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■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「おいおいおい……! 頼むから仲間同士で争うなよ!?」
『仲間ではない』
「副長、コイツは敵です……!」
にらみ合っているラートとバフォメットの間に割って入る。
こうなると思った! こうなる気はした!!
ヴァイオレットは意識不明。
ラートとバレットを指定したのはバフォメットだ。
ラートはバフォメットを「敵」と睨んでいるから、こうなると思った! けど、面会の話を上にしたら、聞きつけたバフォメットが「奴らを呼んでこい」と言ったから……こんなことに……!
「バフォメットの旦那も! ラートも! 頼むからやめろ! そこにヴァイオレットが眠っているんだぞ!? お前らが争ったら、アイツも怪我するぞ!?」
『その程度のオーク、一瞬で畳める』
「上等だ……! テメエがやる気なら――」
「バカ!! 瀕死のヴァイオレットを助けたのは、この旦那だぞ!?」
身構えているラートを叱る。
ラートも、ヴァイオレットのことを言われたら弱いらしい。少しは怒気を収めてくれた。……バフォメットのことは睨み続けているが。
「バフォメットがいなけりゃ、ヴァイオレットは死んでいた。感謝の1つでも言え――とは言わんが、頼むから喧嘩するな。お前が勝てる相手じゃない」
「コイツの所為で、交国軍の仲間が何人死んだと思ってるんですか……!?」
ラートはバフォメットから視線を離さず、さらに言葉を続けた。
「交国に罪があったとしても、現場の兵士を惨たらしく殺したのはコイツです。それどころか……ネウロン解放戦線とか言って、罪のない兵士を反逆者に仕立てあげた。さらに……巫術師も扇動して……! 解放軍とも組んで――」
「それはそうだけど……仕方なかったんだ。過ぎたことだ」
ネウロン解放戦線の件や、繊一号での戦いは仕方なかったんだ。
バフォメットにとっても、交国は敵なんだ。
諸悪の根源は交国。敵の敵は味方ってことでいいんだよ。
そう思いながら「落ち着け」と告げたが、ラートはオレまで睨んできた。オレは……お前のためにも言ってやってんのに……。
お前がバフォメットに勝てるわけないだろ。
……隊長ですら、勝てなかったのに……。
「テメエ、ヴィオラに何をした!」
ラートが病室に踏み入り、バフォメットに詰め寄っていく。
「タルタリカに丸呑みにさせて、そんな事で治るはずが……」
『流体装甲を知っているか?』
「は、はあ……!?」
『当然、知っているだろう。交国の機兵は流体装甲を纏い、破損してもその場で補修する。この子の負傷箇所も流体で塞ぎ、応急処置を行ったのだ』
淡々と語るバフォメットに対し、ラートも困惑し始めた。
そんなこと、出来るはずがない――と言った。
『可能だ。実際、私はスミレを救った』
「スミ…………なんだって?」
『タルタリカの身体は、大半が流体で出来ている。脳に貯蔵した流体で身体を構成し、維持している。その流体を分けてもらい、私が巫術で施術を行った。巫術の憑依で流体の形を変えられるのは、貴様らも知っているだろう』
知っている。第8巫術師実験部隊が、散々見せてくれた。
機兵でやってる事を、人体レベルでやったってことか。
やっぱコイツ、無茶苦茶だな。戦闘以外もお手の物か。
『えぐれた肉も、破れた血管も、流体で補った。今はそこまでせずとも安定している。スミレの身体は常人より多少、丈夫だからな。戦闘向きではないが』
「俺はヴィオラの話をしてんだ! 誰だ、スミレって……!」
『私はスミレの話をしている』
バフォメットが、少し、おかしい。
病室のベッドに寝かされているのは、ヴァイオレットだ。
それなのにバフォメットは「スミレ、スミレ」と言い続けている。
それが当たり前の事実のように――。
『この船で対面した時も説明しただろう。この子はスミレだ。記憶喪失ゆえに「ヴァイオレット」などと名乗っていたようだが、「スミレ」だ』
バフォメットはヴァイオレットを見つつ、淡々と語り続ける。
『この子は、マスターが造ったスミレだ』
「つくった?」
意味がわからず、問いかける。
「ヴァイオレットは……人間じゃねえのか?」
『いや、広義の人間だ。しかし、人の胎から生まれた者ではない』
「じゃあ、どうやって……」
『スミレは、神器使いの遺体から造られた存在だ』
余計に意味がわからなくなった。
神器使い……? その、遺体……?
それって、人間…………なのか?
『我らが主、<真白の魔神>が造った……人造人間だ』
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:死にたがりのラート
「ヴィオラが、人造人間……」
巫術は人工物に憑依し、操ることが出来る。
機兵も方舟も人工物。
羊飼いの話だと……何故か久常中佐も人工物。人造人間らしい。
ヴィオラが「人工的に造られた」と言われても、ピンと来ないが――。
『お前は感づいていたのだろう?』
「感づいたというか……お前が久常中佐を操っていた時にアレコレ言うから……。それに、実際、俺はヴィオラが巫術で操られたのを見た事がある」
グローニャがイタズラで憑依していた。
あの時はヴィオラも戸惑っていた。けど、あれは何かの偶然ではなく、必然だったのか。ヴィオラは一種の人工物だから、憑依が可能だったと――。
『人造人間という表現は、正直あまり好きではない。人は自分と異なるものを差別する。あの子の事も――』
「ヴィオラはヴィオラだ。人工的に造られていようが、それは変わらねえ。ちょっと肌の色や生まれ方が違う程度で、差別したりしねえよ!」
『そうか。感謝する』
「えっ」
バフォメットは何故か、俺に対して頭を下げてきた。
そんな反応されると思わなかったから……さすがに、毒気を抜かれる。
『私はスミレを人間と思い、接している。類似認識者の存在は素直に嬉しい』
「そ、そうかよ……」
『人造人間は……時折、差別されるからな。しかし、名前は正確に覚えろ。この子はスミレだ。ヴィオラ、ヴァイオレットという名前は記憶喪失中の仮名だ』
「本人がそう名乗っていたんだぞ」
『記憶喪失ゆえ、仮名にすがるのは致し方ない』
「記憶喪失だろうと、アンタの言うところの「スミレ」なら、その子自身が感じたことも偽物って言う気か?」
ヴィオラも記憶喪失で不安だったはずだ。
本人は「思い出せなくても」と言う事もあったが、思い出したかったはずだ。
けど、それはそれとして……記憶喪失中に感じた事も、本物だったはずだ。
「ヴァイオレットって名前は、あの子がフェルグス達の母親につけてもらった名前だ。あの子はそれを嬉しそうに語っていたんだぞ」
『…………』
「お前は、あの子が喜んでいた気持ちすら、偽物って言いたいのか?」
『いや、そのようなことは…………』
コイツは敵だ。
けど……ヴァイオレットのことをよく知っているらしい。
今は迷っているように見える。今の俺の言葉を「戯れ言」と言わずにいる。
それは……コイツなりに、ヴァイオレットの事を想っているからなのか?
あくまで記憶喪失前の「スミレ」に対する感情かもしれない。けど、コイツの行動は一応、一貫している。
繊三号ではヴィオラを殺さず、さらった。……大事だからこそ守りたかったのかもしれない。この間の事件でもヴィオラを守ろうとしている節があった。
そして、今も「流体で応急処置を施した」などと言っている。
「話し中のとこ悪いが、<真白の魔神>ってなんだ?」
質問してきた副長に対し、軽く説明する。
真白の魔神っていうのは、魔神の一柱。
シオン教の<叡智神>の正体は、<真白の魔神>らしい。
「……ってことでいいんだよな、真白の魔神の使徒」
『ああ』
「へー…………。で、ラートはどこでそんな話を……」
「そ、それはっ……。ヒミツです」
叡智神=真白の魔神って説は、雪の眼の史書官から聞いた。
副長が解放軍なら、俺達が雪の眼と接触してたことを言っていいかもだが……とりあえず伏せておく。……解放軍は俺達の味方じゃねえし。
『1つ捕捉しておく。叡智神の名は、ネウロンに「真白の魔神」の名を残すのを嫌った真白の魔神が使用を命じた名だ。あまり大っぴらに「叡智神と真白の魔神は同一存在」と触れ回るのはやめてほしい』
「まあ、別に構わんが……」
『さて、お前は退出しろ』
「えっ。いちゃダメなのか!?」
羊飼いに指さされた副長が、素っ頓狂な声を出した。
副長に対し、バフォメットは「当たり前だ」と返した。
『私が呼んだのは、この2人のオークだ。貴様ではない』
「えー……。そもそも、何でラートとバレットを指定したんだよ」
それは俺も気になる。
羊飼いを注視すると、片方は教えてくれた。
『コイツはスミレと親しかったのだろう? スミレの意識が戻らない以上、良い刺激になるかもしれない――と思って呼んだ』
「なるほど。じゃあバレットは?」
『話は以上だ。出て行け、解放軍兵士』
羊飼いが病室の出入口を指さす。有無を言わさない様子だ。
副長は肩をすくめ、出て行った。
出入口の外で困惑していたバレットは副長に肩を叩かれ、おずおずと中に入ってきた。……バレットと2人がかりで不意打ちしたら、羊飼いを倒せねえか?
倒して、ヴィオラを連れて…………。
「…………」
それで、本当に助けられるのか?
俺達だけで……?
逃げても……また、同じことが起きるだけなんじゃ……。
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:不能のバレット
『貴様がフランク・バレット一等兵か?』
「は、はい……」
羊飼いが目の前にいる。
……なんで俺が呼ばれたんだろう?
別に、この人の知り合いじゃないはずだが……。
いや、そもそも人じゃないか……?
『貴様は、私が許可するまで喋るな』
「えっ?」
『二度は言わん』
「――――」
言われた通り、口を閉じる。
喋らないでいいなら、何で俺を呼んだんだ?
ラート軍曹はともかく……何故、俺を?
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:使徒・バフォメット
『…………』
ようやく見つけた。
手がかりとなる交国軍人。
だが、問いただすのは後でいい。
優先すべきはスミレだ。
『オズワルド・ラート軍曹。面倒だから「ラート」と呼ばせてもらう』
「お、おう……」
『スミレに呼びかけろ。この子の意識を戻せ』
「俺は……医者じゃねえぞ」
『そのぐらいわかっている。だが、試しに呼びかけろ』
スミレの意識が戻らん。
『親しかったお前の声に、反応する可能性がある。呼びかけろ』
スミレは生きている。だが、意識を戻さねばならん。
そのためなら、私はどんな事でもやる。
記憶の上書き作業は終わっている。
意識を取り戻せば、この子はスミレに戻っているはずだ。
そうで、なければ――――。




