献花
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:不能のバレット
「バレット。あんた、本当に大丈夫なのかい?」
「大丈夫です」
「けど――」
「大丈夫です」
俺は生きている。大丈夫だ。
整備長の声に返答しつつ、建物に入っていく。
ここでスアルタウの告別式がある。
あの子は……死んだ。あの子と比べたら俺の状態はずっと良い。
「…………」
告別式の会場には、星屑隊の隊員だけではなく、ブロセリアンド解放軍の兵士もいた。ただ、向こうは俺達の監視に来ただけのようだ。
告別式の会場だというのに、銃を持ったまま俺達を厳しい目つきで見てくる。……解放軍の「捕虜」に過ぎない俺達をあまりよく思っていない様子だ。
いつもなら彼らをにらみ返しそうなレンズ軍曹も、それどころではない。告別式でグローニャ達に会えると言われているためか、そわそわした様子で子供達を探していた。
ただ、棺に入れられたスアルタウが運び込まれてくると、固まっていた。レンズ軍曹だけではなく、星屑隊の皆が表情を強ばらせている。
「…………」
多くの隊員が、無言のまま棺を見つめている。
棺を見ていない隊員もいた。
ラート軍曹は……ずっとうつむいている。
スアルタウ以外の子供達は姿を現さないが、解放軍の兵士が「さっさと別れを済ませろ」と促してきた。
「ちょっと待て。スアルタウ以外のガキ共がまだ――」
「さっさとしろ」
「話が違うじゃねえか……!」
「レンズ。やめな」
レンズ軍曹は解放軍の兵士に食ってかかっていたが、整備長に咎められると不服そうに身を引いた。
そして、紙で作った造花を手に棺へと近づいていった。生花は用意出来なかったが、副長に無理言って紙だけ用意してもらい、皆で作った花だ。
レンズ軍曹の作った造花は見事なものだったが、隊員が持つ造花の中には不格好なものもある。こんな場じゃなければ……子供達と一緒に造花の出来映えを笑い合うことも出来たかもしれない。
けど、無理だ。スアルタウはもう笑えないし、他の子も……。
「…………」
俺もスアルタウに近づき、造花を捧げる。
死んでいる。ピクリとも動かない。……本当に死んだんだ、この子は。
スアルタウは良い子だった。
それでも死ぬ。そういう理不尽があるのが戦争だ。
けど……こんなの戦争じゃないと思っていた。
そもそも「あっちゃならない」と思っていた。
俺達は交国軍人として、国を守る。交国だけではなく全人類を守るために必死に戦っていた。守る対象として、スアルタウのような子も含まれていた。
こんな子を、こんな目に遭わせないよう戦っていたはずだった。
けど……実際は、交国そのものが子供達を戦場に駆り出していた。特別行動兵としてタルタリカの戦いに駆り出していた。流体甲冑なんて半端な兵器で……。
ラート軍曹が皆に働きかけた事で、第8巫術師実験部隊は「マシな環境」に置かれ始めたはずだった。これからもっと良くなるはずだった。
それなのに……こんな事になるなんて――。
「おい、もういいだろ。次の奴のために退け。下がれ」
「は、はい……」
解放軍の兵士に言われ、棺の前から退く。
……解放軍が言っている事は、本当なんだろうか?
交国が悪で、解放軍が正義なのか? ……そんなにシンプルな話なのか?
けど、解放軍が言っていることが事実なら、子供達どころか……俺達も交国の犠牲者だ。俺達の「正義」は最初から嘘っぱちだった事になる。
そんなはずない。
交国には「正義」がある。
そう思っていた。……いや、思い込もうとしていた。
だって、「正義」がなきゃ、俺のしたことは……。
違う。「正義」があったところで、俺のした事は……取り返しがつかない事なんだ。交国や上官の所為にしたところで、俺が引き金を引いた事実は消えない。
俺達が信じた「正義」は、どこにあるんだろう?
最初から存在しなかったのか?
俺達は……どうすれば良かったんだ?
救いたかったんだ。守りたかったんだ。
その気持ちすら、交国に植え付けられた偽物なのか?
俺達の選択そのものが……間違っていたのか?
「…………ラート軍曹」
「…………」
「軍曹も……彼の事、見送ってあげてください」
くしゃくしゃの造花を手に立ち尽くしているラート軍曹に声をかける。
星屑隊の皆、納得していない様子で献花をしているけど……ラート軍曹はずっと立ち尽くしている。解放軍の兵士がこちらを見て、苛々している。
「この機会を逃すと、ちゃんとしたお別れなんて――」
「叡智神は、死者蘇生が出来るんだ」
「…………」
「それがあれば、スアルタウも生き返る……。ぜんぶ、取り戻せる」
「…………。そんなものありませんよ」
羊飼いは「無い」と言っていた。
ヴァイオレットも言っていた。
死者蘇生の方法なんて、存在しないんだ。
「嘘っぱちなんです。全部……」
「…………」
「無いものにすがっても……何にもならないんです」
ラート軍曹の背中に手を添え、棺の方に行ってもらう。
その後、副長のところへ……チェーン先輩のところへ行く。
「先輩。第8の子達は……いつ来るんですか?」
「…………」
「それに隊長もいない。……隊長は本当に無事なんですか?」
ここにいるのは解放軍の兵士と、隊長以外の星屑隊隊員だけだ。
それと、スアルタウの遺体があるだけだ。
これはちょっと、話が違う。……ロッカ達に会えないなんて。
「皆、本当に無事なんですか……!?」
「ヴァイオレットはまだ回復しきってないから呼んでない。ガキ共は……もう直ぐ来ると思う。あっちの迎えは他の兵士に頼んだから……」
「…………」
「……お前ら、オレをそんな……睨むなよ」
気づくと、俺の後ろに他の隊員も集まってきていた。
皆、副長に――解放軍に抗議するように、無言で立っている。
告別式という事もあり、さすがに副長も笑っていない。皆の視線を受け、気まずそうに視線を逸らしていたが――。
「ああ、ほら……来ただろ? 本当に来ただろう?」
「あっ……」
告別式の会場に、解放軍の兵士に連れられた子供達がやってきた。
ロッカとグローニャがいる。2人がうつむきながら入ってきた。
フェルグスもいる。
いる…………けど…………。
…………。
なんだ、アレは。
「――――」
フェルグスはスアルタウの棺に向け、真っ直ぐ歩いてきた。
自分で、歩いてきた。
ラート軍曹に聞いていた話と違う。
彼が再び歩くには、長期のリハビリが必要だったはずだ。
そもそも、あの身体は――。
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:死にたがりのラート
「ふぇ、フェルグス……。お前……」
フェルグスが棺に近づいてきた。
がしゃん、がしゃんと音を鳴らしつつ、歩いてきた。
「久しぶりだな、ラート。……身体、大丈夫か?」
「俺は、別に……。いや、そんなことより、お前の身体……!」
フェルグスは自分で歩いている。
けど、自分の脚じゃ……ねえ。
手も違う。
両手と、両足が、機械になっている。
動くたびに機械音を響かせている。義手と義足が取り付けられている。
本来、生の手足があったはずの場所に――。
「おまえ、なんでっ……!!」
「…………」
フェルグスは機械の手で献花し、俺を見つめてきた。
「あ……脚は、リハビリで治るって……! 手も……!」
「どっちも切り落としてもらった。新しいのつけてもらった」
「ぉ……おまえっ、なんで……!? なんで、そんなこと……!」
エノクさんが言っていた。脚もリハビリで治るって。
長期のリハビリを、ちゃんと頑張れば治るって……!
それに、そもそも手は動いていた。怪我していたけど、切断するほどじゃ――。
「脚はリハビリしたら動いただろ!?」
「そんなこと、悠長にやってられない。オレ達は戦争してんだぞ」
フェルグスが動く。
機械音を響かせつつ、機械の右手を自分の前で握ってみせた。
「オレは、寝てる暇なんてない。それに、少しでも強くなりたいんだ」
「…………」
「何も出来ないガキの手足より、機械の手足の方が兵士向きだ」
フェルグスは淡々とそう言った。この製品が便利だ、と語るように。
手足以外は生身に見える。けど、お前……手足は機械になってるじゃねえか。
切り落としたって、なんだ。
お前、それは……。なんで?
「お前は……兵士じゃない! 戦う必要なんて――」
「必要だから、自分で選んだんだ。見ろ、ラート」
フェルグスの手足から黒い泥が「ゴボゴボ」と出てきた。
その泥が手足だけではなく、全身を包んでいく。
フェルグスの全身が黒い泥に包まれ、フェルグスの形を変えていく。
それは二足歩行の大狼だった。
「お前、まさかそれは……!」
『流体甲冑だ。オレは、マジュツの蛇口を手に入れた!』
そこでやっと、フェルグスが感情を見せた。
笑っている。
嬉しそうに笑いつつ、流体甲冑を蠢かせている。
『これで、生身でも沢山殺せる。たくさん、復讐できる!』
「なんで……。なんでっ……!!」
『いいだろっ! 義手と義足に流体甲冑を仕込んでもらったんだ! ちょっと重いけど、流体で無理矢理動かせる! これがあれば生身でも戦えるぞ!?』
「なんでそんなことした! なんでっ……お前、手足を……!!」
『交国と戦争するんだ! 必要だろっ!?』
二足歩行の大狼が動き、右手の人差し指を俺に向けてきた。
『交国と戦争って言っても、星屑隊は例外だ! お前らは味方だからな!』
「な…………」
『オレは、ブロセリアンド解放軍の兵士として戦う! 交国に復讐するッ!!』
星屑隊の誰より大きな大狼が吠える。
『全部、交国が悪いんだ! 交国の所為で、ネウロンはメチャクチャになった!! 父ちゃんも母ちゃんも――――アルも、交国に殺されたんだっ!』
違う。
アルが死んだのは、バフォメットの起こした混乱の所為。
それから守ってやれなかった俺の所為なんだ。
……実際に俺達に攻撃してきたのは、交国軍人かもしれない。
けど、あれは……混乱していただけで……。
そもそも……攻撃してきた奴ら全員、アルが…………皆殺しに……。
『解放軍から聞いた! タルタリカが生まれたのも交国の所為なんだろ!?』
「…………!」
『それなのに交国は、オレ達に責任を押しつけた! 罪を着せてきた! オレ達を騙して、苦しめて……!! 全部、ぜんぶっ! アイツらの所為だ!!』
だから復讐する。
だから殺す。
フェルグスはそう言いつつ、言葉を続けた。
『オレ達が復讐しなきゃダメなんだ! アル達の仇を、オレ達で取るッ!!』
「フェルグス! お前、それは解放軍に踊らされ――――」
「グローニャも、する! ふくしゅー……!」
復讐。
その言葉を吐いたのはフェルグスだけじゃなかった。
グローニャも吐いた。
シャチのぬいぐるみをギュッと抱きしめつつ、復讐を誓った。
「オレもやる。……やらなきゃダメなんだ」
そんなグローニャの隣で、ロッカもそう呟いた。
子供達は皆、解放軍兵士になっちまった。




