無駄な人生
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:整備長のスパナ
「整備長……! そんなこと言わないで、教えてください!」
ラートがすがるような目つきで、あたしを見つめてくる。
「俺達、どうすればいいんですか!? どうすれば皆を助けられるんですか!?」
「…………」
「整備長は、曹長ですよね!? 隊長不在で副長もあんな状態なんですから、星屑隊は整備長が率いるべきですよ……! もしくはキャスター先生が……!」
「あたしゃただの整備兵だよ? それに、あたしだってわからないんだ」
この状況、どうすればいいか。あたしだってわからない。
解放軍は泥船だ。自殺の予定が無いなら、解放軍はやめておけ。
けど、他の道もろくでもない。
解放軍の告発によって、オーク達は目を覚ましてしまった。だが……真実がこの子達を救ってくれるとは限らない。
解放軍につくより、交国軍の救援まで持ちこたえる方がマシ……だと思う。
ただ、ネウロンに派遣されてくる交国軍の指揮官や、軍上層部の判断次第では……あたし達も解放軍ごと殺されかねないのが現状だ。
例えば<星の涙>を降らせる。
ネウロンの数少ない都市部に降り注いだ運動弾爆撃は、「解放軍の拠点」を吹き飛ばすだろう。羊飼い以外では対応できない無差別攻撃が来た場合、あたし達も無事では済まないかもしれない。
それでも隊長なら……あたしらに「第三の道」を提示してくれそうだが、その隊長は負傷で治療中らしい。……本当に生きているか、ちと怪しい状況だがね。
あたしの手を取り、すがりついてくるラートを「とりあえず休みな」と部屋に送る。パイプも手伝ってくれた。ひとまずラートを部屋に押し込めた。
こんな事じゃ、根本的な問題は解決しない。
けど……あまりにも根深すぎて、あたしらじゃあ……どうしようもない。
「なんとか……何とか、ここから逃げ出さないと」
「…………」
ブツブツと言っているパイプにも、何と言えばいいやら。
……しかし、なんか……随分と静かだね。
この宿泊所には、隊長と副長以外の星屑隊隊員が集っている。
星屑隊のガキ共は隊長がいてもやかましいのに、今日は随分と静かだね。……静かすぎるね?
そう思っていると、宿泊所の外が騒がしくなった。
誰かがやってきた。……というか、戻ってきた。
「アンタら……宿泊所を抜け出してたのかい?」
「ちょっと用事があったんですよ。ひとまず帰ってきましたけど!」
騒がしいのは星屑隊の隊員達だった。
先頭にいるレンズは不機嫌そうな顔を浮かべている。
オマケに……解放軍の兵士に銃を突きつけられている。
他の隊員も銃を突きつけられているが、全員が苛立った様子だ。解放軍の兵士の方が多いが、星屑隊隊員のいらつき具合に気圧されているようだ。
「すまないね。ウチのガキ共が何かやらかしたのかい?」
「この者達は、捕虜の分際で<曙>への侵入を企てたのだ!!」
「侵入じゃねえ! グローニャ達に会わせろって言いに行っただけだろ!?」
銃を構えた解放軍の兵士に対し、怒り顔のレンズが詰め寄る。
額に銃口がめり込んでもお構いなし。解放軍の兵士もちょっと退いている。
ただ、向こうにもメンツがあるらしく、言い返してきた。
「なぜ、お前らは解放軍に逆らう!?」
「うるせえーーーーッ!! グローニャに会わせろ!!」
「レンズ軍曹の言う通りだ!!」
「ウチのチビ共を誘拐しやがって!!」
「解放軍はロリコン集団なのかぁ!? 頭腐ってんのかァッ!!」
「ボケ! カスッ!! ロリコンッ!!」
「ひッ……! なんだ、コイツら!!」
あぁ……。余計に頭が痛くなってきた。
要するに、レンズ筆頭に星屑隊の奴らはガキ共に会いたいらしい。
まあ、そうなるか。副長に騙されて捕まって、またまた副長に騙されてガキ共だけ連れていかれて……何とか連れ戻そうとしたんだろう。
さすがに面会は許されなかったみたいだが、銃を突きつけられてもなお、ここまでふてぶてしくしてたら困惑するだろうね。
「ガキ共、落ち着きな。話がややこしくなる」
「けど、整備長!! グローニャもロッカも、副長に連れていかれたまま戻ってこないんですよ!? 解放軍の奴らは、羊飼いと組んでんのに……!!」
「俺ら、命がけで<曙>に乗り込んでアイツら連れ戻したのに……!!」
「チビ達は、繊三号でオレらを救ってくれたんですよ!?」
「ヴァイオレットも大怪我してんでしょ!? 面会すらできないなんて、解放軍は横暴だ!! なんであの子達だけ、オレ達から引き離しているんだ!!」
「やましいことがあるからだろ!?」
「「そうだ!! そうに違いないッ!!」」
「わかったぞ。解放軍……外道の集団だったか!!」
「おおおおお前らっ、銃殺してほしいのか!?」
気圧された解放軍の兵士達が震えている。
引き金に指をかけたまま震えている。ガタイ良いうえに痛覚のないオーク共相手だから、一撃で殺さないと自分達が殺されるとわかっているんだろう。
身体だけ大人のガキ共は発砲寸前の解放軍兵士を指さし、「こいつら! オレらを殺すつもりだ!」「正体現したわねっ!」と叫んでいる。
「あいつらを返してください! ロッカを……返してくださいっ! お願いしますっ! お願いしますっ!」
「さ、触るなぁっ……!!」
「おねがいしますっ! お願いしますぅっ……!!」
バレットですら、青ざめたまま解放軍の兵士にすがりついている。
青ざめるどころか、涙と鼻水を兵士にベットリつけている。
「キャスター……」
「…………!」
軍医少尉すら、バカの群れに加わっている。
解放軍兵士2人の顔面にアイアンクローしつつ、興奮した牛のように鼻息荒くしている。解放軍兵士が「ギャアア」と鳴いている。コイツが一番ヤバい!!
「わかった! わかったから……!」
隊長も副長もいないから、面倒だねぇ……!
アンタらが暴れると、ヴァイオレット達もどうなるかわからない。あの子達の命は解放軍が握っているんだからね――と言って聞かせる。
星屑隊のガキ共はようやく大人しくなってくれたが、悔しそうにしている。殺気立った目で解放軍の兵士を睨んでいる。
……コイツらもコイツらで、解放軍の放送を聞いて狼狽えていたくせに……ガキ共が戻ってこないから、そっち心配でたまらなくなったのかねぇ……。
「すまないね、解放軍。コイツら馬鹿だから、気をつけた方がいいよ」
「気をつけろって、どうしろと!?」
「そいつらが<曙>に向かってきたんですよ!? 集団で『うおおおおおおおおッ!! ガキ共を返せ~~~~ッ!!』って叫びながら……」
「完全に当たり屋だったんだぞ!?」
「知能の低いゴリラと思って接しておくれ」
ガキ共、森に……もとい、部屋にお帰り。
そう促したが、怒り狂っているガキ共は鼻息荒く解放軍を睨んでいる。
ガタイは良いけど頭は弱いゴリラ共だから、相手側には泣き出す子もいた。
可哀想に、新兵なんだろう。ゴリラ共はツバを吐き、「ザコが!!」と言い、さらに泣かせ始めた。どっちが悪者なんだい? どっちも似たようなもんかぁ……。
「貴様ら、何で状況を理解しないんだ!? 解放軍は貴様らの味方だぞ!?」
「味方はなぁ! ガキ誘拐しねえよバーーーーカっ!!」
「ロリコン集団解放軍! ロリロリロリコンコンコンッ!!」
「「「「「ロリロリロリコンコンコンッ!!」」」」」
「ゴリラ達を刺激しないでおくれ」
「ヴァイオレットはチビだけど、自称大人だぞ!?」
「でも、ヴィオラちゃん、乳と尻は結構――」
不用意な発言をしたゴリラが、ゴリラの集団にタコ殴りされた。
不意に行われた星屑隊内の私刑に対し、解放軍は恐怖している。
「解放軍は、正義の味方なのにぃ……!」
「わっ、悪いのは交国なんだぞ!? あなた達は交国に騙されているんだ……!」
「先にグローニャとロッカとヴァイオレットを返せよ!!」
「返してくださいぃっ! ヒィンッ!!」
「レンズ軍曹! 隊長も返してもらわないと……」
「あの人は別に1人でも帰ってきそうだが……。隊長も返せよ!」
「「「「「返せっ! かーーーーえーーーーせっ!!」」」」」
「「「「「か~~え~~せッ! か~~え~~せッ!!」」」」」
よくこのゴリラ共を止めて、ここまで連行できたね……。
解放軍の兵士に「とりあえず逃げな」と勧める。
この場は何とかなりそうだったんだが――。
「テメエらかッ! <曙>を襲撃した捕虜っていうのは!!」
「あぁ~っ…………」
やっと場が収まりそうだったのに、解放軍側に増援が来た。
そりゃあ、ゴリラの集団が方舟に突撃したら騒ぎになるか。
銃火器で武装した解放軍がさらに追加。しかも、ゴリラ……じゃない、オークが多い。これは多少の折檻は覚悟しなきゃダメかもね。
そう思っていると、新手の先頭にいたオークが驚いた顔を見せた。
「あっ! あれっ!? お前、レンズか……?」
「なんだァ、テメェ……。オレがレンズ様で文句あんのか!?」
「ハハッ! レンズか! 女みたいな趣味してるレンズかぁ!?」
「あん……?」
驚き顔を見せた解放軍のオークが、ゲラゲラと笑い出した。
どうやら知り合いらしい。
レンズも「ひょっとして、プーリーか……?」と呟いた。
「おいおいッ! 敬えよ! 今の俺はプーリー大尉だぜッ!?」
「ハァァ……?」
得意げな相手オークに対し、レンズが訝しげな表情を向ける。
知り合いかい? と問うと、教えてくれた。
「オレと同じく、銀星連隊に所属していた交国軍人です。オレと喧嘩騒ぎ起こして、連隊から追い出された奴ですよ」
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:狙撃手のレンズ
銀星連隊のプーリー。いや、「元」銀星連隊か。
オレの作ったぬいぐるみにケチつけて、喧嘩売ってきた馬鹿だ。
オレと仲良く連隊から追い出されたんだが……何でコイツがここに?
「お前、二階級特進しても大尉にはなれないだろ」
「バカめッ! 大尉の地位は、解放軍で手に入れたんだよッ!」
「あぁ、なるほど……」
ブロセリアンド解放軍の中には、交国軍人も大勢いたらしい。
解放軍は解放軍で独自の階級制度を整備しているようだ。まあ、所詮はテロ組織の階級だから、ガキのおままごと程度の価値しか無いが――。
「つーか、誰かわからなかった。豚鼻になってね? あぁ、オレが整形パンチしちゃったから、そうなったのか? 可哀想な豚鼻プーリーちゃん……」
「なってねぇよッ! テメーの物覚えがわるいだけだ」
「すまねえな。どうでもいいことは直ぐ忘れるんだ」
眉間をピクピクさせているプーリーにそう返す。
こんなところで会うとはなぁ……。
おままごと階級とはいえ「大尉」ってことは、解放軍に寝返って長いのか。随分前から解放軍にいたのかね……。まあコイツ馬鹿だし、お似合いか。
「しかしレンズぅ。テメーもネウロンにトバされてたのかぁ~!」
「まあな。お前も左遷されたのか」
「ハ? 俺は違いますぅ~~~~! 自分で! 望んでここに来たんだよッ! ブロセリアンド解放軍の戦士としてなぁッ!!」
汚らしい笑みを浮かべたプーリーが、不意に蹴ってきた。
避けきれず、モロに腹を蹴られちまった。後ろに飛ばされたが、背後にいた星屑隊の皆が受け止めてくれたから、何とか倒れずに済んだ。
「なにすん――――」
「立場わきまえろよォ! 捕虜のくせによぉッ!!」
「チッ……」
プーリーが肩に置いていた銃を片手で向けてきた。
テメエのへなちょこ射撃能力だけなら、どうとでもなる。
だが……他の解放軍の兵士も銃を向けてきているのは少しマズい。星屑隊まとめて撃たれちまう。斉射が続いたら、さすがに耐えられん。
「レンズちゃぁ~ん、お前、未だにぬいぐるみ作ってんのかなぁ~~~~?」
「…………」
「バカだねぇ! お前、妹なんていねえのに! お前が『実家』に持ち帰ったぬいぐるみは、ぜ~~~~んぶ捨てられてんだよぉッ!」
「っ…………!」
そんなわけない。
そんな、わけが…………。
オレの、可愛い義妹達が……全員、嘘のはずがない。
けど……でも……アイツは泣いていた。
グローニャは家族を失って泣いていた。
交国政府は、マジでやらかしていたかもしれない。グローニャを泣かせるようなことをしていたかもしれない。実際、家族に会えなかったんだ。
オレも、似たような立場かもしれない。
オレの場合、「死んでいる」どころか「いない」だが――。
「哀れだなぁ、レンズくぅ~ん。存在しない家族のために、せっせとゴミを作っていたわけだ! 恥ずかしくないか!? お前の人生、無駄だらけだったなッ!」
「……無駄じゃねえ」
「あん?」
「無駄じゃねえ。少なくとも、1人、喜んでくれたヤツがいた」
無駄なこともあったかもしれねえ。
けど、喜んでくれたヤツは確かにいる。
オレは……アイツの笑顔に救われたんだ。
アイツも、アイツの笑顔も、嘘っぱちなんかじゃない。
「テロリスト風情が、調子に乗ってんじゃねえぞ。豚鼻のプーリー」
「……ブッ殺されてえようだな」
前に進む。
プーリーの銃口が額に突きつけられる。
コイツが引き金を引くより早く動いて、プーリーを人質にするか。
ここにいる解放軍を全員人質に取って、グローニャ達を――。
「プーリー……。コイツら、少将の『お気に入り』の部下じゃなかったか?」
「あのお気に入りはともかく、少将に知られたらマズいですよ……」
プーリーの取り巻き共が何か言っている。
少将? 誰のことだ?
お気に入りって……ひょっとして、副長のことか?
「チッ……。次、問題を起こしたら遠慮なくブッ殺してやるからなぁ?」
プーリーは銃口でオレの額をグリグリとイジった後、宿泊所から出て行った。
その背中に跳び蹴りしてやろうと思ったが――。
「レンズ……」
「へいへい……。わかりましたよぉ……。大人しくします」
腕組みして睨んでくる整備長には逆らえねえ。
けど、この状況は何とかしなきゃ。
もし仮に、オレ達が交国政府に騙されていても関係ねえ。
オレは偽物に囲まれていたのかもしれない。けど、偽物だけじゃない。
本物もいた。
グローニャ達がいた。
アイツらを助けてやりたい。
アイツらが本物だったからこそ、オレ達は繊三号で死なずに済んだ。
ガキ共を助けるためには、オレ達の腕っ節……役に立つはずだ。
そしたらほら、交国軍人が積み上げてきたものは無駄じゃない。実際に誰かを助ける事が出来たなら、無駄じゃない。……絶対にそうだ。




