抗命罪
■title:交国保護都市<繊十三号>にて
■from:死にたがりのラート
アルが撃たれた。
技術少尉に撃たれたが、弾丸は命中しなかった。
ヴァイオレットが咄嗟に動き、アルを抱きしめながら庇った。2人が動いたことで弾は外れたように見えたが――技術少尉は2発目、3発目を放った。
アルを庇ったヴァイオレットに向け、容赦なく連射した。
「おいッ! アンタ……! 何やってんだ!?」
フェルグス達がヴァイオレットの名を呼ぶ中、技術少尉の前に飛び出す。
拳銃を奪おうとしたが、技術少尉は俺の脳天に銃を向けてきやがった。
「下がりなさい、軍曹。そこのガキは上官である私の命令に逆らった! 抗命罪よ! それを罰するのを邪魔するなら、アンタも銃殺してやる……!!」
「命令に逆らった? 一体、いつの話――」
先程のアルとの会話を思い出す。
アルが巫術で機兵を操り、俺達を助けに来てくれた事。
それに関し、技術少尉が制止したと言っていた。その事か。
「機兵を操作した件をキレてんのか!? あれは緊急事態だったから仕方ないでしょうが……! アルが機兵を動かさないと、俺達は――」
「アンタみたいな雑兵の生死、どうでもいいのよッ! そいつらも別に死んでいいのよ! 重要なのは上官の命令を聞くか否かで――」
大声でわめく技術少尉に向け、フェルグスが突進していこうとする。
技術少尉の銃口が動く。フェルグスの首根っこを掴み、無理やり後ろに下がらせる。発砲されたが、フェルグスには当たらなかった。
俺の腕に穴が空いたが、最悪の状況は回避できた。
「技術少尉! 落ち着いてくれ!」
「私に命令するなッ! 私は少尉よ!? 研究部から左遷された身だと思って、どいつもこいつも好き勝手しやがってえええぇぇぇぇぇッ!!」
銃口が再び俺の脳天を捉える。
腕を撃たれたぐらい、どうってことはないが、頭はさすがに……。
かといって取り押さえていいのか? 相手はクソ女だが、上官だ。何とか……何とか説得して落ち着かせないと……!
「技術少尉、マジで撃つ気ですか? あなたも無事じゃ済みませんよ」
「うるさいっ! うるさいっ!! アンタもアタシを虚仮にするつもりなの!? ガキ共はいつもいつもいつもアタシの命令を不服そうにして! ついには命令を無視した! 助手はアタシに伺い立てずに裏でコソコソやって! 気に入らないのよっ! ムカつくのよ!!」
さっきの守備隊員の比じゃねえ。
完全に冷静さを失っている。
俺は死んでいいとしても、ヴァイオレット達はどうする。どうすれば守れる。逆らったら、上の人間に逆らったオークとして俺の家族も……。
「はぁい、交国人同士で火遊びすんのはやめような」
「っ!? なによ! アンタ!」
「副長……」
副長だ。副長が来てくれた。
いつの間にか技術少尉の後ろに現れ、一瞬で技術少尉の拳銃を奪ってみせた。
「アタシの銃よ! 返しなさい!」
「ああ、スンマセンね。おっと……どこに行ったのかなぁ?」
おどける副長の両手から、拳銃の姿が消えている。
副長は技術少尉の死角から拳銃を投げた。
技術少尉は気づかなかったが、拳銃が放物線を描いた先にいたパイプが上手く受け取り、それを隠してみせた。
「いやぁ、拳銃、ねえなぁ。地面に落としたと思ったんスけど……」
「アンタもアタシに逆らうの!? 下っ端オークの分際で!!」
「そう言わず、ね? 水たまりに落としたのかも……一緒に探しませんか?」
副長が誤魔化し、時間を稼いでいると隊長がやってきた。
隊長は携帯端末でどこかに連絡を取りつつ歩いてきていたが、通信を切ってまず俺に話しかけてきた。
「貴様ら。先程の発砲音は何だ」
「っ…………」
「技術少尉が計4発発砲したようです。ラートが1発受けて負傷しています」
技術少尉が黙る中、副長が淡々と報告する。
「そうか。ラート軍曹、怪我の具合は」
「弾は抜けてます。ちょっと穴が空いただけです」
「ひとまず止血しろ。キャスター軍医少尉を呼んだから、手当してもらえ」
「俺の前にヴァイオレットを――」
隊長は副長に目配せし、副長がヴァイオレットの怪我の具合を確かめ始めた。
隊長は――自分を睨んできている――技術少尉に視線を向けた。
「エンリカ・ヒューズ技術少尉。貴様は何故、仲間に向けて発砲した?」
「少尉のアタシが階級下の人間をどう扱ってもいいでしょ!?」
「いいわけがあるか。その理屈が通るなら、中尉は貴様を殺せるぞ」
隊長の表情はいつも通りの無表情だ。
だが、その言葉には明らかな圧があった。
「ぁ……アタシは悪くない! 実験部隊の特行兵がアタシの命令を聞かなかったら躾けようとしただけよ! それをアンタのとこの図体デカいクソ軍曹が邪魔してくるから……! 軍曹が邪魔するから悪いのよ!」
「…………」
「そこの特行兵はアタシの顔に泥を塗った! 抗命罪よ! 死んで当然なのよっ! 特行兵が1匹減ったぐらい、どうってこと――」
「具体的にいつ、どのような命令を聞かなかった」
「は、はぁ? アンタにそんなこと教えてやる必要は――」
技術少尉の代わりに「スアルタウが俺の機兵を動かした件です」と説明する。技術少尉には睨まれたが、説明して弁護する。
「でもアレは俺達を助けるためでした! だからスアルタウは――」
「ラート軍曹。貴様の主観はどうでもいい。必要な事実を述べたなら黙れ」
「っ……」
「技術少尉。私の部下の説明に訂正すべき箇所はないか?」
「あのガキ共はアタシのことをナメてんのよ!! アタシはそれを躾けようとしただけっ! 抗命罪だから殺していいのよッ!!」
「技術少尉。貴様の取るべき手順は間違っている。部下の抗命罪があった場合、差し迫った事情が無いなら軍事委員会に報告して判断を仰げ。その後、軍事委員会の担当者が貴様とスアルタウ特別行動兵らから聞き取りを行い、処罰の内容を判断する」
「は? はっ!? アタシは第8を任されてんのよ!? 特行兵共はアタシの言うことを全部聞いて、アタシのために命がけで成果を積み上げるべきなのよ!! その成果でアタシは中央に返り咲いて――」
「貴様のキャリアなど知らん。軍人なら軍規を守れ」
「アタシは好きでこんなとこに来たわけじゃ――」
「自分語りならサボテン相手にやれ」
特別行動兵とはいえ、抗命罪を犯したとしても、手順をすっ飛ばして射殺する権利などない。隊長はピシャリとそう言った。
ただ、それだと手順さえ守ればアルは裁かれる事になっちまう。
隊長は規律を重んじる。どうすればアルを庇える? 技術少尉がいきなり撃ってきたことで、何とか手打ちにできないか……?
「今回の件は私が報告書にまとめ、軍事委員会に報告する」
「た、隊長! アルのおかげで――」
「技術少尉の考えは、私の考えに近い。上官の命令には従うべきだ。仮にそれが間違っていたとしたら、その責は上官が負うべきだ」
隊長の言葉を聞き、技術少尉がほくそ笑む。
ほくそ笑んだが――。
「幸い、今回の作戦は上手くいった。抗命罪を適用すべき者もいない」
「……………………は?」
「技術少尉が錯乱した件に関しては残念に思う。ただ、一定の理解は示すべきだろう。貴様に対して情報共有を行っていなかった私にも責任が――」
「なに言ってんの。なに言ってんのッ!?」
技術少尉がアルを指差し、叫ぶ。
「コイツは! アタシの指示に従わなかったでしょうが!!」
「それに関しては――。ああ、来たか、キャスター軍医少尉」
隊長は技術少尉との会話を一時切り上げ、やってきたキャスター先生に対し、「ヴァイオレット特別行動兵とラート軍曹を診てやってくれ」と指示した。
先生は黙ったまま頷き、先に俺の方を診ようとしたが遠慮する。ちょっと撃たれた程度だ。止血用のジェルだけもらい、ヴァイオレットの方を優先してもらう。
先生は頷き、ヴァイオレットの方に行った。
息はしている。そこまで深手じゃなさそうだが……。
「抗命罪よ! 極刑よ!!」
「技術少尉。私は貴様に対する指揮権を持っている。それは同時にスアルタウ特別行動兵に対し、命令できるという意味でもある」
「それが何だって――」
「彼が機兵を動かしたのは、私の指示だ」
隊長は、しれっとそう言い切った。
技術少尉が愕然とする中、スアルタウも目を見開いているのが見えた。
「貴様は彼を止めたが、彼はより上位の権限を持つ私の指示に従っただけだ。それのどこが抗命罪に当たるというのだ?」
「そっ…………そんな命令聞いてない! ウソよ!!」
「貴様に対して告げていないからな。それによって勘違いを起こし、暴走したことは残念に思う。責任も感じている」
隊長は技術少尉ではなく、子供達を見下ろしながら言葉を続けた。
「スアルタウ特別行動兵は巫術で敵の位置をよく把握し、都市防衛成功に大きく貢献した。守備隊や星屑隊が即応できなかった状況下で総崩れにならずに済んだのは、特別行動兵全員の貢献が大きかった」
「…………」
「貴様ら、よくやった」
隊長はそう言い、子供達から視線を切った。
それで話すべきことは終わりだ――という雰囲気を醸し出していたが、まだ納得していない技術少尉が食ってかかっていった。
「アンタがいつガキに命令したって言うの!? 指揮所でそんな命令したのなんて、アタシは聞いてない!! 信じて欲しいなら録音でも出しなさい!」
「貴様が聞いていなかっただけだろう。スアルタウ特別行動兵に対し、『指揮所に残って敵の位置把握に努めろ』と命令した際、『友軍が危機的状況にある際、貴様の判断で機兵を操縦しろ』と命令してある」
事前に命令していたから問題無し。抗命罪では断じてない。
隊長は表情一つ変えずそう言っている。技術少尉はキレながらスアルタウに聞いた。「そんな命令されてないでしょ!?」と。だが、スアルタウは固まって黙ったままだった。
代わりに副長が「オレは聞きましたよ。通信繋がってたんで」と言った。ヘラヘラと笑いながら隊長の言葉に乗った。
「後付で勝手に言ってるだけでしょ!? なに、アンタら正規兵のくせに特行兵を庇うつもりだっていうの!?」
「私はただ軍規に則って動いているだけだ」
「アンタねえ……!」
「私の想定では、機兵対応班は無事に船に辿り着くはずだった。実際はそうはならず、私の想定が甘かったところをスアルタウ特別行動兵がカバーしてくれた。ただそれだけの話だ」
「ふっ、ふざけんなっ! ふざけんなッ!! ふざけんなあああ~~~~ッ!!」
技術少尉が叫び、隊長に掴みかかろうとした。
止めようとしたが、その必要はなかった。
技術少尉は急に身体を弛緩させ、水たまりの上で膝をついた。本人は何が起きたかわからない様子で目を見開き、口から僅かによだれを垂らした。
一瞬……ほんの一瞬、隊長の腕が動くのが見えた……気がする。
よく見えなかったから推測だが……多分、居合斬りのような動作で腕を振った。
その手で技術少尉のアゴを素早く叩いたんだと思う。それで脳を揺らし、転ばせたんだろう。一瞬の早業過ぎて、そう推測することしか出来なかったが……。
「町に被害が出たが、最悪の状況は回避出来た」
隊長は地面に突っ伏しそうになっていた技術少尉の服を掴み、無理やり立ち上がらせた。技術少尉本人は唖然とした状態のまま、足を震わせているが――。
「貴様らは十分働いた。ただ、連絡の行き違いで判断を誤った技術少尉が凶行に走った。……実に残念だ」
「あひゃ、あひゃしぁ、まひがっひゃこひょ、ひでにゃ……」
「軍事委員会の報告書を作成しよう。技術少尉、貴様は着いてこい」
しっかり立てずにいる技術少尉を、隊長は半ば引きずるように連行していった。ろれつが回っていない技術少尉の姿は闇の中に消えていった。
自分が連行された気分になって固まっていたが、ヴァイオレットのうめき声や子供達の心配そうな声を聞いて正気に戻る。
そうだ、ヴァイオレット。
スアルタウや他の子は大丈夫みたいだったが、ヴァイオレットは撃たれたんだ。
キャスター先生が手当してくれているヴァイオレットを見ると、額に脂汗をにじませながら、俺に微笑みかけてくれた。
「ヴァイオレット、だ、大丈夫なのか?」
「ちょ……ちょっとカスっただけです……」
手当している様子を見る。
深手には程遠いが、服には血がにじみ、ヴァイオレットのキレイな肌が傷ついている。弾丸で肉がえぐれている。
「技術少尉が射撃下手なおかげで助かりました……。あは、あははは……」
「喋んな喋んな……!」
「わ、私よりラート軍曹さんの方が深手です。手当してあげてください……! 平気そうにしてますけど、弾が、貫通してるんじゃないんですかっ……?」
「ああ、これか? へーきへーき」
ちょっと穴空いてるけど、風通しいいだけだ。
血が垂れているのがショッキングな光景だったのか、間近でそれを見たフェルグスが「お、おまっ……」と声を漏らした。
「お前、痛くねえのか!?」
「おう。俺達は味覚だけじゃなくて、痛覚も死んでるから平気だ」
「はぁ……?」
フェルグス達が口を半開きにして驚いている。
止血ジェルで手当したし、あとはツバつけとけば大丈夫だろ。これぐらいの欠損なら機兵の操縦にも支障ねえし、数日で治るはずだ。
俺は元気だぞ! という事をアピールしていると、避難所から守備隊がやってきた。少し遠巻きにしつつも、硬い表情で俺達を見ている。
副長達に状況を知らせると、「ああ、そりゃ従わざるを得んな」と言われた。技術少尉はともかく、守備隊の方はダメか……。
「第8巫術師実験部隊。市街地の外に星屑隊の物資と天幕置いてるから、そっち移動して待機してろ。今日はご苦労だった」
「お、おい、アンタ――」
フェルグスが「ずいっ」と副長に詰め寄る。
副長に見下され、少し気圧された様子だったが――。
「言う通り、出ていくよ。でも……ヴィオラ姉はまだここにいていいだろ? ケガしたんだから、もうちょっと町中で休ませてくれよっ……!」
「ふぅむ」
「ヴィオラ姉は巫術師じゃないし、いいだろっ?」
ヴァイオレットは「私は大丈夫」と言い、無理して立ち上がろうとした。
だが、足の傷が痛むらしく、顔をしかめて倒れそうになった。キャスター先生が支えてくれたので大丈夫だったが……。
「ヴィオラ姉は休んでろって! ……なあ、副長さんだっけ? 頼むよ……!」
「そうだな。巫術師じゃないなら規則違反じゃねえよなぁ?」
副長はヘラヘラ笑いながらそう言い、俺の方を見てきた。
口を開き、何か言おうとしたが――副長は俺から視線を切ってパイプを呼んだ。パイプに子供達を天幕に案内するよう、指示した。
俺に言おうとして、案内役をパイプに変えたのか?
「あ……待ってくれ」
パイプについていく子供達を呼び止めたが、フェルグスに睨まれた。
そして眉間にシワ寄せつつ、「ついてくんな、交国軍人」と言ってきた。
「オレ様がお前らのこと、嫌いだってわかってんだろ」
「…………」
「嫌いだから! こんなこと言いたくねえけどよ……!」
フェルグスは怒り顔で少し戻ってきて、頭を下げてきた。
ギュッと握りこぶしを作りつつ、頭を下げてきた。
「ヴィオラ姉のこと、見ててくれ」
「あ……」
「オレら、町の外いなきゃダメだから。ヴィオラ姉の傍、いられないから」
「…………」
「悪い奴らに何かされないよう、ちゃんと……守ってくれ。頼む」
そう言って頭を上げたフェルグスは、もう怒り顔じゃなくなっていた。
けど、悔しそうな顔をしていた。
唇をキュッと噛んだまま、アル達と市街地の外へ出ていった。
■title:交国保護都市<繊十三号>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「ハァ~……やれやれ」
これだからガキ共引き取るの嫌だったんだ。
ガキが起こすレベルの面倒事じゃねーぞ!
「さて……。もう一仕事しますかぁ」
面倒くさいが、隊長に頼まれた仕事だ。
隊長の期待には応えたい。




