希望の軍勢
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:死にたがりのラート
「キミは星屑隊の兵士だな? カワイソウに!」
「かわい、そう……?」
拍手しつつ近づいてきたドライバ大尉が、笑いながら肩を組んできた。
解放軍の兵士に「皆、見たまえ!」と言い、俺を見るよう指示した。
「ここに哀れな子羊がいる! 未だ交国の夢から醒めていない哀れな犠牲者だ! まだその自覚がないようだ! 笑って許してやってくれ!」
「違う! 俺は――」
笑い声が響く。笑い声の大合唱に包まれる。
解放軍の兵士がゲラゲラと笑っている。
副長ですら、半笑いでオレを見ていた。
「まだまだおねむの若人の所為で、興が削がれた。久常中佐が壊れても困るから、今日のところは解散としよう!」
ドライバ大尉は笑顔でそう言い、皆を撤収させていった。
檻に入れられた久常中佐も連れていかせた。
「ちなみに、明日は電気ショックの予定だ! 酒も用意するから、皆で乾杯しながら久常中佐に『躾け』をしてあげよう!!」
歓声が響く。
解放軍の兵士が大喜びしながら去って行った。
オークも、巫術師も、それ以外の皆……笑いながら去って行った。
愕然としながらそれを見送った後、未だ笑っているドライバ大尉の手を振りほどく。なんだ、この人……気持ち悪い……。正気じゃない。
こんなの、軍人のする事じゃない。
「本気で……本気でこれが正しいと思っているんですか!? ドライバ大尉!」
「バカ! ラート、違う! その御方は大尉なんかじゃない……!」
副長が焦り顔で割って入ってきた。
ドライバ大尉に敬意を払いつつ、「この御方は、解放軍の幹部だ!」と言った。
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「大尉って階級は、交国軍潜伏用の偽りの階級だ!」
本当はもっとエラいんだぞ――と説明しようとした。
だが、それより早く――。
「気にしなくていいよ、アラシア」
幹部が笑顔でそう言い、さらに言葉を続けた。
「彼はまだ、解放軍の兵士じゃないんだろう? 夢見る羊の寝言に目くじら立てるほど、僕は狭量じゃないよ」
「あ、ありがとうございます……!」
「改めて自己紹介しよう。僕は<ブロセリアンド解放軍>幹部の1人、ドライバ少将だ。キミ達の噂はアラシアからよく聞いているよ!」
少将はそう言いつつ、オレにウインクしてきた。
「ちなみに、ネウロンにいる解放軍を取り仕切っているのは僕だ。他地域は他の幹部が仕切り、全体をアマルガム元帥がまとめているのさ。勉強になったかい?」
「じゃあ、ネウロンの現状はあなたの所為なんですね……」
「ラート! お前、いい加減にしろよッ……!!」
ドライバ少将は幹部。解放軍でもトップに近い人材だ。
表向きは交国軍人として振る舞いつつ、決起に向けて色んな準備を進めてくれていた御方だ。交国軍の兵器を密かに奪うだけではなく、解放軍が独自に手に入れた兵器をネウロン近海に隠してくれていた。
そして、今はネウロン全体の取りまとめをしている。
解放軍はネウロン以外でも活動しているが、お前の目の前にいるのは高位の存在なんだぞ――とよく説明する。
説明してやったが、ラートは眉間にシワを寄せ、ドライバ少将を睨み続けている。こいつ、立場ってものをわかってねえ……。
「すみません、少将……! コイツ、本当にバカな奴でして……!」
「しかし、その子は交国の行動に疑いを持ち、独自に調査をしていたんだろう?」
「え、ええ……。まあ、一応……」
情に流され、ガキ共のために動いていたわけだが……どこかの組織構成員として動いていたわけじゃない。ほぼ独自で調査していた、と言っていいだろう。
コイツは交国を疑っていた。
あまり派手な行動を取ると、星屑隊が睨まれ、解放軍兵士として潜伏中のオレの存在もバレる可能性があった。
だからヒヤヒヤしつつ、「今は動くな」と忠告していた。オレの言うことなんて、あんまり聞かねえバカだけど。
バカだが、ラートならわかってくれると思った。
思っていたのに……このバカは、未だ解放軍に入らずにいる。
スアルタウの事もあるのに、なんでコイツは現実を見てくれないんだ。
「解放軍は……軍隊なんかじゃない。ただのテロ組織だ」
「ラート!!」
「さっきの蛮行は、その証拠だ。アンタら……自分達の言動を律することも出来ないのか!? 捕虜を虐待するなんて、交国以下だ!!」
「…………!!」
手が出た。
ラートを思い切り殴りつけ、転ばせる。
こいつ、よくも……オレ達を、侮辱したな!?
「お前……! お前ならっ! わかってくれると思ったのにっ……!!」
「っ…………」
「アラシア~。落ち着きなさい」
少将が笑って肩を組んできた。
転んでいるラートを笑って見下ろしつつ、言葉を続けてきた。
「この子はまだまだ、子供なのだ。大人の我々と違って、揺りかごから抜け出せず……ありもしない家族のぬくもりに縋っている愚か者なのだ」
「…………」
「大人として、見守り、導いてあげなさい。夢の中から現実へ――」
「……はい」
オレから離れた少将に対し、しっかりと頭を下げる。
「このバカの言動は、オレの責任です! 今は所属する軍が違うとはいえ、星屑隊時代はオレの部下でした……! これから、しっかり躾けていきます!」
「副長……! なにやってるんですか!? なんで頭を下げるんですかっ!?」
「うるさいッ!! 黙ってろガキ!!」
ラートは、まだまだ子供なんだ。
現実が見えていない。……虚しい夢から醒められず、ぐずるガキなんだ。
「オレは……お前らのために努力しているのに……!」
ラートを睨む。
バレットは怯えた様子で顔を伏せている。……オレを支持している様子はない。
バレットも、オレが助けたんだ。
戦えなくなったバレットは……オレが助けてやらなきゃ、殺処分されていた。交国はそういう事を平気でやる。奴らはオレ達を人間として見ていない。
人間扱いせず、兵器として利用している。
奴らがオレ達を人間として見ない以上、奴らを人間扱いする必要はない! 解放軍がやっている事は、正当な復讐なんだ……!
「ドライバ少将が戦っているのは、お前達のためでもあるんだぞ!?」
「交国が本当に俺達を利用していたなら、それは……悪い事かもしれません。けど、だからといって……手段を選ばずにいたら……貴方達が不幸になる」
「ならねえよ!! 正義は! 解放軍と共にある!!」
「…………」
「正義は勝つ! 勝たなきゃダメなんだ!」
やっぱ、ガキ苦手だ。
苛つく。
苛つくけど……見捨てられねえ。
オレと同じ境遇の兄弟達を見捨てられるかよ。
オレ達は、交国とは違うんだ!
オレは絶対、コイツらを見捨てねえ!
「まあまあ、アラシア。子供は叱り過ぎると、余計にヘソを曲げてしまうよ?」
「す、すみません、少将……! けど、コイツら……」
「キミだって、現実を知った時、受け止め損ねただろう?」
片目をつむったドライバ少将が、にこやかにそう言った。
それは……確かに、仰る通りだ。
オレだって……キツかった。現実を受け止めきれず、酒に溺れた事もあった。
今のラート達よりずっと……長い期間、悩んできた。
このまま、何も知らないフリをする。全て忘れて、ただの兵士に戻る。そしたら「しあわせ」になれる。そう思った事もあったが……そうはなれなかった。
オレだけなら、まだいい。
けど、不幸なのはオレだけじゃない。
同胞や……散っていった仲間の事を考えれば……目をそらす事なんて出来ない。
オレ達には、復讐の義務があるんだ。
「実は僕も結構、戸惑ったよ~?」
「えっ、しょ、少将も……!?」
「そりゃあそうさ! 自分達が薄氷の上に立っていると自覚した時、脚がぶるぶると震えたよっ! 眠れない夜もあった! けど、今はこうして現実を見据えている! キミを含め、頼りになる同志がいるからねっ!」
ドライバ少将は歯を見せながら笑った後、「紹介しよう!」と言った。
自分の背後にいた人物に手のひらを見せつつ、言葉を続けた。
そこにいたのはチョビ髭を生やした小男だった。
「こちらのドワーフも、解放軍の同志だ!」
「どうもどうも、わたくし、商人をやっております。イヌガラシと申します」
ドワーフは小さな身体をさらに低姿勢にさせつつ、揉み手しながらオレ達に挨拶してきた。初めて会うが……その名は少将に聞いた事がある。
この人は、オレ達の救世主だからな!
「初めまして、同志イヌガラシ! 貴方が解放軍に『真実』をもたらしてくれたと聞いています! 貴方のおかげで、オレ達は真実を知ることが出来た!」
「いえいえいえ……見過ごせなかっただけです! 交国の非道を……オークの皆さんを、軍事利用しているなんて!! 酷い話ですよ、まったく!」
同志イヌガラシが差し伸べてきた手を両手で握る。
解放軍に「オークの真実」を教えてくれた存在。同志イヌガラシ。
噂に聞くだけだったが、実在していた。この人のおかげで今のオレがいる。
交国はオークを軍事利用していた。末端のオレは……そんなこと知る機会はなかった。本来なら、何も知らないまま戦場で死んでいた。
だが、同志イヌガラシはブロセリアンド解放軍に「真実」を教えてくれた。
交国政府の非道を、詳しい証拠付きで教えてくれた。他の同志を通じてそれを知ったオレは、驚愕した。なかなか……真実を受け止められなかった。
けど、オレにも責任がある。
散っていった仲間や……後をついてくる後輩達への責任がある。
目と耳を塞いで蹲って、交国の非道を見逃すなんて……そんなこと出来ない。
同志イヌガラシは、オレ達に目覚めのキッカケをくれた人物だ。隊長並みの「恩人」と言っていいほどの人物だ。こんなところで会えるなんて……!
「けど……商人? 同志イヌガラシは、解放軍の兵士ではないのですか?」
「ええ、ええ、兵士だけで戦争は出来ません! わたくしは解放軍の外から支えているのです! 物資や兵器を用意するのがわたくしの仕事です! いわば、後方支援ですなぁ」
「あぁ、なるほど……!」
解放軍がネウロンで使っている兵器は、交国軍から奪ったものも多い。
だが、それだけではなく、解放軍が独自に用意した方舟や機兵もあるんだが……それって同志イヌガラシが手配してくれたものだったのか……!
「オレ達が交国軍と戦えるのは、貴方の力添えのおかげなんですね!」
「いやぁ、わたくしめなど……。前線で戦っているアラシア様や、それを指揮するドライバ少将達に比べたら蟻のようなものです」
恥ずかしそうに後頭部を撫で、謙遜する同志イヌガラシに「貴方の力は大きい! 胸を張ってください!」と応援の言葉を渡す。
実際、同志イヌガラシの影響はバカでかいだろう。兵器がなきゃ戦えないし、兵站も重要だ。軍隊だけじゃあ、交国軍に勝てない。
外部の協力者も沢山いるって聞いていたが……同志イヌガラシがその1人だったんだな。「真実」を解放軍に伝えてくれた人が、情報以外にも助けてくれるのは心強い。会えて良かった。真実を知れて良かった。
「解放軍には今後も、全面協力させていただきます! 我が社はブロセリアンド解放軍の味方です! 必要なものは何でも用意させていただきます!」
心強い味方がここにいる。
ドライバ少将が「大尉」だった時は……解放軍の味方とは知らなかった。
繊三号奪還作戦にも実質参加していなかったから、その事に不満を抱かずにはいられなかったが……あれは慎重に立ち回った結果だったんだ。
少将は解放軍の幹部。
解放軍を仕切るには、ドライバ少将のような慎重で優秀な人材が絶対に必要だ。
少将は、オレの事も評価してくれている。バフォメットを引き入れたオレを評価してくれている。「よくやった!」と褒めてくれた。
同志イヌガラシも、オレ達に必要不可欠な人材だ。
「ドライバ少将、オレ達は勝てますよね。これだけの人材が揃っているんだ!」
「もちろんだとも!」
胸を叩き、笑顔でそう言った少将に釣られ、笑ってしまう。
見ろ、バレット! ラート! 希望はここにあるぞ!!
ブロセリアンド解放軍は、希望の軍勢なんだっ!
そう思いながら2人を見たが、2人の表情は変わっていなかった。
オレ達を、理解しないままだ。
オレ達は……後輩達のために戦ってやってんのに――。




