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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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消えたバックアップデータ



■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:自称天才美少女史書官・ラプラス


「ニイヤドなら、私も先日調査したのですが……」


『何か気になるものはあったか?』


「もぬけの殻って感じでしたね。ただ、交国もニイヤドを特に気にしていたようで、何度も調査していたみたいですね~」


 めぼしいものは、全て掻っ攫ったのでしょう。


 交国はバフォメット様が目覚める前からネウロンに来ていた。何かを調べている交国人の目撃情報も残っている。


「それに、ニイヤドには<星の涙>も落ちていなかった」


『重要拠点と睨んでいたから、爆撃を控えたのか』


「多分、そうだと思います」


 交国はネウロンで色々と調査している様子だった。


「バックアップデータは、交国が確保した可能性が高いかもしれませんが……他の可能性となると……。マーレハイト亡命政府ですかね」


 あそこはメリヤス王国と接触し、王女を界外に脱出させている。


 マーレハイト亡命政府――というか、<ピースメーカー>がネウロンに来ていたのは間違いない様子。ただ、彼らが「ニイヤドに来ていたか?」「そもそも真白の魔神の存在を把握していたか?」についてはわからない。


 ただ、交国は明らかに真白の魔神を意識していたと思う。


 交国は「真白の遺産」の争奪戦にもちょくちょく参加していますし、真白の魔神を敵視しながらも、その遺産には目をつけている様子がある。


 そもそも、交国がネウロンに来た目的が……それなのかもですし。


「交国の手にバックアップデータが渡っていたら、大変なことですね」


『アレだけ手に入れても、読み取るのは難しい』


「器であるヴァイオレット様がいないと無理ですか?」


『おそらくな』


 真白の魔神自身も、バックアップデータの「危険性」はわかっていた。


 だからこそ、何らかの対策もしていたはずだ――とバフォメット様は語った。


『例えば、資格の無い者が手に入れようとすると、データの自動消去が始まっていた可能性がある。隠し場所に術式防壁が仕掛けられていた可能性もある。ニイヤドの地下に、実際に真白の魔神(マスター)の術式防壁の痕跡があった』


 術式防壁(それ)は突破された様子なので、その奥にあったかもしれないデータが持ち出された可能性はある。


 ただ、持ち出そうとした時点で自動消去が始まっていたら……誰も何も手に入れられずに終わっていたかもしれない。


『交国にそれらしい動きはないのか? 奴らは奴らで、バックアップデータを読み取る方法を手に入れていたとか……』


特別製の器(スミレ)を使う以外に?」


『そうだ。あんなものを手に入れて、既に完全複写体を作成していたとしたら、交国に妙な技術革新が起こっていないか?』


「う~ん…………。今のところ、そういう様子はないですね」


 交国の技術力が急成長した情報はない。


 元々、交国は多次元世界でも上位の技術力を持っていますが……真白の魔神の力も加われば、もっと伸びるはず。今のところそういう様子はない。


『交国のような国が、わざわざネウロンに侵略してきたのは真白の遺産が目的(・・・・・・・・)だろう。バックアップデータは、特に価値が高い品だ』


「仰る通りかもですね」


 交国はネウロン侵攻について「プレーローマ等の脅威から守るため」とか「ネウロンの文明化のため」とか言ってましたが、それを本気で受け取っている人なんてそうそういません。


 皆が冷ややかな目つきで、「いつもの侵略か」と思っていたはずです。


 ただ、「いつもの侵略」にしてはおかしなところはあった。ネウロンのような僻地にわざわざ侵攻したのは交国らしくなかった。


 僻地でも、「真白の遺産」というお宝が眠っているのであれば……侵略の動機になりますけどね。


『ネウロン魔物事件は、ニイヤドで起こった。ひょっとすると……交国はその時点で目的を達成(・・・・・)していたのかもしれんな』


「と、仰いますと……?」


『魔物事件の爆心地となったニイヤドでは、交国の人間が実験を行っていた』


 その実験がネウロン中に波及したことで、「ネウロン魔物事件」が発生した。


『交国の研究者達は、ネウロン中で魔物が生まれる可能性も考慮していたはずだ。実際、大量の魔物が生まれたことでネウロンは無茶苦茶になった』


「つまり……そんなことになる前に、必要な物は確保していたと?」


『確保前にあんな事件を起こすのは、ただの馬鹿だろう。バックアップデータを手に入れた交国は証拠隠滅も兼ねて、魔物事件を起こしたのではないか?』


「うーん……? そうなんですかねぇ?」


 唸りつつ、バフォメット様の説を検討する。


 それはそれで疑念が残るんですけどね……と思考する。


 バフォメット様に『何か疑問が?』と聞かれたので、素直に言っておきましょ。


「必要なもの、本当に確保していたのでしょうか?」


『バックアップデータは確保前に消えた可能性もあるが――』


「いえいえ、そっちではなく。貴方とヴァイオレット様は確保されてないでしょ」


 バフォメット様自身が、一種の「真白の遺産」です。


 ヴァイオレット様も同じ。こちらは大事な「特製の器」ですからね。


『ヴァイオレットは確保されていただろう。彼女は交国軍にいた』


「それにしてはぞんざいな扱いでは? 交国が彼女の価値を理解していたら、特別行動兵なんかにせず、交国本土に連行しているでしょう」


 多分、交国政府は気づいていなかったんです。


 真白の魔神の遺産が、ネウロン人に混じってテクテク歩いていたことに。


 気づかないまま、他のネウロン人と一緒にその辺の町に置いておくはずが……ヴァイオレット様が事件を起こして特別行動兵になった。


 それによって軍事委員会の監督下に置かれたものの、委員会の担当者達も気づかなかった。自分達がどれだけ重要なものを手元に置いているか気づかなかった。


「真白の遺産は、真贋がわからない者の目には無価値に映るものです。交国上層部は価値に気づいていたものの、末端の人々は気づかないままだった。だから、ヴァイオレット様をあんな扱いで遊ばせていた」


『……器の存在までは、理解していなかったのではないか?』


「まあ、その可能性もありますね。ただ、交国がバックアップデータを確保していた場合、『これって再生用の媒体が必要じゃないのか?』って気づいて、器の存在も連鎖的に気づいていたのでは?」


『逆に考えれば、交国は(・・・)データを確保出来ていない?』


「何の確証もない推測ですけどね」


『それなのに魔物事件を起こしたのか?』


「う~ん……。そこがちょっと、妙なんですよね~」


 前提条件が違うのかもしれない。


 ともかく、叡智神は「完全複製体」を造る技術を持っていた。


 その成果として「器」と「複写魂魄」を造っていた。


 少なくとも器は――形はちょっと違うものの――現存している。


 複写魂魄の行方は、相変わらず不明です。


「叡智神のバックアップデータは『1000年前の記録』で……中にあった技術も1000年前のものだとしても、大きな価値があったはずです」


『なにせ、真白の魔神だからな。奴は1000年先……あるいは、もっと先の技術を先取りしているような存在だった』


「未来視……。いえ、予知能力者みたいなものでしたからねぇ」


『実は未来人だった、と言われても私は納得してしまうかもしれん』


「おぉ、面白い説ですね」


 真白の魔神は本当に傑物だった。皆の遙か先を征く発明家だった。


 だからこそ、完全複製体は危険(インチキ)なのです。


 そもそも、自分のコピーなんて普通は作れませんからね。


 エノク……もとい、<死司天>サリエルのコピーが1000体いたら戦うのすらバカらしくなると思いますよ。視線だけでバンバン殺してくる権能持ちがワラワラ現れたら普通は勝てません。


 まあ、完全複製体技術は「特製の器」が必要のようなので、エノクを1000体も量産するのも一苦労です。


「そもそも、魔物事件を起こしたのは本当に交国なのですか?」


『交国の人間が実験していたのは事実だ』


「交国人のフリをした工作員の可能性は?」


『そういう者に関しては、貴様の護衛の方が詳しいだろう』


 2人でエノクを見つめる。


 エノクは肩をすくめ、「今のワタシは護衛だ」と言った。


 まあ、エノクはそういう工作できるほど器用じゃないですしね。


 ご実家(プレーローマ)の方々はともかく。


『私にとって、そこの真偽はどうでもいいのだ』


「交国が悪い、とした方が扇動しやすいですもんね」


 バフォメット様は答えてくれなかった。


 ただ、その沈黙は下手な言葉より雄弁だった。


 ニイヤドで実験が行われていたことや、そこに交国人にいたこと自体は事実っぽいですけどねー。……前提条件が間違っているとしたら、この辺りですかね~。


「バックアップデータ、どこに行っちゃったんでしょうね」


『知らん。わからん。という事はわかったな』


 バフォメットさんは私が渡した資料入り端末に視線を落としつつ、「お前の推測が正しければ、交国が確保したわけではなさそうだな」と言った。


「どこの勢力が確保しても面白……もとい、面倒な事になるでしょうけどね」


『器は<曙>艦内にいる。無傷の複写魂魄を確保していても、器がなければ大した情報は引き出せまい。そもそも完全複製体が造れまい』


「逆に言えば、ヴァイオレット様を確保した陣営が危険ですね」


『交国に限らず、プレーローマとかな。死司天、貴様、余計なことをするなよ』


 バフォメット様に軽く睨まれたエノクは、「プレーローマの仕事は、当面の間しなくていい事になっている」と言い、関与を否定した。


 実際、エノクはプレーローマにせっせと肩入れしたりしないでしょう。


 プレーローマに愛着もあるでしょうけど、気ままな風来坊ですし……エノクは優先度的に「プレーローマ」よりも「源の魔神」でしょうからね。


 プレーローマの天使様方が創造主である源の魔神に「もう帰ってくんなー」「死ねー」「復活とか勘弁してくれー」と思っていても、忠犬・サリエルは鼻息荒くご主人様を探し続けるのです。


 献身の果てに、何が待っているとしても――。


『……おい、雪の眼(ラプラス)。1つ苦情(クレーム)を伝える』


「げげっ、何でしょう? 資料に手落ちが……?」


 私の渡していた資料を閲覧していたバフォメット様が、文句を言ってきた。


 どうも、欲しかった情報が足りないご様子。


『この資料は、シシン達はともかく……彼女のその後がわからん』


「真白の魔神ですか? あの御方はホイホイ転生して行方をくらますので、追うのも一苦労なのですよ。結構、頑張って追っているのですが――」


『違う。私が言っているのは<使徒・エーディン>だ』




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:使徒・バフォメット


『エーディンがどうしているのか、わからないのか?』


 端末を軽く叩きつつ、苦情を入れる。


 使徒・エーディン。


 私やシシンと同じく、真白の魔神に仕えていた使徒だ。


 私達のような戦闘員ではなく、後方支援として諸々の面倒な仕事をこなしてくれていた使徒のため、あまり有名ではないだろうが……彼女は確かにいたはずだ。


『エーディンは、マスターがネウロンを去る際、ネウロンでの後処理を頼まれていた。私が眠っている間、彼女はネウロンで働いていたはずだ』


「あぁ~……。残念ながら、そのエーディン様の行方はわかりませんね」


 シシンは何だかんだで元気にしているだろう、と思っていた。


 だが……エーディンは今、どこで何をしているのやら。


 雪の眼に対し、「それらしき人物が真白の魔神に付き従っていた記録が残っていないのか?」と聞いた。だが、それらしき情報も無いらしい。


「ネウロンのどこかで生きているのでは?」


『それがわからんから聞いている』


「連絡とか取れないんですか?」


『取れないから聞いているんだ』


 私も、心当たりは色々当たってみた。


 しかし、交国や魔物事件の混乱の影響もあってか、エーディンは見つからなかった。痕跡は僅かにしか見つからなかった。


『私とスミレが眠っていた地下基地は、近年まで誰かが整備していた。おそらく……ネウロンに残っていたエーディンが、たまに手入れに来ていたのだ』


 あそこは自動化された機械も整備しているが、エーディンが時折訪れ、調整してくれていたはずだ。スミレの墓参りでもする感覚で――。


「近年までネウロンにいたって事は……真白の魔神を追って出て行ったわけではないのでしょうか?」


『おそらくな』


「それなら余計、わかりませんね。私達もネウロンの位置を再確認出来たのは最近の事ですから……ネウロンに引きこもっていた方の様子はわかりません」


 雪の眼の史書官は興味深そうに質問してきた。


 そのエーディン様は、具体的に「何を」していたのですか――と。


「後処理って……ひょっとしてシオン教絡みですか?」


『そうだ。アレを立ち上げたのはエーディンだ』


 真白の魔神(マスター)がネウロンを去る際、彼女に命じたのだ。


 試作型ドミナント・プロセッサーの管理と、その補助輪としての宗教組織――シオン教団の立ち上げを彼女に命じたのだ。


 正確には「立ち上げ」ではなく、既存組織の改造だったが――。


 雪の眼は「ふんふん」と頷きつつ、自分の端末を操作し、心当たりを探ってくれた。すると、いくつかの記録が見つかった。


「それらしき人物が、900年ほど前に亡くなられた記録がありますね」


『偽装だな』


「ですね。バフォメット様が眠っていた基地に近年まで来ていたとしたら、死んだことにして表舞台から去っただけかもですね。と、なるとぉ~……」


『まだ心当たりがあるのか?』


「シオン教団には<神の耳>という部署があったんです」


 それは問題のある聖職者を罰する部署だったらしい。


 部署といっても、教団上層部ですら実態を把握していない。一種の伝承のようなものだったそうだが、実際に裁かれた聖職者はいたらしい。


「その神の耳が、悪い事した聖職者さんの拷問していたようなのです」


『エーディンは文官だが、多少は戦闘の心得がある。ネウロン人ぐらいなら軽くひねってみせるだろう。その神の耳の記録、最近のものはないか?』


 問いかけてみたが、それも近年になって途絶えているらしい。


 となると――。


『エーディンは、交国なりタルタリカなりに殺さたのかもしれんな』


「ホントですか~?」


『悲観的に考えればな』


 エーディンは文官だったとはいえ、したたかな女だった。


 交国軍と正面切って戦う事は出来ないが、ネウロン人に紛れて姿をくらますぐらいは出来たはずだ。


『ネウロンで何かあった時、エーディンは私を起こして頼っていた……かもしれない。そうなっていないという事は……死んでいる可能性は高い』


「貴方を起こしたのは、ネウロン人でしたっけ?」


『ネウロン人かはわからん。だが、ネウロン側の人間のようだった』


 植毛はなかったからな。


 ネウロン人と断定できん。


「ひょっとして、その方はエーディン様に情報を聞いたのでは?」


『エーディンに?』


「貴方が眠っている場所、エーディン様は把握していたのでしょう? そこにネウロンの方を行かせ、貴方を起こそうとしたのでは?」


『それは…………無いとは言えんな』


 しかし、そこを確かめるのは難しい。


 私を起こそうとした者は――契約者は既に死んでいる。


 契約者が「守ってくれ」と命じてきた息子と妻あたりが知っている可能性もあるが。…………妻? まさか、その妻が…………いや、有り得んか。


 彼女がネウロン人の子など、産むはずがない。


 エーディンも……私と同じ根に連なるものだ。


 きっと、1000年前の事を……恨み続けているはずだ。


 むしろ、1000年前の復讐としてエーディンが交国を(・・・)呼び寄せ、ネウロン人の虐殺を行った可能性すら……。


『…………』


「ん? どうかなさいましたか?」


『いや……下衆の勘ぐりをした自分が、嫌になっただけだ』


 私と同じ根に連なる者とはいえ……そこまではしないか。


 眠っていた私と違って、エーディンはずっと起きていたはずだ。


 夢中の私と違い、現実を見据え続けていたはずだ。1000年も平和を守っていながら、今更、外敵を呼んで復讐したとは思えん。


 そんな考えを抱きつつ唸っていると、雪の眼の史書官は笑みを浮かべながら「エーディン様の件、私も引き続き調べてみますね」と言った。


「何かわかったら言いますね」


『ああ。彼女の事は気になる』


「心配なのですか?」


『ああ。エーディンは……スミレと、とても仲が良かったからな』


 スミレにとって、エーディンは良き姉のような存在だった。


 だからこそ、エーディンもネウロン人を恨んだ。


 憎み続けていたはずだ。裏切り者(ヴィンスキー)達を――。


「あ……ひょっとして、データ(・・・)持ち出したのエーディン様では?」


『複写魂魄を、エーディンが……?』


 可能性は…………ある。


 エーディンはネウロンの後処理を任されており、実際にネウロンに残っていた様子だった。近年までいた様子だった。


 ネウロン人に使っていた試作型ドミナント・プロセッサーの管理も行っていたはずだ。生真面目な彼女の事だから、真白の魔神(マスター)が死んで連絡取れなくなった後も、自己判断で色々やっていたはずだ。


『エーディンが複写魂魄を預かっていた可能性は……ある。保管場所の立ち入り権限を与えられていたかもしれない。彼女なら手に入れられただろう』


 エーディンは真白の魔神の仕事を色々と手伝っていた。


 当然、完全複写体技術の事も知っていた。


 知ったからこそ、怒ってくれた事もあった。


 可愛がっている妹分(スミレ)が大義のために犠牲にされかねないと知り、怒り、マスターに刃を向ける事もあった。


 ただ、我らはマスターに逆らえない。


 統制(ドミナント)戒言(レージング)により、反乱など起こせなかったが――。


『エーディンは複写魂魄が交国の手に渡るのを恐れ、別の場所に逃がすか……もしくは破壊したのかもしれん。貴様の説は十分有り得る』


「持ち出して、使おうとした可能性は?」


『有り得ん』


「でも、エーディン様は『器』であるスミレ様の所在も知っていたわけでしょう? 貴方のところから連れ出して、データを使おうとした。そうする事で真白の魔神(コピー)を造って交国に対抗しようとしたとか――」


『絶対に有り得ん。実際、器は……使用されていない』


 器は誰でもいいわけではないのだ。


 スミレは死んでいても、ヴァイオレットがいる以上、器は使われていない。


「使おうとしたものの、何らかの事故で失敗したとか……」


『エーディンが、複写魂魄(あんなもの)に頼るはずがない』


 貴様の説は面白いものもあるが、こればかりは絶対に違う。


 エーディンは、スミレを大事にしていた。


 スミレがもう生き返らないとしても、それでも……器をぞんざいに扱うなど、絶対に有り得ない。複写魂魄に頼ることなど、ありえない。


『そもそも、スミレの身体を……ヴァイオレットを逃がしたのは私だ』


「えっ? そうなんですか? でもバフォメットさん、眠っていたのでは?」


『一応、起きていた。交国の横槍によって半端な覚醒になったが――』


 壊れたドミナント・プロセッサーを通じ、タルタリカに干渉する事は出来た。


 我が身は満足に動かせない状態でも、タルタリカに命じる事は出来た。


 交国軍を攻撃し、殺せ。念のため、スミレを連れ出せ――と。


 その命令により、私が眠っていた場所に来た交国軍人は殺した。あのバレットという輩と所属部隊は、その前に撤退していたが……。


『ただ、ヴァイオレットを連れ出させたタルタリカは途中で死んだ(・・・)ようだった。その所為でスミレの身体の所在も、わからなくなっていたのだ』


「なるほど~」


 おそらく、スミレを運ばせたタルタリカは交国軍に攻撃されたのだ。


 そして、スミレは――スミレの身体(ヴァイオレット)は保護された。


 交国軍はヴァイオレットの価値がわからず、特別行動兵にしていたようだ。ある意味、幸いなことだが……スミレの身体をぞんざいに扱っていたのは許せん。


『ともかく、エーディンがバックアップデータをスミレに使おうとするのは有り得ん。彼女がデータを処分した可能性は十分あるがな』


 エーディンなら、絶対にスミレを守ろうとする。


 スミレがもう死んでいて……別人になっていたとしても。




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:史書官ラプラスの護衛


「…………」


 ラプラスとバフォメットの会話を聞きつつ、ワタシなりに考えてみる。


 2人の話で、大体わかってきた事がある。


 手段(・・)は理解できた。しかし、動機(・・)はまるでわからんな。


「エノク? 何を考え込んでいるのですか?」


「……解放軍に与えられた部屋の鍵を閉めたか否か、思い出そうとしていた」


「げっ……。ちょっと確認してきてくださいよ。私の私物もあるのに」


「後でな」





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