表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
338/875

玉帝の奴隷達



■title:犬塚隊旗艦<瑕好(かこう)>にて

■from:英雄・犬塚


「この調子なら、8日ほどでネウロン近海に到着か」


「黒水守様々ですね」


「そうだな」


 方舟(ふね)の艦橋にて、部下の言葉に同意する。


 交国政府のシナリオ通り、<ブロセリアンド解放軍>の蜂起は不発となった。


 向こうも流れを引き戻そうと足掻いているが、事態は玉帝の手のひらの上にある。奴の支配も完璧ではないが、解放軍が流れを引き戻すのは不可能だろう。


 玉帝の指示に従い、くだらん「英雄役」を演じるのは苦痛だったが……断る事は出来なかった。敵の思惑通り進むより、玉帝の思惑通りの方がまだマシだ。


 玉帝は人を部品と思っている非道な輩だが、「人類の勝利」のために動いているのは本当だ。非人道的な手段をよく使うが……それでも、人類の不幸を願っている者達よりはマシだ。あくまで比較論だが――。


「しかし……よく玉帝の許可を取り付けられましたね」


「俺の役目は一段落したからな」


 玉帝は俺に茶番劇を演じさせた。


 茶番劇(それ)は今も続いているが、俺の出番は一段落した。俺の名前は今後も使われるだろうが、ずっと交国本土にいる必要はない。


 玉帝は少し渋ったが、条件付き(・・・・)で俺の自由行動を許可してくれた。


「ネウロンでの作戦が本格的に始まる前に……間に合うでしょうか?」


「黒水守の助力があるとはいえ、ギリギリってとこだな」


 玉帝は、各地で蜂起したブロセリアンド解放軍を殲滅するつもりだ。


 それも……外道な方法を使って殲滅するつもりだ。


 ネウロンにも交国軍の艦隊が向かっている。全てが玉帝の思惑通りに進めば、ネウロンに限らず解放軍の蜂起地は全て地獄と化すだろう。


 全ては止められないかもしれない。だが、出来るだけ止めたい。


 何もかも玉帝の思惑通りに進めるなんて、納得出来ない。「いま俺が好き勝手言い出したら困るだろう」と脅す事で、何とか自由行動を許可してくれたが――。


「っと……お客様達が艦橋前まで来てますね」


「<戈影(かえい)衆>か……」


「特佐、対応お願いしますね」


「へいへい……」


 いま、この船には2種類の「客」が乗っている。


 1つは黒水守。まあ、こっちはいいんだ。黒水守が神器使って協力してくれるおかげで、通常は使えない航路(コース)でネウロンに急行出来るからな。


 問題はもう1つ。


 玉帝が俺の行動を許した条件……俺の「お目付役」だ。


「犬塚特佐。いつ頃、ネウロン近海に到着しそうですか?」


「……この調子なら、あと8日ほどだよ。満那」


 艦橋に入ってきた女に――柔和な笑みを浮かべた黒髪の女に返事する。


 満那は――寝鳥満那は<戈影衆>という玉帝直属部隊の長をやっている。


 今回は俺の目付役としてついてきている。満那自身の部下も伴ってウチの方舟に乗り込んできて、俺を見張っている。


 今は1人だけ……それも黒髪紅眼の小柄な子しか伴っていないが、この子も満那の部下だ。その子が緊張した面持ちで敬礼をしてきたので、「楽にしてくれ」と言っておく。


「上司の満那の前とはいえ、俺相手にはもっと気軽に接してくれ。ヒスイ」


「っ…………!」


 名前を呼びつつ屈んで視線を合わせたが、少女は――ヒスイは緊張した面持ちも敬礼も崩さなかった。


 まだ小さな子供なのに……大人達の中で大人のような振る舞いを強要されている。……玉帝が強要している。


「上司共の教育が厳しいみたいだなぁ……」


「犬塚特佐、私には言ってくれないんですか~? 楽にしてくれって言ってくれないんですか?」


「お前は何言っても無駄だし……」


 満那を軽く睨みつつ、「お前はヒスイにどういう教育してんだ」と伝える。


 満那は目を細めながら「皆、同じように教育してますよ」と言った。


「今回はかなり優しい方ですよ。今回のヒスイの仕事は『見学』ですから」


「戈影衆の先輩であるお前達の仕事ぶりを見ておけ、って事か?」


「ええ。ヒスイは出来の悪い子(・・・・・・)なので、私達を背を見て――」


「二度と言うな。そんな言葉を」


 立ち上がり、満那を一層睨みながらそう告げる。


 満那は笑顔のまま肩をすくめ、「とにかく、航海は順調のようですね」と言った後、さらに言葉を投げかけてきた。


「久しぶりの船旅、これぐらいで満足していただけませんか? 今からでも本土に帰って、主上の焼いたアップルパイを食べてゆっくり過ごしてください」


「テメエらだけ帰れよ。お前らいなくても、俺は別に困らないんだ」


「貴方は今まで以上に『英雄』としての立場を求められているんです。いつまでも感情の赴くままに最前線に行かないでください。まあ、ネウロンは対プレーローマ戦線よりは安全だと思いますが……」


「そいつはどうかな」


 タルタリカやブロセリアンド解放軍は大した脅威じゃないが、ネウロンにも油断ならない相手がいるかもしれない。


「解放軍には『羊飼い』が合流した可能性が高いんだろ? アレはラート達ですら手こずった相手だ。俺達も手こずるかもしれん」


「特佐が『手こずる』って判断するなら、危険ってことですよね?」


 満那は隣で敬礼し続けているヒスイの手を下ろさせつつ、ため息をついた。


「今からでも本土に戻っていただけませんか? ネウロンには我々が行くので」


「俺と<白瑛(びゃくえい)>が負けると思うのか?」


 愛機の名前を出しつつ問うと、満那は首を横に振った。


 俺の勝利を疑っているわけではない。ただ、万が一もあると言った。


「英雄である貴方ならわかりきっていると思いますが……戦場に『絶対』なんてありません。貴方が絶対に勝てるとは限らない。交国の英雄である貴方が、ネウロンなんて僻地で死んでしまったら……交国は大変な事になります」


「その時はその時だ。死後も英雄として担げばいい。得意だろ、そういうの」


 その話は、俺にとって地雷の話だ。


 ネウロンに向かっている動機でもある。


 あそこには俺の弟が……久常竹がいるからな。


 テメエらの計画通りなら、アイツが危ない。


「私は苦手ですよ? その手の宣伝戦略の担当者ではないので」


 満那は俺の皮肉をわかっているはずだが、微笑んだままそう返してきた。


戈影衆(われわれ)の本業は、犬塚特佐もよくご存知のはず」


「知ってるが……納得はしていない」


「しかし、誰かがしなければならない『仕事』なのです」


 満那は丁寧に礼をし、「私達の事は『道具』とお考えください」と言った。


 それが出来ていたら、俺はネウロンに向かってねえよ。


「他の部下達と、船室で大人しくしててくれ。戈影衆の出番は無しだ」


出番(それ)を決めるのは貴方ではありませんよ。英雄様」


 満那は笑顔でそう言い、部下であり、妹でもあるヒスイを伴って艦橋から出て行った。腕組みしながら2人を見送った後、疲れ交じりの鼻息を漏らす。


「……大人しくしててくれますかね?」


「少なくとも、ネウロン到着まではな……。奴らは玉帝直属部隊だ。玉帝(ヤツ)からどんな命令を預かっているか……わからん」


 奴らの役目は、俺の目付役だけじゃないはずだ。


 多分、目付役(それ)のついでに何か命じられているはずだ。


 例えば……「不要な人間の処分」とかな。


 満那達は、そういう汚れ仕事の専門家(エージェント)だ。


「ご兄弟とはいえ、仲悪そうですね。特佐」


「……あいつらの方が一線引いてくるんだよ……」


 俺としては……仲良くしたいよ。可愛がってやりたいよ。


 けど、アイツらは「私達は貴方のような『特別』ではないので」などと、距離を取ってくる。<玉帝の子(かぞく)>なのに、他人のように振る舞ってくる。


 血は繋がっていないから、実質他人ではあるが――。


「…………」


 満那やヒスイ達があんな扱い(・・・・・)を受けているのは、俺が弱いからだ。


 交国は玉帝が支配している。奴の計画(かんがえ)が最優先となる。


 今回、交国がひた隠しにしてきた「オークの秘密」が明かされたが、それも玉帝の計画通りだ。玉帝としても出来れば隠しておきたかったが、隠しきれないから先んじて俺に告発させただけの話だ。


 弟や妹達……そして、オーク達に関して、俺は実質何も出来ていない。


 皆が奴隷だ。俺も皆も、玉帝の奴隷だ。


 アイツの認識だと、「部品」と言うべきなのかね……。


 玉帝にとって、交国は「巨大な兵器」だ。


 人間の血肉をエネルギーにして動き、「人類の勝利」という目標を愚直に目指す兵器。その過程で沢山の人類を不幸にしているが、それでも戦い続けている。


 大義のために必要な犠牲と割り切っている。


 だが、皆がそれに納得できるわけじゃない。


 それがわかっているのに、俺も玉帝の手のひらから抜け出せていない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ