白色テロル
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
『ネウロンを滅ぼしたのは、<エデン>ではない! ……交国だ』
「けど――」
『ネウロン人如きが、交国に抵抗したところで勝てるわけがない。どちらにせよ、ネウロンは滅んでいたのだ。ネウロン人が半端な抵抗をしたところで、交国は大国らしい暴力で蹂躙していた』
「それは、そうかもしれませんが……! でも――」
咳き込む。
ちょっと、声を出しすぎた。身体が……キツい。
咳き込んでいると、ラートさんとバレットさんが心配してくれた。
ただ、2人だけじゃなくて――。
『――――』
バフォメットさんも、心配そうにこちらを見つめている。
僅かに狼狽えた様子だった。……この身体が、スミレさんのものだったから、反射的に心配してしまったんだろう。
『……とにかく、ネウロンを滅ぼしたのは交国だ』
「…………」
バフォメットさんが視線を逸らし、吐き捨てるように言った。
『…………。だが、キミの言いたいことも……わかる』
「えっ……?」
『実際、スミレも生きている時はドミナント・プロセッサーを人類相手に使うのに否定的だった。あくまで対プレーローマ用に使うべきだと主張していた。いや、それすらも慎重にするべきと考える節もあった』
「…………」
『あの子は、本当に優しい子だった。きっと、最後の最期まで……その考えを変えなかっただろう。キミの指摘は……完全に間違っているわけではない』
気まずそうにポツポツと語ったバフォメットさんが、再び黙り込んだ。
そんなバフォメットさんに対し、頭を下げる。
「知ったような口を利いて、すみません。私は所詮……他人なのに」
『だが、キミはスミレの記憶を継承した。……あの子の気持ちを理解できていなかった私などより、よほどあの子の理解者と言っていい』
気まずい沈黙が流れる。
何と言えばいいか、迷う。
何を言ったところで……この人の大事な人は戻ってこない。
死者蘇生も出来ない。
私も、バフォメットさんの気持ちは理解できない。
多少は想像がついても、完璧には理解できない。
私はバフォメットさんが経験した事を理解できていない。……この人はネウロン人を深く憎んでいるように感じる。それだけの出来事があったんだろう。
多分、それは……スミレさんの死に関わっているはず。
大事な人を失ったからこそ、さっきのような事を言ってしまったんだろう。
「……あの、教えてもらっていいですか?」
『……なんだ』
「巫術師が『死を感じ取ると頭痛がする』のも、真白の魔神の影響ですか?」
『ああ……。彼女がネウロンを去る前、そのような枷を与えた』
元々、巫術師はそんな弱点は無かった。
だって、それは真白の魔神が望んだ「精鋭軍」にいらないものだったから――。
「巫術師の弱点って、後付けだったのか……?」
『当たり前だ。あんなもの、兵士としては邪魔だろう』
「あぁ……。そりゃ、そうか……」
口を挟んできたラートさんに対し、バフォメットさんが答えを教えてくれた。
元々、巫術師は「対プレーローマ用」の精鋭兵士だった。巫術は色んな使い道があるから、軍事分野以外でも巫術師は活躍していた。
軍事で活躍する場合は、死と隣り合わせ。「死を感じ取ったら頭痛がする」「最悪、頭痛の痛みで死ぬ」というのは大きな弱点だ。
『弱点は戒めとして与えたものだ。1000年前の反逆事件は、巫術師が中心に立っていた。奴らが特に危険だったからこそ、戒めたのだ』
危険だったからこそ、特に強く戒めた。
人を殺せば自分も傷つく。最悪、自分も死ぬ。
真白の魔神は巫術師に「痛み」を与えることで、彼らをより一層戦いから遠ざけた。その代わり、シオン教団に「巫術師の保護」も命じたらしい。
覚醒仕立ての巫術師は敏感だから、弱点もより致命的なものになる。戦争をなくしても「枷」による死者が多数出たら、巫術への恐れが一層高まってしまう。
スミレさんの知識だと「枷」なんてなかったから、そこが疑問だった。
やっぱり、反逆事件後に後付けされたものなんだ……。
…………。
それなら「枷」の取り外しも、今の私なら出来るかも。
時間はかかるけど、スミレさんの知識があれば――。
いや、でも……そもそも取り外していいの?
死に怯えなくても、死に対する認識が軽くなる可能性が……。
「…………。巫術そのものは消さなかったんですね」
『マスターなら出来たかもしれんが、そこまで暇ではない。巫術は1000年前の時点でかなり普及していた。全員から取り除くのは手間がかかりすぎる』
巫術師は「血液の入れ替え」によって作られた。
ただ、その施術が行われてしばらく経つと、輸血された加工血液の影響で対象の肉体が改造される。加工血液が全て失われても、自分自身で「巫術師の血」を生産する。そこまでいくと血を入れ替えても「巫術師の才能」は無くならない。
かなり大がかりの手術が必要。
それも真白の魔神じゃないと出来ない手術になっただろうし……いくら真白の魔神が天才だろうと現実的な対策じゃなかったはず。
「その『枷』が1000年前のもので、今も残っているって事は……『枷』も巫術の才能と一緒に遺伝しているって事か……?」
『正確にはドミナント・プロセッサーと共に遺伝している。ただ、「枷」と「ドミナント・プロセッサー」に関しては経年劣化していく』
世代を重ねるほど、枷とドミナント・プロセッサーは経年劣化を起こしていく。
媒体となる人間が新しく生まれてきても、術式そのものが経年劣化を起こす。その代わり、巫術師と違って誰でも機能するのが売りになっている。
「要は『術の行使者が誰か?』という問題です」
「はぁ……?」
「『枷』と『ドミナント・プロセッサー』の行使者は真白の魔神です」
どちらも1000年前の術式。
「対して、『巫術』の行使者は本人です。『巫術適正の継承』に関しても覚醒者本人が無自覚に行うものなので……その時点で術式の期限が更新されるんです」
「1000年前から材料を注ぎ足してきた秘伝のタレと、1000年前から伝わるレシピで新しいタレ作る違いか……?」
「えーっと、そうですね。概ねそういう理解で大丈夫です」
枷もドミナント・プロセッサーも、術式本体の経年劣化でいつか消える。
術の行使者である真白の魔神が更新したら話は別だけど――。
「経年劣化で術式が終了するのは、いつの予定ですか……?」
『あと二世紀程度の予定だった』
「だった?」
『もっと早く終わりが来た。交国が破壊したのだ』
破壊? どうやって?
いや、確かに不可能ではない……?
目に見えるものではないけど、術式そのものは存在していた。
交国に優秀な術式使いもしくは神器使いがいれば、術式の解体も出来たかも。
ただ、そう簡単に壊せるはずが……。
…………。
破壊した?
「――――」
最悪の想像が脳裏をよぎる。
まさか、交国は――。
「交国は、ドミナント・プロセッサーのネットワークを悪用したんですか!?」
『そうだ。奴らはアレを使ってタルタリカを造った』
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:死にたがりのラート
「な、なに言ってやがる……!? 交国が、タルタリカを造ったぁ……!?」
そんなバカな。
タルタリカは<赤の雷光>が起こした魔物事件で生まれたものだろ。
交国政府がそう発表してたぞ!
「おかしいだろ!? ドミナント・プロセッサーってやつは、思考を誘導する程度の力しかなかったんだろ!?」
タルタリカを造るなんて、「思考誘導」の範疇を超えている。
タルタリカが元人間だとしても、人間が魔物化なんて望むはずがない。バフォメットの説明的に、そんなこと出来るはずが――。
『ドミナント・プロセッサーは、ネウロンに張り巡らされた通信網でもあった。アレによってネウロン人は繋がっていた』
「どういう事だ」
「要するに、ドミナント・プロセッサーはインターネットなんです……!」
苦しげに胸を押さえたヴィオラが、言葉を絞り出した。
「第三者がそこにウイルスを流した。多くのネウロン人はそれに感染して、爆発的な魔物化が……『ネウロン魔物事件』が発生したんです……!」
「……その、第三者っていうのが……」
『交国だ』
ネウロンを実質的に滅ぼした大事件。
アレはネウロンのテロリスト<赤の雷光>が起こした事件だと聞いていた。
交国政府がそう発表していた。
……それすらもウソだったのか?
『あの事件で、試作型ドミナント・プロセッサーはほぼ破壊された。どこかの術師が術式を叩き込んだ事で、あんな事件が起きたのだ』
「バカな……」
『事実だ。プロセッサーの破壊は、巫術師の覚醒にも悪影響を及ぼしているかもしれない。巫術師の因子も傷ついたため、事件後は巫術師の覚醒数が減少――』
「なんで、お前が知っている! まるで見てきたみたいじゃねえか!?」
『実際、私は見たのだ』
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:使徒・バフォメット
当時、私はネウロンで眠りについていた。
全てに嫌気が差し――現実から目を背け――ただ眠っていた。
だが、あの衝撃で目を覚ました。
完全覚醒したわけではないが、衝撃を感じ取って意識が戻ってきた。
『眠っていた私を起こすほど、ドミナント・プロセッサーが軋み、壊れていく状況は衝撃的なものだった。私も一応、アレに繋がっていたからな』
権限の関係で特に影響は受けていないが、存在はわかっていた。
権限者ゆえに干渉も可能だった。
『私は壊れていく通信網を通して、事件の爆心地を見ていた』
そこには複数の交国人がいた。
奴らは実験を行っていた。
その中の誰かが術式を叩き込むと、檻の中にいたネウロン人が変貌していった。肉は割け、血は吹き出し、代わりに黒い泥に覆われていった。
そして、タルタリカになった。
『だが、それはあくまで始まりだ』
術式はネットワークを通じ、ネウロン中に波及した。
檻の中だけではなく、檻の外にいるネウロン人も変貌していったのだ。
『全てのネウロン人が変貌したわけではない。個々人の耐性により、何とか耐えた者達もいたが……耐えたところで同胞だった者に食い荒らされていった』
「「「――――」」」
ある意味、耐えた方が悲惨だったのかもしれんな。
生きたまま化け物に食われたのだ。
いや、それ以外にも交国軍人の手で――。
『爆心地にいたのは確かに交国人だった。交国軍の警備も立っていた』
「バカな……! そんなバカなっ! ネウロンのテロリストがやった事だろ!?」
『ネウロンのテロリスト如きが、あんなことを出来ると思うか?』
馬鹿なオークだ。交国政府の言う事を、本気で信じていたのか?
奴らが本当のことを言うはずがない。
アレは一種の「実験の失敗」だったのかもしれない。
いや、成功だったとしても、アレは大虐殺に繋がった。
『あの時の交国に、ネウロン人を鏖殺する大義名分など無かった。だからこそ自分達がやらかした事を他者になすりつけたのだろう。適当な犯罪者に……』
「う、うそだろ……!?」
『あの事件はドミナント・プロセッサーという術式ネットワークありきのものだったが、悪用したのは交国だ。……爆心地で交国が実験していた以上、奴ら以外の誰がやったというのだ?』
ラートは青ざめている。
ヴァイオレットも同じく青ざめ、額に手を当てている。
もう1人のオークは、もっと青ざめている。
まあ、そうなるだろうな。
「ば、バフォメットさん……。今の話、本当なんですか……!?」
『見たことは事実だ』
「バフォメットさん、貴方自身もプロセッサーを悪用してますよね?」
『事件を起こしたのは交国だ。私は壊れたネットワークを活用しているだけだ』
ネウロン魔物事件により、ドミナント・プロセッサーは破壊された。
巫術師の「枷」はまだ一応残っているが、プロセッサーは今代で終わりだろう。
ただ、まだかろうじて使える。
『私は壊れたネットワークを通じ、タルタリカを指揮しているだけだ。ただ、事件当時の混乱は私が造ったものではない』
壊れたドミナント・プロセッサーを通じた操作は、最近になってマスターしたものだ。事件当時はまだ完璧にはコントロールできなかった。
今なら、壊れたプロセッサーを通じ、タルタリカに進化を促す事もできる。何でも出来るわけではないが、そこそこ便利な使い方は出来る。
「交国が……タルタリカを作り出す実験なんて、する必要が……!」
『あの事件はドミナント・プロセッサーありきとはいえ、代用品があれば世界1つを――いや、それ以上を一気に滅ぼせるものだぞ』
「――――」
『軍事国家の交国にとって、上手く扱えば非常に便利なものだろう?』
あの実験が「失敗」だったのか「成功」だったのかはわからない。
爆心地にいた交国人は、大半が死んだようだしな。
逃げ切った奴もいたようだが――。
「ば……バレット!」
ラートがもう1人のオークに掴みかかった。
青ざめたまま黙っているオークに掴みかかった。
「ネウロン魔物事件は、赤の雷光の仕業だったんだろ!? お前は……赤の雷光を追っていたはずだ!! アイツらが悪いんだろ!?」
「…………」
「な、何とか言ってくれ! 交国は、そこまでしてないって……!!」
「…………」
『交国政府にとって、ネウロンの弱小組織に罪をなすりつけるのは容易だっただろう。……貴様らのような交国人がいるからな』
あんな国の言うことを信じる馬鹿が、大勢いるのだ。
交国政府は笑いが止まらんだろうな。
「あの……バフォメットさん」
オーク共が揉めているうちに、ヴァイオレットが話しかけてきた。
こちらも顔色は良くないが――。
「ネウロン魔物事件の爆心地は……どこ、だったんですか?」
『ニイヤドだ』
交国人はあそこで実験をしていた。
かつて真白の魔神が降り立った地で、ネウロンを滅ぼしたのだ。




