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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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機兵起動



■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:死にたがりのラート


 町の近くにタルタリカがいる。


 それ自体は別に驚くことじゃない。


 ネウロンの大地には未だ多くのタルタリカがうろついている。群れが町を襲撃してくることもある。だからこそ守備隊が配備され、防壁があるんだが――。


「…………」


 市街地を囲む防壁の上に、人影がまったく見えない。


 それより外――港湾部や農地を守る防壁が外側にあるから、守備隊はそちらに集って対応中なのかもしれない。


「嫌な予感がするなぁ……」


 雷休みの件があるから不安だ。


 船に連絡して状況を確認しようとしていると、副長から連絡が来た。


 機兵対応班は直ちに船に帰還。場合によっては機兵で出撃という命令が来た。


 急ぎ、副長達との合流場所に走る。副長は軍用車に乗って待機し、俺達の到着を待っていた。レンズとパイプの姿はまだ無い。


 運転席に駆け寄り、「運転代わります」と言ったが、「いい。さっさと乗れ」と言われたので大人しく助手席に乗る。


「守備隊の動きが鈍い。嫌な予感がする」


「雷の所為かもです」


「雷程度で守備隊が仕事サボってたら問題だろ……」


「いや、どうもネウロン人は繊細みたいで――」


 副長になんと説明しようか迷っていると、レンズとパイプも走ってきた。


 2人が乗り込むと副長はアクセルをベタ踏みし、急発進。町中を突っ切り、一気に市街地の外へと出ていった。


「いま、門のとこに守備隊いたな。浮足立っていたが」


「タルタリカの咆哮ばっかり聞こえてきますね」


「奴らは雨にも弱いから、雨天だと活動弱まるもんなんだが――」


 砲撃の音も聞こえる。聞こえるが、随分と散発的だ。


 まだそこまでタルタリカが近くに来ていないのか――と思った瞬間、副長が思い切りハンドルを切った。ガラスに手をつきつつ耐える。


 手をついたガラスの向こう側に黒い影が横切る。耳障りな鳴き声を出しつつ、軍用車の横を突っ切っていった。


 ハンドル切ってなかったら、正面衝突してたな。


「タルタリカ、第一防壁突破してるじゃないですか!」


「みたいだな……! テメエら、応戦しろ」


 市街地のさらに外側にある防壁が突破されている。


 雨で視野不良なうえに、守備隊に聞いても状況が掴めない。


 それでもわかるものがあった。


 いますれ違ったタルタリカが、甲高い鳴き声をあげながら∪ターンしている。こっちを追いかけてくる。全速力で……!


 窓を開け、俺とレンズとパイプで応戦する。


 追いかけてくる3メートル級のタルタリカに向け、撃ちまくるが――。


「マトはデカいっすけど、拳銃じゃあタルタリカ殺せねえっすよ!」


「いいから撃て! レンズ!! 手本見せてやれ!」


 副長が叫んだ後、レンズが発砲した。


 俺とパイプが連射する中、黙って銃を構えていたが――副長に言われて発砲した。放たれた弾丸がどこに当たったかはわからなかった。


 ただ、追ってきていたタルタリカが「ギャッ!」と鳴き、体勢を崩した。


 そのまますっ転び、距離を取ることに成功した。


「レンズ! お前どこ撃ったんだ!?」


「目だよ、目。直ぐ再生されるだろうが、一瞬視界奪うぐらいはできる」


「さすがだ! その調子で頼む! 次が来たぞ!?」


 今度は2匹。


 泥を撒き散らしつつ、雨の中を疾走してくる。


 パイプと俺で打ちまくって牽制するが……流体で出来た肉に阻まれる。レンズみたいに目を狙うなんて離れ業、俺達には無理だ。


「レンズ! さっさと撃ってくれ!」


「無茶言うな。走行中のうえに、こっちは拳銃だぞ」


 そう言いつつレンズが撃った弾は、再びタルタリカの眼に当たった。


 だが、今度は僅かに怯むだけだった。


「チッ……。まあ目は両目あるし、そう簡単にすっ転んでくれねえか。すみません副長、さっきのマグレです」


「ラート! パイプ! レンズが撃ってるのとは逆の目を――」


「副長! ハンドル切って!!」


 後方のタルタリカが跳躍する。


 手を伸ばし、副長のハンドルを無理やり動かす。


 飛んできたタルタリカが、つい先程まで車両のいた空間に着地する。回避できた。回避できたんだが、今のでスピード緩んだ……!


 タルタリカ達が駆け寄ってくる。


 だが、その横合いから突っ込んできた3つの黒い影が敵を襲った。


 大狼だ。


 流体甲冑で作られた狼の爪が、化け羊達を切り裂いた。


「まさか、フェルグス達か!?」


『さっさと船に逃げろ! クソオーク共!!』


「スマン! 恩に着る!」


 フェルグスの声が聞こえた大狼に礼を言う。


 フェルグスともう1人の大狼が、さらに近づいてきたタルタリカに向かっていく。俺達が船まで逃げられるよう、援護してくれるようだ。


『船に戻るの、手伝うよぉ~』


「グローニャか!? 助かる!」


 軍用車に併走してきた大狼が――グローニャが、のんびりした声を出す。


 殿として残ってくれたのはフェルグスとロッカらしい。


 スアルタウの姿はないが――。


『ラートさん! 聞こえてますかっ!?』


 通信機からスアルタウの声が聞こえてきた。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:兄が大好きなスアルタウ


 町の周りで変な魂の動きが見えた。


 雷怖いけど、気になったから皆で艦橋に話をしに行くと、ちょうど隊長さん達が「守備隊の様子がおかしい」と言っているところだった。


 だから、第8で一番遠くを観測できるボクが船に残って魂の位置をチェックし続ける事になった。にいちゃん達がラートさん達を迎えに行って、何とか合流できたからラートさん達の魂の位置もわかるようになった。


「ぼ、ボクが敵の位置、見つけます!」


『悪いな、助かる!』


 艦橋の画面に表示された地図をつついて、ラートさん達の周りにいる変な魂の位置を記録していく。どう動いているか描いていく。


 それを見て隊長さんが指示する。どの道を辿って敵を回避していくか指示していく。グローニャちゃんや、にいちゃん達がタルタリカを引き付け、ラートさん達を船まで連れて行く。


 ラートさん達が戻ってきたら、きっと何とかなる。


 ラートさん達が助かるだけじゃなくて、町を襲っているタルタリカを倒すこともできる。だから、しっかり……しっかり敵の位置を観ないと……!




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:死にたがりのラート


『ダスト1。右折後、突き当りを左折しろ』


「了解」


『グローニャ特別行動兵。倉庫の屋根に登って吠えろ。声で敵を引き付けつつ、ダスト1達から離れろ。危険になったら海に飛び込め。直ぐに迎えを出す』


『わ、わかったぁ……!』


「グローニャ! 無理すんなよ!」


『だいじょぶっ!』


 グローニャの大狼と別れ、船に向かう。


 スアルタウが敵の位置を把握してくれるうえに、グローニャ達の援護のおかげで何とか戦闘を回避できている。


 回避できてるが、グローニャ達が心配だ。鎮痛剤を使って頭痛を回避しているとはいえ、流体甲冑だけでタルタリカを殲滅するのはキツいはずだ。


 そこら中からタルタリカの咆哮が聞こえる。


 外側の防壁は、おそらく完全に突破されている。数十体のタルタリカが繊十三号の喉元に牙を突きつけている。


 市街地にタルタリカが侵入するのも、時間の問題かもしれん。


 守備隊が十全に機能してない以上、星屑隊(おれたち)も機兵を出さないと……下手したら繊十三号が陥落する。大勢の人間が死ぬ。


 大丈夫、まだ何とかなる。


 敵を避けるために遠回りしているが、スアルタウ達のおかげで船に辿り着ける。


 このまま、何も起きなければ――。




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:甘えんぼうのグローニャ


『ウ~! わんわんっ! わんわんっ! こっ……こっちだぞ~っ!』


 がんばって大声出したり、ぴょんぴょん跳ねる。


 ラートおじちゃん達が食べられないよう、タルタリカ引き付けないと!


 おじちゃん達はケッコーつよい。


 ニイヤドでグローニャたちのこと助けてくれたし、機兵って巨人さん、タルタリカをボッコボコにできるぐらいつよい。


 つよい人達がいたら、守れる。


 がんばらないと――。


『あっ……! 町の方、いっちゃダメっ!』


 タルタリカが町の方に向けて走っていくのが見えた。


『グローニャ!? そっち行っちゃあぶないよっ!?』


『わんわんわんっ!!』


 がんばって大声出して、グローニャを見てもらう。


『わんッ!!』


 がんばって走って体当たりする。ちっちゃいタルタリカ跳ね飛ばす。


『グローニャ! 倉庫の屋根に戻って! 囲まる!』


『う~っ! こ、こっちだぞ~っ!!』


『なにしてるの! 早く逃げてっ!!』


 アルちゃんが「逃げて」って言ってるけど、ダメ。


 フツーに逃げるだけじゃ、ダメ。


 町の人、守らないと。


 町にタルタリカ入ったら、ぜったい、大変なことになる。


 町にママ達がいたら、危ない目にあう。


 そんなのぜったいダメ。


『わんっ! わんっ! わっ! わわっ……!?』


『グローニャ!!』


 タルタリカが来る。


 町じゃなくて、グローニャの方に来る!


 良かった。


『こっち……こっちにおいで! 町の方、いっちゃダメ!』


 タルタリカ連れて、また港の方に戻る。


 いっぱい来てるけど、グローニャの方が早いもんっ!


 こんなのぜんぜんダイジョブ――。


『わぁっ?!!』


『グローニャ!?』


 地面とお空がグルンとなる。


『いたたっ……』


 泥ですべって、転んじゃった……。


 急いで、逃げなきゃ……。


『グローニャ! なんで動かないの!? ころんだの!?』


『へ、へーき……』


 立ち上がる。


 あぁ、でも、タルタリカに追いつかれ――。


『わっ……!』


 グローニャに飛びかかってきたタルタリカが、地面に叩きつけられた。


 すごい早さで来た2匹の狼さんが、タルタリカをやっつけていく。


『フェルグスちゃん! ロッカちゃん!』


『危なっかしいんだよバカ! でもよく引き付けた! ここはオレ様とロッカに任せて、お前は一度逃げろ!』


『わかったぁ!』


 フェルグスちゃん達に任せて、ぴゅ~んと逃げる。


 あぶなかった! でもでも、グローニャもがんばったもん!


『グローニャ特別行動兵、そのまま海沿いに船に迎え。一度下がりなさい』


『え~? グローニャ、まだガンバレるよっ!』


『下がれ。これは命令だ』


『ぶ~っ』


 まだおクスリでだるんだるんになってないのに、大丈夫なのに。


 オークの隊長(たいちょー)さんが「下がれ」って言うから、言うこと聞く。あの人こわいっ! プリプリ怒らないけど、笑わないから怖いっ!


『あっ、機兵だ』


 港で機兵が戦ってる。


 でもあれ、星屑隊のじゃない。


 この町を守ってる機兵かな?


 あれっ……? あの子、タルタリカに囲まれてない……?


『助けてあげなきゃ……!』


 機兵でもタルタリカ相手に負けることあるって聞いた。


 周りにいっぱいタルタリカいて、このままじゃ負けちゃうかも。


 今度は吠えずにスッと近づいていく。


 フェルグスちゃん達みたいに、戦うの上手じゃないけど――。


『わんッ!』


 タルタリカを後ろから襲う。


 機兵の方を見てるから、不意打ちしたらグローニャでも倒せるぞっ。


『グローニャ特別行動兵、何をしている。船に戻れ』


『だいじょぶっ!』


 ここのタルタリカやっつけた方が、ラートおじちゃん達が楽に船に帰れる。


『あと2匹っ……!』


 タルタリカの首に噛み付いて、壁に叩きつける。


 そんで、爪を伸ばして魂を刺す。


『ごめんね』


 あと1匹。でも、それは町の機兵がやっつけてくれた。


『ダイジョブだった? グローニャ、つよかったでしょっ』


『グローニャ特別行動兵、その場を早く――』


 機兵がこっち向く。


 あれ? なんでこっちに武器向けて――。




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:死にたがりのラート


 発砲音が聞こえた。


 港で孤立し、必死に戦っていた守備隊の機兵が発砲した。


 それはいい。


 いいはずだった。


 隊長の切迫した声と、ヴァイオレットの悲鳴さえ聞こえなければ。


 ……グローニャの声も聞こえていれば、問題ないはずだった。


『何をしているの! 戻りなさいっ!!』


 技術少尉の叫び声も聞こえた。


 スアルタウの声は聞こえなかった。聞こえなくなった。


「――――。副長、先行っててください!」


「おいっ、ラート……!?」


 助手席から転がり下り、守備隊の機兵がいる方に走っていく。


「馬鹿野郎!! 撃つな!! 味方だ!!」


 叫ぶ。


 多分、聞こえていない。


 守備隊の機兵のスピーカーから「来るな。こっちに来るな!」という声が聞こえている。孤立して錯乱して、敵味方関係なく暴れてやがる……!


「グローニャ! どこだ! グローニャ!!」


 守備隊の機兵が暴れている場所に急ぐ。


 タルタリカの死体や、倉庫の瓦礫を乗り越えていく。


 グローニャの名を呼ぶが返事はない。


「アル! グローニャの位置を教えてくれ!」


 通信でアルに呼びかけるが、アルの返事はない。


 聞こえるのは、背後から来るタルタリカの声――。


「ッ…………!!」


 発砲しつつ、横っ飛びで逃げる。


 避けきれずにふっとばされたが、何とか着地する。


 体当たりしてきたヤツに向けて銃を向ける。振り返った次の瞬間、落ち着いて敵の片目を狙い、撃つ。当たったが致命傷には程遠い。


 一時的に出来た死角を通り、倉庫の中に入る。


 倉庫を通ってグローニャがいると思しき場所に急ぐ。


「うおッ……?!」


 倉庫から飛び出した瞬間、目の前を機兵の脚部が通り過ぎていった。


 蹴り飛ばされそうになったが、ギリギリ回避する。


 新手のタルタリカに機兵が襲われている。


 流体装甲で形成した銃はまだあるのに、銃を向けるだけで発砲できていない。あのバカ機兵乗り、弾丸の再装填忘れてやがる。


「グローニャ! どこに――」


 死亡し、溶けつつあるタルタリカの身体。


 それと同じように「どろり」と溶けつつある大狼の姿を見つけた。


 地面にうつ伏せになって、ドロドロと溶けていっている。


「――――」


 グローニャの名を呼び、駆け寄ろうとした。


 だが、直ぐ傍に機兵が倒れ込んできた。


 潰されはしなかったものの、10メートルの巨体が倒れてきた衝撃で揺れた地面で立っていられず、転ぶ。


 新手のタルタリカが来る。


 守備隊の機兵への追い打ちをしてくる。


 さらに、俺の方にも――。


「クソッ……!」


 湧き上がってきたのは「やっと死ねる」という安堵じゃなかった。


 突っ込んでくるタルタリカに銃を向ける。こんな豆鉄砲で倒せる相手じゃない。


 でも、倒さないとグローニャが――。


「――――」


 その時、タルタリカが吹っ飛んだ。


 蹴り飛ばされ、へしゃげながら吹っ飛んでいった。


 機兵に蹴られ、吹っ飛んでいった。


 守備隊の機兵じゃない。


 俺の機兵(・・・・)が動いている。




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:肉嫌いのチェーン


 勝手に下りた馬鹿(ラート)を連れ戻すために車を走らせていると、タルタリカが吹っ飛んでいくのが見えた。


 こっちに向けて吹っ飛んできて、屋根を流体で汚して通り過ぎていった。


 星屑隊の機兵が動いている。そいつがタルタリカを蹴っ飛ばした。


「バレットか……!?」


 星屑隊の機兵乗りは全員、まだここにいる。


 あんな風に動かせるヤツの心当たりは、オレ達以外だとアイツしかいない。


 だが違った。


 タルタリカを踏み潰し、殴り飛ばした後、操縦席から出てきたのは――。




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