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犠牲者の望み

■title：解放軍支配下の＜繊一号＞にて

■from：肉嫌いのチェーン

「解放軍入りの結論は今日出さなくてもいい。けど、急いでくれよ」

　ラートには現実と向き合う時間が必要だ。

　オレの時は、まだ猶予時間があった。交国軍に残り、必要に応じて諜報活動をする猶予があったが……ラートには出来るだけ早く決めて貰わないと。

　ブロセリアンド解放軍は、もう動き出している。一斉蜂起している。

　交国はオレ達の存在を認めないだろう。間違いなく潰そうとしてくる。

　けど、交国軍は必ず瓦解する。

　交国軍はオークの兵士に依存している。オークの大量離反や動揺によって交国軍はガタガタになって、瓦解していくだろう。

　交国にオークの離反を防ぐ手立てなんて、存在しない(・・・・・)。

　奴らの軍事計画は最初から破綻していたんだ。

　それなのに始めた。交国というクソ国家の侵略計画を始めた。

　ずっとオークを犠牲にしてきた。馬鹿な奴らだよ。

「オレの権限でお前を檻に入れるのは回避した。ただ、解放軍入りを決めない以上は『捕虜』なんだからな？　フェルグス達のためにも早く決めてくれよ？」

「…………」

　ラートはオレの大事な仲間だ。

　解放軍末端の兵士が文句を言おうが、絶対に守ってやる。

　幸い、オレには「バフォメットと協力関係を結んだ」という功績がある。幹部の人達の後ろ盾があるから、ラートや他の奴らも守れる。必ず守れる。

「ひとまず、ここがお前の宿になる。懐かしいだろ？」

「…………」

　交国軍の宿泊所。

　交国本土の休暇前に泊まっていた宿だ。

　ブロセリアンド解放軍への恭順を示せていない軍人はそれなりの数がいる。けど、解放軍が強すぎて奴らも投降せざるを得ない状況だ。

　オレ達も戦力が欲しいから、そいつらを「捕虜」という形で確保している。捕虜を入れておける檻なんて限られるから、大人しい奴らは繊一号の一角に集めて管理している。この宿泊所もそのために占拠している。

「星屑隊の皆もここにいるぞ」

「皆も、解放軍に捕まったんですか……」

「うん、まあな」

　皆も戸惑っている。解放軍の言う事を信じない奴も、大勢いる。

　だからここに集めて頭を冷やしてもらっている。

　アイツらも「ネウロンを逃げ回っていても、いずれ死ぬ」って理解しているから……解放軍とタルタリカ、そして羊飼いで包囲したら投降してくれた。

　幸い、アイツらの中には怪我人もいない。

「隊長は……」

「隊長は別の場所だ。ほら、入れよ」

　ラートの拘束を完全に解いてやり、宿泊所に入るよう促す。

　建物内に入っていくと、ロビーのソファに星屑隊の人間が座っていた。

　ここにいるのは２人だけだが……中々の重要人物もいた。

「整備長、パイプ。ラート見つけたから連れてきたぞ～」

「ラート！　無事…………」

　整備長と話していたパイプが立ち上がり、ラートに駆け寄ってきたが……意気消沈しているラートを見て、勢いをなくしていった。

　何かあったと察してくれたらしい。

　実際、ラートはキツい目にあってるからな。労ってやるべきだ。

　可愛がっていたガキが死んだからな。……まあ、そういうキツいことあった以上、心が余計にグチャグチャだろうし……色々考える時間が必要だろうな。

「パイプ……。無事だったのか。整備長も……」

「う、うん……」

「星屑隊の皆は――」

「隊長以外、全員ここにいる。けど、ロッカ君とグローニャさんは――」

　パイプはオレをチラリと見つつ、「副長に連れて行かれた」と言った。

　なんだよ～、そんな言い方しなくていいじゃん。

「オレ、悪者扱いされてんのか？　オレはガキ共とお前らを保護したのに～」

「じゃあ、何であの子達だけ連れて行ったんですか？　また＜曙＞に……」

「巫術師が微妙な立場だからだよ」

　解放軍と組む前のバフォメットは、ちょっとやらかしちまった。

　アイツは巫術師を扇動し、繊一号にいた交国軍人を殺させやがった。

　その中には潜伏中の解放軍兵士もいた。

　死んだ戦力(にんげん)の補填はバフォメットにしてもらう。奴は戦力としてメチャクチャ頼りになるから、お釣りが来るほどだが……事実は変えられない。

　交国軍の兵士の中でも「巫術師が同胞を殺した」と認識している奴らが、それなりにいる。この近辺に隔離中の捕虜達も、それを認識している。

　星屑隊の奴らはグローニャやロッカをイジめたりしないだろうけど、他の奴らはわからん。火種と油は遠ざけて保管するのがベストだろ。

「オレは皆を守ってやってんのに(・・・・・・)理解してもらえないのか。悲しいねぇ」

「んなこと頼んでないよ。まったく……」

　整備長が少し眉間にシワを寄せ、オレを睨んできた。

　皆と「合流」した時のこと、まだ根に持っているのか？

　ラートは見つけるのに苦労したが……皆との連絡は結構、早い段階で取れた。

　連絡取れたから合流地点を指定して、待っていたんだ。バフォメットとタルタリカと解放軍の兵士と一緒に。……皆を保護するためにな。

　ネウロンの大地をうろついていたら、タルタリカに襲われる危険もある。バフォメットはタルタリカをコントロールしているが、常に完璧にコントロールできているわけじゃない。はぐれ者のタルタリカが好き勝手やる危険もある。

　……皆のためにやったんだけどなぁ。

「とりあえず、星屑隊は全員無事。でも、スアルタウは死んだ」

「…………」

「……アンタらが殺したのかい？」

　口を開いて絶句するパイプの横で、整備長がヒドいことを言ってきた。

　そこまでオレ達を疑うのか？　……アンタはこっち側(・・・・)じゃねえの？

「違いますよ。諸々の事件で混乱した交国軍人に殺されたそうです」

「…………」

「つまり、交国の所為ですよ。フェルグスも大怪我を負っているので、＜曙＞艦内に収容して医者に診せてます。あぁ、ラート、お前も診てもらわないとな」

　ここにはキャスター先生もいるが、先生に任せてばかりじゃダメだ。

　解放軍にしっかりした医者と、設備があるってアピールしなきゃな。

「いったい、ラート達に何があったんだい？」

「さっき説明した通りです」

「説明が足りないって言ってんだよ」

「副長、『冗談だ』って言ってください……」

「馬鹿。こんなこと冗談で言えるかよ」

　スアルタウは交国の所為で死んだ。

　交国は報いを受けるべきだ。オレ達には復讐の義務がある。

　とりあえず、スアルタウの件をもう少し説明しようとしたが――。

「俺が説明します。俺が、言います」

「ラート……」

「アルが死んだのは……俺の所為ですから」

　まったく……コイツ、相変わらずだな。

　全部自分で背負おうとする。背負わなくていいものまで背負う。

　やっぱ、コイツにも復讐させなきゃダメだな。

　責任という荷物を下ろさせて、楽にしてやらないと……。

　ラートが整備長達と話そうとすると、整備長はオレを見て、言葉で殴ってきた。

「アンタは出ていきな」

「ハァ。ヒドいなぁ。オレ、皆のために動いてるんですけど？」

「アンタがアンタなりの考えで動いたってことは、わかる。けど……アタシ達はあくまで『捕虜』だ。解放軍に入ると決めたわけじゃない」

「…………」

「交国所属の軍人と、その『敵』がここで馴れ合うのもおかしいだろ？」

　そういう物言いがヒドいんだよ。

　少し、計算と違ったなぁ。

　整備長の……ブリトニー・スパナの立場なら、わかってくれると思ったんだけどな。アンタ、まだ交国(そっち)側に立つんだな。……頭おかしいのか？

「ハァ……。はいはい、お邪魔虫は退散しますよ、っと」

　けど、アンタ達も直ぐ理解するさ。

　皆、オレに頼るしかないんだ。

　それ以外の選択肢なんてない。

　交国と戦う以外の選択肢なんて、存在しないんだ。

　……交国の犠牲者は全員、生者(オレ)達にそう望んでいるんだ。

　復讐(ころせ)、復讐(ころせ)、復讐(ころせ)。

　憎き仇を、交国を殺せ――ってな！