運命の奴隷達
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「ば、バレットさん……」
床に落とされたバレットさんがむせている。
傷は負ってない。バフォメットさんも、殺す気はないらしい。
『大した情報は得られなかったな。今後も同じ事の繰り返しか』
「……貴方は、契約者の命令に従っている」
その命令には逆らえない。
統制戒言は「真白の魔神」が「使徒達」を従わせるために使っていた術式で――縛れる人数は限られていたけど――強制力はとても強かった。
それを利用して契約を結んだなら、真白の魔神の命令の次ぐらいには逆らえない命令になっているはず――。
「命令に従って、亡くなった契約者の子供と奥さんを探しているんですか……?」
『そうだ。命令に従って守護対象を探さねばならん。死んでいたところで大きな問題はないが、死亡を確認しない事には命令も終結しない』
「ネウロン解放戦線として動いた時、一般人の死者が少なかったのは……探している相手がいたからですか」
バフォメットさんが頷いた。
この人はネウロン人を恨んでいる。
けど、一方で契約者の命令を守らざるを得ない身体になっている。
自棄になって……自分で望んで、真白の魔神に改造してもらったから――。
「ひょっとして……権限委譲も発生しているんですか?」
『その可能性が高い』
「権限、委譲……?」
私を支えつつ、バレットさんの介抱もしてくれていたラートさんが呟いた。
バフォメットさんへの確認と、ラートさんへの説明も兼ねて言葉を続ける。……スミレさんの知識で、大体の答えはわかっているけど――。
「バフォメットさんに施された契約も、ドミナント・プロセッサーと類似した術式なんです。ただ、強制力はもっと上のものです」
「それは、『死ね』って言われたら自殺してしまうほどに――」
『ああ。それほどの強制力がある』
統制戒言には、それだけの強制力がある。
統制機関の方は試作型という事情もあり、そこまでの強制力はない。支配下における人数はほぼ無限だけど。
「そして、この術式は権限委譲も発生する』
「血と魂魄の縁を伝って、命令権限が移るんですよね?」
バフォメットさんの頷きを見た後、ラートさんに説明する。
「バフォメットさんを起こそうとした『契約者』さんは、もう亡くなっています。けど……その子供は生きているかもしれない」
「その子が、新しい契約者になるって事か……?」
『そうだ。妻だけではなく子供も守れと言われたから、探している。見つけた後はその子供の命令に従わざるを得ない』
それが真白の魔神が施した契約の術式。
バフォメットさん自身がそんなものを望んでしまった以上、バフォメットさんの意志に反する命令だろうと従ってしまう。
『新しい契約者は、どんな命令を吐くだろうな。父親を目の前で殺された子供だ。父の仇を討て――と言うかもしれんな』
「っ……。バフォメットさんっ……!」
バレットさんに視線を向けたバフォメットさんを咎める。
震えているバレットさんに、そんな事まで言うなんて……。
バレットさん達も、一種の被害者なのに――。
『ネウロン人はどうでもいいが、契約は守る。私はもはや命令を守る機械だ。使い手次第で、祝福にも呪いにもなる道具だ』
「契約者の子供と、奥さんは……どちらも見つかっていないんですか?」
『ああ、そこが困ったところだ。おかげでしばらく自分で判断せねばならん』
バフォメットさんは自棄になっている。
スミレさんを亡くし、無茶苦茶な契約術式を我が身に刻んだ。
スミレさんが復活しない以上、この人はもう……。
「なんで、そんな……契約で自分を縛ろうとするんだ。なんで……」
ラートさんが漏らした問いに対し、バフォメットさんは「何もかもどうでも良くなったからだ」と漏らした。
「真白の魔神も、何でそんな術式を――」
『元々は使徒の裏切り防止のためだ』
「な――――」
『真白の魔神は「無敵の戦士」ではない。首の骨を折れば簡単に死ぬし、出血多量で死ぬ事もある。一般人と大差のない脆弱な身体しかない』
側近に裏切られたら、あっさり殺されかねない。
だから、その対策をする必要があった。
『私には<魂魄認証装置>が搭載されており、真白の魔神の魂を自動認識する。相手がマスターである以上、殺せない仕組みになっている』
「「…………」」
『マスターの命令に対しても逆らえない。契約者との契約も、統制戒言を利用したものだ。優先順位はマスターの命令の方が上だがな』
「「…………」」
『悪くないぞ。何もかも、命令者の所為にできる。自分で考えずに済むのは、楽だ。私は……何度も判断を誤ってきた。私は、これでもう、間違わない』
道具は間違えない。
兵器は間違えない。
間違うのは、その使い手。
バフォメットさんは、楽しげにそう言った。
けど……虚しそうでもあった。
『私は元々、ただの兵器だった。自我と身体を得て、自立したが……私が何をやったところで、どうせ間違うのだ。道具の身は、楽だぞ』
「そんな馬鹿な……」
『貴様らも、私と同じだ。楽だろう。交国の部品達よ』
バフォメットさんは自分を見せびらかすように、両手を広げた。
居た堪れず、私は……目をそらした。
この人はもう、壊れてしまっている。
大事な人を失ってしまったことで……。
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:死にたがりのラート
「…………」
俺達と、お前が同じ?
そんなはずない。
違う……はずだ。
俺達は……自分の意志で、戦って……。
俺達は……自分の意志で、選択して……。
「――――」
本当に、選べたのか?
俺達はただ、流されていただけじゃないのか?
これから先も、ずっと。
荒波に揉まれ……流され、いつか消えていくだけの――。
「おれは……おれは……」
「……バレット」
「殺し……。おれ、ロッカの、同胞を……ネウロン人を……家族を……」
バレットは、うなされているように言葉を漏らしている。
頭を抱え、震えている。
俺達はどうすればいいんだ。
どうすれば――。
「――――」
「…………! ヴィオラ!?」
ふらり、とヴィオラの身体が傾いた。
急いで動き、その身体を支える。
ヴィオラは苦しそうに息を吐いている。
『無理をしすぎたようだな。休め』
俺達に近づいてきたバフォメットが、ヴィオラを抱き上げた。
そして、「面会の時間は終わりだ」と言ってきた。
「ま、待ってください……。ラートさん達に、まだ、聞きたいことが……」
ヴィオラが手を伸ばしてくる。
言葉を投げかけてくる。
「子供達は、無事……ですか?」
「…………」
「みんな、ちゃんと……生きて――」
「…………。スアルタウが――」
本当のことを告げる。
俺の所為で、スアルタウが死んだ。
フェルグスは生きているが、大怪我を負った。
ベッドに寝かされたヴィオラは、唖然としていた。
うそですよね? と聞いてきた。
俺達の周りには、たくさんの嘘がある。
けど、嘘じゃないものもある。
スアルタウは死んだ。
……死者蘇生の方法もない。
それが、事実だ。
『さっさと出て行け。面会は終了だ』
「――――」
バフォメットに押され、病室から追い出された。
病室内に戻ることは許されなかった。
ヴィオラにもう一声かけることも、出来なかった。
……出来たとして、俺は…………なんて言えばいいんだ?
俺は、どうすれば良かったんだ?
誰か、教えてくれ。
どうすれば、この流れから抜け出せるんだ。
どうすれば、皆を――――




