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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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談合会場



■title:<繊一号>の宿泊所にて

■from:整備長のスパナ


 副長を追い出し、パイプと共にラートの話を聞く。


 繊一号から脱出した後、交国軍に襲われスアルタウが死んだ。


 フェルグスも大怪我を負った。幸い、命に別状はないが脚が動かなくなった。一応、脚に関しては長期のリハビリを行えば治る見込みらしいが――。


「俺の所為なんです。俺が、しっかりしていれば……」


「アンタの所為じゃないよ。自分を責めるのは止めな」


 ラートの顔色はずっと悪い。


 無駄に元気だった頃には考えられないほど、覇気もなくなっている。


 いや……元に戻ったというべきかね。星屑隊に来たばかりの頃に戻っている。


 あの時から「立ち直った」とは言えないかもしれない。あくまで空元気だったかもしれない。少なくとも今は空元気すら出せないようだ。


 ひとしきり話し終え、塞ぎ込んでいるラートを見つめていると――ラートほどではないが――表情を強ばらせているパイプが話しかけてきた。


「整備長……。副長達が……解放軍が言っていることは本当なんでしょうか?」


「どうだろうね」


 真実かもしれない。けど、全て真実とも言い切れない。


 あたしも「交国のオーク」に違和感を抱いていた。


 今まで出会ってきた子は大抵、型にはめられて作られたような「愛国心と家族愛にあふれた軍人」だったからね。


 ある程度は洗脳教育されているんだろうね――と思っていたが、解放軍が言っているレベルとは思わなかった。常軌を逸している。


「それっぽい証拠を並べているのは確かだ。真偽はあたしには判断できないよ」


 ひとまず明言は避ける。


 避けつつ、「アンタらは気づいたことないのかい?」と問う。


 問いかけたが、2人は家族に対して「違和感」を感じた事は無いらしい。交国政府が相当上手くやっていたのかねぇ……。


 ガキの頃からどころか、赤ん坊の頃から管理しているなら……ああいう事も可能なのかもしれない。けど、それでも限界はあるはずだ。


 よくもまあ、今まで破綻しなかったね……。


 隠しきるのは本当に難しかったはずだ。交国のオークの殆どが「生産」されていたとしたら、あまりにも規模がデカい話だ。


 倫理を踏み倒せば「効率的」なのは確かかもしれない。だが、発覚した時が恐ろしい。家の土台に雪や氷を使っているようなもんだ。


 交国を成り上がらせ、巨大軍事国家にまで成長させた玉帝が「便利だから」という理由だけで、薄氷の上に国家を築き上げるか?


 何か、こう……違和感を感じる。


 私の知る玉帝の人物像と、ハイリスクな軍事計画に乖離を感じる。


 あるいは……玉帝には何か「策」があったんだろうか……?


 倫理をノーリスクで踏み倒せるような策が――。


「まあ、少なくとも……副長は『本当だ』と言い張っている。あの子が解放軍と交国のダブルスパイの可能性も考えたが……どうもそうじゃないらしいね」


 副長はブロセリアンド解放軍の主張を信じている。


 盲信している、と言っていいかもしれない。


 いや、信じざるを得ないのか。……あの子も相当酷い目にあってきたからね。隊長に助けられていなければ、おそらく今頃……。


「まあ、それはともかく……ラート。大変だったね」


 改めてラートを労ったが、ラートは力なく首を横に振った。


 自分は何も出来ていない。そう言い、自分を責め続けている。


 ひとまず休ませてやるべきだ。逃亡生活で心身共に疲れているだろうから、とりあえず眠らせた方がいいんだが――。


「ラート、休む前に少し質問させておくれ」


「質問……?」


「アンタ、少し前から交国のことを嗅ぎ回っていただろ?」


 問いかけると、ラートは狼狽え、とぼけ始めた。


 パイプの(・・・・)前だと(・・・)言いにくいかもしれないが、「交国を疑っていた」人間の前で聞いておきたい事がある。意見を聞かせてほしい。


「とぼけなくていい。ヴァイオレットとスアルタウ……それとアンタ含めて、少なくとも3人は交国について何か調べていた様子じゃないか」


「…………」


「そんなアンタの目に、解放軍はどう映る? 奴らの言っていること、ホントはどう思っているんだい?」


「それは――」


「あんなの嘘に決まってます。くだらない偽情報ですよっ」


 ラートが答える前に、パイプが口を挟んできた。


 珍しく怒った様子でそう主張している。……余裕がない証拠だろう。


 いま意見を聞きたいのは「模範的交国軍人」のパイプじゃない。


 ラートだ。アンタの意見を聞かせておくれ。


「俺も……解放軍の言っていることは、ウソだと思っています」


「…………」


「いや……ウソだと、思いたいんです」


 否定したいけど、否定しきれないらしい。


 パイプがその事を批判しようとしてきたが、視線で制して黙らせる。


 憲兵(アンタ)的に見過ごせないだろうけど、今は非常事態だ。さすがにここに関してはラートの好きに言わせてやんな。


「オークに関してはともかく、交国が『何か』を隠していたのは事実です」


 そう言い、ラートは知っている事を教えてくれた。


 フェルグスとスアルタウの両親が、既に死んでいる可能性が高いこと。


 交国はその死をあえて隠し、偽の手紙まで使って子供達を騙していること。


 騙している件に関しては、<曙>艦内で諸々の話を明かされたグローニャとロッカ達の証言と一致する。


 ラートは繊一号の騒動が起きる前から、断片的に情報を掴んでいたらしい。


 まあ、嘘をつき通すのは難しいからね。


 交国の場合、バレたところでシラを切ったり暴力的手段で解決してきた。「ネウロンの問題」であれば今までのように握りつぶせてきただろう。


 でも、「交国のオーク」の問題は今までの問題の比じゃない。


 過去の出来事ではなく、現在もオーク達は利用されている。交国軍の中核を担うほど、大量のオークの兵士が存在している。


 彼らが一斉に交国に背を向けた場合……交国軍は瓦解する。国家を支えていた氷の土台が崩れていけば、軍どころか国そのものが瓦解するだろう。




■title:<繊一号>の宿泊所にて

■from:星屑隊のパイプ


「そんな……バカな」


 ラートの話を聞く。


 聞いた話はロッカ君達に聞いた話と、大差はない。


 ないけど……複数人からそんな話を聞く事になるなんて……。


 でも、敵の偽情報の可能性もある。巫術師や交国軍人を混乱させ、その混乱に乗じて何かをしようとしているだけ。きっと、それだけだ!


 嘘に決まっている。


 けど、嘘じゃなかった場合は?


「…………」


 特別行動兵は軍事委員会の監督下に置かれている。


 電子手紙(メール)も委員会管理下の検閲を使っていたはず。


 嘘じゃないなら、委員会も真っ黒だ。


 …………そんなバカな。


 交国も、交国軍事委員会も、「正義」のはずなのに……。




■title:<繊一号>の宿泊所にて

■from:整備長のスパナ


「…………」


 パイプの表情がどんどん悪くなっていく。


 あんまり顔に出しなさんな、アンタは交国軍事委員会の憲兵なんだよ。


 憲兵とはいえ、まだ若い。それに当事者(オーク)だ。


 真面目な子だからこそ、自身が属する組織の「正義」が揺らぐと動揺するんだろう。「若く青い」けど、これぐらいの歳なら仕方ないか。


「まあ……交国は昔から強引な手を使っているからねぇ」


 無駄に歳ばかり取った人間(エルフ)として見てきたものを思い出しつつ、言う。


「交国内では情報統制が行われているけど、交国のやり方はずっと前から<人類連盟>でも批判されているからね」


「じ、人類連盟は、全て知っているんですか……!?」


 パイプが驚いた様子で問いかけてきたので、「全ては知らないだろう」と返す。


 巫術師の件は規模的には(・・・・・)些細な問題だ。当事者にとって大問題だけど、今まで交国が握りつぶしてきた問題と大差ない問題だ。


 けど、「交国のオーク」に関しては今までと規模が違う。


「人類連盟で批判されていたのは、『交国の侵略行為』および『交国の統治体制』についてだよ。ただ、これに関しては余所の強国もやっていることだ」


 人連での批判は、ちょっとしたじゃれ合いだよ。


 オークに対することはともかく、侵略行為は余所も相当やっている。


 交国を含め、人類連盟の強国は強い力を持っている。誰の目から見てもハリボテの「大義名分」だろうと、押し通せるだけの力を持っている。


「人類連盟憲章では『未熟な世界への干渉』は禁止されている。けど、交国を含む強国は『プレーローマからの保護』とか『後進世界の紛争解決』を口実に、今まで何度も異世界に干渉してきた。批判されているのはこれだ」


「…………」


「批判されているけど、力を持っている国は大抵やっている。それが議題に上がる時は『最近、ちょっとやり過ぎでは?』と強国同士で牽制しあう時さ」


「交国のオークの問題は――」


「人連で問題になった事はない」


 なっていたら、さすがに交国の情報統制も限界がある。


 交国外の話題としてスタートしても、直ぐに交国内でも囁かれ始めるさ。


「ブロセリアンド解放軍は、余所が掴んでいなかった情報を何故か掴んでいる。偽情報だったら、証拠も自作出来たのかもしれないが……それだってハリボテさ」


「きっと偽情報(デマ)だから、真実が駆逐してくれます」


「必ずしもそうとは限らないけどね」


 高度な文明は情報伝達速度も速い。偽情報も発覚しやすくなる。


 けど、人間は情報の取捨選択をする。


 好き嫌いで情報を選び、偽情報でも「これが真実」と信じてしまう者もいる。


 文明の進化は情報の伝達速度だけではなく、高度な偽物も生み出した。偽情報に踊らされる奴を笑うのは簡単だが、彼らを正気に戻すのは大変なことだ。


 いや、そもそも、あたし達が偽情報に踊らされているのが現状だ。


 だって、「交国のオーク」に関する話の真偽を判定出来てないからね。


「解放軍の話がでっち上げじゃない場合、どこから仕入れた情報か気になるね」


 真実なら、とんでもない数の被害者がいる。


 本人達が違和感に気づけば簡単に漏洩するだろう。けど、今までおおっぴらになった事はなかった。……でも、いつ漏れてもおかしくなかったはずだ。


 ブロセリアンド解放軍の規模を考えると、交国政府とはいえ情報統制は不可能。真実を知っている奴を全員皆殺しするなんて不可能だ。


 ……今回の騒動、普通なら対応不可能のはずだ。


「ともかく、人類連盟は交国を止められない」


 人連なんて、所詮は「強国の談合会場」だからね。


 弱者というステーキを大皿に置き、強者達が「どうやって切り分けよう?」と相談する場だ。「お前ちょっと取り過ぎだぞ!」とじゃれ合う事はあっても、「皆、弱者(ステーキ)を食べるのはやめよう!」とはならない。


 空気を読まずに、そう言う奴らもいるけどね。


 最近だと、<竜国リンドルム>がそうだね。


 あそこの指導者(ドラゴン)は……少し、高潔すぎた。


 人連と強国に意見しすぎて、人連から出て行かざるを得なくなり……現在は交国軍とやり合っている。よく持ちこたえているようだけど……いずれ、交国に踏み潰されるだろうね。


 竜国の主力である<混沌竜>達は、非常に強力な力を持つ人ならざる者だが……混沌竜並みの戦力は交国にも沢山いる。組織力も段違いだ。


「交国は侵略した世界の人間を徴兵して、その世界の侵略戦争に駆り出す事もしてきた輩だ。色々と無茶してきたから……文句は皆に言われている」


徴兵(それ)は偽情報ですよ」


 パイプはムキになった様子でそう言ってきた。


 交国の正義を未だ信じている。


 信じていたいんだろうね。


「実際、徴兵は行われている。アンタだって見ただろう」


「何を――」


「巫術師のガキ共だよ」


 そう言うと、パイプは「あっ!」と声をあげた。


 身近な実例を思い出し、気まずそうな顔をした。


「で、でも……彼らが特別行動兵になったのは……魔物事件の責任があるからです。ネウロン魔物事件は、巫術師も関与していますから……」


本当に(・・・)関与しているのかい?」


 問うと、パイプは狼狽えながら「政府はそう言ってます」と返してきた。


 実に交国軍人らしい答えだ。


関与(そこ)の真偽は、とりあえず脇に置いておこう」


「…………」


「パイプ。アンタ、あんな子供達が戦わされていること、本当に正しいと思っているのかい? 同胞のネウロン人にすら差別されつつ、命がけで戦うことを――」


「そ…………それは…………」


 交国軍は「正義」の軍隊。


 弱者を守るため、命がけで戦う軍隊。


 その弱者には「子供」も含まれる。


 それなのに、そんな子供が戦場に投入される。


「あの子達が、魔物事件に直接関与しているとは思えない」


「ぅ……。…………」


 パイプだってわかっている。クソ真面目で、根は優しい子だからね。


 あの子達に真っ先に歩み寄ったのはラートだったけど、他の星屑隊隊員が様子見している中、パイプもラートに続いて子供達を気遣っていた。


 アニメや映画の上映会に誘ったり、子供達の荷物を持ってあげたり……機兵乗りとしての誇りを傷つけられながらも、それでも子供達と共に戦った。


 矛盾から目をそらしながら、特別行動兵に優しくしていた。


 けど、今はパイプも当事者だ。いつまでも知らんぷりは出来ないだろう。


 ま……アタシにエラそうに言う権利はないけどさ。


「交国に振り回されているのは巫術師だけじゃない。交国の侵略を受けた国の民や、流民といった弱者は振り回され続けてきた」


「「…………」」


「それでも交国は『正義の軍隊』と言い張っている。アンタらはその正義を信じてきた。そこには確かに洗脳(カラクリ)があっただろうし、交国は悪さをしても押し通せるだけの力があった」


 不都合な問題は握りつぶせる力があった。


 オーク達の件は……どうだろうね?


 本当に、今までの問題とは規模が違う。


「あたしの故郷も、大勢連れていかれた。過酷な戦場や資源採掘現場とかにね。そして帰ってこなかった」


 規模の大小はあっても、この手の話は交国建国初期から繰り返されてきた。


 パイプが黙り込む中、ラートが話しかけてきた。


 おずおずと話しかけてきた。


「整備長も……徴兵されたんですか……?」


「いや、あたしは志願兵だよ」


 一応ね。


 あたしは沢山の横暴から目をそらしてきた。


 助けを求められても、「あたしには無理」と断ってきた。


 特別行動兵(こどもたち)に優しくしていたパイプと違って、あたしは何もしてこなかった。それどころか……時には突き放してきた。


 同胞を売り飛ばす事すらあった。


 本当に、憲兵(パイプ)を悪く言う資格なんて無いんだよ。まったくね。


「あたしは、自分の意志で交国軍に志願しただけさ」


 死んだ息子が見ていた景色を……戦場を自分で見たくなった。


 あの子が死んでようやく、少しだけ……視線を動かしたのさ。


 それで誰かを救えたわけじゃないけどさ。





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