バックアップ作成の目的
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
<真白の魔神>は記憶の「保存」と「定着」技術を持っていた。
保存技術により、自分自身の記憶を取っておく。
定着技術を取り入れた人造人間に対し、その記憶を保存する。
そうすることで「真白の魔神の複製」を造ろうとしていた。
スミレさんの記憶では「造ろうとしていた」ところまでしか知らない。
実際、どこまでやったのか……私は知らない。
おそらく、実際に使われる前にスミレさんは――。
「真白の魔神の倫理観はどうなってんだよ……! 最初から『自分』で上書きするために、人造人間を造ったのか……!?」
ラートさんが「信じられない」と言いたげに言葉を続ける。
それも、バフォメットさんに向けて――。
「『スミレ』って子は……アンタの娘だったんだろ!?」
『ああ』
「アンタ、それで良かったのか!? 自分の娘が消されるって事だろ!?」
『よくない』
「…………え? 別に、納得してたわけじゃないのか?」
「ラートさん、バフォメットさんは知らなかったんです」
バフォメットさんは騙されていた。
スミレさんはともかく……バフォメットさんは須臾学習による複製作成なんて納得していなかった。
「真白の魔神は『スミレさん』をバックアップ目的に造ったことを、側近の使徒にすら明かしていなかったんです」
「自分のコピーを作って自分を生かすために、勝手にやったってか? いや――」
ラートさんが「自分を生かしてすらいない」と呟き、言葉を続けた。
「記憶は同じでも、そりゃ別物だろ。自分自身は死んでいて、記憶だけ同じ別人が出来上がるだけじゃねえのか? 魂は違うんだろ?」
『いや、魂もほぼ完全に複写する予定だったはずだ。スミレの魂を材料に上書き保存を行い、「自分とほぼ同じ魂」を作成するのだ』
「イカれてやがる……。だが、魂同じだろうと、それも別人だろ!?」
『マスターは、それで良かったのだ』
そう、真白の魔神は「それを良し」とした。
出来上がるのが「自分」じゃなくても、「自分とまったく同じコピー」で十分だった。彼女は「自分」よりも「今の真白の魔神」を残す事が重要だった。
あの人は結局……自分自身を一番軽んじていた。
必要なら、自分すら犠牲にする人だった。
ただ、立場のある方でもあったから……安易に自己犠牲には走れなかった。マスターが死ねば、マスターの目的も達成困難になるから……。
マスターだって、「自分の目的を継いでくれる後継者」がいたらコピーなんて造ろうと思わなかったかもしれない。けど、そんな人はいなかった。
単なる後継者では、安心できない。
能力が自分と同じか。自分以上なければならない。
マスターは特別過ぎた。
特別だからこそ、魔神の人柱として恐れられていた。
『マスターはプレーローマを倒そうとしていた。人類の勝利を望んでいた』
「人類のために戦っていたんです。……自分が倒れた場合、その目的を完璧に継いでくれる存在がいなくて……手段を選べなかったんです」
「プレーローマと戦っている人なんて沢山いる! 皆、人類の勝利を目指している。それこそ……交国だって、一応、プレーローマと戦って……」
『だが、真白の魔神の「理念」と「能力」を併せ持つ者はいない』
マスターが辿り着いていた技術は「記憶の保存と定着」だけではない。
それ以外にも沢山の先進技術を持っていた。
そして、常に新しいものを作り続けていた。
あれだけ優れた「発明の才能」を持つ人なんて、他にはいない。
あれだけ多分野に及ぶ発明が出来る人なんて……真白の魔神しかいない。
『しかし、真白の魔神の完全な複製を造っておけばどうだ? 死んでしまった後も、彼女の志や能力を継ぐ者が現れる』
「生きている間に複製を造れば、2人分の働きもできます。……まあ、それは『真白の魔神同士の見解の相違』が怖くてやるつもりなかったようですけど……」
源の魔神亡き後も、プレーローマは人類を虐げ続けている。
その現状を憂い、真白の魔神は立ち上がった。
技術力でも劣っている人類に技術を与え、進化を促してきた。
それが出来るだけの人材だったから、多くの同志が……マスターを守るために散ってきた。マスターは……その事にも苦しんでいた。
自分の所為で、大事な仲間が死んでいく状況に苦しんでいた。
だから、自分の命をもっとも軽くしようとした。
『自分自身を「交換可能な機械部品」に貶めようとしたのだ』
「プレーローマ打倒のために……?」
『そうだ。マスターは組織の総長も務めていた。自分の複製を造れる状態を確立し、<エデン>を不死身の組織にしようとしたのだ』
「エデン!? ちょっ、ちょっと待て……!」
ラートさんも<エデン>の名は知っている。
カトー特佐が所属していた組織だもん。その縁で知っているけど――。
「エデンって、カトー特佐が所属していた――」
「名前は同じですね。けど、カトー特佐の<エデン>と、真白の魔神の<エデン>は……ほぼ別物だと思います。歴史上の繋がりはあるかもですが……」
そう言いつつ、バフォメットさんを見る。
バフォメットさんは「スミレさん」以上にエデンの「その後」を知っているはず。スミレさんは亡くなったけど、バフォメットさんはその後も見ていたはず。
『現代に<エデン>という名の組織があった話は、私も小耳に挟んだ。しかし……どうやら現エデンにはマスターは所属していないようだ』
「ですよね……」
『マスターが所属していたら、あんな脆弱な組織ではない』
カトー特佐が所属していたエデンも強かった。
強かったけど大きな弱点を抱えていた。……それが一因となって滅びた。
『スミ…………いや、ヴァイオレットが言うように「歴史上の繋がり」はあるのかもしれん。しかし私のエデンに関する知識は1000年前で止まっている。ハッキリとした繋がりはわからん』
「…………」
ひょっとしたら、ラプラスさんなら知っているかもしれない。
雪の眼の史書官として、真白の魔神を追っていたようですし……。
『ともかく……マスターには組織の長としての責任もあった。組織のためにも……自分の「完璧な後継者」が必要だったのだ』
「けど、後継者を育成できなかったから……非人道的な手段を頼った」
『……そうだ』
「とんでもねえ奴だな、真白の魔神は。……色んな意味で」
ラートさんが頭を押さえつつ、表情を歪めてそう言った。
「正直、どうかと思う。けど……真白の魔神なりの理屈があったって事か?」
『彼女の背負っていたものは大きかった。私も……彼女のやり方に納得したわけではないが、理解はしている』
「けど、今のエデンに真白の魔神がいないって事は……」
『…………』
「エデンを率いていた真白の魔神は、もう死んでるとか……。エデンを離れたってことか? 何らかの、やむを得ない事情があって」
『両方だろう』
バフォメットさんの言葉に、ラートさんが目をぱちくりさせた。
『彼女は死亡し、今もどこかで元気にしているはずだ』
「マスターの予想通りに……」
『おそらく、そうだな。最悪の結果に至ったのだろう』
「ちょっ、ちょっと待て! お前ら言ってること矛盾してるぞ!?」
私達は「理解」しているけど、ラートさんは戸惑っている。
確かに、バフォメットさんの言葉は矛盾している――ように聞こえる。
死んでいるのに元気にしている。普通はおかしい。
けど、真白の魔神の場合はそうなるんです。
だからこそ……マスターは「完璧な後継者」に拘ったんです。
「あッ! そうか! さすがにわかってきたぞ!? 真白の魔神にはバックアップ技術があった! 死んだ後、バックアップがどこかで生きてるって話か!?」
『おそらく違う』
「じゃ、じゃあ、どういう――」
「ラートさん。真白の魔神は死んでも復活するんです」
復活。
それが真白の魔神が持つ異能の1つ。
死んでも死んでも復活する不死身の魔神。
「ふ、復活……?」
「プレーローマの天使達が使う<権能>みたいなものです。ただ、マスターの異能は、マスターですら仕組みがわからないんだとか……」
真白の魔神は華のような存在。
散っても、散らされても、再び咲く。
ただ、自分で咲く場所を選べない。
ネウロンに来た真白の魔神は、それまで何度も死んでいた。それでもなお死ねず、散っていった仲間に託された責務を果たそうと足掻いていた。
どんな手段を使っても――。
「復活能力なんてあるなら、バックアップなんて必要ないだろ」
『そうでもない。マスター自身、自分がどこに転生するかわからないからな』
仕組みがわかっていないため、転生先はランダム。
仮にネウロンで死んでも、ネウロンで復活するとは限らない。
仕組みがある程度わかれば転生先のコントロールも出来るかもね――とは言っていた。スミレさんの記憶に残る真白の魔神はそう言っていた。
ただ、それはとても難しい事らしい。
『死体から新しいマスターが生えてくるわけではない。死んだ場合、まったく別の世界で復活する事も珍しくないうえに、復活にかかる時間も異なるらしい』
「多次元世界は広いので、復活するとしても仲間と離れると合流まで時間がかかるんです。下手すると数十年……いや、数百年かかる危険性もありますから」
マスターは天才で異能者だけど、本人はそこまで強くない。
戦闘能力はバフォメットさんの方が遙かに高い。だから、マスターだけ後進世界に放り出されてしまった場合、マスターの頭脳でも脱出には時間がかかる。
マスターなら方舟ぐらい造れるけど、船と混沌機関の材料を集めるために資源採掘から始めきゃダメな事もあるし……。必要な資源が無い世界で復活しちゃう可能性もある。
最悪、野犬の群れに襲われて死ぬ可能性もある。というか、実際にそんな死に方をした覚えもあるらしい。
『そして、ノーリスクで復活するわけでもない。対価は必要となる』
「対価?」
『記憶だ。真白の魔神は復活するたび、記憶を失う』
どの程度、記憶を失うかも復活事に異なる。
死ぬ直前だけで済む場合や、逆に前々世をすっぽり忘れる事もあれば、「自分が真白の魔神である」という事すら忘れてしまう事もある。
全て忘れる事もある。
仮に全て忘れたところで、「真白の魔神」である以上……年月をかければ「真白の魔神」に戻っていくだろうけど――。
「けど、真白の魔神は『記憶の保存』に成功してたんだろ? それを何とか自分で読み込めば……何とかなるんじゃないか?」
『単なる忘却ではない。忘却は脳や精神への負荷も大きく、その負荷によって狂ってしまう事もある。復活後、前世とは真反対の存在になる事もある』
前世は掛け値無しの善人でも、次はそうとは限らない。
記憶を全て失い、さらには復活と忘却によるダメージによって狂い、大虐殺を行う存在に化ける可能性もある。その逆の可能性もある。
『我々……いや、私が仕えていた真白の魔神は、比較的善良だった。倫理観に問題はあったが、かなりまともな方だった』
「…………」
『しかし、その前世の真白の魔神は、さらに問題ある存在だった』
「問題って……」
『降り立った世界全体に術式を展開し、そこにいる全人類を無理矢理争わせた。そういう実験を行い、最後には1人しか生き残らなかった』
多次元世界は広く、たくさんの世界が存在する。
その実験で滅んだのは、1つの世界だけ。
ただ、1つといっても、そこに何万……何億の人が暮らしている。
以前のマスターはそういう非道な実験も行っていた。当然、無許可で。
「その唯一の生き残りが、真白の魔神本人か」
『いや、マスター自身も死亡した。自分自身も実験という薪にくべたそうだ』
「死んだところで、復活するから?」
『……そうだな。そういう蠱毒計画だったのだ』
これは真白の魔神の一面に過ぎない。
マスターは何度も死に、何度も蘇る。
人々を救うために奔走する真白の魔神もいれば、人々を煮えたぎる大釜に蹴落とす真白の魔神もいる。人々の死に涙しつつ、虐殺と実験を行う事もある。
ネウロンに滞在していた真白の魔神は、本当にまともな方だった。
けど、全ての真白の魔神がそうとは限らない。




