雨は未だ止まず
■title:交国保護都市<繊十三号>にて
■from:死にたがりのラート
繊十三号を襲ってきたタルタリカの群れは、何とか殲滅した。
防壁があるのに、タルタリカが素早く入ってきた時はどうなる事かと思ったが……百匹程度の群れだから何とか殲滅できた。
殲滅できたが――。
「ひでぇもんだな……」
繊十三号の人達が頑張って整備した農園が、戦闘によって荒れ放題になっている。半分以上がダメになっていそうだ。
市街地でもいくつか建物が破損したようだ。直ぐに倒壊しそうな建物はないが、危ういものはいくつかあるらしい。ダメなやつは一度解体かな。
壊滅的な被害じゃない。交国の支援があれば1、2ヶ月で復旧するのも不可能じゃないだろう。ただ、人的被害の方は……どうなんだろうな。
俺は今のところ、人間の死体は見ていない。
転がっているとしたら港か、市街地か。
アル達が目撃してなきゃいいんが……と思いつつ、市街地の防壁傍で機兵から下りる。機兵を見張りに任せ、避難所の応援に向かう。
そこには繊十三号の住人らが身を寄せ合っていた。
それと、満身創痍の星屑隊の隊員が身を横たえていた。
「はあ、はぁ……。ら、ラート軍曹……」
「大丈夫っすか」
「そ、そこのバケツ取ってくれ……。うぇ……」
「はーい……」
満身創痍だが、この人達は別に放っといていいだろ。オークはしぶとい。
どーせ休暇に浮かれてアル注とかしてたんだ。戦闘で多少、怪我したみたいだが、堪えているのは悪酔いの方らしい。
珍しくウンザリした顔を浮かべ、介抱しているパイプを手伝う。水が足りないので、貰いに行くと――。
「おっ。中古屋の店主」
バレットと一緒に行った店の店主が配給の列に並んでいた。
向こうからペコリと頭を下げられたので、「大丈夫だったか?」と声をかける。怪我をしている様子はないが、疲れた顔をしている。
「あとちょっとで死ぬところでした……」
「おいおい……。どこか噛まれたのか?」
「いや、噛まれては……。タルタリカの鳴き声が聞こえたので、妻を連れて地下の避難所に行こうとしたら襲われて……。でもあのバケモノ、私達の顔をジロジロ見てからどこかへ行ってしまって……」
「そりゃあ、メチャクチャ運が良かったな」
タルタリカは人間を見たら直ぐに襲ってくる。
そこらの動物は別に襲っていないようだが、一般人がタルタリカと出くわしたら死を覚悟しないといけないのが普通だ。
「直ぐに繊一号から応援来るはずだから、もう大丈夫だ。安心してくれ」
疲れた顔の店主の肩を叩き、慰める。
それから俺も水貰って、酔っぱらい連中に渡す。いや、渡そうとしたが、連中は呑気に眠りこけはじめていた。
「どうする、この人ら」
「ほっとこう……。隊長が来ないと起きないよ」
寝てくれてた方が介抱の手間も省ける。
呆れ顔のパイプと別れ、寝ている酔っ払い達から離れる。
貰った水と食料は……アイツらにも渡してこよう。
「おう、皆。お手柄だったな」
避難所の隅っこで休んでいたフェルグス達に声をかける。
守備隊の機兵から危うく直撃弾を貰いそうになったグローニャは元気そうにしているが、フェルグスとロッカとアルはぐったりしている。
鎮痛剤の副作用で弱っているだけじゃなくて、戦闘の疲れがガッツリ出てきたらしい。コイツらの活躍がなければ市街地はもっとメチャクチャになっていたから、今はゆっくり休んでほしい。
守備隊の奴らも……さすがに町を守った功労者を追い出したりはしないだろ。
「水と食料貰ってきたぞ。食べれそうか?」
「いらね」
「むり」
「いま食欲ないです……」
「グローニャおなかへったぁ」
グローニャ以外はダメそうだ。
もぐもぐ食べ始めたグローニャを少し見守った後、子供達を介抱していたヴァイオレットに声をかける。
「ヴァイオレットもお疲れ。俺に何か出来ることあるか?」
「今は大丈夫です。水と食べ物、ありがとうございます」
「うん。ヴァイオレットもちゃんと栄養補給するんだぞ」
ヴァイオレットと話しつつ、アルの頭を撫でる。
アルが機兵を持ってきてくれないと、俺は多分死んでいた。そのことを改めて礼を言うと、申し訳無さそうな上目遣いで見てきた。
「機兵、勝手に動かしてごめんなさい……」
「いやいや、いいんだよ。緊急事態だったし」
「でも、技術少尉に止められたりしたから……」
「機兵は第8じゃなくて星屑隊のもんだ。技術少尉があーだこーだ言ったところで、ウチの隊長が問題視しなきゃ大丈夫さ」
まだ心配そうにしているアルの手に水を持たせる。
せめて水分補給だけしとけ――と促していると、フェルグスが「おい」と話しかけてきた。
「タルタリカ、ホントに何とかなったのか……」
「ひとまずな。お前らのおかげだ」
「……でも、ちゃんと町を守れなかった。ケガした人、いっぱいいただろ? それに……ケガどころか、死んじゃった人も……」
フェルグスがそう言うと、第8の皆の表情が曇った。
パンをぱくぱく食べていたグローニャも口を止め、不安げな顔をしている。
皆の視線が俺に注がれる。
「――大丈夫だ。誰も死んでないさ」
そうであってほしい、と思いながら言う。
壊れた町は直せばいい。
けど、命は……新しい人間連れてくればいいって話じゃないからな。
俺が「大丈夫」「死んでない」と根拠もなく言い張ると、フェルグスは俺を睨んできた。いつものような強い視線ではないが……。
「タルタリカが町の中に入って、死人ゼロのはずがねーだろ……」
「死んだのはタルタリカだけだ」
きっとそうだ。
そうじゃなかったとしても、こいつらはそれを知る必要がない。
「町も直ぐ復興する。繊一号から防衛のための応援も来る。町が完全に陥落せずに済んだのは、お前らが頑張ったおかげ――」
「おい! なんで巫術師がここにいるんだ!」
振り返ると、武装した守備隊員が数人やってくるところだった。
ガチャガチャと銃火器鳴らしてやってくる奴らを見つつ、ヴァイオレット達に「俺の後ろに」と伝える。
「こいつらはさっきの戦闘で走り回って疲れてんだ。避難所で休むぐらい、別にいいだろ? 長居するつもりはねえよ」
「巫術師は市街地立ち入り禁止だ! 規則を守っていただきたい!」
こいつら、さっきは雷でヘタってタルタリカ相手に右往左往してたくせに……。
雷が止んで、タルタリカがいなくなったら急に元気になりやがった。
戦闘中のことをぶちまけてやろうかと思ったが、さすがに自重する。
たくさんの住人がこっちの方を見ている。守備隊の不甲斐ないところを叫んでいたら、守備隊と住人の関係をこじらせかねない。
それは隊長が嫌う「問題を起こした」状態になるかもしれねえ。俺達は明日には去る予定とはいえ、守備隊と住人の関係に火をつけるのは――。
「例の規則は……守るよ。守るけど、もう1時間……いや、30分でいいから休ませてくれ。こいつら、ホントに疲れてるんだ」
揉め事にならないよう、迎えの車を手配する。
それで皆を船に連れて帰り、ちゃんとしたベッドで寝かせる。
だから、少しぐらい――。
「化け狼の姿を……本性を晒したから疲れているだけだろ!」
「あぁ……?」
「俺は見たぞ! そいつらがバカでかい狼の姿になって、町で暴れてる姿を!」
守備隊員の1人が指し示すように銃を向けてくる。
背後で小さな悲鳴が上がる中、手を広げて「やめろ!」と警告する。
「そいつらはバケモノだ! やっぱり……やっぱり巫術師は危険なんだ!」
「違うっ! 狼の姿になっていたのは、交国軍の兵器によるもんだ! この子達はアレを使ってタルタリカと戦ってただけだ! この子達は、住民を守ろうとしただけで危害なんて与えてねえ!」
「こちらの制止を振り切って町に侵入しただろうがっ!」
「市街地に侵入したタルタリカを倒すには、それが手っ取り早かったんだよ!」
時間かけていたら、もっと被害が拡大していた。
1人、2人、と銃を構えるヤツが増えていく。
後退し、アル達を背中に隠す。けどこれ、もし撃たれたら守り切れるか……?
早まった真似はしてくれるなよ、と思いながら守備隊員に視線を向けていると、奴らの背後からパイプがやってきてくれた。
「キミ達、友軍を撃つのかい? 軍法会議参加希望者? それとも銃殺希望?」
「そ、それは……」
パイプは守備隊員を脅し、銃を下げるよう促してくれた。馬鹿野郎共はそう言われても殺気立ったまま、こっちを睨み続けている。
いや、殺気だけじゃないか、視線に乗せてるのは。
怖がっている。「よくわからないもの」への恐怖からパニックになっている。
「……この子達は敵じゃない。皆を守るために、命がけで戦ってただけだ」
ゆっくりと語りかける。
守備隊員と、その後方からこっちを見ている住民達に向けて。
「巫術を使ったおかげで、敵を直ぐ殲滅できたんだ。市街地や港だと遮蔽物がたくさんあるから、機兵と歩兵だけじゃタルタリカは簡単には倒せなかった」
「巫術でタルタリカを呼び出したんだ!」
「なんだと?」
「そうじゃなきゃおかしい! わ、我々はちゃんと警戒網を敷いてたんだ! それなのに、奴らはそれに引っかからないまま侵入してきて、暴れまわって……。そ、そいつらの所為だ! そいつらがタルタリカを町に引き込んだんだ!」
「んなわけねえだろ! この子達は町を守ろうとしただけだ!」
守備隊の奴らは子供達の責任を問うてきた。
何の責任もないのに、何の根拠もない言葉で責めてくる。
そのうえ「今回のことはお前達の所為だと軍事委員会に報告させてもらうからな!?」などと言ってきた。自分達の失態を隠したいのか?
どいつもコイツも……!
「守るために戦ってやったのに、なんつー言い草だよ! お前ら、それでも――」
「もういい。やめろ!」
フェルグスが俺の服を引っ張ってきた。
表情を強張らせながら、もう一度「やめろ」と言ってきた。
「直ぐに出ていくから、やめろ」
「けど、フェルグス! こいつらは――」
「オレ様の敵は、ネウロン人じゃない」
フェルグスは植毛を生やした守備隊員をチラリと見た後、少しよたよたしながら他の子達にも「ここを出よう」と言った。
皆、表情を強張らせている。
守備隊の奴らはこちらにずっと敵意を向けてくる。避難所から去っていく子供達に向け、いつ銃をぶっ放してもおかしくない剣呑な雰囲気だ。
「恩知らず共め」
守備隊がバカやったら直ぐ止められるように立ちはだかり、フェルグス達が避難所を出て行ったところで走って追いかける。
命をかけたのに、こんな扱いが許されていいのか?
「アンタらは……命がけで戦った子供達に、礼の1つも言えねえんだな!!」
守備隊の人間だけではなく、黙って見ているだけだった住民に対しても叫ぶ。
「あの子達は、テメーらみたいなズルい大人のことも守ろうとしたんだぞ!? 命がけで……! 守備隊に撃たれても、アンタらを守ろうとしたんだぞ!!」
これがくだらん腹いせなのはわかる。わかってるけど……!
「くそっ……」
モヤモヤとムカムカで、気持ちがぐちゃぐちゃになってる。
でも、俺なんかより子供達だ。アイツらの方がもっと落ち込んでるだろう。
追いついて、なんて言おう。なんて励まそう。
言葉に迷いながら追いかけていると、子供達が立ち止まっているのが見えた。
「――――?」
子供達の前に技術少尉が立ちはだかっている。
技術少尉はなぜか拳銃を抜き放ち、スアルタウに向け、発砲した。
【TIPS:ネウロンの防衛体制】
■概要
現在のネウロンの都市は、どこもタルタリカの驚異に脅かされている。
そのため防壁を作り、守備隊を配備し、町がタルタリカに襲われても対応できるようにしている。大きな群れが来ると危うくなるが、その場合は籠城し、他所からの救援を待つことになっている。
救援は主に繊一号の基地所属の方舟と機兵部隊が差し向けられることになっており、この救援は遅くとも6時間以内に到着予定となっている。
よほど強大な群れでも来ない限りは救援まで持ちこたえられる防衛計画が立てられており、「強大な群れ」は大所帯になりやすく、それは偵察衛星で捉えやすい大集団なので町に辿り着く前に部隊が差し向けられる事が多い。
ただ、この防衛計画は上手く機能していないのが現状だ。
■久常中佐の采配
ネウロンにある交国保護都市の防衛は、久常中佐率いるネウロン旅団管轄となっており、久常中佐が人事の権限を握っている。
久常中佐は「タルタリカの早期殲滅」を優先しているため、「守備隊から人員を割いて、その分、攻撃部隊を編成すべき」と判断している。
そのため比較的練度の高い兵士は守備隊ではなく攻撃部隊に回されている。そのため守備隊の戦力が低下し、「救援が来るまで持ちこたえる」という仕事ができる守備隊員が不足している。
これは交国軍上層部がネウロンへの増援を渋っている影響もあるが、久常中佐の攻めの采配による影響も強い。
さすがにタルタリカが頻繁に現れる地域の保護都市ではそれなりの守備隊員が揃っているが、タルタリカがあまり現れない地域の守備隊は人員不足に悩まされている。そのうえ、機兵などの重要兵器も少数しか配備されていない。
繊一号の基地所属の救援部隊も、「基地で待っている暇があるなら、出撃して1匹でも多くタルタリカを狩ってこい!」という久常中佐の命令で基地を留守にしている事が多い。そのため救援も遅れている。
■ネウロン人の徴用
久常中佐も守備隊の人員不足を多少は問題視しており、足りない人員の穴を埋めるために上層部の許可を取ってネウロン人を徴用している。
徴用されたネウロン人は2週間から1ヶ月程度の訓練を経た後、各地の守備隊に派遣されている。それを交国軍の指揮官らが指揮している。
ネウロン人は今まで軍事訓練を積んでいなかった事もあり、短期間の訓練では素人同然の活躍しかできない。現場の指揮官らも扱いに苦慮しているが、久常中佐は「いないよりマシだろう」と部下達の嘆願を無視している。
ネウロンの防衛体制の現状はこのようなお粗末なものだが、今のところ、交国の保護都市は陥落していない。少なくとも今のところは。




