誰のための聖戦か
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:肉嫌いのチェーン
「騒動を起こしたそうですね」
「あたしじゃないよ。そこのガキ共に言ってやんな」
再び宿泊所にやってくると、整備長が代表して応対してくれた。
他の隊員達はロビーのソファに座ったり、柱の陰に立ちつつ、ジッ……とオレの事を睨んできている。やれやれ、そんな嫌わなくていいのに。
…………。
オレは、本当に……同胞の事を想って動いているんだがな。
冷静な整備長だけではなく、星屑隊の全員に聞こえるように「オレの火消しも限界あるんで、これ以上は問題起こさないでくださいよ」と言っておく。
「皆が解放軍に入ってくれりゃ、もっと自由に動けるようになるんですがね」
「今のところ、誰も入る意志がないようだよ」
「ハハッ……。みたいっスね……」
オレを睨んでくる隊員の中には、「第8全員奪還」「ただし技術少尉は除く」などと書いたハチマキをつけている馬鹿もいた。
オレの方がガキ共より付き合い長いのに、苦労してるオレの心配じゃなくてガキ共の心配か。まあ……そりゃあ、そうなるか……。
ガキ共の心配していた方が、現実逃避出来そうだもんな。
整備長は比較的話が通じそうだし――経歴的にも注目しているし――説得を進める。整備長を切り崩せば、他の奴らも続々と解放軍に合流してくるだろう。
けど、今回も色よい返事は貰えなかった。
それどころか、「アンタは大丈夫なのかい?」とオレを労る言葉が飛んできた。どうもオレが「解放軍に騙されている」と勘違いしているらしい。
「騙していたのは交国政府ですよ。だから、オレ達は立ち上がったんだ」
「本気で交国軍に勝てると思ってんのかい?」
「勝算はありますよ」
「低いだろ、それは」
「これは戦争なんだ。そりゃあ確かに負ける可能性はありますよ」
だが、交国軍には重大な弱点がある。
オーク達の離反が進めば、奴らはガタガタになる。
オレ達という火種を軽く見ていた報いだ。ザマアミロ。
「整備長はエルフだから当事者意識乏しいんでしょうけど、勝ち馬に乗った方がいいですよ? 解放軍は貴方の故郷解放の協力もしますんで」
「いらないお世話だよ、まったく……」
整備長はわざとらしくため息をついた後、くどくどと説教してきた。
この人がこういうこと言うの珍しいな。呆れつつ、テキトーに聞き流す。
「いい加減、解放軍を信用してくださいよ。アンタらが肩肘を張っても紳士的に接しているんですよ? オレ達は交国軍とは違う」
「騙して捕まえて、テロに加担しろなんて言われてもね」
信用できるわけないだろ――と返してきた。
交国の方がよっぽど、無茶苦茶をしてきたのに……
奴らは人類連盟の常任理事国の立場も利用し、弱者を虐げてきた。交国を支えてきたのはオークなのに、待遇改善せずに軍事利用を続けている。
せめて、どこかのタイミングで改革したら良かったんだ。
交国はもう十分デカくなった。少しずつでもオークの待遇改善を行っていれば、こんなことにはならなかった。
軍事利用は過去のこと。そう言い張れた。
だが、奴らは何も改善しなかった。目先の勝利を優先した。
問題が発覚した後じゃ……もう打つ手はない。何の言い訳も出来ない。
交国の敗北は、もう決まっている。
「……オレ達、良い仲間だったでしょ? オレが解放軍の構成員ってこと、ヒミツにしてたのは悪いと思ってますよ。けど……言えるわけないでしょ?」
「良い仲間だったかもね。アンタのことは、まだ信じている」
「じゃあ――」
「ただ、解放軍というオマケはいらない。あたし達の戦友は『星屑隊副長のアラシア・チェーン曹長』だ。解放軍の鉄砲玉じゃない」
「…………」
今日も説得失敗だ。
いつまでも……待ってられないんだがな。
「頭ごなしに『解放軍に入れ』なんて言うの、やめておくれ」
「と、いいますと?」
「そっちにも譲歩して欲しいのさ」
腰に手を当てていた整備長が、腕組みしながら言葉を続けた。
「例えば、第8巫術師実験部隊との面会を許可するとかさ」
「それは…………まだ無理だ」
巫術師の力は有用だ。
交国軍とやり合っていくなら、絶対に必要になる。
重要な戦力として「説得」している最中だから、横槍は入れてほしくない。
レンズやバレット、そしてラートみたいな奴が……ガキ共を惑わすのは困る。ガキ共も交国の犠牲者なんだ。奴らはオレと同じく、交国に復讐するべきなんだ。
「ヴァイオレットの面会すら無理なのかい? あの子は巫術師じゃないだろ」
「厳しいですね」
「あの子、本当に無事なのかい? ラート達の話じゃ、あの子は繊一号の事件で大怪我を負っていた。……本当に生きているのかい?」
「いや、ホントに無事ですよ」
ヴァイオレットは生きている。
相当な大怪我だったらしいが、バフォメットが生かしたらしい。
どういう手段を使ったか、よくわからんが……とにかく生きている。
「ただ、意識が戻っていないんです。だから面会は無駄ですよ?」
「話は出来なくても、寝顔ぐらい見せておくれよ」
「うーん……。そう言われましても、オレの管轄じゃねえんで……」
ブロセリアンド解放軍は、ヴァイオレットも勧誘したがっている。
アイツは『ヤドリギ』を作れるし、混沌機関までイジれるらしいからな。解放軍の技師として欲しい存在だ。そこらの兵士にはない才能だからな。
ただ、勧誘は難しそうだ。
保護者がウルサイからな……。
「あたしらを説得したいなら、少しは融通を利かせておくれ」
「いやいや……かなり配慮してるでしょ……」
捕虜の中には、もっと酷い状態の奴もいる。
星屑隊の奴らは貴賓待遇だよ。オレが頭下げて、そうしてもらっている。
拘束したり、檻にブチ込んだり、中には「怪我の治療してほしいなら解放軍に加入しろ」と告げた捕虜もいるからな。
そいつらに比べたら、星屑隊は貴賓待遇だよ。
オレが幹部に口添えしてるおかげなんだが……わかってくれねえなぁ……。
「とりあえず、ヴァイオレットと面会させておくれ」
「どうしたんですか、整備長。アンタそういうキャラじゃねえでしょ」
「ぐ……。ぇ、ええいっ……! あたしだってねぇ! そんなのわかってんだよっ!! けど、こっちにも退けない事情があるんだよ……!!」
冷静だった整備長が苛立ちを隠さなくなった。
その苛立ちに呼応して、星屑隊の馬鹿共も声を上げそうだ。
めんどくせえし、とりあえずこの場を何とかしないと――。
「わかった! わかりましたっ! 上に掛け合ってみますよっ!」
口約束をして、そそくさと宿泊所から退散する。
まったく……どいつもこいつも、状況わかってないんだから……!
「まあ……一応、頼むだけ頼んでみるか」
無駄だろうけどな。
第8の特行兵は全員、それなりに幹部の注目を集めている。
奴らが「使える」のはオレが報告した。バフォメットも評価している。
だから無理だと思うけどな――と、思っていたんだが……。
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:死にたがりのラート
「あの……俺でいいんですか?」
「何が?」
「ヴィオラと面会する人間ですよ……」
整備長が、副長にかけあったらしい。
第8巫術師実験部隊の皆に会わせろ、とかけあったらしい。
副長は「難しい」と言ってたそうだが、それでも解放軍にかけあってくれて……それで何とか「ヴィオラへの面会許可」だけは下りた。
ただ、面会相手は2人に絞られた。
「なに今更遠慮してんだ。お前が特にアイツと仲良かっただろ?」
「いや、でも……」
「向こうが指定してきたんだ。お前とバレットを呼べって」
車に乗り込もうとしている副長が、そう言った。
俺は隣に立っているバレットを見た。……バレットも困惑している様子だ。
副長は俺達に「さっさと乗れ」と言ってきたので、大人しく乗る。車が発進すると、バレットは身を乗り出して副長に問いかけた。
「ラート軍曹はともかく、何で自分が……?」
「それはオレも知らねえ。逆に心当たりねえのか?」
「いや…………無い、ですけど……」
「そのはずだよな」
副長すら困惑顔を浮かべている。
ぶっちゃけ、面会許可が下りると思っていなかった――とも言っている。
「そもそも、ヴィオラはいま意識不明って聞いたんですが……」
「ああ、そうだよ」
じゃあ、誰がオレ達を呼んだんだ?
それを聞いたが、副長は少し黙った後、「行けばわかる」と言った。
車が繊一号内を走って行く。
解放軍が占拠した方舟<曙>に向け、走っていく。
バレットは困惑していたが、自分で頬を叩き、気合いを入れ始めた。
「よくわかりませんが、これ……ロッカと会う好機ですよね!?」
「まあ……そうかもな……」
「期待すんなよ? 面会許可が出ているのは、あくまでヴァイオレットだけだ」
「でっ、でもっ! ロッカ達と偶然……偶然っ! すれ違うことも……!」
「あんま期待すんな~」
副長の運転する車は、解放軍の警備を顔パスで突破していった。
停泊中の曙の格納庫にあっさり入っていき、俺達はそこで下車した。
「…………」
格納庫内には戦闘の痕跡が残っている。
俺達が逃げた時、ついた痕跡だ。
あの時はフェルグスもアルも無事だった。
あの時も、厳しい状況だった。
でも、それでも……あんなことがなければ……まだ希望があったのに。
「…………」
副長に先導されながら、曙艦内を歩いて行く。
そうしていると、艦内の一角にネウロン人がたむろしていた。
まだ若いネウロン人。……多分、巫術師だ。
俺達を睨んでいる。
その視線を受けていると、副長が「目を合わせるな」と言った。
「行くぞ」
「……副長、あの子達も巫術師ですよね」
「ああ。解放軍の兵士だ。アイツらは自分で望んであそこにいる」
「…………。俺達が繊一号から逃げる時、戦った奴らもいるんじゃ……」
そう言うと、副長はうっすら笑って「大丈夫だよ」と言った。
「アイツらに交国軍人の見分けがつくもんか。オークは全員、『灰色の肌を持つイカついやつら』程度の認識しかない。オレ達に気づいてねえよ」
「…………」
曙艦内には巫術師らしきネウロン人がちらほらいた。
誰も彼もオレ達を睨んでくる。……交国軍を憎んでいる。
解放軍所属の副長がいるおかげなのか、襲ってくる気配はない。けど……いつ俺達に対して牙を剥いてきても、おかしくないように見える。
「……フェルグス達と、大差ない年齢の子もいますね」
「まあな。若いから元気なんだろ」
「あんな子達を、テロリストに仕立て上げるつもりですか……?」
「失礼な、真っ当な兵士だよ。奴らも復讐を望んでいる」
副長はヘラヘラと笑っている。
正直、正気を疑う。
ただ……あの子達が「交国との戦闘」を望んでいるのは本当かもしれない。交国がネウロン人に対して、酷いことをしていたのは事実なんだ。
でも、だからといって……。
「奴らの望みは復讐。家族や友人の仇討ちだ。種族と出身が異なっていても、オレ達の同志だよ。立派な戦友なんだ」
「……解放軍側は、それでいいんですか? 繊一号の戦いで、交国軍に紛れていた解放軍の兵士も……巫術師に、それなりに殺されてますよね?」
「……まあな」
だが、そこは「手打ち」にしたらしい。
解放軍の幹部が判断し、「許し合おう」と提案したらしい。
巫術師は羊飼いが説得した事もあり、繊一号の件は手打ち。結果、解放軍は巫術師という戦力を手に入れた。
交国の敵は味方……という理屈で、解放軍と巫術師は手を組んだ。
「お互い、やることやってんだ。解放軍の兵士も『交国軍人』をやっていた時は、多少はネウロン人を苦しめていた。お互い様だろ?」
「…………」
「統制は取れている。皆、諸悪の根源は『交国』だと理解しているからな」
「それでやることが交国へのテロですか。……羊飼いに加担してまで……」
「テロじゃねえ。真っ当な軍事行動だ」
「軍事行動に、真っ当もクソもあるんですか?」
「…………」
副長がやっていることは、本質的に交国と変わらない。
交国も強権を振るって、巫術師を特別行動兵にした。
望まない従軍と、望みの復讐という違いはあるかもしれない。けど、それでも……右も左もわからないネウロンの巫術師を利用するなんて……。
「子供達をテロリストにするのが、本当に正しいと思っているんですか……!?」
「うるせえなぁ……。テロリストじゃねえ、真っ当な兵士だって言ってんだろ?」
「解放軍はテロ組織だ。国際法で認められた正規の軍隊ですらない」
「国際法は交国含む強者の定めたルールだ。知った事か」
副長は歩き続けている。
「結果が証明してくれる。勝利が肯定してくれる。解放軍の正しさをな」
俺達に背を向けたまま、進み続けている。
……話が通じない。
「そもそも、子供といっても……お前らと大差ないんだぞ?」
「「…………」」
「交国はオレ達をガキの頃から――いや、生まれるずっと前から軍事計画に組み込んでいる。アイツらのやってる事の方が、はるかに酷いだろ!」
「…………」
「交国は無理矢理やってる。でも、解放軍は違う」
ブロセリアンド解放軍は自由参加。
自分達の意志で参加し、自分達の意志で戦う。
交国軍より、はるかにまともな組織だよ――と副長は言った。
「皆もわかっているんだ。戦わなければ、勝利も主権も勝ち取れない! 逃げるのは簡単だが、逃げても何も解決しない!」
「だから、皆を復讐に駆り立てている……」
「正当な復讐さ。全部、交国が悪いんだ」
副長は本気でそう思っているようだった。
確かに……原因を作ったのは交国かもしれない。
けど、だからといって……これは許される事なのか?
本人達が納得していても、こんな事……。
「着いたぞ。ここにヴァイオレットがいる」
そう言った副長が、病室の中に呼びかけようとした。
だが、それより早く病室の扉が開いた。
病室にいたのは、ヴァイオレットだけじゃなかった。
山羊頭の化け物もいた。
「羊飼い……!!」
『…………』




