経済的砂漠地帯
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:整備長のスパナ
「交国が昔から無茶をしてきたのは事実さ」
あたしも、それを知っている。
目をそらしてもなお、交国の情報は耳を通して入ってきたからね。
交国政府はそれらしい大義名分を並べ、正義ヅラをしているが……さすがに無理がある。そんな事は多くの人間が知っている。
それでもなお、交国が正義ヅラできるのは……それだけ力を持っている証拠だ。
色々と思うところはあるから、多少はブチ撒けてもいいだろう。憲兵に聞かれるけど、まあ後でアタシが少しお小言もらう程度で済むさ。
「ただ、プレーローマは交国以上の無茶をしてきた。人類連盟が出来るずっと前から人類文明を滅ぼしてきた」
時には人類同士の争いを煽り、泥沼の絶滅戦争を引き起こした。
時には人類じゃ手に負えない病原菌を撒き散らし、絶滅に追いやった。
時には世界ごと人類を潰し、殺す事もあった。
源の魔神が生きていた時代は、そんなことやっても誰も逆らえなかった。天使達ですら創造主に逆らえなかったと言われている。
源の魔神死後も、プレーローマは源の魔神の「負の遺産」を引き継ぎ、人類を虐げ続けている。……創造主の積み上げた憎しみの山は、「源の魔神が死んだ」程度ではどうしようもなかったんだろう。
交国も相当な憎しみの山を築いているけど、それでもプレーローマと比べたらマシ。人類文明を守るために人類を虐げているけど、「絶滅に追い込まれるよりマシ」という理屈もある。
「あたしは『交国の蛮行は必要悪だった』と思っている。ただ、これは安全圏から好き勝手言ってるだけ。当事者であるアンタらには納得できない話だろう」
「整備長も……昔、色々あったのでは?」
「あたしの話は、あくまで昔のこと。過ぎたことさ」
片目をつむりつつ、パイプの言葉に返答する。
あたしの話は過去。アンタらの話は現在。
恨みは生ものだからね。時間経過で腐っちまうのさ。人によってはね。
あたしゃ薄情な奴だから……交国に家族や友人を奪われても、「もう昔のこと」と思ってしまっている。あたしの憎しみはとっくの昔に腐乱している。
アンタらのそれは、新鮮なものだろうけど――。
「交国が必要悪だったとしても、犠牲が肯定されるわけじゃない。煽るような言葉になっちまうが……アンタらが怒るのは、アンタらの自由さ」
「「…………」」
「ただ、怒ったところで交国に勝てるとは限らない」
交国は理性の怪物だ。
恐ろしいほど効率を追い求めている。
1つ、2つ程度の感情を振りかざして勝てる相手じゃない。
小さな火を集めて、世界を焼くほどの大火にしてようやく勝てる相手だ。……いや、それでもなお足りないか。交国だって世界を蹂躙してきた怪物だからね。
「理不尽には怒るべきだが、決起したところで殺されちまうなら我慢も1つの手だ。……死ぬよりはマシ、と考えてね」
「「…………」」
「まあ、ともかくアンタらの好きに思って、好きに考えればいい。この言葉すらもあたしの無責任な言葉に過ぎないからね」
あたしは何も責任を持たない。
何もしない。自分の好きなようにやる。
「ただ……誰かに言われたから、誰かに望まれたから……贖罪のためだとか……自分の『外』に理由を求めるのはやめておいた方がいいよ」
ラートの方を見つつ、そう言っておく。
これも余計なお世話だろうけどさ。
この子はブッ壊れてしまっている。前々から壊れてしまっている。
壊れているから平気で自分をないがしろにする。
スアルタウと同じように――。
「…………。整備長、解放軍は……交国に勝てると思いますか?」
「99%無理だろう」
ようやく顔を上げたラートの問いに、そう返した。
交国は本当に強い。ただ、「多次元世界最強」の存在ではない。
今まで何度も窮地を経験してきた。その大半をはね除けるか、大打撃を受けてもなお立て直してきたのが交国だ。強いうえにしぶとい相手だ。
ブロセリアンド解放軍程度じゃ、蹴散らされて終わりだろう。
「でも、解放軍の目論見は……多分、交国のオークが離反する事ですよね? 全てのオークが離反したら、交国軍だって相当苦しいはずですよ」
「それはそうだろう。けど実際、どの程度離反すると思う?」
「それは……」
「アンタらは、実際に『離反しよう』って気は起こしていないだろう?」
2人共、やや反応鈍いが頷いてきた。
コイツらの命は、解放軍に握られている。副長は丁重に扱うって言っているけど……解放軍はテロリストだ。交国以上に国際法を遵守するか怪しいもんだ。
副長はともかく、解放軍兵士の「気分」で殺される可能性はある。
そういう苦しい立場にいるコイツらですら、離反に後ろ向きなんだ。交国軍から全てのオークが離反するのは難しいだろう。
少なくとも、直ぐには難しいだろう。
交国のオーク達が全員騙されていたとしても、皆、今まで「幸福」だったんだ。何も知らないまま、「幸せな夢」に浸っていたんだ。
急に現実に引き戻されたところで、直ぐに「交国、許せねえ!」と動ける奴はそう簡単に出てこないだろう。
時間が経てば、たくさん出てくるだろうがね。
解放軍側が上手く流れを掴めば、一気に状況が動く可能性がある。交国政府が簡単にそれを許してくれるとは思えないが――。
「解放軍は所詮、テロ組織だ。交国軍という『軍隊』と真正面からやり合えるほど強くない。ゲリラ的に立ち回って何とか生き残れる程度だろう」
「けど、ネウロンにいる解放軍は……ここで決起してますよ? ネウロンを拠点に交国軍とやり合うつもりのようです」
「そのようだね。無茶だと思うけどねぇ」
ネウロン以外でも解放軍は動いているだろう。
ネウロンのように、現地の交国軍を破った場所もあるかもしれない。
けど、少なくともネウロンを「解放軍の占領地」として維持するのは難しい。
ネウロンには社会基盤がまるでない。何もかも足りない。
元々が後進世界で、その基盤すらタルタリカが更地にしやがった。交国が復興中だったが、それもまだまだ小規模だ。
「ネウロンにいる人間は……あたしら含め、界外の輸入品に頼っている。食料生産は再開しているが、ネウロンの食い物だけじゃ足りない」
ネウロン旅団が多少減ったところで、間に合わないだろう。
暇な兵士を全員、食料生産に割り振ったとしても絶対足りない。先進的な農業には肥料や農薬が欠かせず、それは100%界外産に頼っている。
工業製品も殆どを界外頼りだ。当然、兵器も100%界外製だ。タルタリカによって世界がメチャクチャになったから、復興にも時間がかかる。
ネウロンでの決起は「砂漠のド真ん中」で決起するようなもんだ。
多くの人間が価値を見いだしていないからこそ、簡単に決起できるが……経済的砂漠地帯であるネウロンで決起したところで、1年と持たず干上がるだろう。
ネウロンを真っ当に復興していけば、いつか経済的砂漠地帯から脱却できる。
けど、交国と戦争しながら復興するなんて不可能だ。
種を撒けば、いつか芽は出るかもしれない。
けど、それは今日じゃない。明日でもない。
ずっと先の話だ。
芽が出たところで、戦火に焼かれる。
戦後、解放軍兵士の亡骸を苗床にした花畑が出来ても意味はない。
「界外から数多くの物資を持ってこなきゃ、ネウロンの解放軍は勝手に滅ぶよ」
「ブロセリアンド解放軍は、ネウロン以外でも展開しているはずです。副長も『解放軍の規模は大きい』と言ってましたし……」
「だとしても、交国の方が圧倒的にデカいさ」
交国が本気でネウロン近海を封鎖した場合、物資搬入は非常に難しくなる。100個物資を送っても、1個程度しか届かない状態になるだろう。
物資送るだけじゃ済まない。輸送用の人員も用意しなきゃならない。
解放軍が腐るほど金を持っていたとしても、物資運搬のたびに大量の人員が交国軍に殺されていたら……誰も運び手がいなくなる。
そんな無茶な仕事、誰もこなせない。
…………。
いや、一応いるか。
かなり特殊な会社がいる。「人材の墓場」であるあそこなら、何人死のうがせっせと物資を運んでくれるだろう。だが、どっちにしろジリ貧だろうさ。
輸送の人員が確保出来ても、運ぶたびに大量の物資が海の藻屑になる補給線なんて……絶対に維持できない。
「解放軍が勝つとしたら、『交国のオークの離脱』を完璧に成功させる事だけ。全てのオークが反交国活動を始めたら、交国軍は大きく割れるだろうからね」
「でも、そこまでの事態になる可能性は――」
「低いと思うよ。ただ、交国は困るだろうね」
解放軍は告発の道を選んだ。だが、他の道もあったはずだ。
例えば「オークの秘密を明かしていいのか?」と政府を脅迫することだ。
オークの件をネタに交国政府を脅迫し、金銭を要求する。あるいは「オークの待遇改善」を要求していく。
ブロセリアンド解放軍は既に「切り札」を切ってしまっている。
奴らが真実と主張する「オークの秘密」を告発してしまった。
本当に真実なら交国政府は困るだろうが、ブチ撒けられた以上は「そっちがそのつもりなら、こっちも強硬手段に出てやるよ!」と歯止めがかからなくなる。
お互いに損して、解放軍はボッコボコにされる。
後には夢から覚めたオーク達が残される。
オーク達は交国政府をずっと疑いの目で見つめ始め、火種は残り続ける。交国政府は頭を抱えるだろうが、対応していくしかない。
一方、ブロセリアンド解放軍は滅びている。残されたオーク達がその意志を継ぐかもしれないが、解放軍は既に交国政府の逆鱗に触れてしまっている。
この状態……解放軍も得をしていないと思うんだよねぇ。
それでも奴らは動き出した。
太陽の下に這い出てきて、暴れ回り始めた。
という事はつまり……奴らの狙いは「解放軍の勝利」じゃないかもね。
オークの勝利ですら無いかもしれない。
そうだとしたら……この事件、メチャクチャ厄介だね。解放軍の主張が「殆ど真実」の場合、交国政府の自業自得なんだが――。
「…………」
この子達に罪はない。
交国政府の罪を背負う必要も、我慢する必要も……本来はない。
オークは昔から差別されている。
その発端はブロセリアンド帝国という「オークの国家」が暴れ回ったこと。帝国の罪を、今を生きるオーク達に問う者は少なからずいる。
だが、この子達に何もかも背負わせるのは間違っている。先祖の罪を子供が背負う必要なんてない。この子達が背負える問題じゃない。
けど、悪い大人達はそういうの大義名分に振りかざすからねぇ……。
犠牲になるのはいつも弱者だ。弱い子供達。嫌な仕組みだねぇ。
「解放軍の勝ち目は殆ど無い。ただ、奴らはかなり計画的に動いていたようだ。それはアンタらも察しているだろう?」
「ええ、まあ……」
「こんなこと、計画的に動かなければ出来ませんよ」
渋面を浮かべたパイプが言葉を続けた。
「けど、ネウロンに解放軍の戦力が多すぎる気がします。相手に羊飼いがいたとはいえ、ここまで鮮やかにネウロン旅団がメチャクチャにされるなんて……」
「奴らは交国軍内部に多数の構成員を仕込んでいたようだからね」
副長もその1人だ。
「だとしても、ネウロンに敵が集まり過ぎでは……? 解放軍に寝返った人を含めても、1000人以上の兵士が繊一号にいるような……」
「こんな話を聞いたこと、ないかい?」
多分、小耳に挟んだ事はあるだろう。
「ネウロン旅団は質が悪い」
「「あっ……!!」」
「ネウロンには元々、問題児が集まっていた。そういう奴らは解放軍のような反交国思想に、とっくの昔に染まっていたのかもしれないよ?」
副長も、そういう話をほのめかしていた。
『ブロセリアンド解放軍は、軍事委員会にも顔が利くんですよ』
あたしに対し、自慢げにそう言っていた。
「おそらく、交国軍の人事権を握っている軍事委員会内部にも……解放軍の人間が入り込んでいるんだろう」
「そいつらが、ネウロン旅団を隠れ蓑に解放軍兵士を集めていたと……!?」
「推測に過ぎんがね。羊飼いが起こした『ネウロン解放戦線』の事件で旅団に多数の欠員が出て、その補充も行われたけど……それに乗じてさらに多くの解放軍の兵士がネウロンに集まってきたのかもね」
羊飼いの起こした事件は、解放軍にも打撃を与えたはずだ。
けど、奴の事件は「呼び水」にもなった。
ネウロンで決起し、即時占拠しやすい環境が整った。
さらに副長が自慢げに言っている「羊飼いと解放軍の協力関係」が出来たことで、解放軍の力も強まった。失った戦力は羊飼いとタルタリカで補填した。
「ネウロン以外でも、似たような事をしているかもね」
「なんてことだ……」
「ただ、交国の支配地域をちょっと削ったところで……と思うけどねぇ」
ネウロンは特に価値がない。
ここに戦況をひっくり返す兵器でも埋まっていたら、話は別だけどね。
おそらく、解放軍の勝敗を重視していない奴が、解放軍側にいる。
黒幕と呼べる存在がいるはずだ。どこかに。
交国政府の罪を告発した。交国を揺るがした。
これだけで、概ね目的は達成しているはずだ。解放軍が交国軍に勝ったら、それはそれで良しとするかもしれないけどね。
副長のような末端の兵士はそれに気づかず、無邪気に「交国に復讐するんだ!」と吠えている。ホント……上手く使われているだけだと思うんだが……。
副長も可哀想だよ。
犠牲者の1人だと……あたしは思う。
「解放軍に羊飼いがついた以上……交国軍相手でも、かなり善戦するかもしれません。交国軍と『巫術』は相性が悪い」
「だとしても、神器使いを3、4人投入すればいいだけさ」
羊飼いは強いが、交国だって奴並みに強い人間がいる。
複数人の神器使いが来たら、羊飼いもタルタリカも解放軍も蹴散らしてしまうだろう。奴らは単騎で戦況覆せる人材だからね。
「ネウロン近海を封鎖するだけでも、ネウロンの解放軍はキツくなる。物資が届かなきゃ、最悪、全員飢え死にだよ」
「その全員って、多分、僕達も含まれますよね?」
「まあね」
より弱い存在から死んでいくだろう。
子供とか、老人とか……そういう存在から死んでいくだろう。
あるいは解放軍の捕虜からかね。
ブロセリアンド解放軍は、それほど「高潔な存在」ではない。
奴らはネウロンにいる一般人相手でも、「これは大義のために必要な処置」と無茶を言っている。一般人を追い出した建物に兵士を住ませている。
衣食住の「住」以上を奪いだしても、まったくおかしくない。交国がやっている事と大差ないどころか、下手したら交国より品が無いんだが――。
「英雄1人で勝てるほど、戦争は甘くない。解放軍は99%負けるよ」
「……残りの1%は、『オークの離反』が上手くいった場合なんですよね?」
「そうだね」
「それを上手く進めるために、解放軍は情報封鎖を行っているはずです」
「ふむ……?」
ラートの話を聞く。
いま、龍脈通信の障害が発生している。
それはネウロンだけに留まらず、交国領のあちこちで発生中かもしれない。
「多分、解放軍は通信障害が起きている場所で一斉蜂起しているんです。界外の情報を封鎖することで不安を煽り、現地のオークを解放軍に引き入れる」
「…………」
「そうすることで、1%の勝機を引き入れようとしているんです」
「なるほど。けど、通信障害は交国全土の話じゃないだろ?」
「それは……」
「ネウロンを含む一部地域のオークの勧誘が成功しても、交国全土のオークが寝返るわけではないだろう?」
そう言うと、ラートは苦しそうな表情を浮かべつつ、再び口を開いた。
「その時点では『一部の寝返り』だったとしても、それなりの規模なら次に続く奴らが現れるかもしれません。交国軍には……多数のオークがいますし」
「確かに。アンタの言う通りかもね」
解放軍の規模がそれなりになれば、それも1つの呼び水になる。
解放軍に流れがあるなら「俺も俺も」と参加する奴は増えるだろう。
その通りだとしても、解放軍の勝機は1%にも満たないはずだ。
もっと酷いかもしれない。
交国はただ強いだけじゃない。強い以上にズルいんだ。
「あ、ちなみに、その通信障害はどのタイミングで始まったんだい?」
「タイミング?」
「ブロセリアンド解放軍が放送を始めた時点かい?」
「いや、羊飼いが繊一号で事件を起こすより前です」
「…………」
だとしたら、タイミングがおかしくないか?
解放軍が交国軍に勝つのは、非常に難しい。
解放軍だけなら、まず勝てないだろう。
けど、解放軍だけじゃないなら……。
いや、だが、それでも……。
「……まあ、ともかく、解放軍は泥船だと思うよ。棺桶と言っていい」
銃座付きの木製棺桶だ。
頑張れば多少は人を殺せるだろう。
葬式の手間も省けるね。
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:星屑隊のパイプ
「……整備長の言う通りだ。解放軍は泥船で、棺桶だよ!」
そこは確かだ。そこは事実だ。
だから、僕らは気高く交国軍人で在り続けるべきなんだ!
「ラート、絶対に解放軍なんかに入っちゃダメだよ!?」
「あ、あぁ……。もちろん、そのつもり……だ」
「ひとまず……この状況を脱するべきだ」
僕らは解放軍に捕まっている。
副長は「丁重に扱う」と言っているけど、信用できない。
所詮、解放軍はテロ組織だ! テロリストが約束を守るはずがない!
「……何とか、繊一号から脱出しましょう」
ブロセリアンド解放軍は、いずれ負ける。
ネウロン旅団を助けに来た交国軍が、やっつけてくれる。
界外にいる解放軍も、交国に滅ぼされるに違いない。
「このままだと、僕らは解放軍に殺されかねません。野蛮な解放軍は、僕らが寝返らないと知ったら処分してくるはずです」
「まあ、その可能性は高いね」
整備長も同意してくれた。
僕は正しい。……正しい道を歩んでいるんだ。
僕らは、きっと……これからもずっと、正しい道を歩んでいけるんだ……!
「解放軍に殺されないためにも、船を奪って逃げましょう」
「解放軍の方舟を奪う……って事か?」
「それが一番良いけど、最悪、水上船でもいい」
とりあえず繊一号から脱出するべきだ。
逃げたうえで、ネウロン奪還に来た交国軍と合流する。交国軍が解放軍を粉砕したら、全部……全部元通りになるんだ……。
解放軍の話なんて、ぜんぶ……全部、嘘っぱちなんだ……。
「まあ……交国軍と合流しても、助かるとは限らないけどね」
「は? 何を言っているんですか、整備長」
意味がわからない。
僕らは交国軍人だ。交国軍の仲間なら、助けてくれるに決まっている。
「ネウロン奪還に来た交国軍が、羊飼いに負けるって言いたいんですか?」
「そうじゃない。交国軍がアタシ達を『仲間』と判断するか怪しいって話さ」
「どういう…………」
「アタシ達は既に解放軍に捕まっている。解放軍が送り込んできた工作員だと判断されて、『とりあえず殺しておくか』と判断される可能性もあるって話さ」
「――――」
違う。僕らは交国軍人だ。
正義の交国軍人なんだ。
……けど、それをどうやって証明する?
「交国軍は散々、無茶苦茶な手を使ってきたからね。ネウロン魔物事件後も、一般人の避難が住んでいない場所に<星の涙>を――」
「それは偽情報ですっ!!」
ありえない話を口にした整備長に抗議する。
そういう偽情報は、前々から流れていた。
……交国軍がそんなこと、するはずがない。
そうか。いまわかった。
その話も、ブロセリアンド解放軍の流した偽情報だったんだ!
奴らはうそつきだ。全部、ウソなんだ。
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:整備長のスパナ
「……まあ、とにかく、自分でよく考えて結論を出しな」
危うい目つきのパイプを見つつ、そう言う。
解放軍は泥船だ。
けど、交国が安全とも限らない。
解放軍が風を送りつけた「オーク」という火種は、交国全体を包む大火になるかもしれない。真偽はともかく、あの話は交国を大きく揺るがすだろう。
「整備長。俺、どうすればいいんですか……」
「あたしは無責任なことしか言わないから、聞くんじゃないよ」
パイプとは別方向に危うい状態のラートに、そう返す。
あたしは本当に無責任なんだ。あたしには何の価値もない。
それなのに、解放軍の中にも……あたしを過大評価する馬鹿がいるらしい。
頭が痛くなるよ……。まったく……。
「自分で答えを出すのは疲れるし、間違う事もあるだろう。間違って傷つくことも沢山あるだろうけど……それでも頑張って自分で答えを出しな」
「…………」
誰かに従う。それも1つの答えだろう。
それが正しいとは限らないけどね。
けど、少なくともあたしは駄目だ。
解放軍も、あたしも……交国も、あんまり信用しちゃあいけないよ。
じゃあ、誰を信じればいいか。
それは誰なんだろうね。……誰も信用しちゃダメなのかもね。




