玉帝の奴隷達
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:英雄・犬塚
「この調子なら、8日ほどでネウロン近海に到着か」
「黒水守様々ですね」
「そうだな」
方舟の艦橋にて、部下の言葉に同意する。
交国政府のシナリオ通り、<ブロセリアンド解放軍>の蜂起は不発となった。
向こうも流れを引き戻そうと足掻いているが、事態は玉帝の手のひらの上にある。奴の支配も完璧ではないが、解放軍が流れを引き戻すのは不可能だろう。
玉帝の指示に従い、くだらん「英雄役」を演じるのは苦痛だったが……断る事は出来なかった。敵の思惑通り進むより、玉帝の思惑通りの方がまだマシだ。
玉帝は人を部品と思っている非道な輩だが、「人類の勝利」のために動いているのは本当だ。非人道的な手段をよく使うが……それでも、人類の不幸を願っている者達よりはマシだ。あくまで比較論だが――。
「しかし……よく玉帝の許可を取り付けられましたね」
「俺の役目は一段落したからな」
玉帝は俺に茶番劇を演じさせた。
茶番劇は今も続いているが、俺の出番は一段落した。俺の名前は今後も使われるだろうが、ずっと交国本土にいる必要はない。
玉帝は少し渋ったが、条件付きで俺の自由行動を許可してくれた。
「ネウロンでの作戦が本格的に始まる前に……間に合うでしょうか?」
「黒水守の助力があるとはいえ、ギリギリってとこだな」
玉帝は、各地で蜂起したブロセリアンド解放軍を殲滅するつもりだ。
それも……外道な方法を使って殲滅するつもりだ。
ネウロンにも交国軍の艦隊が向かっている。全てが玉帝の思惑通りに進めば、ネウロンに限らず解放軍の蜂起地は全て地獄と化すだろう。
全ては止められないかもしれない。だが、出来るだけ止めたい。
何もかも玉帝の思惑通りに進めるなんて、納得出来ない。「いま俺が好き勝手言い出したら困るだろう」と脅す事で、何とか自由行動を許可してくれたが――。
「っと……お客様達が艦橋前まで来てますね」
「<戈影衆>か……」
「特佐、対応お願いしますね」
「へいへい……」
いま、この船には2種類の「客」が乗っている。
1つは黒水守。まあ、こっちはいいんだ。黒水守が神器使って協力してくれるおかげで、通常は使えない航路でネウロンに急行出来るからな。
問題はもう1つ。
玉帝が俺の行動を許した条件……俺の「お目付役」だ。
「犬塚特佐。いつ頃、ネウロン近海に到着しそうですか?」
「……この調子なら、あと8日ほどだよ。満那」
艦橋に入ってきた女に――柔和な笑みを浮かべた黒髪の女に返事する。
満那は――寝鳥満那は<戈影衆>という玉帝直属部隊の長をやっている。
今回は俺の目付役としてついてきている。満那自身の部下も伴ってウチの方舟に乗り込んできて、俺を見張っている。
今は1人だけ……それも黒髪紅眼の小柄な子しか伴っていないが、この子も満那の部下だ。その子が緊張した面持ちで敬礼をしてきたので、「楽にしてくれ」と言っておく。
「上司の満那の前とはいえ、俺相手にはもっと気軽に接してくれ。ヒスイ」
「っ…………!」
名前を呼びつつ屈んで視線を合わせたが、少女は――ヒスイは緊張した面持ちも敬礼も崩さなかった。
まだ小さな子供なのに……大人達の中で大人のような振る舞いを強要されている。……玉帝が強要している。
「上司共の教育が厳しいみたいだなぁ……」
「犬塚特佐、私には言ってくれないんですか~? 楽にしてくれって言ってくれないんですか?」
「お前は何言っても無駄だし……」
満那を軽く睨みつつ、「お前はヒスイにどういう教育してんだ」と伝える。
満那は目を細めながら「皆、同じように教育してますよ」と言った。
「今回はかなり優しい方ですよ。今回のヒスイの仕事は『見学』ですから」
「戈影衆の先輩であるお前達の仕事ぶりを見ておけ、って事か?」
「ええ。ヒスイは出来の悪い子なので、私達を背を見て――」
「二度と言うな。そんな言葉を」
立ち上がり、満那を一層睨みながらそう告げる。
満那は笑顔のまま肩をすくめ、「とにかく、航海は順調のようですね」と言った後、さらに言葉を投げかけてきた。
「久しぶりの船旅、これぐらいで満足していただけませんか? 今からでも本土に帰って、主上の焼いたアップルパイを食べてゆっくり過ごしてください」
「テメエらだけ帰れよ。お前らいなくても、俺は別に困らないんだ」
「貴方は今まで以上に『英雄』としての立場を求められているんです。いつまでも感情の赴くままに最前線に行かないでください。まあ、ネウロンは対プレーローマ戦線よりは安全だと思いますが……」
「そいつはどうかな」
タルタリカやブロセリアンド解放軍は大した脅威じゃないが、ネウロンにも油断ならない相手がいるかもしれない。
「解放軍には『羊飼い』が合流した可能性が高いんだろ? アレはラート達ですら手こずった相手だ。俺達も手こずるかもしれん」
「特佐が『手こずる』って判断するなら、危険ってことですよね?」
満那は隣で敬礼し続けているヒスイの手を下ろさせつつ、ため息をついた。
「今からでも本土に戻っていただけませんか? ネウロンには我々が行くので」
「俺と<白瑛>が負けると思うのか?」
愛機の名前を出しつつ問うと、満那は首を横に振った。
俺の勝利を疑っているわけではない。ただ、万が一もあると言った。
「英雄である貴方ならわかりきっていると思いますが……戦場に『絶対』なんてありません。貴方が絶対に勝てるとは限らない。交国の英雄である貴方が、ネウロンなんて僻地で死んでしまったら……交国は大変な事になります」
「その時はその時だ。死後も英雄として担げばいい。得意だろ、そういうの」
その話は、俺にとって地雷の話だ。
ネウロンに向かっている動機でもある。
あそこには俺の弟が……久常竹がいるからな。
テメエらの計画通りなら、アイツが危ない。
「私は苦手ですよ? その手の宣伝戦略の担当者ではないので」
満那は俺の皮肉をわかっているはずだが、微笑んだままそう返してきた。
「戈影衆の本業は、犬塚特佐もよくご存知のはず」
「知ってるが……納得はしていない」
「しかし、誰かがしなければならない『仕事』なのです」
満那は丁寧に礼をし、「私達の事は『道具』とお考えください」と言った。
それが出来ていたら、俺はネウロンに向かってねえよ。
「他の部下達と、船室で大人しくしててくれ。戈影衆の出番は無しだ」
「出番を決めるのは貴方ではありませんよ。英雄様」
満那は笑顔でそう言い、部下であり、妹でもあるヒスイを伴って艦橋から出て行った。腕組みしながら2人を見送った後、疲れ交じりの鼻息を漏らす。
「……大人しくしててくれますかね?」
「少なくとも、ネウロン到着まではな……。奴らは玉帝直属部隊だ。玉帝からどんな命令を預かっているか……わからん」
奴らの役目は、俺の目付役だけじゃないはずだ。
多分、目付役のついでに何か命じられているはずだ。
例えば……「不要な人間の処分」とかな。
満那達は、そういう汚れ仕事の専門家だ。
「ご兄弟とはいえ、仲悪そうですね。特佐」
「……あいつらの方が一線引いてくるんだよ……」
俺としては……仲良くしたいよ。可愛がってやりたいよ。
けど、アイツらは「私達は貴方のような『特別』ではないので」などと、距離を取ってくる。<玉帝の子>なのに、他人のように振る舞ってくる。
血は繋がっていないから、実質他人ではあるが――。
「…………」
満那やヒスイ達があんな扱いを受けているのは、俺が弱いからだ。
交国は玉帝が支配している。奴の計画が最優先となる。
今回、交国がひた隠しにしてきた「オークの秘密」が明かされたが、それも玉帝の計画通りだ。玉帝としても出来れば隠しておきたかったが、隠しきれないから先んじて俺に告発させただけの話だ。
弟や妹達……そして、オーク達に関して、俺は実質何も出来ていない。
皆が奴隷だ。俺も皆も、玉帝の奴隷だ。
アイツの認識だと、「部品」と言うべきなのかね……。
玉帝にとって、交国は「巨大な兵器」だ。
人間の血肉をエネルギーにして動き、「人類の勝利」という目標を愚直に目指す兵器。その過程で沢山の人類を不幸にしているが、それでも戦い続けている。
大義のために必要な犠牲と割り切っている。
だが、皆がそれに納得できるわけじゃない。
それがわかっているのに、俺も玉帝の手のひらから抜け出せていない。




