人型汎用兵器量産・制御計画
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:死にたがりのラート
「ラート。頼むから大人しくしててくれよ~?」
「…………」
「解放軍は、お前達の味方だ。そこは勘違いしないでくれ」
ブロセリアンド解放軍の方舟に乗せられ、繊一号まで戻ってきた。
副長は……アラシア・チェーン曹長は俺の拘束を一度解いてくれたが、俺が隙を見て機兵を奪おうとすると止めてきた。
他の解放軍兵士が俺を痛めつけてくるのも止めてくれたが、それでもあくまでブロセリアンド解放軍の兵士として振る舞っていた。
それどころか……副長は他の奴らをアゴで使っていた。交国軍を裏切ったどころか、解放軍でもそれなりの立場にいるらしい。
さすがに羊飼いまで部下にしている様子はないが、だからといって羊飼いが「上官」というわけでもないようだった。
副長と羊飼いは対等に見える。協力関係を結んだ、と言っていたが……。
「お前が無茶をやらかすと、フェルグス達まで迷惑かかりかねないからな? つーか、お前、雪の眼の史書官と行動を共にしてたのか」
「…………」
副長と共に繊一号に降り立つと、同じ方舟から史書官達も下りてきた。
史書官とエノクさんは怪我をしている様子はない。史書官はいつも通り気ままのようだが、拘束はされていない。それなりに丁重に扱われているようだ。
羊飼いもタルタリカの群れも、さらには機兵や方舟までいたんだ。羊飼いに巫術で見つかった以上、逃げ切れなかったのは……仕方ないだろう。
技術少尉もいる。
さすがに技術少尉は拘束されていた。解放軍の兵士に銃を突きつけられながら、怯えた様子で連行されていく。途中、助けを求めるように俺と副長を見てきたが……さすがに、今は何も出来ない。
「…………」
自分の手にかけられた手錠を見る。
これがあったら……。いや、これが無くても、俺は何も……。
「……俺達、この後で処刑ですか?」
「んなことしねえって! 交国軍じゃあるまいし」
副長はいつもの笑顔を浮かべている。
いつもと同じ笑みなのに、立ち位置は全然違う。
何で……反交国組織に身を置きながら、そんな顔できるんだ……?
「オレはお前達を助けに来たんだ。技術少尉に関しては……知ったこっちゃねえが、あの人も解放軍に大人しく従えば悪いようにはされないはずだ。多分な」
「副長は何で――」
交国を裏切ったんですか?
いつから裏切っていたんですか?
どうやって羊飼いと協力関係を結んだんですか?
無事そうに見えますけど、怪我とかしてないんですか?
聞きたい事は沢山ある。
けど、そんなこと聞いている場合じゃなかった。
「…………! フェルグス! アルっ……!!」
担架に乗せられたフェルグスが、方舟から下りてきた。
それと、アルもいる。……アルの入ったクーラーボックスも運ばれていく。
俺達の方じゃなくて、別の方舟に……解放軍が奪った<曙>に連れられていく。
「大丈夫、安心しろ。フェルグスは医者に診せるだけだ」
フェルグス達の方へ駆け寄ろうとしたが、副長に止められた。
抵抗したが、振りほどけない。
周囲の解放軍の兵士が銃をちらつかせてくる中、副長がそいつらを睨んで「撃つなよ。ラートは味方だ」なんてことを言った。
俺は交国軍人だ。解放軍の人間じゃない。
この人は、何を言っているんだ。
何が言いたいんだ。
「離してください! フェルグスが……! スアルタウが……!!」
「わかってる。心配なのはわかるよ? お前だってフェルグスを死なせたくねえだろ? オレだって同じ気持ちさ」
わからない。
副長のことがわからない。
この人、何で笑顔でそんなこと言えるんだ。
交国を裏切ったくせに。解放軍の一員のくせに!
「オレもブロセリアンド解放軍も、お前達の味方だ。信じてくれ」
「フェルグスの傍にいないと……! あいつ、自殺しようとしたんですっ!」
フェルグスは傷ついている。アルの死で不安定になっている。
俺が傍にいなきゃダメなんだ――と言ったが、副長は首を横に振った。
「あとは医者に任せておけ。お前はひとまず、フェルグス達と別行動だ」
「信用できない! テロリストの医者なんて……!」
「オレを信じろ。オレは星屑隊の副長だろ?」
「信じたいですよっ!! 信じてたんですよ! 副長のこと……!」
仲間と合流したかった。
その仲間の中には、当然、副長も含まれていた。
信じていた。ずっと信じていた。
けど、今のアンタは違うだろ。
立ち位置が、全然違うだろ……!?
「フェルグスは、いま……大変な状態なんですっ! 他人に任せられない!」
「けど、お前じゃ救えない。お前はただの兵士で医者じゃない」
それはお前もわかっているだろ――と言われた。
フェルグス達の姿は見えなくなった。<曙>の艦内に連れて行かれた。
ネウロンに戻ってきた時と同じ……。いや、もっと酷い状態で。
「お前は一応、捕虜扱いで連れてきた。諸々の手続きがある。……お前が悪いんだぞ? まったく……抵抗なんかするなよぉ……」
「テロリストのくせに、手続きなんかするんですか」
そう言ってやったが、副長はヘラヘラ笑うだけだった。
怒りもせず、「解放軍は交国軍なんかより、よっぽど理性的な組織だからな」なんて返してきた。
「お前が解放軍に入ってくれれば、手続きがもっと楽になるんだが――」
「入るわけないでしょ!? 副長、正気に戻ってくださいっ!」
「…………。オレは、ずっと、正気だよ?」
「テロ組織如きが、本気で交国軍に勝てると思っているんですか!?」
絶対に無理だ。
交国は多次元世界指折りの巨大軍事国家。
テロ組織が正面から立ち向かっても、蹂躙されるのがオチだ。
ゲリラ的に動いたところで、いつかやられる。
「バカなことやってないで、正気に――」
「交国軍はオークに……オレ達に依存している。交国が今の地位まで成り上がれたのは、オーク達を犠牲にしてきたおかげだ」
「…………」
「オークの離反が進めば、交国軍は機能不全を起こす」
「本気でそんなこと言ってるんですか? 解放軍の偽情報を信じてるんですか?」
「偽情報じゃない。全て事実だ」
副長の手が俺の顔に伸びてきた。
俺の顔を掴みつつ、言葉を続けてきた。
「交国は『正義の味方』じゃない。正義は、ブロセリアンド解放軍側にある」
「…………」
「オレ達は勝つ。必ず、交国に勝ってみせる。勝算あるから動いてんだよ」
抵抗する。副長の手を振りほどき、睨み付ける。
それぐらいしか出来なかった。
……副長はニヤニヤと笑みを浮かべ続けている。
「とにかく、お前はオレと来い。……色々と聞きたい事があるだろう?」
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「……解放軍のフリをしているだけなんですよね?」
「ちげーよ。オレはずっと前からブロセリアンド解放軍の兵士なのさ」
拘束したラートを車に乗せ、2人きりになるとバカなことを聞いてきた。
まあ、そう言いたくなるか。現実見たくねえもんな。
交国が作った欺瞞に満ちた夢幻の方が、つらい現実よりマシに見えるんだろうな。可哀想に……。でも、気持ちはわかる。
車を走らせつつ、ラートの疑問に答えてやろう。
「オレは交国のオークとして生まれたが、ずっと交国に軍事利用されてきた。それに気づいた時……目が覚めたのさ」
「…………」
「交国に復讐する。オレはそのために……今まで生きてきた」
それだけが、オレの生きる意味だった。
「ただ、交国はオレ1人で勝てる相手じゃない。だからオレはブロセリアンド解放軍に入りつつ、交国軍内部に潜り込み続けたのさ」
元々、交国のオークだから交国軍に居続けるのは簡単だった。
所属自体は何とかなる。
ただ、まあ……気分の良いものじゃなかった。
真実を知って以降、オレの世界は変わった。世界は一変した。
交国軍は「正義の軍隊」なんて言葉を100%信じていたわけじゃないが、あそこまで腐っていたなんて思わなかった。
白くて清潔なシーツの下に大量の腐乱死体が隠されていたなんて、思わなかった。交国が今までは上手く隠してきた事実を信じられなかった。
けど、交国がオークを軍事利用しているのは真実だ。
真実を知ったからこそ、オレは反吐が出る気分を抱えたまま、交国軍内部に潜んだ。解放軍の指示で諜報活動を行いつつ、蜂起の日を待っていた。
「交国は本当に……オレ達を軍事利用しているんだ。その証拠は解放軍の放送でも何度も流していたんだが……お前、まだちゃんと見てないのか?」
「偽情報なんて見る必要も、聞く必要もありません」
「じゃあ、かいつまんで教えてやろう。オークは工場で生産されるんだ」
人造人間の類いじゃない。一応、人間の腹から生まれるらしい。
基本は母体として適した人間を使うが、多数の兵士が必要になった時はそれだけじゃ足りない。交国の「敵」の胎を勝手に使う事もある。
交国は強大で横暴で、敵には不自由しない。表向きは存在しない捕虜や、交国の闇に引きずり込まれた女達を犠牲にし、計画的にオークを大量生産してきた。
「オークの生産は簡単。オークは男児しか生まれないから、安定して男を作れる」
「やめてください。聞きたくない」
「母体となる女の意志なんて関係ない。交国政府は――」
「やめてください!!」
ラートが叫んだ。青ざめ、震えている。
ああ、そういえば……コイツって15そこらのガキだったな。
ちと刺激が強すぎたか。
「まあ、とにかく、交国政府は長期的な計画を基にオークの数を管理している」
大多数のオークは交国軍の兵士にする。
オレ達は「自分の意志」で兵士になったと思っているが、そんなわけがない。物心つくかつかない頃のガキが、自分の意志で将来の仕事を決めるかよ。
中には「オークにも人権がある」と偽装するために、通常の職に就くオークもいるけどな。……オレ達と違ってちゃんとした家族を持つオークもいる。
そういう奴らは幸運なのかもしれない。
兵士以外にも実験体とか、過酷な環境で労働させられる奴もいるしな。まともな教育も受けさせてもらえず、死ぬまで与えられた役目を強要される。
いや、役目ですらない。
部品だ。
オレ達は、交国という巨大な兵器の部品だ。必要な戦場に、計画的に生産した部品をはめ込んでいるだけなんだ。
どこでどの程度の人員が不足するか、十数年前から予測する。長期的な軍事計画を立て、必要な人員を生産しておく。
あと何年で部品が摩耗しそうだから、交換用の部品を発注しておこう――ってノリで、作られるのさ。
「そういう非人道的なことをやっているからこそ、交国は成り上がれた。巨大軍事国家の地位を手に入れた。……たくさんのオークを人柱にしながらな」
「そんなの、今までバレなかったのがおかしい。ありえない!」
「実際、交国政府は上手くやっていたんだ。<揺籃機構>っていう、イカれた発明品を使って……オレ達をずっと騙してきたのさ」
「なんですが、それは……」
「一言で言えば、『夢を操る機械』らしい」
詳細はオレも知らん。
実際に使われていたとはいえ、自分では違和感に気づけなかったからな。
交国本土やいくつかの世界には、<揺籃機構>という機械がある。
オークはそれに繋がれ、交国政府に都合の良い夢を見せられる。
オレ達の「家族」は操作された夢の中にしか存在しない。「家族」の雛形となるプログラムが用意されていて、皆に「家族の幻」が使い回されている。
交国政府に利用されているオークは、全員、揺籃機構に繋がれて育つ。機構が置かれている場所は限られるから、常に繋がってるわけじゃないけどな。
その「機構が置かれている場所」がオレ達の実家であり、故郷だ。
「夢……。俺達の家族が、夢で、幻? そんな……バカな!」
ラートの顔色はずっと悪い。さっきよりさらに悪くなっている。
キツい話だよな。わかるよ。オレもそうだった。
揺籃機構に繋がれる事を考えただけで、吐きそうになる。真実を知る前は実家に帰るのが楽しみだった。全て偽りと知った時は、実際に吐いたし……泣いた。
オレ達は人間だ。
機械部品のように扱われているが、感情がある。
それなのに……酷い扱いを受けている。
「まさか、副長がこの間の休暇で実家に戻らなかったのは――」
「知ってたからだよ。真実を」
解放軍の兵士として、軍事委員会とかの目に付く行動は避けるべきだったが……どうしても生理的に無理だった。
あの時は、「ガキ共の子守り」って言い訳あって助かったぜ!
「夢だったら、普通気づきますよ!!」
「誰が気づくんだ?」
「それは……本人や、外部の人間が……!」
「揺籃機構が置かれている世界は、『テロ対策』などの口実で移動が厳しく制限されている。交国本土だってそうだったろ?」
アレコレと言い訳して、外部の調査を弾く。観光客すら弾く。
交国はそんなセコい手を何年もやってきたんだ。
おそらく、建国した最初期からずっと――。
「でも、夢なら気づけるでしょう!? 俺達自身が気づきますよっ!」
「気づかないよう、赤ん坊の頃から調教されてんだよ」
いや、下手したら胎児の時から……かもな。
揺籃機構は無敵で完璧のシステムじゃない。所詮は儚い「夢」に過ぎない。
じゃあ、完璧に近づけるためにはどうすればいいか?
躾けるんだ。調整するんだ。
ガキの頃からずっと、揺りかごに押し込むことで――。
「幼い頃からずっと揺籃機構に繋がれ、違和感を覚えないよう躾けられたんだ。その躾は5歳ころに第一段階が終了する」
「――――」
「第二段階として、親元から離れる。オレ達の場合は軍学校に送り込まれる」
訓練を積みつつ、年に数度だけ「帰省」という名の「調整」のために揺籃機構に繋がれる。そこで現実と夢のすりあわせを行っていく。
「第一段階はともかく、第二段階で失敗するオークもいるらしい」
「失敗……?」
「夢から醒めた奴らだ。揺籃機構という違和感に気づいちまった奴らさ」
そういう奴らは処分決定。
不良品として処分される。速攻で殺処分される事もあるが、人体実験に投入される奴らもいるんだってさ! 交国外に逃がして「秘密」がバレたら困るからな!
「10歳にも満たないガキ共が家畜みたいに殺されて、サイアクな時は人体実験だぞ!? クソったれにも程があって、笑えてくるよなぁ!?」
「…………ぜったい、ウソだ。交国が……そんなこと……」
「してるんだよ。してるから、オレ達は立ち上がったんだ」
交国政府にとって、オレ達は都合の良い部品。
けど、実際は人類の一員だ。本当は人権があるはずだ。
「……交国の蛮行を許していたら、今後も沢山の同胞が殺される」
大人だけの話じゃ済まない。ガキ共も……沢山殺される。
プレーローマに殺される前に、交国という屠殺機に殺される。
こんな状況、許していいわけがない。オレ達は「失敗作にならずに済んだ」からといって、看過して良い状況じゃないんだ。誰かが立ち上がる必要がある。
「大多数の交国人は、この事実を知らなかった。当事者のオーク達ですら……長年に渡って騙され続けてきた」
「…………」
「だが当然、交国上層部は真実を知っている」
知っているからこそ、計画的にオークを大量生産できる。
計画的に戦線に投入し、死んでも新しいオークを補充できる。
オーク達は揺籃機構によって、「幻の家族」という枷をハメられている。その枷があるからオレ達は交国から離れられず、死ぬまで戦う運命を強要されてきた。
オレ達が死んでも、誰も悲しまない。
工場生まれのオレ達に、家族なんていないんだ。
大量のオークが死んだところで、その遺族による厭戦感情の高まりが存在しない。誰もオレ達の死を気にしない。ゼロに何をかけたところでゼロのままなんだ。
仕送りをしたところで、家族には届かない。交国政府の懐に戻り、その金は新しいオークの生産に活用される。死後は貯蓄も全部持っていかれる。
恩給もゼロ。
支払うべき遺族なんて、存在しないからな。
「政府はオークに『家族は大事』『お国のために一生懸命働きましょう』と洗脳教育を施し、極めて士気の高い兵器を大量生産している」
歩兵として使って良し。
機兵乗りや飛行機乗りにして良し。
爆弾と「国と家族を守る」という希望を持たせ、特攻させて良し。
しかも、「普通の人間」を使うより金もかからない!
なんて効率的なんだ! ……なんて、交国上層部は思っているんだ。
「オークこそが最高の汎用兵器。交国政府はそう考えているんだ」
「…………うそだ」
ラートが頭を抱えている。
「…………」
一度、車を停めてやった。
車から出してやると、ラートは道端で「げぇげぇ」と吐き出した。
わかるよ。そうなるよな?
オレも同じだった。
オレ達は同じ痛みを持っている。
同じだからこそ、オレ達は同志になれる。
星屑隊の時より、ずっと固い絆で結ばれるんだ。
交国軍は嘘で作られた軍隊だが……全てが嘘だったわけじゃない。
星屑隊はきっと、解放軍でも上手くやっていけるさ。
「ラート。オレは……オレ達は、お前達の味方だ」
オレは、お前達を絶対に守る。
大事な仲間で、大事な弟分達だからな。
やってやろうぜ、同胞よ。オレと同じオークの兄弟よ。
オレ達の手で、交国と玉帝をブッ殺そう! 真の自由を掴み取ろう!
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:エンリカ・ヒューズ技術少尉
「うぅ…………」
解放軍なんかに捕まっちゃった……。
あ、あの役立たず軍曹……! アイツがしっかりしてないから、アタシまでこんな目に……! 雪の眼の護衛も、あっさり降伏して……!
あたしは、エンリカ・ヒューズよ……! あたしにはオーク共と違って、輝かしい未来が待っているのに……! こんなところで死ぬわけには――。
「な…………。なによ、アンタらっ……」
テロリスト共が、あたしを見ている。
頭のてっぺんから足先まで、ジロジロと見てくる。
特に……胸や、尻を……よく見てきているような……。
鼻息を荒くして、あたしを見ている。
「――――」
あ、やばい……。こいつら、あたしを……どこかに連れ込んで――。
「だ、誰か助っ――――」
逃げようとしたものの、転んだ。
足を引っかけられ、転んだ。
「ひ! ひッ……!」
「交国のクソめ。よくもオレ達を虐げてくれたなぁ」
「土下座しろ、土下座! そんで……身体で償え! 身体でっ!」
「やだッ! やだッ!! イヤーーーーッ!!」
『貴様ら。何をしている』
濁った機械音声が聞こえてきた。
がしゃん、がしゃんと音を響かせ、鈍色の巨体があたし達に近づいてきた。
テロリスト共もギョッとし、あたしに伸ばしていた汚らしい手を引いていった。そして、「バフォメット……」と呟いた。
コイツが……例の羊飼い? コイツもコイツでヤバいけど――。
「た、助けてっ……!!」
舌なめずりしているケダモノ達よりは、マシ……!!
羊飼いの足下まで這って進む。下衆テロリスト共が「あ、コラッ!」と言ってきたけど、ここまで逃げればこっちのもんよ、バーーーーカッ!!
「あ、あたしは交国術式研究所のエンリカ・ヒューズよっ!」
『知っている』
「あ、あたしを助けたら…………えっと、そのっ…………色々と得よ!!」
『具体的には?』
「えと、えっと……! あっ、あたしは巫術に詳しいのっ!!」
『私は最初の巫術師だ。貴様より詳しい』
「――――」
『まあ、いい』
バフォメットは身体から金属音を響かせつつ、テロリスト共に『コイツは私の獲物だ』と言い、追い払った。た、助かった……?
どっちにしろヤバい状況だけど……今は、コイツに媚びるしかない。
すり寄って「ありがとぉ、ありがとぉ~!」と言っておく。コイツが人間かどうか怪しいけど……甘えた声を出せば、何とかなるでしょ!
あたし、美人だしっ……!!
「あ、あたしのこと、探してたの?」
『ああ』
「え、えぇ~っ……! ひょっとして、あたしに一目惚れ?」
『貴様は先日、<曙>の艦内でスミレを傷つけたな?』
「え? 誰のこと?」
『それだけではない。アラシア・チェーンに聞いたのだが、それ以前からあの子をいたぶり、先日の一件以外にもあの子を傷つけたそうだな。……撃ち殺そうとした事もあったそうだな』
なんのこと?
誰のこと、言ってるの?
あたしが撃ったのなんて、第8巫術師実験部隊の特別行動兵ぐらい――。
『貴様は私の獲物だ。スミレを傷つけた報いを、今から与える』
「はぇ?」
羊飼いが、あたしの頭を触ってきた。
撫でるように触ってきて、ぐりっとぉ――。




