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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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檻の内側



■title:解放軍鹵獲船<曙>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「けほっ……こほっ……。……ふぅ」


 まだ熱っぽい身体で咳き込む。


 歩き回るだけの体力が回復していない。けど、死ぬほどじゃない。


 無理をしたら死ぬかもしれないけど……今は無理をする状況だ。


 でも――。


「厳しいか……」


 病室から抜け出せない。出ようとしても解放軍の人達がやんわりと「寝ててください」と勧めてくる。


 あの胡散臭いドライバ大尉――もとい、自称少将のドライバさんはネットリした声色で耳障りのいいことだけ囁いてくる。けど、あの人は多分信用しちゃダメ。


 確かに交国は悪い事をしていた。


 けど、簡単に勝てる相手じゃない。許しちゃいけないけど……だからといって考え無しに戦うのは絶対マズい。解放軍の勝利は……想像できない。


 あの自称少将が子供達に悪い考えを吹き込んで、解放軍の兵士(テロリスト)に仕立て上げている可能性は十分ある。


 せめて何とか、子供達と会いたいけど――。


「……ラートさん」


 ラートさんにも会いたい。


 この状況で信用できるのは、ラートさんと子供達と星屑隊の人達だけ。


 けど、誰との面会もできない。ラートさんとバレットさんとはあれっきり、会えてない。面会を希望してもやんわりと断られる。


 この状況で頼れるとしたら……バフォメットさん?


「それは、さすがに無理かな……」


 正直、頼りづらいし、頼ったところで助けてくれるとは思えない。


 私はスミレさんじゃない。バフォメットさんの大事な娘さんじゃない。


 それに、あの人は……ネウロン人も利用しようとしている。ネウロンのために戦っているようで、実際はネウロン人など「どうでもいい」と考えている。


 本人もそれを認めている。


 あの人は愛娘を亡くした事で……ずっと自暴自棄になっている。思考停止し、自分を「兵器」とか「機械」のように扱っている。


 あんな風になってしまったのは、理解できる。


 私はスミレさんじゃないけど……私の頭に入ってきたスミレさんの記憶を思い出しながら考えると、バフォメットさんが自暴自棄になるのも理解出来てしまう。


 だからといって、あの人がやった事や……やろうとしている事が正当化されるわけではない。そもそもスミレさんが止めると思う。あの人の凶行を。


 けど、スミレさんじゃない私が何と言っても、あの人には届かない。


 やっぱり、頼るとしたらラートさん達だ。


 アル君の事があって……ラートさんは絶対、落ち込んでいる。


 そんな状態でもなお頼るなんて、酷いことかもしれないけど……この状況で一番信用できるのはラートさんだ。なんとか、また連絡を取りたい。


 そんな考えを抱きつつ、病室の端末を触る。


 何とか情報を集めるために、足掻いていると――。


「こんにちは。どうもどうも~」


「…………!」


 誰かが部屋に入ってきた。


 慌てて端末に表示したものを隠したけど、幸い……そこまでしなくていい相手だった。入ってきたのは解放軍の兵士さんじゃなかった。


「ラプラスさん!? それに、エノクさんも……!」


「しーっ。お静かに。私達、不正な手段でここに入ったので」


 病室の扉にはロックがかかっていた。監視もついていたはずだけど……雪の眼の史書官さんと護衛さんは、そのどちらも突破してきたらしい。


「お久しぶりです。解放軍に見つからず、この方舟に乗り込んできたんですか?」


「いえ、さすがに乗船許可は取ってますよ。ブロセリアンド解放軍の皆さんも、雪の眼――というか、ビフロストと事を構えるつもりは無いようで」


 ラプラスさんは「ビフロストと事を構えると、色々と面倒ですからねぇ」と言った。そして、病室の椅子に腰掛けた。


「ただ、ヴァイオレット様との面会許可は取り付けていません。解放軍の見張りには気づかれない形でここまでこっそり来ただけです」


「なるほど……」


 相手が危険なテロリスト相手でも、相変わらずのご様子。


 けど、これはチャンス。ラプラスさんが来てくれるとは思ってなかった……!


「あの……! ここから脱出する手引きとか、依頼できますか……?」


今は(・・)忙しいので無理ですね。ここで色々と調査したい事ありますし」


「で、ですよね……」


 雪の眼は中立の組織。


 交国だろうと、プレーローマだろうと中立。


 解放軍ならひょっとしたら……と思ったけど、そう簡単にはいかないか。


「ところで病室に軟禁状態で暇でしょう。暇つぶしの道具を持って来ましたよ」


 そう言い、ラプラスさんが取り出したのは小型の携帯端末だった。


 ラプラスさんはニコリとしつつ、「中には色々と文章や資料が入っています。娯楽作品ではありませんが、暇つぶしになるでしょう」と言ってきた。


 急いで受け取って軽く目を通すと、ブロセリアンド解放軍絡みのデータが入っていた。この状況を正しく認識するためには、これがあると助かる……!


「あ、ありがとうございます。でも、いいんですか? こんな事をして……」


「所詮、資料の入った小型端末です。魔法の鍵ではありません。それがあればどこでもフリーパスってわけではないので、問題ありませんよ」


 確かに、この端末使って船にハッキング仕掛けるのは無理。


 ハッキングは……病室の端末で試行錯誤中だから、そっちで何とかする予定。


 けど……仮に船のシステムを一時的に押さえたところで、大したことは出来ない。バフォメットさんや巫術師の子が船に憑依し、私のハッキングなんて容易くはね除けるだろう。


 でも……こっそり、外部と連絡取るぐらいは出来るはず……。


「とにかく、ありがとうございます。……でもこれ、タダでは無いんですよね?」


「今までの投資と同じですよ。そろそろ、ある程度は回収できそうですか?」


 ウインクしつつ問いかけてきたラプラスさんに対し、頷く。


 ラプラスさんが求めているのは「真白の魔神の情報」だろう。


 それは、バフォメットさんの行動で手に入った。危うく私の記憶が消えるところだったけど、スミレさんの記憶(データ)が交渉材料になる。


「ラプラスさんの望み通りのものは手に入らないかもですが……こちらも、一応、進展がありました。棚からぼた餅というか、棚から金槌みたいな進展でしたが」


 そう言うと、ラプラスさんは「面白い話が聞けそうですね」と言い、私に話すよう促してきた。


 さすがに全て話す暇はないし、全てを話してしまったら……ラプラスさんは私に興味を無くすだろう。話す情報は程々にしておこう。


 ヴァイオレット(わたし)には、まだ利用価値がある。


 そう思ってもらわなきゃ。


「まずは、貴女が何者だったかを教えてください」


「私は……何者でもなかった。私は自分の記憶なんて、失ってなかったんです」


 けど、この身体は違った。


 そもそも、この身体も私のものじゃなかった。


 本来の持ち主さんは……もう亡くなられたけど――。


「私は『スミレ』という女性の身体を乗っ取ってしまったんです」


 私は人造人間。普通の人間とは違う。


 けど、私もスミレさんも……誰かの操り人形じゃない。


 私達の意志で、私達がしたい事を出来るはず。


 いま、私に出来ることをやろう。




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:解放軍幹部・ドライバ少将


「交国は泥船だ。キミも見限るべきだよ~?」


 星屑隊の隊長であり、憲兵でもあるサイラス・ネジ中尉をなじる。


 もとい、尋問する。


 ブロセリアンド解放軍は交国軍事委員会内部にも協力者がいる。彼らの情報でネジ中尉の正体を知ることが出来た。


 けど、ネジ中尉はネジ中尉で別の情報を掴んでいる可能性がある。例えば「王女」を上手く動かすための情報とかね。


 コイツを殺すのは情報を絞り尽くした後だ。コイツ殺したのが星屑隊にバレると面倒だから、テキトーに死んだ事にしておこう。バフォメットとの戦闘で負った傷が悪化して死んだとか……そういうのでいいだろう。


 アラシアだけなら、どうとでも誤魔化せる。


「だから、交国は既に見限っています。解放軍に参加させてください」


「ダメダメ。そんな上っ面の言葉じゃ。キミは委員会の憲兵でしょ? 持っている情報は全て吐いてくれなきゃ、信用出来ないねぇ」


 憲兵。委員会の憲兵。


 忌まわしい委員会の犬! 交国の犬!


 僕は慈悲深いが、憲兵はさすがに許せない。コイツが本気で寝返ったとしても、僕と同族(オーク)だろうと、さすがに信用できない。


 けど、情報は欲しいから、甘い言葉で揺さぶっていると――。


「んっ? ちょっと失礼」


 部下から通信が入った。


 尋問を中座し、通信に出る。


「どうかした? 急ぎの要件でなければ、後で――」


『龍脈通信が回復し、界外と連絡が取れるようになりました!』


 おや、それは朗報。


 そう思ったんだが――。


『ですが、界外は大変な状態に……!』


「なぁに? プレーローマの大侵攻でも始まったとか?」


『元帥含め、大半の幹部が捕まったようです!』


「どこの元帥?」


解放軍(ウチ)の元帥です! それ以外の幹部も、交国に捕まったようです!』


「……………………??」


 理解が追いつかない。


 いや、わかるよ? 僕は馬鹿じゃないからね。


 元帥。ブロセリアンド解放軍のリーダー。


 僕らのリーダーが……あの御方が、捕まった? はぁ? 有り得ないでしょ。


「さすがに……誤報じゃない?」


『いや、それが本当みたいで……! 交国の報道だけではなく、解放軍の仲間からも同じ情報が届いています。潜伏中だった解放軍の中枢メンバーが、殆ど捕まってしまったみたいで……!』


 馬鹿な。


 有り得ない。


 僕ら、まだ蜂起したばっかりだよ?


 潜伏して支援してくれていた元帥達が捕まるなんて、有り得ない。


 幹部内に裏切り者(・・・・・・・・)でもいない限りは――。


『ただ、この情報よりもっと大変なことが――』


「は? はっ? その件よりも?」


 慌てた様子の部下が言葉を続けた。


 元帥達が捕まったこと以上に、大事件が発生していた。


 なんだそれ。


 さすがにそれは……反則だろ……?


 えっ、いや、待って……? じゃあ、この蜂起どうなるの(・・・・・)




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:星屑隊隊長 兼 憲兵


「ああ、うん、直ぐに対応を協議しよう……!」


 ドライバが去って行った。


 捕虜(わたし)相手に取り繕う事もせず、去って行った。


 あの様子だと、ネウロンの龍脈通信も回復したな。


 それで界外の状況を聞いて青ざめたのだろう。「オークの問題」が公表された交国も良い状況ではないが、解放軍は一層マズいだろうからな。


 ……龍脈通信の障害は、解放軍によるものではない。


 ある程度は関与していたかもしれないが、ここまで大規模になる予定は無かったのだろう。意図的に障害を起こした主犯(・・)は別にいる。


 ブロセリアンド解放軍は――自分達の正義を過信して――通信障害下でも蜂起を断行した。いや、断行するよう命令されていたのだろう。


 となれば……解放軍自体が誘蛾灯(ワナ)だったのかもしれん。


 解放軍が刃向かっているのは、単なる国家ではない。


 ドライバ達は交国を侮った報いを受けるだろう。


 本来、報い(それ)に関係ない者達を巻き込みながら――。





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