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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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宣戦布告



■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「……予定と違う」


 ドライバ少将の執務室で聞かされた話を思い出しつつ、呟く。


 予定通りなら、今頃は交国軍は瓦解しているはずだった。


 逆にブロセリアンド解放軍は勢いに乗っていたはずだった。交国軍から離脱する同胞(オーク)を取り込む事で、交国を蹂躙するはずだった。


 今まで、オレ達を散々こき使ってきた交国政府に……玉帝に……思い知らせてやるはずだった。火種(オーク)を舐めた報いを与えてやるつもりだった。


 けど、そうはならなかった。


 玉帝は先手を打ってきた。


 オレ達という炎を、一層強く燃え上がらせるはずだったエネルギーは……全て犬塚銀に掻っ攫われた。「蜂起」という放火が、計画的な野焼きに変えられた。


「…………」


 その事実をよく考えていると、少し目眩がした。


 足下が崩れていく感覚がする。足場が――薄氷が割れていく感覚がする。


 ドライバ少将は「交国政府が『オークの秘密』を認めたのは好機」と言っていたが……本当だろうか? 酒に酔って苦し紛れに出た言葉じゃないのか?


 敵が炎上をコントロールしているなら、オレ達だって危うい。


 解放軍はネウロンに多くの兵士を集めていた。だから、ネウロンに集った解放軍は――ネウロン旅団を吸収し――瓦解した交国軍を蹴散らしていけるはずだった。同胞達を吸収しつつ……。


 現状、それは難しいらしい。


 少将は「ネウロンで籠城戦」を考えているみたいだが……出来るのか?


 ネウロンは僻地だから交国軍だって攻めづらい立地だが……僻地すぎてネウロン内の社会基盤はボロボロだ。魔物事件でネウロンは崩壊している。


「――まさか、そこまで意図して魔物事件を起こしたのか……?」


 バフォメットの話だと、ネウロン魔物事件を起こしたのは交国だ。


 事件の爆心地となったニイヤドには、交国の人間がいて……そいつらがやっていた実験がネウロン中に波及した。それが魔物事件に繋がったらしい。


 解放軍としては、僻地の軍隊に解放軍兵士を送り込んでおく口実になったが……オレ達は遠からず、ネウロンから出発する予定だった。


 その計画がパァになった。


 解放軍の合流地点の1つだったネウロンを……「籠城用の城」として利用せざるを得なくなった。ただ、ネウロンはボロボロだ。拠点としては心許ない。


 ボロボロの拠点を使わせるために、交国は魔物事件を起こしたのか……?


「……いや、大丈夫……。大丈夫だ。どっちにしろ正義は解放軍(おれたち)にある」


 全て玉帝の思い通りに事が運ぶと思ったら、大間違いだ。


 今は何とか……何とか籠城して、時間を稼ぐしかない。


 少将が言っていたように、交国のメッキはいつか剥がれる。時間を稼げば稼ぐほど、オレ達が有利になるはずだ。そのはずなんだ。


 今までずっと耐えてきたんだ。もう少しぐらい……何とかなるさ。悪いのは交国である以上、必ず……いつか、因果応報が果たされる。絶対にそうだ。


「……解放軍をまとめないと。これ以上、戦力低下は避けないと」


 少将の言う通り、部下の引き締めを行わないと。


 星屑隊の奴らは……明らかによからぬ事を企んでいる。ガキ思考のアイツらは、現実を見ていない。巫術師のガキ共を「助けよう」と思っているはずだ。


 それぐらい、予想がつく。アイツら……バカだからな。


 バカだから、オレやドライバ少将が導いてやろうとしているのに……アイツら、現実を見ずに勝手に動きやがって。


 アイツらの目を覚ますには――。


「ガキ共の様子を見ておくか……」


 巫術師のガキ共を探す。


 フェルグスもロッカもグローニャも、自分の意志(・・・・・)で解放軍に入ったんだ。レンズ達はそれがわかっていない。


 星屑隊の隊員を説得するには、フェルグス達の存在も必要だ。アイツらが「絶対に解放軍から離反しない」と理解したら、レンズ達も理解するはずだ。


 悪いのは、あくまで交国軍。


 解放軍は正義の軍隊。


 自分達が交国政府に教え込まれてきた「正義」が偽りだったと、理解するはずだ。オレ達が……新しい正義のために行動する必要性がわかるはずだ。


 交国政府がどれだけ卑怯な手を使ってきても、関係ない。


 正義はオレ達(オーク)にあるんだ。


 苦しい状況だろうと、薪をくべ続けよう。


 復讐(せいぎ)の炎を絶やすべきじゃない。




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「訓練中か……」


 フェルグス達を探していると、基地の一角で見つけた。


 解放軍の巫術師達が機兵を持ち出し、訓練を行っている。


 しかも……バフォメットが巫術師達を指導しているようだ。


「やっぱり、巫術は使えるな」


 前々から機兵に乗っていたフェルグス達はともかく、他の巫術師達は機兵の操縦経験が乏しいはずだ。だが、既にある程度の水準に達している。


 射撃技術はフェルグスと同程度のようだし、近接戦闘能力は……フェルグスと比べると随分と物足りない。グローニャ並みに射撃出来る奴もいない。


 けど、それでも磨けば光るものを感じる。既に前線に出せるレベルだ。交国軍の新兵よりは役に立ちそうだ。


「まあ、巫術師の真価は憑依だな。操縦技能はそこまで期待しなくていい」


 奴らは接触するだけで、人工物を乗っ取れる。


 当たれば機兵でも方舟でも一撃必殺。しかも、無傷で敵の兵器を鹵獲できるから、戦えば戦うほど兵器類の補給を行える。


 交国軍は機兵と方舟が主体の軍隊だ。神器使いというバケモノもいるが、神器使いは全体のほんの一部しかいない。主に戦う事になるのは機兵部隊だ。


 ヤドリギを使えば、巫術師は交国軍の天敵に化ける。


 ひょっとしたら、バフォメット並みの人材が量産できるかもしれない。


 いや、そこまでは高望みだとしても……バフォメットが巫術師達を鍛えてくれれば、さらに大きな戦力になるはずだ。


「ん……? フェルグスの奴、機兵に憑依しないのか……?」


 フェルグスは他の巫術師達のように、機兵に憑依しなかった。


 バフォメットに促され、生身のまま訓練に参加してきた。相手はバフォメットが指揮するタルタリカだが……それに生身のまま向かっていく。


「いや、流体甲冑を使うのか」


 フェルグスの手足から、黒い泥が這い出てきた。


 フェルグスは……自分の意志で……手足を切り落とし、流体甲冑の発生装置が仕込んである義手・義足を使い始めた。


 流体甲冑を使う事で、機兵がなくても結構な戦闘能力を手に入れたみたいだ。機兵ほど強くないとはいえ……歩兵として頼りになるのは結構デカい。


 ドライバ少将は「他の子の手足も落とそうよ」などと言っていた。


 さすがに、解放軍の皆もその発言には引いていた。少将は笑って「さすがに冗談だよ」と言いつつ、「流体甲冑もバンバン活用しよう」と言っていた。


『巫術師は解放軍の主力として使える。奴らを中心とした部隊運用をもっと考えないとね。交国軍に勝つためには、もっと柔軟にやっていこう!』


 そう言っていた。


 あの時は通信障害が続いてたから、まだ元気そうだったな。


 今は苦しい状況だから、改めて「やっぱり手足を落とそう」とか言い出さないよな? いや、ドライバ少将も……さすがに、そこまでは……。


「おぉ……! もう勝負がついたのか……」


 流体甲冑を纏い、黒い大狼になったフェルグスがタルタリカを制圧していた。


 しかも、10匹のタルタリカを瞬く間に打ち倒していた。


 タルタリカも重要な戦力だから殺しはせず、傷だけ負わせている。脳を破壊されない限り再生するタルタリカは、戦闘にも訓練にも役立つ戦力だ。


「なんか……フェルグスの動き、前より早くなってないか……?」


 星屑隊と出会う前から、フェルグス達は流体甲冑を使っていた。


 それでタルタリカと戦闘してきたから、使い慣れた武器ではある。


 けど、今のフェルグスは前と違う。前はあそこまで強くなかった。


 憑依で機兵を動かしてきた経験が活きているんだろうか……?


 訓練をもっと近くで見せてもらうため、近づいていく。


 巫術師達に指導しているバフォメットの傍で見せてもらおう。


『フェルグス。そのまま機兵とやり合え』


『了解』


『2番機、3番機、前へ』


 バフォメットの発言にギョッとしつつ、駆け出す。


 さすがに止めよう。流体甲冑があるとはいえ、巫術師の操る機兵2機と戦うのは無茶だ! 訓練とはいえ……フェルグスが死ぬ!


 バフォメットに「やめろ!」と訴えたが、無視された。


 そうこうしているうちに流体甲冑(フェルグス)と機兵2機が激突していく。機兵は模擬弾を使った射撃まで行ってきたが――。


「完勝するのかよ……」


 フェルグスは大狼の姿を柔軟に変えつつ、射撃を掻い潜ってみせた。


 2機いる機兵の片方を盾に、もう1機の射撃を封じる。機兵での戦闘に慣れていない巫術師達が慌てているうちに距離を詰め、まず1機を憑依で乗っ取った。


 巫術師同士の憑依合戦も、直ぐに決着がついた。


 フェルグスはほぼ一瞬で敵機兵を乗っ取り、その機兵を足がかりにもう一機も無力化してみせた。危なげなく勝利してみせた。


『オレも巫術師なんだ。憑依への警戒は一応してくれ』


 フェルグスはそう言いつつ、機兵を操っていた巫術師達のところに行った。


 鮮やかに勝ってみせたフェルグスに対し、巫術師達も感嘆しているようだった。フェルグスは勝利を誇りもせず、戦闘方法について巫術師(なかま)と議論している。


 復讐のための刃を研ぎ続けている。


 グローニャとロッカは……少し離れたところで、所在なさげにしている。フェルグスと違って、あの2人は訓練に身が入っていない様子だ。


『あの少年を舐めすぎだ。貴様は』


「……みたいだな」


 バフォメットがようやくオレを見てくれた。


 その言葉に苦笑を返す。


 巫術師達が議論を交わし、実際に機兵や流体甲冑を使って訓練に励んでいるのを横目で見つつ……バフォメットと言葉を交わす。


「ネウロン人とは……上手くやれているか?」


『質問の意図がわからない』


「いや、その……。アンタは、ネウロン人を恨んでいるんだろ?」


『…………』


 協力関係を結んだ後、バフォメットの素性はある程度聞かせてもらった。


 コイツはネウロン人に――巫術師に大事なものを奪われた。


 だから、ネウロン人を恨んでいると公言している。


 それに、この間の繊一号の事件を起こしたのはコイツだ。


 あの事件で解放軍の兵士も何人か死んだが、ドライバ少将は手打ちを決めた。オレも少将の判断は正しいと思っている。


 でも……フェルグス達が納得しているかは……ちょっと心配だ。あの事件がきっかけで、スアルタウが死んだわけだから――。


「こうして巫術師に稽古つけるのも、苦痛だったりしないのか?」


『問題ない。お互い、利用する関係だ。私はネウロン人を利用し、ネウロン人も私を利用する。私は巫術の先達として、ある程度は指導できる』


「結構、教え慣れているのか?」


『一応、経験はある』


 バフォメットは頷き、『1000年前も指導していた』と言った。


『私は最初の巫術師だ。他の巫術師達より戦闘経験も豊富で、巫術の活用方法について教えられる事がそれなりにあった』


「なるほど。……いまはお互いに利用し合う関係とはいえ、昔は~……教師と生徒って感じで、もっとほのぼのしてたのか?」


『指導した相手が裏切ってきた』


「そ、そうか……」


 話題の振り方、ミスったな……。


 気まずさに身をよじりつつ、アプローチを変える。


 もっと単刀直入に聞こう。


「……フェルグス達とは、仲違いせずに済んでいるか?」


『私が起こした騒動により、スアルタウという巫術師が死んだからか』


「いや、アンタの所為じゃない。けど…………」


 スアルタウを殺したのは交国軍人だ。


 けど、それはバフォメットが起こした騒動が発端だった。


 あの騒動さえなければ、繊一号から逃げ出した交国軍人達はパニックに陥らず……スアルタウ達を襲う事も無かっただろう。


 解放軍は手打ちにしたとはいえ、フェルグスにはわだかまりがあるかもしれない。それでバフォメットに突っかかってないか心配してたんだが――。


「さっきアンタの指示に大人しく従っていたのを見るに、上手くやってるみたいだな。スマン、オレが心配性なだけで――」


『宣戦布告ならされた。いつか殺す、だそうだ』


「そう…………言われたのか? マジでっ?」


 バフォメットが頷き、『真っ向から言われた』と付け加えてきた。


『奴は弟の死は、私にも原因があると言っていた。だからいつか殺す。しかし、それより先に討つべき相手がいる――と言ってきた』


「交国か」


『奴にとって、諸悪の根源は交国らしい。ゆえにひとまず私と手を組むそうだ。しかし、交国を倒した後に私を殺すそうだ』


「ええっと…………なんつーか、スマン。アイツは……その、ガキなんだ……!」


 だから、許してやってくれ。


 フェルグスはオレが説得しておく。


 スアルタウが死んだのは仕方のないこと(・・・・・・・)だったんだ。


 バフォメットの所為じゃない。そう説得しておくと言ったが――。


『余計なことをするな』


 バフォメットは、突き放すようにそう言った。


『あの少年が私に復讐したがるのは、真っ当な事だ。好きにすればいい』


「…………」


『しかし、私にもやる事がある。襲いかかってきたら返り討ちにして殺す。今はお互い、利用し合うという事で合意している。貴様が余計な口出しをするな』


「そ、そうかい……。まあ、本人らがそれで納得してるなら……いいんだが」


『…………。私は、納得しているわけではない』


「えっ?」


 どういう意味だ、と聞く。


 聞いたが、バフォメットは答えてくれなかった。




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:使徒・バフォメット


『…………』


 少年が――フェルグスが私を憎むのは正しい。


 正しいからこそ、直ぐに襲ってくるべきだ。


 少なくとも私は(・・)そうした。


 スミレを……あの事件で亡くし、ネウロン人を皆殺しにしようとした。


 だが出来なかった。奴が邪魔してきた所為で出来なかった。


 あの少年は違う。


 私は返り討ちにするつもりだが、私の時のように止める者はいない。


 それなのに……少年は復讐の優先度をつけた。


 こざかしい理屈で動いている。


 それが気に入らない。それが納得できない。


 ……何故、私のように復讐しない。




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