泥船・解放軍
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:崖っぷちのドライバ少将
「結局……オレ達は、どうすればいいんですか?」
困惑顔のアラシアの問いに、笑みを返す。
……僕もそれが聞きたいけど、キミ如きに聞くほど無能じゃない。僕でさえ正解がわからない問題に、キミが答えられるわけないもんね。
「今からでも、犬塚特佐に合流するとか……?」
「それは有り得ない。それは向こうだって認めないよ」
今回の件、裏で糸を引いているのは玉帝だ。
ヤツはブロセリアンド解放軍の蜂起も、「解放軍をあぶり出す好機」と考えているはずだ。……だからこそ、通信障害に合わせて動き出した。
「奴らにとって、解放軍の蜂起は狙い通りなんだ」
「ひょっとして……オレ達の蜂起によって、解放軍側に寝返る兵士がいたら……それごと解放軍を潰す魂胆なんですか?」
指を鳴らし、「正解! 間違いなくそうだよ」と言う。
そうとしか考えられない。
交国だって、解放軍を驚異と考えているんだ。
だからこそ、奴らは解放軍蜂起の1日前に動き出したんだ。
「交国政府はそれだけブロセリアンド解放軍を恐れている。恐れているからこそ、こんなセコい手を使ってきたんだよ」
「そう……なんでしょうか?」
「そうに決まってるさ! だって、結局は交国が悪いんだからね! 犬塚銀に先んじられたとはいえ、僕らの大義名分は変わらず存在する」
予定通りとはいかなかったが……これは好機だ。
だって、交国は「オークの秘密」を全て認めちゃったんだからね!
「交国に踊らされているバカの中には、犬塚銀を無邪気に信じているヤツが多い。……けど、全てのオークがそうとは限らない」
「冷静に状況を見極めているヤツも、いる……」
「そう! 解放軍はまだ終わってない! 交国政府が真実を認めてしまった以上、『オークの秘密』は紛れもない事実になった。そこを活かすんだ!」
主導権は握られてしまったが、大義名分は変わらず存在する。
僕らは生き残って声を上げ続ければいい。
僕らは、被害者のままなんだ。
予定通りにいかなくても、発想を逆転しよう!
「犬塚銀に騙されるバカも大勢いるだろうけど、犬塚銀は最終的に交国有利の条件で改革を終えるつもりだ。それを指摘しつつ、解放軍を維持すればいい」
「交国有利を理解した者達は、解放軍を支持する」
アラシアが小さく頷き、「オレ達は犬塚銀のように、一切妥協する気がないですからね」と言った。
そうだよ、その通りなんだよ。
「オークの秘密は火種から火事に成長した! 傲慢な交国政府はそれをコントロールしているつもりだが、完璧なコントロールなんて出来るはずがない!」
「オレ達が、奴らの支配を乱せば勝機が――」
「そう! その通り!」
交国は自分達の麦畑に火を放った。
自分達がダメージを受けても、不穏分子を焼き殺すために火を放った。
僕らは交国にとって驚異。僕らが倒れない限り、希望はある。
「解放軍は一致団結して抵抗を続けるだけでいい。交国政府の嘘は、どうせバレる。奴らが状況をコントロールしきれるはずがない!」
「で、ですよねっ……!」
「これは好機なんだよ……! まだまだこれからさぁ!」
予定通りなら、交国軍に大きなヒビが入っているはずだった。
大量のオークが離反し、解放軍に合流してくるはずだった。
けど、バカ共は「英雄・犬塚」の茶番劇に熱狂し、解放軍に背を向けている。犬塚銀が何とかしてくれると盲信している。
犬塚銀の影響力によって、交国軍は健在。
それでも……こちらが耐えていれば、交国軍にもいずれヒビが入る。その時、解放軍が存続していれば、当初の予定通りになる。
少し、時間がかかるだけだ。
僕らはまだ……終わってない。
「けど、ただ抵抗を続けるだけじゃダメだ。僕らの存在を認めさせよう」
アラシアにウインクしつつ、言葉を続ける。
「国家を作ろう。オークによる、オークのための国家を作ろう」
「オレ達が、国を……」
「オークが被害者ってことは、交国政府が保証している。そこにつけ込む隙がある。抵抗を続けつつ、僕らの存在を認めさせるんだ」
どうあれ、国家は作るつもりだった。
いつまでも軍のままじゃダメだ。
元帥達と連絡が取れないどころか、捕まったとなると……残された幹部で何とか組織を回していく必要がある。
もっと沢山の既成事実を作る必要がある。
解放軍の参加者を「新たなオーク国家」に引き入れて、もう後戻り出来ない状況にしないと。そうしないと……ブロセリアンド解放軍が瓦解してしまう。
交国政府が殺る気である以上、このままじゃ僕の命が危うい!
解放軍が瓦解したら、幹部達を守る鎧がなくなる! 特佐や憲兵に捕まった場合、幹部の僕達は殺される可能性が高い!
それはマズい。
僕がどれだけ耐えたと思っているんだ!? 胎児の時からずっとオークで、今までずっと耐えてきて……解放軍の蜂起で富も名声も手に入るだったのに……!
それが一転、こんな薄氷の上に立たされるなんて……聞いてない!
「独立国家を作るためには、解放軍をより強固な集団にしないとね!」
机から飛び降り、アラシアの肩を叩く。
「アラシア! キミも部下を引き締めてくれ!」
「は、はいっ。ええっと……界外の情報は皆に――」
「まだ伝えるべきじゃない! 段階的に伝えていこう!」
どの程度の情報を出すかは、僕がコントロールしていく。
ネウロンにおける解放軍の責任者は僕なんだ。……それどころか、元帥や他の幹部が捕まった以上、僕を含む一部の幹部しか……残っていない。
解放軍にはそれなりに兵士が集まったけど、それでも交国軍に比べたらちっぽけな組織だ。……交国軍が瓦解していない以上、まともに戦えるはずがない。
「犬塚銀の甘言に乗せられて、解放軍を離脱する者が出るかもしれない。ヤツは玉帝の操り人形だが、皆はそれを理解していない! 僕やアラシアのような『賢いオーク』じゃなきゃ、真実を理解できない!」
今は情報統制が必要なんだ!
僕と秘密を共有してくれ! ……こんなの、1人じゃ耐えられない!
アラシア以外にも、直属の手駒に秘密を共有し、「これを話したのはキミだけ」と言って信頼を得る。バカが多いが……それでも、今はコイツらが頼りだ。
解放軍上層部がガタガタな事も……今は、隠さないと……!
「もし離反者が出た場合、それは各部隊の長の責任だ! 部下の手綱はしっかり握るんだよ!? 反抗的なヤツがいたら相談してね!?」
「は、反抗的なヤツがいた場合は――」
「見せしめに殺すよ!? そして、解放軍の連帯をさらに強くするんだ!!」
連帯を高めるためには、罪の共有が必要だ。
皆で裏切り者を殺そう! 集団で力を合わせて処刑しよう!
罪を共有して、後戻りできなくしなきゃ……誰かが裏切るかもしれない!
「僕は幹部だから、色々と忙しくてね! 部下のコントロールは任せたよ!? キミだってそれぐらい出来るだろう!?」
「も……もちろん、ですっ」
「頼むよ、アラシアっ!」
アラシアの両肩を掴みつつ、告げる。
僕をガッカリさせないでおくれ。
僕を守ってくれ……!




