した。
いや、「目先の利益」と言うべきか……。
オークの秘密なんて、いつかバレる。玉帝だってそれは理解していたはずだが、奴は目先の利益を優先した。
今までは何とか隠せていたが……それでも、ついに限界がやってきた。それが「ブロセリアンド解放軍による告発と蜂起」だ。
ただ、それは交国の計画通りだった。
どうせバレるなら、それによって生じる国民感情のコントロールを図った。出来るだけ傷が浅く済むよう、苦し紛れの対策を行った。
その対策の名を、玉帝は<雄牛計画>と名付けた。
伝承上の処刑装置の名をなぞり、陰湿な計画を実行に移した。




