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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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器と複写魂魄



■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:自称天才美少女史書官・ラプラス


「貴方の知るエデンはミカエル氏が壊滅させました」


 当時のエデンはかなり強い組織ですが、プレーローマほどの大組織ではなかった。ただ、並大抵の天使ではエデンを倒せなかった。


 真白の魔神本人は高い戦闘能力を持っていませんが、その周囲を固める使徒達は猛者揃いだった。バフォメット様抜きでも十分強かった。


 それこそエノク……もとい、<死司天>でも蹴散らせない強さを持っていた。ミカエル氏はもっと強いので、蹴散らしちゃいましたけど。


「ただ、生存者もいます。『エデン』という名前の組織も、最近まで存続していました。カトーという方が解体しちゃいましたが。一応」


 そのカトー様は交国政府に捕まり、脱走したようなので……エデンが復活するかもですけどね。何だかんだで息の長い組織です。


『現代のエデンの話は聞いた。しかし、別物だろう』


「仰る通りです。ただ、かつての<エデン>が存在したからこそ、現代の<エデン>も存在したんだと思います。どっちも救済を目指す組織でしたし」


『今のエデンに興味はない。しかし、生存者がいるのは気になる』


「その情報を渡すので、色々教えてくださいな」


『私の持つ情報など大したものではないぞ。1000年間眠っていた骨董品だ。……ヴァイオレットが知る以上の話は持っていない』


「ああ、ヴァイオレット様ともお話したいんですよね。残念ながら解放軍の方々が面会を許してくださらないのですが~」


『どうせ、奴らの目を盗んで話を聞きに行っただろう』


 ソンナコトナイデスヨー、と誤魔化しておく。


 実際はこっそり面会していますが、ヴァイオレット様はヴァイオレット様で情報の出し惜しみをしてくるんですよね。


 まあ、囚われの身であるヴァイオレット様にとって、情報は数少ない取引手段。出し惜しみするのは自然なことです。


『死司天。この女は嘘をついているな?』


「ああ」


「あっ、コラ! エノク!」


『ヴァイオレットには、どの程度の話を聞いた?』


「むむむ……」


 エノクがバラしちゃったので、仕方なく簡潔に説明する。


 ヴァイオレット様の正体が、「スミレ様の身体に宿った別人」ということ。


 真白の魔神がスミレ様を「どういう目的で作ったか」ということ。


 その辺りは教えてもらえた。


「貴方がスミレ様の記憶を、ヴァイオレット様の身体にブチ込んだんですよね?」


『品のない言い方だが、その通りだ。私はスミレを……娘を復活させるために、ヴァイオレットを犠牲にしようとした』


「しかし、失敗した」


『…………。どう転んでも、失敗する運命だったのだ。死者は蘇生できない』


「まあ、でも、貴方の行動のおかげで……私はヴァイオレット様経由で情報をいただく事が出来ました。そこは助かりましたよ」


 ヴァイオレット様御自身も、貴方を責めてませんでしたよ――と言っておく。バフォメット様は腕組みしたまま黙っている。


「ただ、ヴァイオレット様が知っているのは『スミレ様の記憶』です。その記憶も完璧に継承されているわけではないでしょう?」


『ああ。大半は伝わっているはずだが、多少は欠落もあるだろう』


「そして、スミレ様のバックアップデータが作成された時点の情報に過ぎないはず。となると……スミレ様が亡くなられた後の事とかは、ヴァイオレット様にはわからない」


『…………』


 推測は出来るでしょうけど、あくまで推測でしかない。


「貴方は、ヴァイオレット様以上に当時の『真実』を知っているはずです」


『それを話せば、エデンの生存者を教えてくれるのだな?』


「はい」


『何について聞きたい?』


「やはり、真白の魔神のバックアップ関連ですね」


 当時の真白の魔神は、記憶の「保存」と「定着」技術を持っていた。


 自分の完全なコピーを作るため、神器使いの遺体を使って「スミレ」という器を作成していた。自分に何かあった時は、それを使うつもりだった。


「器は現在、ヴァイオレット様という形で存在している。では、中身(・・)は?」


『…………』


「当時の真白の魔神の記憶、どこかにあるんですよね?」


 それが「真の成功作品」かどうかはともかく、データはどこかにあるはず。


 だって、「スミレ様の記憶」は存在していた。


 それはヴァイオレット様に定着した。技術そのものは1000年前にもう存在しており、ある程度の実用化は達成されていた。


 まあ、それを使っても「スミレ様」は復活しませんでしたが――。


『奴の記憶に興味があるのか』


「そりゃあもちろん。当時の事を知る大きな手がかりですからね」


 バフォメット様は、あくまで「使徒」だ。


 主である真白の魔神の方が、より多くを知っていたはず。


 使徒に内緒でコソコソやっていた事もあるはず。そもそも……スミレ様が「器」である事も、バフォメット様は後で知ったようですし……。


「ただ、勘違いしないでほしいのですが、私の目的は歴史蒐集です。真白の魔神の遺産で悪さをしたいわけではありません」


『ビフロストは、中立の立場を守るためにさらなる力を望んでいるはずだ』


「ええ。ですがそれはビフロストの話です。雪の眼には関係ありません」


『貴様らはビフロストの下部組織だろう』


「雪の眼の代表は、ビフロスト上層部の要請もはね除けられるので……。アゴで使われているわけではありませんよ」


「雪の眼は本当に好き勝手やっているぞ。この女を見ればわかると思うが」


「エノク一言多いですよ」


 真白の魔神の記憶(バックアップデータ)は、それそのものが真白の遺産だ。


 ネウロンでは<叡智神>と呼ばれていた真白の魔神は、比較的(・・・)良心的だったらしい。非人道的な事もしているけど、それでもマシな方だ。


 他の真白の魔神と比べたら、マシな方だ。


『マスターの記憶の中には、思いついても実用化しなかった発明品が……非人道的な発明品が沢山あるはずだ。その情報は高く売れるだろうな』


「私達は中立組織(ビフロスト)所属です。しかも雪の眼の者なので、そういう遺産で荒稼ぎしようなんて考えませんよ」


『真の中立組織なら、とっくの昔に滅びている。ビフロストが存続しているのは<虚の魔神>の力も大きいだろうが……所属している人間達が大国やプレーローマの間で上手く立ち回っている事も大きいだろう』


「む、むぅ……。それは~……そうなんですが……」


『中立宣言は「どの勢力にも加担しません」という宣言ではない。実質、全員を敵に回す宣言だ。虚の魔神の力だけで、永世中立を守るのは難しいだろう』


 雪の眼の史書官はともかく、ビフロスト上層部はアレコレやってますけどね。


 ただ、私はホントに歴史蒐集目的なので、知財でどうこうするつもりないんですよ――と説明する。教えてくれるよう説得する。


「当時の真白の魔神が『完全複写体(コピー)』を造れる存在だったら、他の遺産の比じゃないほどヤバい事(・・・・)ですから……真偽を知りたいんですよ」


『やはり、アレの価値を理解しているのか』


 類似技術を使ったと思しきスミレ様は復活しなかった。


 あくまで「スミレ様の記憶を持ったヴァイオレット様」にしかならなかった。


 ですが、真白の魔神の方は成功する可能性は……まだ十分にあるはず。


「完全複写体って事は、記憶だけではなく異能(・・)も複写する目処が立っていたってことですよね?」


『…………』


「バフォメット様~……! 教えてくださいっ! 私の知的好奇心を満たすためにっ! 私は悪用とか絶対しませんから~……!」


 バフォメット様が纏っている襤褸を引っ張りつつ、「ねえねえ」とねだる。


 本当にヤバい技術の話なので、さすがに無理かな――と思っていましたが、バフォメット様は『まあ、いいだろう』と言ってくれた。


『真白の魔神は、完全複写体(そこ)までこぎ着けていた。モノがモノだけに、私が知る限りでは実際に造られてはいないが……』


「ヴァイオレット様がいますもんね。器は消費されていない」


『ああ。完全複写体の器は……そう簡単に用意できるものではない』


複写体(コピー)自体は、何度か造られているんですよ」


 雪の眼が蒐集した歴史について語る。


 真白の魔神は、新暦以降から活動し始めた――とされている。


 本格的に歴史に名を刻み、恐れられ始めたのは人類連盟が出来た頃ですが……あの頃からあの御方は傑物だった。私も傍にいたので知ってます。


 アレは単なる魔神ではない。


 当時から既に、「神」の片鱗を発揮していた。


 ただ、とても不安定な神様でしたが――。


「貴方の知る真白の魔神とは『別の真白の魔神』の話なのですが、ある時、彼の魔神は『天才(わたし)を量産したらいいじゃん!』と思いつきました」


 彼の魔神は、その思いつきを実現するだけの技術(ちから)を持っていた。


 自分並みの天才が1000人いれば、自分の力が1000倍になる。


 馬鹿げた話ですが、実現したら――1000倍は無理でも――大きな力になるのは確かだった。そして、その真白の魔神は実際に複写体を造った。


『あんなのが1000人もいたら……。悪夢のような光景だな』


「本人にとっても悪夢だったみたいです。最終的に音楽性の違いから喧嘩し、真白の魔神同士の殺し合いが始まった。それによって原典(オリジナル)も死亡した」


 真白の魔神は転生する。


 死んだところで、別のどこかで復活する。


 ただ、その際には記憶や精神に異常が発生しちゃいますけどね~。


「あの御方は、自分自身とすら仲良く出来なかったようです」


『まあ…………そうだろうな。私が知る真白の魔神(マスター)もそう思っていたから、「完全複写体を造るのは、あくまで自分の死後」としていたようだ』


 実際は造られなかった。


 スミレ様という器は消費されなかった。


 そこにどういう判断(ドラマ)があったかはさておき――。


『今の話の複写体(コピー)は、あくまでコピーであって「完全なコピー」ではないのだな? 異能の再現(・・・・・)は出来ていないのだ?』


「ですです」


『なら良かった。それなら……転生はしないからな』


「けど、貴方が仕えていた真白の魔神が『完全なコピー』を造っていた場合、自力で転生出来る存在が増えていた。それ以外の異能(ちから)も持った状態で」


 それは大変マズいことです。


 彼の魔神が何人もいたら、多次元世界の歴史はもっとグチャグチャになります。


 多分、バフォメット様が仕えていた真白の魔神は「技術はあった」「しかし完全複写体」を造らなかったっぽいですけど――。


「必要なものは多分、まだあるんですよね? 少なくとも器はあります」


『中身となる複写魂魄(バックアップデータ)も、作成自体はされていた』


「さすがにもう、貴方が壊しましたか?」


 バフォメット様も、完全複写体の危険性を理解している。


 だから、とっくの昔に粉砕していると思ったのですが――。


『…………』


「…………? なんですか、手のひらを見せてきて」


『ここから先は有料だ』


「げっ」


生存者(エデン)の情報を寄越せ』


「むぅ。まあ、いいですけど~……」


 情報交換の材料として用意してたので、いいですけどね。


 良いところで話を中断されたのは不服ですけど~……。


 エノクに手を向け、持たせておいた資料入りの端末を受け取る。それをバフォメット様に見せると、直ぐに中身を確認し始めた。


『……やはり、シシンは生き残っているか。それらしい話は聞いていたが』


「未だに元気に戦っているようですよ。エデンが崩壊したとはいえ、あの御方はエノク並みか、エノク以上の戦士ですからねぇ」


 エノクが「ワタシの方が強い」とボソリと呟いたものの、無視しておく。


 そんなことより、話の続きが聞きたいのですよ! 私は!


「で、バックアップデータはどこに? もう壊しちゃいましたか?」


知らん(・・・)


「は? 情報返してください」


 せっかく資料用意したのに!


 プンスカ怒りつつ、渡した端末を取り返そうとしたものの、「ひょい」と避けられた。端末を高く持ち上げている。私の手が届かない高みへ……!


『知らん、というのも1つの情報だろう』


「ムキーッ! ズルいですよ!!」


『まあ、落ち着け。詳細を話してやろう』




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:使徒・バフォメット


『私は複写魂魄(バックアップデータ)を破壊しようとした』


 1000年の眠りの後、私はネウロンの者に起こされた。


 その契約者は死亡し、「妻子を守ってほしい」という命令だけが残った。


 その命令に縛られているため、果たそうとしているが……それはそれとして、別の事もやる。バックアップデータの破壊も行おうとした。


『私が目覚めた時、ネウロンには交国が来ていた』


「交国の手に渡る前に、破壊しようとしたのですか?」


『ああ、そうだ』


 あのデータは2つの意味で危険だ。


 あれが「器」となるスミレに使われた場合、スミレは消えてしまう。


 真白の魔神の完全(・・)複写体が生まれるのも、危険だ。


 前者に関しては……もう危惧する意味すらなくなったが……どちらにせよ、あのデータは危険だ。私が敵対している交国の手に渡った場合、交国が今よりも強くなる危険がある。それ以外の危険もあるため、破壊しようとした。


『目覚め、まともに動けるようになった私はニイヤド(・・・・)に向かった』


「シオン教の総本山の――」


『ああ。そこは真白の魔神がネウロンで最初に降り立った土地であり、1000年前は我ら(エデン)の拠点があった』


 データがあるとしたら、あそこの可能性が高い。


 そう睨み、私は自らニイヤドに向かった。


 ただ、遅かったかもしれない(・・・・・・)


『私が自分の足でニイヤドに辿り着いた時にはもう、ニイヤドにそれらしきものはなかった。データがあるとしたら、あそこの可能性が一番高かったのだが』


 探していたものは、ニイヤドにあったようだがな。


 私はそれに気づかなかった。


 タルタリカに戦闘を任していた私は、あそこにヴァイオレット(スミレ)がいたのに気づけなかった。星屑隊と第8巫術師実験部隊の奮闘により、傷つけずに済んだが……危ういところだった。


 それはともかく――。


『他の場所も探したが、データは結局見つからなかった』


 作成されていたのは確かだ。


 真白の魔神(マスター)は、確かに複写魂魄(バックアップデータ)を造っていた。


 実際に使うことはなかったはずだ。それこそ……自分がプレーローマのミカエルに殺された時でも、使わないまま死んでいったのだろう。


 私が眠っている間に、スミレの体を使う事も出来たはずだが――。


「貴方が動き出した時にはもう、交国が動いていたのですよね?」


『ああ。私がニイヤドに行った時、ちょうど玉帝が派遣した者達がニイヤドに来ていたらしい。そして、逃げて行った』


「その時に持ち出された……?」


『あるいは、もっと前に(・・・・・)持ち出されたのかもしれん』


 私にわかるのは、バックアップデータが存在していたこと。


 しかし、それがどこに行ったのかは知らん。


 交国が手に入れた可能性もあるが、それ以外(・・・・)の可能性もある。






【TIPS:真白の魔神の完全複製体】

■概要

 <叡智神>と呼ばれた真白の魔神が造ろうとしたもの。


 ネウロンにいた真白の魔神は「完全複製体」を造る事が出来たが、結局、造らなかった。器となる「スミレ」の遺体だけ修復し、バフォメットと共に眠らせていた。


 ネウロンにいた真白の魔神に限らず、真白の魔神は「自分自身のコピー」を何度も造ろうとした。実際に造ることもあった。


 ただ、叡智神が造ろうとしたそれは単なるコピーではなかった。彼女が目指したのは「叡智神(いま)の自分」の完全コピーだった。その「完全」の中には真白の魔神の異能も含まれていた。


 彼女は完全を求めた。「倫理」と「異能」の両輪あってこその自分だと考えていた。その「倫理」に瑕疵がある事を、彼女は理解していた。理解していたからこそ、「スミレ」に手を出さなかった。



■完全複製体の材料

 叡智神は完全複製体を造るために、「器」と「複写魂魄(バックアップデータ)」を作成していた。彼女自身は使わなかったが、それは想定通りの完成度だった。


 器の材料には神器使いの遺体が使われており、その器にはひとまず、別の魂を宿していた。その魂こそが「スミレ」と呼ばれる者だった。


 スミレが殺害された際、器は損傷したが、真白の魔神はそれを修復した。バフォメットにスミレの蘇生を懇願されたが、結局、スミレの蘇生は出来なかった。


 複写魂魄には「当時の真白の魔神の記憶」と「異能を身につけるための機構」が備わっており、それを特製の器に対して使うことで、完全複製体が生まれるはずだった。


 器には現在、「ヴァイオレット」という少女の魂が宿っている。彼女は「スミレ」の記憶も持っているが別人であり、魂の年齢は一桁に過ぎない。


 つまり、ヴァイオレットにはフェルグス達の「終身名誉姉」の資格がない。彼女はフェルグス達より年下である。実質、「終身名誉妹」である。


 ヴァイオレットもスミレの記憶を通じ、その事実を知ってしまったが、終身名誉姉の地位を守るために必死に真実を隠している。


 叡智神は複写魂魄を作成したものの、結局、完全複製体を造らなかった。複写魂魄は現在、どこにあるかわかっていない。


 叡智神は複写魂魄の扱いに迷っていた。処分も検討していた。だが、扱いを決める前にプレーローマに襲撃され、殺害された。


 殺害され転生し、記憶を失った。



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