作り物の親子関係
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:死にたがりのラート
『スミレに呼びかけてみろ』
「あ、ああ……」
バフォメットに促され、ヴィオラの枕元に立つ。
名前を呼んでみたが、さすがに目を覚まさない。単に寝ているだけじゃないからな……怪我してたから、そんな簡単には――。
バフォメットに「喋るな」と言われたバレットが、居心地悪そうに部屋の隅にいる。それを視界に収めつつ、声をかけたが……。
「さすがに……目を覚まさないな」
『…………』
「そもそも、本当にヴィオラは大丈夫なのか? あんな怪我してたのに」
『完治はしていない。だが峠は越えている』
バフォメットが『応急処置の方法に関しては説明しただろう』と言ってきた。
「確かにアンタなら出来るかもしれない。けど、本当に問題ないのか? ひょっとして、何か余計なことをしたんじゃないのか?」
『…………。いや、問題ない』
「おい、いまの反応は明らかに何か隠して――」
『しかし、貴様は<真白の魔神>を知っているのだな。珍しい』
「アンタ、話逸らすのヘタクソだな……」
『黙れ。どこで真白の魔神の名を聞いた? ネウロンの文献に、彼の魔神の名は残っていなかったはずだ。私の知る限りでは……真白の魔神が消去を命じたはず』
ため息をついた後、バフォメットの問いに答えてやる。
詳細は言えないが、色々と詳しい人に聞いたんだよ――と返す。
「その人は<叡智神>と<真白の魔神>が同一存在だと推測していた」
『交国軍の知識ではないのか?』
「そうだ」
『貴様にその件を教えた者は、どうやって推測した』
「アンタは……真白の魔神の使徒として、プレーローマとやりあった事もあるんだろ? なんか、その記録から推測したとか言ってたぞ」
『なるほど』
ひとまず納得してくれたが、「具体的に誰から聞いた」と尋問されたら少しマズいか? 相手は交国の憲兵じゃなくて、交国と敵対しているテロリストだが……。
「…………」
バフォメットから視線を切り、ヴィオラを見つめる。
息は……している。苦しそうには見えない。
静かに寝息を立てているだけにしか見えない。
何とか目を覚ましてほしいが、あんな大怪我を負っていたんだし……直ぐに目を覚ますのは難しいか。とりあえず、生きているのがわかっただけ収穫だ。
ヴィオラの事はさておき――。
「アンタは、本当に真白の魔神の使徒なのか?」
『ああ』
「ネウロンに真白の魔神がいたのは、1000年前の話だろ……?」
『マスターは実際にネウロンで暮らしていた。我々を引き連れてネウロンに降り立ち、ネウロンに滞在していた。それは事実だ』
バフォメットとの会話を試みる。
敵だけど……コイツから出来るだけ情報を引き出したい。
アルの件も……聞いてみよう。
コイツが最後の希望かもしれないんだ。
『解放軍の中には、真白の魔神を知る者がいなかった』
「そうなのか……」
『まあ、無理もない。マスターは昔から功罪のわりに名の売れていない魔神だった。マスターの功績を横取りしたり、記録を抹消する者が多くいたからな』
そして今もなお、広く知られているわけではない。
その事実に関し、バフォメットは『相変わらず、忘れられた魔神のようだ』と呟いた。その呟きはとても淡々としたものだった。
「もう死んでいるから、忘れられたんじゃないのか? 死人に口なしってヤツだ」
『ああ、実際に死んでいるだろう。しかし、マスターは死を超越している。死んでいても、死んでいないはずだ』
「…………?」
どういう意味だ。俺の聞き間違いか?
いや、今は俺にとっては重要な話じゃないか?
そう考えつつ、ヴィオラに手を伸ばすと――。
『触るな』
「ちょっと確かめるだけだよ。本当に生きているか、軽く触って……」
体温は正常か。心臓がちゃんと動いているか。
そういう事ぐらい、確かめていいだろ――と言ったが、バフォメットはノシノシと歩いてきて。『触れば殺す』と脅してきた。
『スミレは女の子だ。他人で男のお前が、無遠慮に触る事は許可できない』
「親かよ……」
『親だが?』
「…………? は?」
ヴィオラとバフォメットをよく見比べる。
華奢で女の子らしい身体のヴィオラ。
対して、およそ人間らしさの無いバフォメット。ロボットにしか見えない輩。
「いや、どう見てもアンタらも他人だろ? 親子には見えない」
『見かけで判断するのか』
「いや、判断するだろ……!? 骨格とか、種族以前に……アンタとヴィオラのどこが似ているんだ!? つーか、アンタそもそも人間なのか!?」
『人間か否か。それは些細な問題だ。とにかく私はスミレの父親だ』
「母親は誰なんだよ!?」
『それは……』
バフォメットは何か言いかけたが、一度言葉を区切った。
少し黙っていたが、「母親はいない」と言った。
『先程も言っただろう。スミレは神器使いの遺体から造られた人造人間だと』
「でも、お前が父親…………。ああ、つまり、義理の父親か……?」
ヴィオラもとい、「スミレ」は造られた人間。
そんなスミレを養女として育てていた――って事か。
そういうことだろ――と言うと、バフォメットは『それに近い』と言った。言いつつ、ワケのわからない事を続けてきた。
『しかし、私とスミレは因子による繋がりは存在している。そしてスミレ自身、私を父親として認めていた。ゆえに私はスミレの父親である』
「わけがわからん」
『私とスミレは親子だ。貴様の知能でも、それぐらいは記憶可能だろ?』
「コイツ……」
よくわからんが、コイツの話通りなら親子なのか。
ヴィオラは人造人間だった。
そして、記憶を失う前は「スミレ」という人間だった。
2人は親子関係で…………いや、待てよ?
「アンタの勘違いの可能性は?」
『む?』
「アンタが言っているのは、あくまで『スミレ』って名前の子だ。ヴィオラは記憶喪失だが……アンタの言うスミレと同一人物って証拠は、アンタの証言だけだ」
他人のそら似の可能性は?
そう聞いたが、バフォメットは僅かに憤慨した様子で『私がスミレを見間違える可能性はゼロだ』と言った。
『私はスミレが造られた時から、スミレの成長を見守ってきた。スミレは私によく懐いていた。私はその親愛に応え、スミレに寄りつく悪い男を追い払ってきた。そんな私が、スミレを見間違えるはずがない』
「わかった。お前、親馬鹿だな」
『否定はしない。先程の証言でその可能性に気づくとは……貴様の知能評価を引き上げざるを得ない。貴様は「アホ」から「バカ」に昇格した。このまま、順調に評価を上げていけば「一般人」になれるぞ』
「俺の中で、お前の評価は下がる一方だよ」
俺達、オークには痛覚がない。
けど、「頭痛がする」ってのは感覚的にわかるぞ。今がその時だ。
ここ最近、無茶苦茶なことばかり起きている。だが、コイツの話は……フェルグスやアルの件とは、別方向に無茶苦茶だ。話していると調子が崩れる。
『バカのお前に教えてやろう。私は見た目以外でもこの子がスミレだと判断している。細胞と因子の診断結果では、この子は96.00%スミレである』
「100%じゃねえのかよ」
『スミレも成長している。私が知っているのは1000年前のスミレだからな』
さらに頭痛感が増してきた。
1000年前……? 真白の魔神がネウロンにいたのは1000年前だろうけど、ヴィオラって……そんな前からいたのか!?
「つーか、そもそも『神器使いの遺体から造った』ってなんだ?」
『そのままの意味だ』
「そんなこと……可能なのか?」
『可能だ。…………。マスターは、神器使いの遺体を確保した。ある目的を持ってその遺体を加工した結果、「スミレ」という世界で一番可愛い子が生まれた』
「意味がわからん……」
『補足が必要か? 承知した。スミレは世界で一番可愛く、そして優しい子だ』
「バレット……! コイツと話すと! 疲れるッ……!!」
病室の隅にいるバレットに声をかける。
頭の血管が切れそうな気分になりつつ、バフォメットをブンブンと指さしつつ文句を言う。バレットは口を押さえ、「自分、喋るの禁じられているので……」と言いたげにしている。俺1人でこの親馬鹿の相手しなきゃいけないのか!?
とりあえず、人造人間技術の話は置いておこう。
神器使いの遺体で人造人間を造る。そんな方法を詳しく聞いたところで、俺の頭で理解できるとは思えない。悔しいが、俺は実際バカだからな。
けど――。
「この子を造ったのはお前のマスター……つまり、真白の魔神なんだな?」
『その通り』
「ある目的を持って、神器使いの遺体を加工したってどういう事だ? この子は……どういう目的で造られたんだ?」
ヴィオラはヴィオラだが、普通の人間と違うのはわかった。
ヴィオラ……いや、スミレの場合は計画的に造ったみたいだが――。
『…………』
「……なんだよ、そこは教えてくれないのか? 家族の秘密ってヤツか?」
『いや……。知りたいなら教えてやる』
バフォメットは腕組みして黙りこくっていたが、口を開いた。
『スミレは……真白の魔神のバックアップとして造られた』
「ばっく……? 後継者として、育てようとしたってことか? 魔神の?」
『近いが違う。近い事が起きるが、スミレ自身は後継者ではない』
「どういう……」
「真白の魔神が死んでしまった時……生前のマスターをそっくりそのまま復活させようとしたんです」
『「…………!」』
答えが返ってきた。けど、バフォメットの言葉じゃない。
ベッドに寝かされたヴィオラが目を開き、口も開いていた。
「ヴィオラ――」
『…………!!』
声をかけつつ、肩に触ろうとしたが、阻まれた。
バフォメットが俺を押しのけ、『スミレ!』と叫んだ。
その叫びは相変わらず電子音声だったが……血も涙もない機械が出した声色には聞こえなかった。親が子にかけるような、感情のこもった声だった。
『目が覚めたか! スミレ!』
「バフォメットさん、ですよね……?」
『――――』
「……すみません、貴方の期待通りにはいかなったみたいです……」
ヴィオラの申し訳なさそうな声が聞こえた。
申し訳なさそうだが……少し他人行儀に聞こえた。
その声を聞いたバフォメットは固まっていたが、『そうか』と言って後ずさった。さらに『やはり、失敗したか』と呟き、座り込んだ。
病室の壁にもたれかかりつつ、ズルズルとその場に座り込んだ。
「はい。ただ、おかげで色々と思い出し……。いえ、教えられました」
『…………』
「一応、擁護しておくと……マスターは本気で『スミレさん』を復活させようとしていたはずです。ただ、やはり魂の問題があって……」
『…………』
「……ごめんなさい」
ヴィオラがそう言うと、バフォメットは『いいんだ』と呟いた。
座り込み、片手で山羊頭を押さえながらそう呟いた。
『キミが謝る必要はない』
「…………」
『しかし、そうか……やはり、失敗……するのか……今回も……』




