表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
297/875

夢幻と無限



■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:死にたがりのラート


「ちゃんと栄養補給……いや、メシ食ってたか?」


「…………」


「あんまり吐けてねえな。まあ、食料にも困ってただろうし、そうなるか」


 道端で手をつき、吐いた。


 出すもの全部出してもなお、気持ち悪くて吐き気が止まらない。


 少し落ち着いてきたところで、副長が俺の口元をハンカチで拭いてくれた。胃液で汚く汚れた俺の口元を……食事をこぼした赤ん坊相手にするように……。


 やめてください、と副長を押しのけ、軍服の袖で口元を拭う。


 副長は俺に拒否されてもなお、笑みを浮かべている。優しい微笑みだった。


 星屑隊にいる時から、そんな笑みを向けられる事は何度かあった。俺の言動に呆れながら、時に怒りながら、俺を……俺達を見守ってくれていた副長の眼差し。


 今日はそれが一段と優しく見えた。


 副長の立っている場所が解放軍じゃなけりゃ……泣きついたかもしれない。


「…………」


 ここ数日、色んなことがありすぎて……頭が割れそうだ。


 めまいがする。座り込んでいると、副長の優しい声が飛んできた。


「まだ気分悪いだろ。少し休もうや」


 副長はそう言い、車内から取り出した飲料水を差し出してきた。


 受け取らず、問いを投げる。


「副長は、いつから真実とやらに気づいたんですか……」


「ハァ……。まだ信じてないのか?」


「軍学校時代に気づいたんですか?」


「いいや、お前らと大差ねえ頃よ」


 軍に入ってから「真実」を知ったらしい。


 ……誰かにそう吹き込まれたんじゃないのか?


 絶対ウソだ。交国政府が、俺達をずっと騙していたなんて……有り得ない。


 出来るわけがない!


 副長の話が本当なら、いったい、どれだけのオークが――。


「星屑隊配属になった時にはもう、オレはブロセリアンド解放軍の一員だった」


「……ずっと俺達を騙していたんですか」


 そう言うと、副長は困った様子の笑みを浮かべた。


 秘密にしていたって意味じゃ、騙していたと言われても仕方ないな――と言ってきた。……なんでそんな、申し訳なさそうな顔するんだよ……。


 もっと……テロリストらしい顔でもしててくれよ。


 …………。


 全部ウソだって言ってくれ。


 副長はまともな交国軍人だって言ってくれ。


 俺、マジでアンタのこと信頼して……兄貴分みたいに、慕って……。


 俺は……星屑隊に……アンタに、救われて……。


「ずっと……羊飼い(バフォメット)と組んでたんですか……!?」


「いや、さすがにバフォメットは違う。奴と協力関係を結んだのは、ついこの間のことさ。昔から組んでいたわけじゃない」


「先日の……繊一号での事件より前に――」


「違う。あの事件の時さ」


 俺達を<曙>から逃がした後、接触したらしい。


 自分だけ<曙>に残って、運良く羊飼いとの交渉機会を得たらしい。……それじゃあ、繊一号の事件やネウロン解放戦線の件には加担してなかったのか。


「なんで、奴と協力を……。あの野郎は、交国軍人を殺したんですよ!?」


「それは確かにそうなんだが……。アイツは……強いだろ(・・・・)?」


 交国相手に戦っていくなら、重要な戦力になる。


 副長はそう言って笑った。いつもと同じ笑みなのに、いつもと同じに見えない。


「オレもダメ元だったんだ。元々、ブロセリアンド解放軍は近日中に行動を起こそうとしていて……『どうせなら手を組まないか?』と持ちかけたんだ」


「なんで……」


「なんでって……。だってアイツは交国と敵対している。実際、協力関係を結んでくれて……無駄な殺しは避けてくれたんだぜ? あれから」


 だからか。


 繊一号から逃げた後、ろくに追撃が来なかったのは。


 ブロセリアンド解放軍との共闘をあのタイミングで決めたから、戦闘行動を中断。交国軍の中に紛れている解放軍を生かすために、あえてそうしたのか。


「お互い、運が良かった。バフォメットはオレの交渉に耳を貸してくれて、オレの上役も解放軍を直ぐに動かしてくれた! おかげで一連の放送も直ぐ開始できた」


「…………」


「ブロセリアンド解放軍は交国の敵だが、お前達の味方だ。オレ達だって交国の一般兵は殺したくない。だから解放軍の軍門に下っていなくても、将来は味方になってくれると信じ、バフォメットに『無用な殺生はやめろ』と命令したのさ」


「何で、バフォメットはそれに従ったんですか……?」


「合理的に考えたんだろう。その方が効率的だって」


 敵の敵は味方。


 そんな勘定が、羊飼いと解放軍の両方で行われたのか。


 ……両者が握手した下には、交国軍人の死体が転がっている。


 だがそれは無視。手打ちにするって事か。


 そういう計算は、アンタらが言うところの交国と大差ねえじゃねえか……。


「…………」


「そんな睨むなよ~。隊長を助けるためでもあったんだ。仕方ないだろ?」


「…………! 隊長、無事なんですか!? ヴィオラは――」


 俺がそう聞くと、副長は何故か視線を泳がせた。


「あ~……。無事だよ。一応、2人共」


「何で急に歯切れ悪くなるんですか」


「無事だって! 隊長はオレにとって、命の恩人なんだぜ? あの人が……ブロセリアンドを悪く思っていても(・・・・・・・・)オレはあの人の味方さ」


 副長がまた笑う。


 さっきまで「真実」を主張しながら笑っていたくせに……今の笑みは、そうは見えなかった。副長は何かを隠している。


「隊長もヴィオラも無事だ。けど、隊長はバフォメットとの戦闘で負傷したから、いまは治療中でな……。ヴァイオレットも同じだ。まだ意識が戻ってない」


「…………」


「オレを信じてくれよ~。星屑隊の時から色々とケツを拭いてきてやっただろ? そりゃあオレと同じ境遇のお前らを、本当に大事に思っていたからだぜ?」


 何がウソで、何が真実なのかわからない。


 俺は……誰の言葉を信じたらいいんだ……?




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「ヴィオラと隊長に会わせてください」


「そりゃ無理だ。2人共、面会謝絶中だからな」


 ラートを少し休ませた後、再び車に乗り込む。


「2人は本当に無事なんですか……!?」


「ああ。けど、オレの権限じゃ、簡単に面会は取り付けられないのさ」


 オレは解放軍の人間だが、幹部でも何でもない。


 バフォメットという「強力な切り札」を仲間に引き入れた功績もあり、末端の兵士よりマシな立場だが……それでも何でも出来るわけじゃない。


 ヴァイオレットはバフォメットにとって「特別な存在」らしく、奴が許可しなければ面会できない。けど、一応、「生きている」と聞いている。


 実際、どういう状態で(・・・・・・・)生きているかは知らんし……バフォメットはヴァイオレットの事を、何故か別の名前で呼んでいるし……。オレもわからない事はある。本当に大事なら本当に生きているんだろう。


 隊長に関しては……ちょっとおかしいところもあるが――。


「そもそも、お前は一応解放軍の捕虜なんだぞ? お前が無駄に抵抗するから……そういう事にしなきゃここまで連れ帰れなかった」


「俺はブロセリアンド解放軍を『敵』だと思っています」


「ハァ~……。頼むから、オレの前以外で言うなよ?」


「嫌だと言ったら――」


「お前以外にも迷惑がかかる。例えば、フェルグスとかな」


 そう言うと、さすがにラートも表情を変えた。


 顔を強ばらせ、オレを睨んできた。


 あくまで例え話だ。本気でどうこうするつもりはない。


「わかってる。オレだってフェルグスのこと、心配なんだ」


 アイツだって交国の犠牲者なんだ。


 可哀想だと思うし、それに……戦力にもなるし……。


「お前が解放軍に入ってくれたら、解放軍が占領した繊一号(ここ)も大手を振って歩いてもいい。ヴァイオレット達との面会も可能になるかもな」


「副長、正気に戻ってください。本気で交国に弓を引くつもりなんですか?」


「……オレはずっと、正気だよ」


 もう夢から醒めたんだ。


 夢から醒めたからこそ、現実に立ち向かっているんだ。


 このくそったれの現実相手に……必死に足掻いているんだ。


「交国は俺達の母国です。本土には家族もいるんですよ!?」


「その家族が幻なんだよ」


 そもそも、家族が存在しないんだ。


 オレ達の人生はオレ達のものだ。家族だろうが交国政府だろうが、オレ達の人生に干渉するなんて許さない。……オレ達は、本来は自由なんだ。


「オレ達は1人の人間なんだ。それなのに実質的な人型兵器として運用されて……身体の感覚どころか、家族にまで干渉される」


「…………」


「この状況を変えなきゃ、犠牲が増え続けるんだ」


 フェルグス達も可哀想だ。


 けど、オレ達はもっと可哀想だ。


 交国の犠牲になったオークの数は、ネウロン人とは比べものにならない。


 この不幸の連鎖を断つには、交国を倒すしかないんだ。交国を長年に渡って支配し続けている玉帝をブッ殺すしかないんだよ。


「俺は……貴方のことを信じていました! 尊敬できる交国軍人として!」


「…………」


「でも、今の貴方は違う! 俺の知ってる副長じゃない!」


「確かに、オレは今まで偽ってきた。だが、仕方なかったんだ」


 交国は大嘘つきだ。


 そんな奴に対抗するには、オレ達だってウソをつかなきゃいけない時もある。


 オレのウソは必要だったんだ。


 交国は、オレなんかより……ずっと大きなウソをついている。


 ラートだって、「交国のウソ」を知っているはずだ。


「お前だってもう知ってんだろ? 幻の家族は、オレ達だけの話じゃない」


「…………」


「フェルグス達だって、オレ達と同じなんだ」


 交国政府が隠していた記録(しんじつ)


 バフォメットはそれを見つけ、巫術師達に開示した。


「アイツらの家族はもう死んでいる。少なくともグローニャの家族は交国政府の所為で皆殺しにされたらしい。……それなのに『死んでない』とウソをつかれた」


 偽の手紙まで出してやがったからな。


 揺籃機構でオレ達を騙してきたように、巫術師達も騙していた。


 幻の家族から来る連絡(メール)は、オーク相手に使っていた手紙偽造システムを流用するだけで良かった。巫術師相手にも似たことやってたんだよ。


 タルタリカがお前らの家族を殺したぞ――とか偽らず、余計にクソったれなウソを掴ませていた。「家族が生きている」「頑張っていれば再会できる」なんて希望をちらつかせ、奴らを軍事利用していたんだ。


 交国は腐っている。


 腐っているから、腐った手段を平気で使ってくるんだ。


 それを正すなら……もう、滅ぼすしかないんだ。


 交国は本当はオークの国家だった。交国は卑劣な手立てで<大ブロセリアンド>を吸収し、ブロセリアンドのオークを軍事利用し始めた。


 甘く実体のない偽物(ユメ)でオレ達を騙してきた。


「偽の電子手紙(メール)の件、お前やヴァイオレット達は気づいていたんだろ」


「…………」


「交国がろくでもない国だって、知っているんだろ? それは正しいが、ブロセリアンド解放軍は交国と違う。オレ達はお前らを救うために立ち上がったんだ」


「……信用できない」


「違うだろ。お前は『信じたくない』だけだ」


 交国が間違っていることに気づいている。


 けど、それを完全に認めるのが怖いんだ。


 自分が立っているのが、薄氷の上だと気づきたくないんだ。


 全て崩れてしまえば、冷たい現実(うみ)に落ちちゃうからな。


 怖いよなぁ。わかるよ。オレも真実知った後、ガタガタ震えたもん。


「現実を認めろ。幻じゃなくて現実を見つめて、前に進むしかないんだ」


「…………」


「交国と戦って生き残る以外、オレ達に生きる道は無いんだ」


 それしか選択肢がないんだ。


 ただ、この選択は必要なものなんだ。


 オレ達が選んだ気になって(・・・・・・・・)軍人を目指した時とは違う。


 戦って、戦って……敵をブッ倒した後に、無限の選択肢が待っている。


 夢幻の選択肢じゃない。ちゃんとした無限の選択肢が待っているんだ!


「…………」


 ヴァイオレット達と共に、交国を疑っていたコイツなら、それをわかってくれると思ったが……まだダメらしい。現実が怖いみたいだ。


 縮こまり、現実(おれ)から視線を逸らしている。


 怖いのはわかるが、それでも戦ってくれよ。頼むから。


「ラート、一緒に仇を討とう」


「仇……?」


「スアルタウが死んだんだろ? アイツが死んだのは交国の所為だ」


「違う。アルが死んだのは、俺が守れなかった所為で――」


「スアルタウが死ぬ状況を作った諸悪の根源。それは交国だろ!?」


「それは、違いますよ。あの子が死んだのは――」


「ネウロンを侵略して、ネウロンの平和を壊したの誰だ? 交国だ!」


 巫術師を特別行動兵にして、戦いを強要したのは誰だ? 交国だ!


 偽手紙まで用意して、巫術師達を騙してきたのは誰だ? 交国だ!


「スアルタウが死んだのは交国政府の所為だ! 奴らに復讐したくないのか!?」


「俺は……」


「スアルタウもきっと、復讐を望んでいるぞ!」


「…………! 違う」


「アイツは死んだ! 交国の所為で死んだ! 死にたくなかっただろうな! 痛い痛い、怖い怖いって言いながら、苦しみながら死んでいったんじゃないのか!?」


「ちがう……!」


 ラートの声が震える。


 涙声で「ちがう」と言った。


「アイツは最後まで……なにも……なにもっ……! 弱音を、吐かなくて……!」


「だが、きっと思っていたはずだ! 交国が憎いって! 玉帝に復讐してくれって思っていたはずだ!」


「アンタはアルじゃない!! あの子の気持ちを語るなッ!!」


 語るさ。死人はもう喋らないからな。


 スアルタウも、オレ達と同じだ。交国の犠牲者だ。


 苦しんで死んだ結果、抱く願いはきっと同じだ。


 オレや…………アイツと、ぜったい、同じなんだ。


 死んで楽になれたわけじゃない。ぜったい、死んだ後も苦しんでいるんだ。


 アイツらの願いを叶えてやれるのは、オレ達しかいない。


 オレ達は、復讐のために生きているんだ。


「復讐しよう、ラート。スアルタウもきっとそれを望んでいる」


「アンタに、あの子の何がわかるって言うんだ! あの子は……スアルタウは! 自分で……自分でっ……! 死ぬ道を、選んだんだぞっ……!?」


「選んだんじゃない。交国に選ばされたんだよ」


 全て交国の所為なんだ。


 根本的な問題を解決しない限り、悲劇の量産は止まらない。


「生き残ってしまった以上、オレ達には復讐の義務(・・)があるんだ」


 オレ達だけじゃない。


 フェルグスも(・・・・・・)同じなんだ。


「一緒に義務を果たそうぜ。ラート」


「なんで、そんなこと言うんですか」


 ラートが泣いている。


 完全に泣き始めている。


 ボロボロと子供のように涙を流している。


 あぁ、そうか、そういえばコイツはまだまだ子供だったな。


 けど、それでも……戦わなきゃいけないんだよ。


 現実がクソな所為でな。いつまでも夢を見ているわけにはいかない。


 戦って勝ち取ろう。全部、交国が悪いんだ。


「俺は……交国軍人です」


「…………」


「交国の人間として生まれ育って、物心ついた時からずっと……国と家族を守るために……助けを求めているために……正義のために、戦ってきて……」


「交国に正義が無いことは、もう理解しているだろ」


 交国が掲げているのは偽りの正義だ。


 偽りだろうと体面を取り繕った方が便利だからな。


 交国上層部は効率しか考えていない。心のない人でなし集団だよ。


 そもそも、人間なのかも怪しい。


 愛を知らない冷たい機械(AI)って方が、まだ納得できる。


「現実を受け止めろよ」


「受け止めたら、いままでのおれたちは、どうなっちゃうんですか……」


「…………」


「ただの戦争の道具、交国の鉄砲玉にすぎないって、言いたいんですか……!? おれたちが死んでも、だれも悲しんでくれないって……!」


「…………」


「うそだ。そんなのっ……ウソだぁっ……!!」


「…………」




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:死にたがりのラート


 なにが正しくて、何が偽りなのかわからない。


 もう、なにを信じればいいのかわからない。


 全員、うそつきだ。


 じゃあ、真実はどこにあるんだ?


 誰か、教えてくれ。教えてください。


 おれは、どうすりゃ良かったんだ。


 どうすれば……スアルタウを救えたんだ……?


 おれの人生は全て偽りで……ぜんぶ、まちがってたのか……?





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ