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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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吼える雄牛



■title:犬塚隊旗艦<瑕好(かこう)>にて

■from:英雄・犬塚


「犬塚特佐」


「おお、黒水守」


 艦橋で考え事をしていると、混沌の海に出ていた黒水守がやってきた。


 神器を使って混沌の海に干渉し、航路短縮に協力してくれていたんだが……今日のところは上がりだ。神器使いとはいえ、何時間もブッ続けで神器使っていたらさすがに倒れる。休んでもらわないと。


「申し訳ありません。もう少し行けると思ったんですが……」


「いや、十分だ。よく休んでくれ」


 黒水守は軍務休暇中だったんだが……無理を言ってついてきてもらった。航路短縮しないと、ネウロンに辿り着いた頃には手遅れになってるからな。


「アンタが休んでいる間も、出来るだけ進む。しっかりメシを食って寝てくれ。明日も強行軍になるからな」


「出来るだけ早く復帰します。交国全体が大変な状況にあるのですから……ネウロンの解放軍も早めに鎮圧しないと」


 そう言った黒水守が、「ネウロン(あそこ)が一番、解放軍兵士が集っているんですよね?」と聞いてきた。


 そうらしい――と返す。


 交国各地で解放軍の蜂起が行われているが――交国政府が蜂起を予測していた事もあり――既に鎮圧が終わっている地域も少なくない。


 ただ、ネウロンに関してはまとまった戦力が集結している、と報告を受けている。……あえて集結させたみたいだが、あそこが一番手こずるかもしれない。


 最悪、航路封鎖したら物資不足でネウロンの解放軍は干上がるだろうが、早めに鎮圧したい。……助けるためにもな。


 ネウロンにいる奴らが全員、飢え死にするなんて惨たらしいことは回避したい。別の惨劇も回避したい。そのためには黒水守の力が必要だ。


 気にせず休んでくれ――と艦橋から送り出す。


「……ちょっと出てくる」


「あっ、はい」


 送り出した黒水守を、艦橋の外まで追いかける。


 呼び止め、気になっていた事を問いかける。


「その……ウチの妹とは……素子とは、どうなってる? アイツをどう思う?」


「どう……と、仰いますと……?」


 黒水守は、俺の質問の意図がわからなかったらしい。


 まあ、こんなあやふやな言い方じゃ伝わらないか。


「素子は……お前の妻だ。一応な」


「ええ、そうですね。婿に迎えていただいたので、今の私は『加藤』ではなく、『石守』の姓を賜っております」


「で、アイツも俺と同じ<玉帝の子>で……人造人間なんだが……」


 そこをどう思う?


 人造とはいえ、機械の身体ってわけじゃない!


 脳や臓器をデザインして作られたってだけで、生身の人間だ。


 子供だって作れる。俺は作れないが……素子は、多分、大丈夫だろう。検査して調べてもらえ、とは言っているんだが……アイツは物臭なとこあるからなぁ。


「身内びいき目かもしれんが、アイツは可愛いし頭もいい。とても優秀で……ちょっと言動に問題はあるが、まあ良い女だよ! だから、そのぅ……」


「他と同じく、普通に接してほしい――という事でしょうか?」


「ま、まあ、そういう事だ」


 俺も素子も人造人間だから、直接の血の繋がりはない。


 だが、俺達は家族だ。兄妹だ。


 妹が幸せな結婚生活を送れるかは……ちょっと、心配なんだよ。


 我が家(ウチ)は俺の所為で子供が出来ないことや、俺が仕事で留守がち事を除けば、円満な夫婦生活を送れていると思うんだが――。


「他の皆さんと同じ目で見るのは、無理ですね」


「なっ…………!」


「彼女はもう他人じゃない。……平等に見るのは無理です」


 黒水守は笑みを浮かべ、「結婚相手として、特別な目で見ています」と言った。


「犬塚特佐が危惧しておられるように、出生のことで色眼鏡をかけるつもりはありません。彼女は彼女。石守素子です」


「あ、あぁ……! そう思ってもらえているなら、良かった!」


「私に至らない事が沢山あるので、『良い夫婦』になれているとは思えません。領地経営の事でも、彼女を沢山困らせてしまっています」


 黒水守が苦笑する。


 黒水守は玉帝に酷使され、軍事作戦にもちょくちょく参加させられているから……領地である<黒水>を実質的に仕切っているのは素子だ。


 黒水守が異世界人や流民の受け入れを積極的に勧めることで、素子が苦言を呈しているのは小耳に挟んでいるが――。


「まあ、そこはな……。夫婦で時間をかけてすり合わせていくしかないだろ。素子も問題のある子だから、衝突しつつ、妥協案を見つけていきな」


「あはは……。衝突というか、いつもお尻を叩かれています」


「アンタが気弱過ぎんだよ。素子の尻に敷かれたら大変だぞぉ~?」


 俺は「オークの秘密」の告発と同時に、「玉帝の子は人造人間」という告発も行った。それによって俺や素子の正体も世間にバレちまった。


 それは玉帝の指示によるもので、人造人間(おれたち)とオーク達を同一視させる宣伝戦略なんだが……それが妹夫妻の関係にヒビを入れるか心配だった。


「まあ、でも、実際……驚きはしました。彼女や特佐の出生の秘密には」


「そりゃあ、そうだよなぁ」


「けど、貴方達自身は何も悪くない。その点、私は悪い事ばかりしてきた男です。私の経歴の方が大きな問題だと思います。夫婦の観点で見ると」


 黒水守は犯罪者として、多方から追われる存在だった。


 身を寄せていた組織(ロレンス)からも、首領殺しの罪で追われている。


 ロレンス首領の首と神器を手土産に交国にやってきた時も、人類連盟加盟国から「そいつを引き渡せ」と散々文句が届いたんだが――。


「アンタのやってきた事は、交国政府が余所と交渉して手打ちにしている。全部が手打ちに出来たわけじゃねえが……少なくとも素子はその辺、気にしている様子ない。だからアンタも気にしなくていいよ」


 元は交国の敵(テロリスト)だったとしても、今は俺達の味方で身内だ。


 そこまで畏まらなくていいよ――と言っておく。


「素子も、アンタの事は気に入っているようだしな」


「えっ、本当ですか?」


「1人の人間としてはな。『おもしれー男』だそうだ」


 夫婦としては、まだ距離があるかもしれない。


 子供を作れるようになるのも……もうちょっと先だろうな。


 けど、お互いに歩み寄っていけば、いつか本物の夫婦になれるさ。


 歩み寄るための時間として休暇があるんだが……今回、俺がそれを奪っている。こっち都合で振り回してスマン――と頭を下げると、黒水守は慌てた様子で「気にしないでくださいっ!」と言ってくれた。


「引き留めて悪かった。とりあえず休んでくれ」


「はい」


 改めて黒水守を送り出し、艦橋内に戻る。


 すると、部下共が「特佐も休んでください」と言ってきた。


「何言ってんだ、ネウロンへの強行軍はまだ始まったばかりだぞ?」


「まだ戦闘始まってないんで、犬塚特佐の出番は無いですよ」


「上官が艦橋にいると、気を遣わないといけないので寝てください」


「その発言って、ホントに気を遣ってんのか……!?」


「とにかく、いま貴方が出来ることはありません。休んでてください」


 俺の出番は、ネウロン近海についてから。


 あるいは、ネウロンについてから。


 だから英気を養ってください――と部下共に気を遣わせちまった。


「……すまん、お前らの言葉に甘えさせてもらう」


 そう言い、艦橋から退出する。


 ゼリーパンとスープを食って、自分の部屋に戻る。


 食ったものがこなれた後に寝るか――と思いつつ、ブロセリアンド解放軍関係の資料を改めて読む。……読めば読むほど苛々してくる。


 玉帝め、よくもまぁ……こんな陰険な計画を思いつくもんだ。


「雄牛計画か……。交国のためとはいえ、要は大量処刑計画じゃねえか」


 眉間を揉みつつ呟いていると、誰かがやってきた。


 扉を開けてやると、温かい茶をトレーに乗せた女の子が部屋の前にいた。


 ウチの部隊に配属されている少女――特別行動兵だ。


「カペル。ひょっとして俺のために持って来てくれたのか?」


「えへへ……」


 はにかむカペルからトレーを受け取り、「ありがとな」と言って頭を撫でる。


 ここ数日、玉帝絡みで俺が苛々しっぱなしだから……気を遣ってくれているらしい。部屋の中に招き入れ、カペルの淹れてくれた茶を飲む。


「美味い! さすがカペルだ! この調子なら立派なお嫁さんになれるぞっ!」


「特佐ぁ~……褒めてすぎぃ~……!」


 恥ずかしそうに笑うカペルが、モチモチとしたほっぺたを押さえた。


 そうやって照れている姿も可愛い。


 可愛いんだが……まだまだ誰かの嫁になる歳ではない! 立派な嫁になれると思うが……しかし、カペルの結婚相手はカペル以上に立派な奴でなければ……。


 カペルの「相手」の事でやきもきしていると、カペルが不思議そうな顔で「どうしたの?」と問いかけてきたので、「何でもない」と誤魔化す。


 後方父親面して「キモい」とか思われたくない。


 まあ……俺は、血の繋がりはなくてもカペルの事を娘のように思っている。……特別行動兵として作戦に同行させちまっているが……。


「やっぱり、ネウロンのこと……心配?」


「あぁ……。まあな」


 そっちはそっちで心配だ。


 ネウロンに限らず、今回の事件に絡んでいる者達の事が心配だ。


 ブロセリアンド解放軍はテロ組織だが……所属している全員に罪があるわけじゃない。解放軍の成り立ちを考えれば、余計にそう思う。


「特佐は平和的に(・・・・)ネウロンのこと、解決したいんでしょ? それだったら~……カペル、お役に立てると思うっ!」


「そうだな。お前の力、頼りにさせてくれ」


 この子は子供だ。


 戦場なんかに連れ出すべきじゃない。


 だが……特別な「力」を持っている。


 殺すしか能のない俺と違って、人々を繋げる(・・・)力を持っている。


 怒り狂っている解放軍を鎮めるためには、カペルの力が効果的だろう。


「特佐の弟さんも……きっと無事だよっ? 大丈夫っ……!」


「いや、カペル、俺は竹を助けにいくだけじゃあ――」


 交国の特佐として、そんな私情で動いているわけじゃない。


 そう弁明しようと思ったが、本気で心配してくれているカペル相手に……そんな事を言う気は失せた。……久常竹が心配なのは本心だ。


 ネウロンに向かうのは「竹のため」だけじゃないが――。


「……竹達を助けるためには、暴力だけじゃ駄目なんだ。お前の力、今回もアテにさせてくれ」


「はいっ」


 カペルが敬礼をしてきたので、その手は下ろさせる。


 これは結構、個人的なお願いだからな。


 玉帝の思惑通りに事を進めさせてたまるか。非人道的な作戦は許さない――と言いながら、根底にあるのは「情」だ。


 玉帝や灰の兄貴や、満那には鼻で笑われるだろうが……感情(それ)は俺にとって大事なパーツだ。お前らが不要と断じても、簡単には捨てられない。




■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて

■from:英雄・犬塚


「…………」


 カペルに茶の礼を言い、ベッドで眠りにつく。


 いや、つこうとしたが……中々眠れない。


 玉帝の計画を考えると、苛ついて気が高まってしまう。


 交国は長年に渡り、「オークの秘密」を隠し、オークを軍事利用してきた。


 彼ら(オーク)は非常に頼りになる存在で、交国が現在のような巨大軍事国家に成長できたのは……彼らが土台を支えてくれた影響が大きい。


 非人道的だが、玉帝は「効率」を重視した。


 いや、「目先の利益」と言うべきか……。


 オークの秘密なんて、いつかバレる(・・・・・・)。玉帝だってそれは理解していたはずだが、奴は目先の利益を優先した。


 今までは何とか隠せていたが……それでも、ついに限界がやってきた。それが「ブロセリアンド解放軍による告発と蜂起」だ。


 ただ、それは交国の計画通りだった。


 どうせバレるなら、それによって生じる国民感情(エネルギー)のコントロールを図った。出来るだけ傷が浅く済むよう、苦し紛れの対策を行った。


 その対策の名を、玉帝は<雄牛(ファラリス)計画(プラン)>と名付けた。


 伝承上の処刑装置の名をなぞり、陰湿な計画を実行に移した。




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