正気と狂気の狭間
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「真白の魔神は、復活の度に……正気と狂気の間を行き来していました」
しかも、ただ狂うだけじゃない。
マスターは、常軌を逸した発明を出来る天才だった。
その力が悪用された場合、大変なことになる。
「正気の時は……自分の狂気に恐怖していました。だからこそ『まともな自分』に拘ったんです。正気のままでいたら、最悪、自分で真白の魔神を止めることも可能ですから」
「バックアップを造っておけば――」
「『まともな自分』を保存できる。自分の死後も、正気の自分に引き継げる」
真白の魔神自身が、自分に絶望していた。
正気だからこそ、狂気に墜ちた自分を恐れていた。
悪気がなかろうと、死と復活をトリガーに狂う危険性をよく認識していた。だからいくつか対策を考え、その1つとして須臾学習を進めた。
スミレさんの身体がここにある以上、実際は使わなかったんだろうけど――。
「けど、そこまでして……対策する必要あるのか? 記憶を失っていくなら、真白の魔神も弱体化していくんじゃないのか? 頭が良かろうと、死にまくったら天才じゃあなくなるだろ……?」
『確かに、ただの馬鹿になる可能性もある。だが、たとえそうなったとしても、真白の魔神はいつか元の天才性を取り戻す。アレはそういう存在なのだ』
マスターは自分自身の封印も検討した。
狂気に墜ちた自分が大虐殺を行う危険を恐れ、「まともなうちに自分を封じよう」と考えた事もあったらしい。
ただ……マスターの持つ知識は多くの勢力が密かに求めている。皆、マスターの力を恐れながら、マスターの力に惹かれている。
混沌の海のどこかで眠りについても、いつか誰かに見つかりかねない。その「誰か」がプレーローマだったら、真白の魔神を悪用されてしまう。
最悪の形で――。
『真白の魔神は、今も死と復活を繰り返しているだろう』
雪の眼も、真白の魔神を追っている。
それでも最近は見失っているらしいのは、転生が原因だろう。
いまどこにいるかどころか、「誰」なのかすらわかりづらいから。
けど、真白の魔神は必ずどこかに現れる。
どこかで「力」を発揮し、世界を揺るがす。
『転生を繰り返せば繰り返すほど、狂気に墜ちる可能性が高まるらしい。今はもう、1000年前とはまるで違う存在になっているだろうな』
「でも、正気のままだったら人類を救うために尽力しているはずです!」
マスターは、ホントは良い人なんです。
良い人だからこそ苦しんで、苦しみながら人類を救おうとしていた。
救おうとしていた人類に刃を向けられても、それでも――。
「マスターが、復活の対価を克服している可能性だってあるはずです。あの人は本物の天才で、人類の救世主と呼ぶに相応しい御方ですから……!」
『そうだな。そうかもしれん』
バフォメットさんが「だが、」と言いながら私に語りかけてきた。
『アレはキミの「マスター」ではない。キミは奴の使徒ではない』
「あっ…………」
『キミはスミレではないが、多少……スミレの記憶に引っ張られているようだな』
真白の魔神は、私の創造主。
ただ、正確には「私」を造った人じゃない。スミレさんを造った人だ。
真白の魔神に仕えていたのは、スミレさんやバフォメットさんだ。
『言葉1つでも気をつけた方がいい。真白の魔神は……危険な存在だ。キミは奴を「マスター」などと呼ばず、一線を引いた方がいい』
「は、はい……」
私はヴァイオレットだけど……スミレさんの記憶も持っている。
スミレさんの記憶は「他人事」だけど、どうしても意識してしまう。
凄く感情移入してしまう「映画」を見たような気分になっちゃうから……。
「気をつけます。…………」
真白の魔神は、危険な存在だ。
ネウロンに滞在していた彼の魔神は、比較的善良だった。
けど、あくまで「比較的」に過ぎない。
真白の魔神はバフォメットさんを騙し、スミレさんを造った。
バックアップとして造って、手元に置いていた。
スミレさん自身、その事を知っていた。けど……それでも、あの人は――。
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:死にたがりのラート
真白の魔神は、想像していたよりずっとヤバい奴らしい。
ただ、それでも「天才」なのは確かだ。
高度な技術を持っていた。
という事は――。
「真白の魔神が天才なら……本当に、死者蘇生が出来たんだな!?」
「『…………?』」
「だって、ほら、シオン教の伝承に『死者蘇生』の話が残ってんだろ!?」
死者蘇生なんて、普通は出来ない。
交国でも出来ない。
プレーローマには死者蘇生技術があるが、それも条件付きのものだ。
でも、真白の魔神なら……完璧な死者蘇生技術を持っていてもおかしくない。
アルを蘇生出来るかも……!!
『伝承は伝承だ。あれはただの宣伝工作だ』
「え?」
『私が仕えていた真白の魔神が辿り着いた「蘇生」は、あくまで「記憶の保存と定着」による疑似蘇生技術だ。本物の蘇生は出来ない』
「御自身は復活できますが……それは自分でもコントロールできないものなので、他者に対して使うのも……無理ですね」
『その通り。死者蘇生伝承は、<シオン教>の立ち上げを指示された使徒が<叡智神>の箔付けに作った嘘だ』
「――――」
視界が歪む感覚がした。
壁に手をつき、自分を支える。
箔付け? うそ? 死者蘇生なんてできない?
『マスターが死者蘇生に成功した事は、自身を除けば一度も無い。……新たに生命を作ることは出来るが、復活に成功したことは無い』
ただ、死者蘇生技術に拘っている節はあったらしい。
拘っていようと、その技術に辿り着いてなきゃ……意味がない。
スアルタウは、もう死んでいて……。
蘇生手段が無いなら……ウソなら……どう、したら…………。
「――――」
「ら、ラートさん……? どうかしたんですか……?」
ヴィオラが心配そうに俺を見てくる。
ヴィオラは知らないんだ。
スアルタウの事を。
言わないと――。
けど……言って、どうするんだ……? どうなるんだ……?
『私の知る真白の魔神ですら、死者蘇生は出来なかった。だが、奴は死者蘇生以外なら様々な技術を生み出していた。その力に救われた者も大勢いる』
バフォメットがしゃべり出す。
真白の魔神の名誉を守るために、弁護するように――。
『真白の魔神は人類に多くの知恵を与えた。多次元世界中に知識と技術を振りまき、人類がプレーローマに対抗するために力を与えた』
「ネウロンにも……力を与えるために来たのか?」
『そうだ。だが、それだけではない』
真白の魔神は「打倒プレーローマ」のために戦っていた。
プレーローマを倒さない限り、人類は苦しみ続ける。
ただ、プレーローマは強敵だった。真白の魔神でも対抗し難い相手だった。
そこで、真白の魔神は力を蓄えようとしたらしい。
『マスターはネウロンに降り立ち、滅びかけのネウロン人を救った』
「…………」
『奴らが実験体として適していると睨み、わざわざネウロンを訪れたのだ』
「実験……?」
『貴様も知る存在……巫術師を作るためにも、ネウロンに来たのだ』
ネウロンは滅びかけていた。
プレーローマの置き土産により、酷い寒波に飲まれて滅びようとしていた。
真白の魔神はそれを救った。
救うことで「恩」を売り……そこにつけ込んだ。




