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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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交国兄弟団



■title:解放軍鹵獲船<曙>にて

■from:工作員のイヌガラシ


「やれやれ……」


 まさか、界外があんな状態になっていたとは。


 オークの秘密が明かされたことで、交国は確かにダメージを受けた。


 しかし、奴らは茶番劇によってダメージコントロールを行っている。


 愚かな大衆は茶番劇を感情たっぷりに楽しんでいる。時に怒り、時に泣き、「英雄・犬塚」を応援し、盛り上がっている。


 真実を知っている者としては、冷ややかどころか苦い面持ちになる。交国も無傷ではないが……こんな手を打ってくるとは……。


「んっ……?」


 ドライバ少将の様子を見に来ると、少将の執務室から誰か出てきた。


 アレは確か……少将の手駒の1人か。


 まさか、この危機的状況で狼狽え……部下相手に余計なことを口走ったんじゃないだろうな。危惧を抱きながら執務室に入ると、少将は酔っ払っていた。


 酒に溺れ、誰が見ても明らかな醜態を晒している。……やれやれ、解放軍元帥も捕まったのに、残った幹部の1人がこれでは先が思いやられる。


 まあ、ブロセリアンド解放軍など……所詮はこの程度か。


 元帥(リーダー)は中々見込みがあると思ったが、優れたリーダーがいても部下が優秀とは限らないようだ。あるいはリーダーが優秀過ぎた所為で、それが捕まると総崩れになりやすいのかもしれない。


「少将……。わたくしが差し入れた酒をラッパ飲みするのはやめてくだされ。真っ昼間から何をやっているのですか……」


「うるさいッ! これは僕の酒だぞッ! いつ飲んでもいいだろッ!?」


 この状況、この男(ドライバ)如きでの器では受け止めきれないか。


 窮地という嵐は、人々の本性を見せてくれる。この男は所詮、この程度だ。


 逆に考えれば……この男は「裏切り者」ではない。


 交国がここまで我々を欺けたのは、間違いなく裏切り者のおかげだ。


 ブロセリアンド解放軍の幹部か、あるいは我々(・・)の中に裏切り者がいるはずだ。ドライバは違うようだ。これはさすがに演技じゃないだろう。


 酒を取り上げ、水を飲ませ、少しは正気に戻ってもらう。この男にも解放軍にも、まだ利用価値がある。しっかりしてもらわねば。


「少将……。やけ酒はやめてください。部下への示しもつかないでしょう」


「ち、違う……。これは、祝杯だ!」


「ほーう……?」


「交国政府が『オークの真実』を認めたのは好機だ! これは……ブロセリアンド解放軍にとって、追い風なんだ! 当初計画と違うだけで……!」


「なるほどぉ……! さすがは少将! 見事な戦略眼ですな!」


 とりあえず、おだてておこう。


 ネウロンの解放軍は、ドライバ少将が仕切っている。いまこの男に潰れられるとマズい。……バフォメットは、我々の意向通り動いてくれるとは思えない。


 それどころか、バフォメットには我々の正体を見抜かれる危険がある。


 奴は奴で利用価値があるが、バフォメットは少将を通して動かすしかない。


「少将の仰る通り、これは好機でもあります。ただ、してやられましたなぁ」


「まったくだ……! おのれ、犬塚め……!」


「我々は交国を焼く大火を起こし、灰となった交国から『オークの国家』を作り上げるつもりだった。しかし……玉帝は先に火をつけた」


 犬塚銀は人造人間らしい。


 真偽はともかく……犬塚銀も交国政府もそう言っている。


 オークと玉帝の子供達。


 それを「交国に軍事利用される存在」として同一視させる事で、「英雄・犬塚」はオーク達の支持を集めている。解放軍に集まるはずだった支持が奪われた。


「犬塚銀は元々、人気がありましたからね……」


「僕だって奴みたいにモテたい! 僕を映画化しろっ!」


「…………。まだまだチャンスはありますよ? 解放軍元帥まで捕まった以上、解放軍のリーダーは実質、あなた様のようなものです」


 他にも幹部は生き残っている。


 だが、もう限られている。ドライバ少将は下から数えた方が早い幹部だが……戦力的には一番恵まれている。ネウロンには特に解放軍兵士がいるからな……。


「解放軍を上手くまとめて、交国を打ち倒せば……今度はあなた様が英雄です! 偽りの英雄・犬塚を倒した者として、皆に支持されますよっ!」


「そんなに上手くいくかなぁ~……!?」


 少しは酔いが醒めたものの、ショボくれている。面倒くさい男だ。


「犬塚銀による告発は、間違いなくマッチポンプです。あなたと違って、交国のそれは偽りだらけの告発です。いずれ必ず、メッキが剥がれます」


「けどさぁ、オーク達だってヤツを支持してるよ!?」


「一時的な事ですよ……」


 ネウロン等の「通信障害があった世界」の情勢は、荒れている。


 解放軍が蜂起している場所では、解放軍支持者が増えている。……解放軍兵士が銃を突きつけ、増やしている。


 だが、通信障害がなく、界外の情報が入ってきた世界は落ち着いている。犬塚銀の動向を見守り、応援している者が多い。多くのオークが犬塚を支持している。


 犬塚銀がオーク共をなだめている。


 自分が必ず、オークの置かれた環境を改善してみせる――と言い、奴らの怒りを「英雄・犬塚への支持」に転換している。


「でもさぁ、もう犬塚銀のファンクラブまで作られたじゃんっ!」


「それはずっと前からあるでしょう……」


「いや、新しいヤツだよっ! <交国兄弟団>とかいうヤツっ!!」


「あぁ……例の……」


 犬塚銀が玉帝を糾弾する光景は、交国の内外で放送されている。


 交国のオーク達は犬塚銀を支持し、支持の証としてSNSで<交国兄弟団>なる名称を使い、犬塚の支持を表明している。連日、それがトレンドに上がっている。


 <犬塚伝>などの作品の影響もあり、犬塚銀は生ける伝説として多数のファンを持っていた。そのファン達も交国兄弟団として犬塚を支持している。


 犬塚自身が交国兄弟団に言及している。「皆の気持ちを裏切らないよう、断固として交国政府と交渉していく」「交国の被害者を救済していく!」と言っている。


 それを聞いたオーク達は、犬塚を「我らが兄!」と褒め称えている。


 馬鹿らしい話だが……勢いがある。


 関係のない奴らまで交国兄弟団というトレンドに乗っかっているが……元々は交国政府が仕掛けたプロパガンダだろう。


 あんなもの、そこまで気にしなくていいですよ――と誤魔化しておく。実際は驚異なのだが、ドライバ少将が気を揉んでどうにかなる問題ではない。


 あの手の工作の対応は、我々が行うしかない。


 さすがに……今は分が悪いが……。


 情報工作には勢いも大事だ。その勢い(エネルギー)は犬塚銀に集中している。交国政府はその流れをほんの少し、整えてやるだけでいい。


 交国は人の心のない措置を多々取ってきた。そのくせ、人の心を操る術にも長けているのだから……敵対者としては嫌になる。


「何とかさぁ、交国政府のマッチポンプを暴く方法はないの? オークの真実を見つけてきたみたいに……不正の証拠を出してよ、証拠を!」


「直ぐに用意するのは……難しいですなぁ」


 最後まで見つからないかもしれない。


 犬塚銀の身柄を抑えて、全て暴露させたら話は別だが……簡単な話じゃない。


 奴は交国が作り上げた人工英雄だが、メッキ製ではない。実際に戦果を上げた本物の英雄だ。確かな実力者だから、簡単には倒せない。


「もっと早く、告発を行うべきだった! キミが僕らを止めるから――」


「わたくしの一存で決めた事ではありません。わたくしはあくまで提案しただけ。最終的に決めたのは……既に捕まっているアマルガム元帥です」


 最高のタイミングで告発するのに拘りすぎた。


 末端の解放軍兵士が先走って告発しないよう、重要な証拠は上層部で押さえていた事もあり……交国に先手を打たれた。


 告発のタイミング自体、交国に(・・・)コントロールされていたのかもしれない。


 だが、そこに干渉できる人間は限られている。……限られるからこそ、裏切り者の正体が浮かび上がってくる。


 状況証拠的に、裏切り者は奴だ。しかし、事前の調査では奴に怪しいところは一切なかった。我々の調査が甘かったのか……?


「今は何とか耐えるしかありません。交国のメッキは……必ず、剥がれます」


「僕はさぁ、長年、蜂起の日を待ちわびてきたんだ!」


「…………」


僕ら(オーク)を消耗品扱いする交国政府に鉄槌を振り下ろして……奴らの死体のうえで、勝利の美酒を飲むはずだったんだ。英雄になるはずだったんだ!」


 ドライバが両手で顔を覆い、呟いた。


「犬塚銀ばっかり褒め称えられて、勇気を持って前々から行動してきた僕が……ただの『後追い野郎』って言われるなんて……ひどいよぉ……!」


「…………」


「僕だって被害者(オーク)なのに! 悪いのは交国政府なのにぃ!!」


 メソメソと泣くドライバの背をさすり、慰める。


 そうそう、あなたの言う通りですよ。悪いのは交国政府です。


 そう言いつつ、「ドライバを始末して、別の人材を立てるべきか……」と考える。しかし、代役は思いつかなかった。


 今はこの男で凌ぐしかない。


「解放軍という火を絶やしてはなりません。気をしっかりもって」


「部下共に情報統制するとしてもさぁ……限界があるよ! 交国のメッキ(ウソ)が剥がれる前に、解放軍の方がメチャクチャになるよ……!」


「大丈夫。ネウロンに籠城していれば、絶対に凌げます」


 ブロセリアンド解放軍が交国軍に勝つ必要はない。


 交国に勝つのは、解放軍である必要はない。


 解放軍という火種が、交国に残っているだけで……大きな意味があるのだ。


 そのために告発のタイミングを調整してきたのだ。一気に交国を叩き潰すために、軍備を整えてきたのだ。……本来の予定ではもう交国軍は瓦解しているはずだったので、予定通りとは行かなかった。


 ……このままだと、計画はほぼ失敗するかもしれない。


 解放軍という火種が残ったところで、今回は――。


「あ、あのさ……。やっぱ、投降するべきじゃない……?」


「……ご冗談を」


「でもさ、犬塚銀名義で降伏勧告が届いているんだよ!? 今からでも降伏したら、許してやるって……!」


「解放軍幹部のあなたが許されるとお思いで?」


「うっ……」


「処刑されますよ。間違いなく。『交国の裏切り者』であるあなたは、絶対に楽に死ねません。手足を切り落とされ、ダルマにされて硫酸の海に――」


 ドライバが両耳を手で塞ぎ、「ワーッ! ワーッ!」と大声を出した。


 コイツが投降を決めたらマズい。交国政府が解放軍幹部を許さないのは間違いない。わたくしの言葉は事実だ。


「交国にとってあなたは裏切り者のテロリスト! ヤツらはあなた達をあぶり出すために、ギリギリまで茶番劇を控えていたのです! 徹底抗戦しなさい!!」


「わ、わかってるよぅっ……! そんな、怒鳴るなよぅっ……!!」


 メソメソと泣いているドライバの背を叩き、喝を入れる。


「あなたは、色々とやってきたでしょう。交国軍人の皮を被ったまま、ネウロン人相手にも横暴を働き……ネウロン人の反交国感情を煽ってきた!」


「そ、それはっ……元帥が命令してきたからぁっ……!」


「あなたの罪が全て暴かれずとも、解放軍の幹部という時点で重罪なのです! 交国軍に捕まったら極刑間違いなしなのですから、しっかりしてください!」


「でも、ネウロンで籠城なんて出来るの……!?」


「そのための我々です。<泥縄商事>が全力でバックアップします」


 解放軍にいくら投資したと思っている。


 金と手間をかけたのは解放軍だけではない。泥縄商事にも多額の支援を行った。


 今回の作戦のために、我慢してあの汚物共と付き合っていたのに……。


 まだ死んでくれるな。ゴキブリのように生き残ってくれ。


 願わくば、最期は爆弾の如く散ってくれ。


 貴様らに投資したのは、それが目的なのだから――。




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:工作員のイヌガラシ


「さあ、少将! こちらに!」


 ショボくれている少将をシャンとさせ、執務室の外に連れ出す。


 繊一号に到着した泥縄商事の輸送船団を見せてやる。


 我々は解放軍を見捨てていない。それを見せつけてやる。


「新しい機兵が届きました。これも有効活用してください」


「機兵が多少届いたところでさぁ……」


 ドライバ少将はため息をついていたが、輸送船の格納庫内を見てギョッとした。


 そこにある機兵(もの)の価値がわかっているのだ。


「<レギンレイヴ>50機をお持ちしました。これは全てあなた様のものです」


「レギンレイヴって……プレーローマの機兵じゃないか!?」


 プレーローマは多次元世界最強の組織。人類の敵。


 プレーローマは一組織だけで、人類の反攻を退けている。現状、プレーローマと人類の戦況は膠着気味だが……プレーローマは確かな力を持っている。


 当然、技術力も人類文明の上をいっている。


 機兵の性能も相応に高い。<レギンレイヴ>1機倒すのに交国の<逆鱗>が4機は必要とされるほど、機体性能にも大きな差がある。


「よくこんなの用意できたね!? プレーローマから強奪してきたの? いや、いくら泥縄商事でもそんなの不可能――」


「不可能を可能にするのが我々です」


 実際、交国が長年隠してきた秘密を暴いてみせたでしょう?


 そして、実際にレギンレイヴまで用意してみせた。


「50機のレギンレイヴは、あくまで支援の一部です。兵器以外の物資も続々到着します。期待してください。……希望が見えてきたでしょう?」


「う、うーん……。コイツは本当に有り難いけど……」


「交国と全面戦争しろとは言いません。とりあえず、籠城戦でいいのですよ」


 世界(ネウロン)を使った籠城戦なら出来るはずだ。


 世界間の移動には<混沌の海>を通らざるを得ない。


 高濃度の混沌を利用したら……寡兵でも大軍の攻勢を凌ぐ事は可能だ。


「けどさ……レギンレイヴを僕らが扱えるかな?」


「まあ、これは確かに生体ユニット式ですが……」


「げッ! そこらの機兵乗りを脳だけにしろとか言うつもり?」


「その必要はありません。ちょうど良い人材が見つかったでしょう?」


 それも検討していたが、今回はもっとお手軽な方法がある。


 ドライバ少将もそれを思い出したのか、にんまりと笑みを浮かべた。


「あぁ……。そういえば、ちょうどいい駒が手に入ってたね?」


「彼らなら、レギンレイヴも扱えるはずです」


「だね。で、他の支援内容は――」


「3日以内に<機動機雷>の納品も行います」


 ドライバ少将の顔に、少しは血の気が戻ってきた。


 希望が見えてきたらしい。……もう少し使えそうだ。


「交国のメッキは、いつか必ず剥がれます」


 交国は目先だけ考えて、馬鹿をやった。


 オークの軍事利用は便利だっただろうが、奴らの存在は大きな火種だ。


 犬塚銀を使って誤魔化したところで、それは応急処置に過ぎん。


 奴らはもう切り札を切った。交国にはもう、オーク問題を凌ぐ手はない。犬塚銀が通用しなくなった時、交国は完全に破綻する。


 まともな指導者(・・・・・・・)なら、そんなこと……最初からわかっていたはずだ。玉帝は愚策に頼った。その程度の指導者だったという事だ。


「今はゆるりと籠城しましょう」


「ああ……!」





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