力の接ぎ木
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:肉嫌いのチェーン
『とにかく、私は復讐を歓迎する』
「そ、そうか……」
バフォメットとフェルグス、双方が納得しているのなら……別にいいのか。
その後も訓練を見学させてもらったが、フェルグスは真面目に訓練を続けていた。バフォメット相手でも妙なことはせず、訓練を続けている。
その瞳は……濁っているようにみえたが、アイツは大義を優先してくれたって事だろう。アイツも理性的に動いてくれているようだ。
正直、少し意外だ。
前はもっとワガママというか、年相応にガキだったのに――。
「まあ……助かるよ。巫術師達にとって、アンタは良い教官だ」
バフォメットの横で見学を続けつつ、そんな言葉を投げかける。
教えるのが上手い――と言ったが、バフォメットは「大した指導はしていない」と言った。謙遜しなくていいのに。
「実際、フェルグスの動きは格段に良くなっている。流体甲冑だけであれだけ出来るなんて……アンタの指導のおかげだろ?」
『アレはあの子自身の力だ。私は大した助言は出来ていない』
バフォメットは本気で言っているらしい。謙遜ではないようだ。
『ほんの数日で、あの少年は一気に成長した。<曙>の艦内で相対した時よりも強くなっている。正確には巫術の力が増している』
「巫術の力って……そんな数日で強くなるものなのか?」
『普通は無理だ』
「じゃあ、何で? フェルグスがコツを掴んだとか?」
『おそらく、輸血の影響だ』
スアルタウが死んだ時、フェルグスは輸血を受けた。
その輸血によって生かされ、スアルタウだけが死んだ。
『輸血の際に、死んだ弟の力が継承された可能性がある。それによって概ね1.5倍の強化が発生している』
「巫術って、そんなこと出来るのか?」
『私も初めて見る事例だ。だが、似た事例は知っている』
巫術の力は「最初の巫術師」が源になっている。
<真白の魔神>っていう魔神が、バフォメットの体液を材料にした加工血液を作り、それをネウロン人に与えた事で巫術師が増えていった。
『私の血が、被験者達の巫術師覚醒を引き起こした――とも言える』
「まあ、それも一種の輸血か……。確かに似ている。フェルグスの場合は……弟の力をそっくりそのまま受け継いだ、って感じか」
『そっくりそのままではない。半分程度だ』
どっちにしろ、フェルグスは強化された。
バフォメットの見立てが確かなら、輸血によって強化された。
「それって、再現できるものなのか?」
『巫術師を潰して、1人に力を集約させる――とでも言う気か?』
「いや、さすがにそんな非人道的なことはさせねえよ……」
『…………。再現は難しいな。巫術師から巫術師の輸血自体は、以前も行われた事がある。その時、今回のような強化は行われなかった』
フェルグスとスアルタウの場合、特殊な条件が奇跡的にかみ合った強化だった可能性が高いらしい。……兄弟だから、なのかね?
バフォメットは『ほぼ同時期に覚醒した巫術師だから、という事情もあるのかもしれん』と言いつつ、どちらにせよ再現は難しいだろう――と結論づけた。
『私は科学者ではない。真白の魔神なら少年の事例を元に再現してみせただろう。そしたら『強化巫術師』が量産出来たかもしれんな』
「へー……」
『強化されたといっても、私並みにはなっていない。解放軍の浅知恵で手を出すのは推奨しない』
「ヴァイオレットには、アンタの主みたいな事は出来ないのか?」
どうも、ヴァイオレットは特別な知識を持っている様子だ。
元々、アイツはどこかおかしかった。記憶喪失のくせに混沌機関の整備方法を知っていたり、ヤドリギなんて代物を作っていた。
巫術と親和性の高いヤドリギの存在から察するに、ヴァイオレットと真白の魔神は何らかの関わりがあるはずだ。……そいつの代わりは出来ないのか?
「ああ、いや、ヴァイオレットじゃなくて……スミレ嬢だっけ?」
『……あの子はスミレではない。ヴァイオレットだ』
巫術師の訓練風景を見つつ、喋っていたバフォメットがチラリとこちらを見た。
どうやら癇に障る発言だったらしい。謝ると、バフォメットが言葉を続けた。
『彼女だろうと、スミレだろうと、マスターの真似事は出来ん。スミレはとても優秀な子だったが……マスターのようなイカれた天才ではない』
「アンタの主がマッド……もとい、手段を選ばない天才だったって話か?」
『マスターにはそういう一面もあったが、私が言いたいのはそういう話ではない。マスターはただの天才ではなく、異能持ちの天才という話だ』
意味がわからないが、丁寧に説明してくれる気は無いらしい。
とにかく、真白の魔神並みの仕事をヴァイオレットに望むのは酷らしい。
まあ、真白の魔神は結構スゴいことをしたらしいから……そこまでは望まない。近い成果さえあればいいんだ。……正義のための力が必要なんだ。
交国を倒すためには、力が必要だ。
「……何度も人体実験を行えば、巫術師も強化できるんじゃないのか?」
『…………』
「もちろん、実験台にするのは巫術師じゃない。オレだ」
『貴様が……?』
「オレは交国への復讐を望んでいる。どんな手段を使ってでも、交国政府を倒したい。……そのための力が必要なんだ。まずは……オレを巫術師にしてみないか?」
巫術師は有用だ。
弱点があろうと、もう少し増やしておきたい。
「オレは交国のオークだ。痛みを感じない。巫術師の弱点も踏み倒せる」
『貴様の場合、痛覚の有無に関係なく……ネウロン人のような頭痛を感じることはない。アレは巫術起因のものではないからな』
「あぁ、そうなのか。まあ、どっちでもいいんだが……巫術の力の源泉はアンタなんだろ? アンタの血なり体液を、オレにブチ込んだら巫術師になれるんだろ?」
オレを巫術師にしてくれ。
オレに力をくれ。
そう頼んだが、バフォメットは首を横に振った。
「出し惜しみするってことか?」
『巫術師を作るために必要な<覚醒血晶>の作り方は――私の知る限りでは――マスターしか知らん。ヴァイオレットに聞いても無駄だぞ』
単に体液を貰うだけじゃダメらしい。
……そこらの巫術師の血、少しわけてもらったら覚醒しねえかな、オレも。
『……そこらの巫術師の血をわけてもらっても、覚醒はしないぞ』
「何でオレが考えてることわかるんだよ……」
『その程度の浅知恵ということだ』
フェルグスの「強化」は、かなり特殊な事例らしい。
似たような事は真白の魔神さえいたら、出来るかもしれない。けど、少なくともバフォメットやヴァイオレットには無理らしい。
オレも力を手に入れられると思ったんだが……そう簡単にはいかないか。
『仮にマスターがいたところで、貴様らを巫術師にするのは難しいだろう。適正のあるネウロン人ですら、覚醒者は限られるのだ』
バフォメットの主がネウロンに来たのは、ネウロン人が「巫術」への適正を持っていたから。ネウロン人ですらないオレには、適性を持つ可能性は乏しいらしい。
「けど、可能性ゼロってわけじゃあないんだろ?」
『ああ。ネウロン人以外も、巫術師になる可能性はある』
「試すだけ試してみないか? オレは力が手に入るなら、死んでもいいんだ。巫術師の血を適当に入れてみてくれよ」
『死ねば復讐の機会もなくなるぞ』
「オレの死体が『オークの巫術師化』の礎になるなら、悪くない」
出来れば自分の手で玉帝を殺したい。
けど、オレが……交国との戦いで生き残れる保証はない。
その辺で犬死にするより、礎になれた方がマシだ。
オレの死体が……交国打倒の力になるなら本望だ。意味のある死なら悪くない。……それならアイツもオレを許してくれるはずだ。
『必死だな』
「交国は強大なんだ。力はどれだけあっても困らねえ」
『仮に解放軍が巫術師を量産したところで、交国が犬塚銀を使って作り上げた流れは、そうそう覆せないだろう』
「…………なんでお前がそれを知っている」
通信障害は解消されたとはいえ、界外の情報はまだ伏せられている。
ドライバ少将が段階的に明かすはずの情報を、何で「解放軍の協力者」に過ぎないバフォメットが知っているんだ……?
『ドライバ達は必死に隠しているが、私に隠せる話ではない。隠したいならせめて、私が憑依可能な方舟の外で話せ。盗聴は用意だったぞ』
「良い趣味してんなぁ……!」
『安心しろ。吹聴するつもりはない』
バフォメットは心強い戦力だが、あくまで「協力者」だ。
オークじゃない。オレ達と志を共有できる同胞じゃない。
今は手を取り合えるが……あんまり、油断できないな。
最悪……どこかのタイミングで殺し合う必要もあるかもしれない。
コイツはあくまで「人捜し」のために交国と敵対しているらしい。それが終わったら解放軍から逃げ出しかねないし、下手したら……交国に寝返る危険もある。
もし、コイツまで敵に回ったら……ネウロンの解放軍は蹴散らされかねない。タルタリカとバフォメットが裏切ってきたら、オレ達は終わりだ。
……コイツの弱点も探さなきゃダメかもな。
一騎当千の力を持つコイツを、コロリと倒せる都合の良い方法でもあればいいんだが……。そんなもの、転がってないか。
『情報統制は私にとっても都合が良い。界外の情報は解放軍上層部の判断で好きにコントロールすればいい。今のところ、口出しするつもりはない』
「今のところ……ね」
『それはさておき、巫術師用の鎮痛剤補充を何とかしろ。アレばかりは私にはどうしようもない。兵器なら敵から奪えばいいが、薬は簡単にはいかんぞ』
「わかってるよ。そういう物資も……ちゃんと手配している」
手配しているはずだ。
ドライバ少将と、同志イヌガラシが手配しているはずだ。
……けど、本当にあの人達に任せて大丈夫なのか?
オレにどうこう出来る話じゃないが……鎮痛剤が切れたら、巫術師の弱点をカバーしきれなくなる。ヤドリギだけじゃ無理のはずだ。
「…………」
一瞬、フェルグス達が薬なしで戦っている光景が脳裏を過った。
奴らが、血を吐きながら戦っている光景が過った。
……でも、それは……オレ如きが、どうにか出来る話じゃない。
少将達が……なんとかしてくれる……はずだ。
まあ、巫術師は重要な戦力だから……鎮痛剤の在庫が少なくなったら後方に回されるだろう。ヤドリギがあれば、巫術師は後方でも十分仕事が出来る。
フェルグス達のようなガキが死ぬとしたら、オレより後のはずだ。
解放軍の先輩として、死ぬならアイツらより先に死んでやる。アイツらよりずっと危険な場所に飛び込んでやる。それがオレの果たすべき責任だ。
「ああ、そういえば巫術師の弱点についてなんだが――」
アレって、お前の方で何とか出来ないのか?
巫術はそのまま。弱点だけ消せないのか?
それさえ出来れば、巫術師用の鎮痛剤はいらなくなる。
そう思って聞いたんだが――。
『――――』
バフォメットは基地の一角を見つめたまま、流体で武器を作り出した。
視線の先にいるのは……雪の眼か?
ラプラスって史書官と、その護衛が巫術師の訓練風景を見学している。
オレ達とは離れたところで見ているが……バフォメットがそれを気にしている。
「どうかしたのか?」
『巫術師共を連れ、方舟に逃げ込め』
「は?」
『急げ。早くしろ』
バフォメットはそう言い、動き出した。
雪の眼の2人に向けて走り出し――護衛に向け、武器を振り下ろした。




