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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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白色テロル



■title:解放軍鹵獲船<曙>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


『ネウロンを滅ぼしたのは、<エデン>ではない! ……交国だ』


「けど――」


『ネウロン人如きが、交国に抵抗したところで勝てるわけがない。どちらにせよ、ネウロンは滅んでいたのだ。ネウロン人が半端な抵抗をしたところで、交国は大国らしい暴力で蹂躙していた』


「それは、そうかもしれませんが……! でも――」


 咳き込む。


 ちょっと、声を出しすぎた。身体が……キツい。


 咳き込んでいると、ラートさんとバレットさんが心配してくれた。


 ただ、2人だけじゃなくて――。


『――――』


 バフォメットさんも、心配そうにこちらを見つめている。


 僅かに狼狽えた様子だった。……この身体が、スミレさんのものだったから、反射的に心配してしまったんだろう。


『……とにかく、ネウロンを滅ぼしたのは交国だ』


「…………」


 バフォメットさんが視線を逸らし、吐き捨てるように言った。


『…………。だが、キミの言いたいことも……わかる』


「えっ……?」


『実際、スミレも生きている時はドミナント・プロセッサーを人類相手に使うのに否定的だった。あくまで対プレーローマ用に使うべきだと主張していた。いや、それすらも慎重にするべきと考える節もあった』


「…………」


『あの子は、本当に優しい子だった。きっと、最後の最期まで……その考えを変えなかっただろう。キミの指摘は……完全に間違っているわけではない』


 気まずそうにポツポツと語ったバフォメットさんが、再び黙り込んだ。


 そんなバフォメットさんに対し、頭を下げる。


「知ったような口を利いて、すみません。私は所詮……他人なのに」


『だが、キミはスミレの記憶を継承した。……あの子の気持ちを理解できていなかった私などより、よほどあの子の理解者と言っていい』


 気まずい沈黙が流れる。


 何と言えばいいか、迷う。


 何を言ったところで……この人の大事な人は戻ってこない。


 死者蘇生も出来ない。


 私も、バフォメットさんの気持ちは理解できない。


 多少は想像がついても、完璧には理解できない。


 私はバフォメットさんが経験した事を理解できていない。……この人はネウロン人を深く憎んでいるように感じる。それだけの出来事があったんだろう。


 多分、それは……スミレさんの死に関わっているはず。


 大事な人を失ったからこそ、さっきのような事を言ってしまったんだろう。


「……あの、教えてもらっていいですか?」


『……なんだ』


「巫術師が『死を感じ取ると頭痛がする』のも、真白の魔神の影響ですか?」


『ああ……。彼女がネウロンを去る前、そのような枷を与えた』


 元々、巫術師はそんな弱点は無かった。


 だって、それは真白の魔神が望んだ「精鋭軍」にいらないものだったから――。


「巫術師の弱点って、後付けだったのか……?」


『当たり前だ。あんなもの、兵士としては邪魔だろう』


「あぁ……。そりゃ、そうか……」


 口を挟んできたラートさんに対し、バフォメットさんが答えを教えてくれた。


 元々、巫術師は「対プレーローマ用」の精鋭兵士だった。巫術は色んな使い道があるから、軍事分野以外でも巫術師は活躍していた。


 軍事で活躍する場合は、死と隣り合わせ。「死を感じ取ったら頭痛がする」「最悪、頭痛の痛みで死ぬ」というのは大きな弱点だ。


弱点(アレ)は戒めとして与えたものだ。1000年前の反逆事件は、巫術師が中心に立っていた。奴らが特に危険だったからこそ、戒めたのだ』


 危険だったからこそ、特に強く戒めた。


 人を殺せば自分も傷つく。最悪、自分も死ぬ。


 真白の魔神は巫術師に「痛み」を与えることで、彼らをより一層戦いから遠ざけた。その代わり、シオン教団に「巫術師の保護」も命じたらしい。


 覚醒仕立ての巫術師は敏感だから、弱点もより致命的なものになる。戦争をなくしても「枷」による死者が多数出たら、巫術への恐れが一層高まってしまう。


 スミレさんの知識だと「枷」なんてなかったから、そこが疑問だった。


 やっぱり、反逆事件後に後付けされたものなんだ……。


 …………。


 それなら「枷」の取り外し(・・・・)も、今の私なら出来るかも。


 時間はかかるけど、スミレさんの知識があれば――。


 いや、でも……そもそも取り外していいの?


 死に怯えなくても、死に対する認識が軽くなる可能性が……。


「…………。巫術そのものは消さなかったんですね」


『マスターなら出来たかもしれんが、そこまで暇ではない。巫術は1000年前の時点でかなり普及していた。全員から取り除くのは手間がかかりすぎる』


 巫術師は「血液の入れ替え」によって作られた。


 ただ、その施術が行われてしばらく経つと、輸血された加工血液の影響で対象の肉体が改造される。加工血液が全て失われても、自分自身で「巫術師の血」を生産する。そこまでいくと血を入れ替えても「巫術師の才能」は無くならない。


 かなり大がかりの手術が必要。


 それも真白の魔神じゃないと出来ない手術になっただろうし……いくら真白の魔神が天才だろうと現実的な対策じゃなかったはず。


「その『枷』が1000年前のもので、今も残っているって事は……『枷』も巫術の才能と一緒に遺伝しているって事か……?」


『正確にはドミナント・プロセッサーと共に遺伝している。ただ、「枷」と「ドミナント・プロセッサー」に関しては経年劣化していく』


 世代を重ねるほど、枷とドミナント・プロセッサーは経年劣化を起こしていく。


 媒体となる人間が新しく生まれてきても、術式そのものが経年劣化を起こす。その代わり、巫術師と違って誰でも機能するのが売りになっている。


「要は『術の行使者が誰か?』という問題です」


「はぁ……?」


「『枷』と『ドミナント・プロセッサー』の行使者は真白の魔神です」


 どちらも1000年前の術式。


「対して、『巫術』の行使者は本人です。『巫術適正の継承』に関しても覚醒者本人が無自覚に行うものなので……その時点で術式の期限が更新されるんです」


「1000年前から材料を注ぎ足してきた秘伝のタレと、1000年前から伝わるレシピで新しいタレ作る違いか……?」


「えーっと、そうですね。概ねそういう理解で大丈夫です」


 枷もドミナント・プロセッサーも、術式本体の経年劣化でいつか消える。


 術の行使者である真白の魔神が更新したら話は別だけど――。


「経年劣化で術式が終了するのは、いつの予定ですか……?」


『あと二世紀程度の予定だった(・・・)


「だった?」


『もっと早く終わりが来た。交国が(・・・)破壊したのだ』


 破壊? どうやって?


 いや、確かに不可能ではない……?


 目に見えるものではないけど、術式そのものは存在していた。


 交国に優秀な術式使いもしくは神器使いがいれば、術式の解体も出来たかも。


 ただ、そう簡単に壊せるはずが……。


 …………。


 破壊した(・・・・)


「――――」


 最悪の想像が脳裏をよぎる。


 まさか、交国は――。


「交国は、ドミナント・プロセッサーのネットワークを悪用したんですか!?」


『そうだ。奴らはアレを使ってタルタリカを造った(・・・・・・・・・)





■title:解放軍鹵獲船<曙>にて

■from:死にたがりのラート


「な、なに言ってやがる……!? 交国が、タルタリカを造ったぁ……!?」


 そんなバカな。


 タルタリカは<赤の雷光>が起こした魔物事件で生まれたものだろ。


 交国政府が(・・・・・)そう発表してたぞ!


「おかしいだろ!? ドミナント・プロセッサーってやつは、思考を誘導する程度の力しかなかったんだろ!?」


 タルタリカを造るなんて、「思考誘導」の範疇を超えている。


 タルタリカが元人間だとしても、人間が魔物(タルタリカ)化なんて望むはずがない。バフォメットの説明的に、そんなこと出来るはずが――。


『ドミナント・プロセッサーは、ネウロンに張り巡らされた通信網(ネットワーク)でもあった。アレによってネウロン人は繋がっていた』


「どういう事だ」


「要するに、ドミナント・プロセッサーはインターネットなんです……!」


 苦しげに胸を押さえたヴィオラが、言葉を絞り出した。


「第三者がそこにウイルス(・・・・)を流した。多くのネウロン人はそれに感染して、爆発的な魔物化が……『ネウロン魔物事件』が発生したんです……!」


「……その、第三者っていうのが……」


『交国だ』


 ネウロンを実質的に滅ぼした大事件。


 アレはネウロンのテロリスト<赤の雷光>が起こした事件だと聞いていた。


 交国政府がそう発表していた。


 ……それすらもウソだったのか?


『あの事件で、試作型ドミナント・プロセッサーはほぼ破壊された。どこかの術師が術式(ウイルス)を叩き込んだ事で、あんな事件が起きたのだ』


「バカな……」


『事実だ。プロセッサーの破壊は、巫術師の覚醒にも悪影響を及ぼしているかもしれない。巫術師の因子も傷ついたため、事件後は巫術師の覚醒数が減少――』


「なんで、お前が知っている! まるで見てきたみたいじゃねえか!?」


『実際、私は見たのだ』





■title:解放軍鹵獲船<曙>にて

■from:使徒・バフォメット


 当時、私はネウロンで眠りについていた。


 全てに嫌気が差し――現実から目を背け――ただ眠っていた。


 だが、あの衝撃で目を覚ました。


 完全覚醒したわけではないが、衝撃を感じ取って意識が戻ってきた。


『眠っていた私を起こすほど、ドミナント・プロセッサーが軋み、壊れていく状況は衝撃的なものだった。私も一応、アレに繋がっていたからな』


 権限の関係で特に影響は受けていないが、存在はわかっていた。


 権限者ゆえに干渉も可能だった。


『私は壊れていく通信網(ネットワーク)を通して、事件の爆心地を見ていた』


 そこには複数の交国人がいた。


 奴らは実験を行っていた。


 その中の誰かが術式(ウイルス)を叩き込むと、檻の中にいたネウロン人が変貌していった。肉は割け、血は吹き出し、代わりに黒い泥に覆われていった。


 そして、タルタリカになった。


『だが、それはあくまで始まりだ』


 術式はネットワークを通じ、ネウロン中に波及した。


 檻の中だけではなく、檻の外にいるネウロン人も変貌していったのだ。


『全てのネウロン人が変貌したわけではない。個々人の耐性により、何とか耐えた者達もいたが……耐えたところで同胞だった者(タルタリカ)に食い荒らされていった』


「「「――――」」」


 ある意味、耐えた方が悲惨だったのかもしれんな。


 生きたまま化け物(タルタリカ)に食われたのだ。


 いや、それ以外にも交国軍人の手で――。


『爆心地にいたのは確かに交国人だった。交国軍の警備も立っていた』


「バカな……! そんなバカなっ! ネウロンのテロリストがやった事だろ!?」


『ネウロンのテロリスト如きが、あんなことを出来ると思うか?』


 馬鹿なオークだ。交国政府の言う事を、本気で信じていたのか?


 奴らが本当のことを言うはずがない。


 アレは一種の「実験の失敗」だったのかもしれない。


 いや、成功だったとしても、アレは大虐殺(・・・)に繋がった。


『あの時の交国に、ネウロン人を鏖殺する大義名分など無かった。だからこそ自分達がやらかした事を他者になすりつけたのだろう。適当な犯罪者に……』


「う、うそだろ……!?」


『あの事件はドミナント・プロセッサーという術式ネットワークありきのものだったが、悪用したのは交国だ。……爆心地で交国が実験していた以上、奴ら以外の誰が(・・・・・・・)やったというのだ?』


 ラートは青ざめている。


 ヴァイオレットも同じく青ざめ、額に手を当てている。


 もう1人のオークは、もっと(・・・)青ざめている。


 まあ、そうなるだろうな。


「ば、バフォメットさん……。今の話、本当なんですか……!?」


『見たことは事実だ』


「バフォメットさん、貴方自身も(・・・・・)プロセッサーを悪用してますよね?」


『事件を起こしたのは交国だ。私は壊れたネットワークを活用しているだけだ』


 ネウロン魔物事件により、ドミナント・プロセッサーは破壊された。


 巫術師の「枷」はまだ一応残っているが、プロセッサーは今代で終わりだろう。


 ただ、まだかろうじて使える。


『私は壊れたネットワークを通じ、タルタリカを指揮しているだけだ。ただ、事件当時の混乱は私が造ったものではない』


 壊れたドミナント・プロセッサーを通じた操作は、最近になってマスターしたものだ。事件当時はまだ完璧にはコントロールできなかった。


 今なら、壊れたプロセッサーを通じ、タルタリカに進化を促す事もできる。何でも出来るわけではないが、そこそこ便利な使い方は出来る。


「交国が……タルタリカを作り出す実験なんて、する必要が……!」


『あの事件はドミナント・プロセッサーありきとはいえ、代用品があれば世界1つを――いや、それ以上を一気に滅ぼせるものだぞ』


「――――」


『軍事国家の交国にとって、上手く扱えば非常に便利なものだろう?』


 あの実験が「失敗」だったのか「成功」だったのかはわからない。


 爆心地にいた交国人(ばかども)は、大半が死んだようだしな。


 逃げ切った奴もいたようだが――。


「ば……バレット!」


 ラートがもう1人のオークに掴みかかった。


 青ざめたまま黙っているオークに掴みかかった。


「ネウロン魔物事件は、赤の雷光の仕業だったんだろ!? お前は……赤の雷光を追っていたはずだ!! アイツらが悪いんだろ!?」


「…………」


「な、何とか言ってくれ! 交国は、そこまでしてないって……!!」


「…………」


『交国政府にとって、ネウロンの弱小組織(テロリスト)に罪をなすりつけるのは容易だっただろう。……貴様らのような交国人(バカ)がいるからな』


 あんな国の言うことを信じる馬鹿が、大勢いるのだ。


 交国政府は笑いが止まらんだろうな。


「あの……バフォメットさん」


 オーク共が揉めているうちに、ヴァイオレットが話しかけてきた。


 こちらも顔色は良くないが――。


「ネウロン魔物事件の爆心地は……どこ、だったんですか?」


『ニイヤドだ』


 交国人(やつら)はあそこで実験をしていた。


 かつて真白の魔神が降り立った地で、ネウロンを滅ぼしたのだ。





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