スリーパー・セル
■title:交国領<ジョール>にて
■from:ブロセリアンド解放軍元帥・アマルガム
「私は! ブロセリアンド解放軍・元帥のアマルガムであるっ!」
「…………」
「私は確かに交国軍の捕虜になったが、戦時国際法に則った扱ギャッ?!!」
「黙って歩け。テロリスト如きが……。な~にが戦時国際法だ……」
「ぐ、グゥ…………!」
私を捕まえた交国の神器使い――ジガバチと名乗る輩が殴ってきた。
捕虜相手にそんな事をして恥ずかしくないのか……! と思ったが、また殴られるのは勘弁願いたい。交国軍は……やはり、野蛮人だ!
「わ、私は……どこに連行されるのだ……?」
「直ぐにわかる。キリキリ歩け」
周囲には交国軍人がウロウロしている。……逃げるのは難しそうだ。
仲間の救援も……期待薄だろう。支援者からの助けも来ないだろう。
どうして、こんな事に……。
我々は正義の心を持って立ち上がり、交国に立ち向かい始めた。
交国を滅ぼし、我らの国を作り……そこの初代皇帝になって少し……ほんの少し、甘い蜜を吸おうとしていただけなのに……!
交国は、私の野望を粉砕してきた!
解放軍の蜂起計画は完璧だったはずだが、交国は私達の上を行った。
各地の解放軍同志に命令し、蜂起を行わせたはいいものの……交国は先手を打ってきた。犬塚銀という偽りの英雄を使い、世論を操作している。
証拠は無いが、間違いなくそうだ。そうだとしか考えられない。愚民達はそんな事に気づかず、無邪気に犬塚銀を支持している。
各地の同志に「蜂起中止!」と伝えようにも、龍脈通信の障害により、大半の同志に連絡が取れなかった。私が「何があっても蜂起を断行せよ!」と言っていた事もあり、同志達は……表に出てきてしまった。
もはや止まるに止まれず、「こうなったら強引に戦っていくしかない――」と覚悟を決めていたところ、神器使いを含む交国軍が襲ってきた。
完璧に潜伏していたはずの私を……捕まえてきた。
「そ、そもそも……。貴様らはどうして、私の所在がわかった……!」
「さあな。まあ、お前らの中に裏切り者がいたって事だろう?」
交国の神器使いは、小馬鹿にするような笑みを向けてきた。
腹が立つが……コイツの言葉は、おそらく正しい。
交国はブロセリアンド解放軍の動きを、ほぼ完璧に把握していた。まるで未来予知でもしていたかのように、先手を打ってきた。
私を含め、解放軍の幹部連中が大半捕まった事を考えると……敵の諜報員が解放軍の中枢にいるのは間違いない。
解放軍は400年以上の歴史を持つ由緒ある「反交国組織」なのに……!
一体、誰が裏切ったんだ……?
ドライバ辺りが交国に懐柔されたのか?
支援者の手も借りて解放軍内部の諜報員の存在は調べていた。ドライバのような不安の残る人材には監視もつけていたし……少なくとも幹部連中に裏切り者がいたとは……思えない。
情報伝達方法もかなり気を遣っていたし、交国相手だろうと簡単に情報が漏れなかったはずだ。だが、実際、「漏れていた」としか思えない動きをされた。
支援者と連携して、交国を滅ぼすはずだったのに……。
オークという火種は、交国を吹き飛ばすのに十分なものだったのに……!
「…………」
もう、諦めるしかない。
夢を見る時間は終わりだ。現実を見据え、何とか……何とか生き残ろう。
私はブロセリアンド解放軍の元帥だ。
解放軍の情報なら、私が一番持っている! 潜伏している手駒の居場所はそれなりに把握しているし、私の命令で動かせる手駒は沢山いる!
私が「上手く脱走した」という事にしてもらって、解放軍の手駒共の動きをコントロールする! 交国政府に手駒共を生け贄として差し出し、私は助かる。
皆には悪いと思っているが、仕方ない!
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ……! 解放軍の皆がそんな志を胸に立ち上がったんだから、私のために身を捨ててくれ!
解放軍元帥のおかげで、楽しい夢を見ることが出来た。
もう、満足だろう? 夢から醒めきる前に死んでくれ!
「お前……この状況でよくニヤニヤと笑えるな……」
「ふふっ……。私は解放軍の元帥だからねっ!」
この立場を活かして司法取引してやる。死にたくないからね!!
反交国組織の長として、交国の恐ろしさは重々承知している。
そして、交国が実力主義なこともよく知っている。
ブロセリアンド解放軍という強力な「反交国組織の長」という経歴を持つ私なら、交国政府への再就職も出来るかもしれない……! 表に出ない裏方だとしても、重宝してもらえるかもしれない……!
テロリストのリーダーだから極刑とか……絶対、避けないと!!
交国との取引材料について全力で考えていると、「お前はあの方舟に乗るんだ」と言われた。
指し示された方向を見ると、海門を通って新手の方舟がやってきたところだった。交国の方舟のようだが……。
方舟が海に着水するのを見守っていると、搭乗口が開いた。そこから複数の交国軍人と、白髪金眼の男が下りてくるのが見えた。
白髪の男はこちらに歩いてくる。
周囲の反応から察するに、かなり立場が上の人間のようだが……。
…………。
え? あれ、もしかして――。
「あれはまさか、特佐長官の宗像か……!?」
隣の神器使いに聞くと、「さすがに知ってるか」と言われた。
「アンタの尋問は、長官サマが直々に行うとよ。良かったな、大物扱いだ」
「実際、私は大物だろう!? 解放軍の元帥だぞ!?」
「蜂起から1週間と持たず捕まった奴が、よく言う……」
神器使いは私の言葉を鼻で笑っていたが、近づいてきた特佐長官に対しては敬礼し、敬意を示した。解放軍元帥の私にも敬礼すべきなのにっ……!
特佐長官も神器使いに頷きを返した後、私を見ながら挨拶してきた。
「初めまして。ブロセリアンド解放軍元帥のアマルガムだな?」
「そ、その通りっ……! 私は、交国政府との司法取引を望む……!」
「下らんことは喋らなくていい。我々は解放軍と交渉する気はない」
特佐長官は冷たい瞳を私に向けたまま、言葉で私を突き放してきた。
ただ、「貴様が直ぐに色々と喋ってくれるなら、アップルパイの1つでも差し入れてやろう」などと言ってきた。アップルパイか……悪くない! 好物だ!
「一番欲しいのは……命の保証かなっ……! ははっ……」
「とりあえず私と来てもらおう。……ジガバチ特佐、ここまでご苦労だった。ここから先は私が引き継ぐ。すまんが、次の任務に当たってくれ」
「はっ」
特佐長官と共に来た軍人達が、私を方舟内へと連行し始めた。
特佐長官はしばし、部下の神器使いを労っていたようだったが、私が艦内に引きずり込まれる頃には部下から離れた。方舟へと向かってきた。
交国の特佐長官・宗像は冷酷な男らしい。
血も涙も無い特佐達の長……。特佐達には今まで何度も手駒をやられてきた。奴らの所為で潰された計画も沢山ある。……今回も潰された。
宗像長官は特佐達よりさらに厄介なはずだが……解放軍元帥の力をよく説明したら、取引に応じてくれるはずだ。……多分、おそらく……。
交渉材料は……ある。
例えば、元帥の私を使って解放軍兵士をコントロールするのはどうだ?
交国軍は確かに強いが、今はゴタゴタしているはずだ。
解放軍を手早く制圧出来るなら、私の手を借りるのが手っ取り早いはず……。
「ここに入って、長官を待て」
「す、直ぐに来てくれるのか?」
長官の部下は、私を艦内の取調室まで連行した。
私の質問には答えず、私を取調室内に拘束し、出て行った。
ひやひやしながら待っていると、方舟が離陸する振動が来た。……直ぐに出発するのか。行き先はどこだろう? 交国本土か……?
そのまま待っていると、本当に特佐長官がやってきた。部下を外で待たせ、1人で尋問するつもりらしい。……拷問とかされなきゃいいんだが……。
いや、けど……顔に似合わず優しい人物かもしれん。
取調室に入ってきた長官は、その手にアップルパイを持っていた。
さっきの冗談じゃなかったのか!?
甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。「私はまだ何も話していないぞ」と言うと、長官は微かに笑って「どうせ、これから喋る」と言ってきた。
「貴様の口は軽い。交国のために色々と教えてくれるだろう?」
「…………甘く見られたものだ。アップルパイのように……」
長官は微笑み続けている。
微笑みつつ、部下が持ってきた紅茶とセットで、アップルパイを私の前に置いてきた。それどころか――。
「ん……? おい、何をしている」
「お前の拘束を解いている」
「えっ……? いや、私を甘く見すぎじゃないか……!?」
取調室内には、宗像長官と私しかいない。
拘束を解いてくれるなら……襲える。
長官を人質に取ったら、脱走すら……可能か?
「まあ、とにかくご苦労だった。……貴様の好物だろう? 食べろ」
「…………」
対面に座った特佐長官が、アップルパイを勧めてきた。
大人しく、口にする。
サクサクとした生地。
程よい甘味が、私の口を喜ばせてくる。
毒が入っている様子は……ない。
「今回も、面倒な仕事を任せてしまったな」
「いつもの事でしょ。……ん? いつもの事?」
アップルパイを頬張りつつ、特佐長官の言葉に返答する。
ああ、そっか。
全て思い出した。
■title:方舟内部の取調室にて
■from:交国特佐長官・宗像
「あはっ! そっか! そうだったねっ! 権能起動」
解放軍元帥・アマルガムの口から、顔に似合わない声が出てきた。
少女のような甘ったるい声と、笑い声が漏れてきた。
そして、アマルガムは自分の口に両手を突っ込み――。
「解放軍の裏切り者は、解放軍元帥だっ!」
身体をビリッと破いた。
自分の身体を真っ二つにするよう破き、外皮を脱ぎ捨てた。
その皮の中から、桃色の髪を持つ小柄な少女が現れた。
「はぁい☆ 兄弟! 元気にしてた!?」
「お前ほどではないよ、甘井汞。……我が弟よ」
「違う違うっ! 今は妹だよっ、兄弟☆」
「…………少女の顔と声で、キンキンと喋るのはやめろ……」
「や~~~~だよっ☆」
甘井汞は<玉帝の子供>の中でも、指折りの問題児だ。
だが、無能ではない。才能が有り余っているだけだ。
問題を理解しておけば、それを交国のために活かす事が出来る。
汞の場合は「工作員」として活かす事が出来る。
それも、とびきり特殊な工作員として――。
「ともかく……解放軍の誘導、ご苦労だった」
「ご褒美のキッスは?」
「ハァ…………。…………」
「そんな投げ槍な投げキッスやだぁ~~~~っ!!」
汞は、優秀な子だ。
兄の活力を削ってくるが、優秀な工作員だ。




