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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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弾丸の行方



■title:神に見放された地(ネウロン)にて

■from:死にたがりのラート


「…………!!」


 飛び起きると、日はすっかり高く昇っていた。


 よろけながら立ち上がると、端末片手にくつろいでいた史書官が「もうちょっと休んだ方がいいのでは?」と言ってきたが、睨むだけにする。


 コイツがいるって事は、フェルグスとスアルタウは――。


「フェルグスっ……!!」


 フェルグスは車に寝かされていた。


 良かった、誘拐されたわけじゃない。


 スアルタウもいる。……クーラーボックスの中にいる。


 2人共いる。気が抜けて腰も抜けたが、車に寄りかかる。車体を背にズリズリと腰を下ろすと、史書官とエノクさんが近づいてきた。


「おいっ……! 昨日はよくも……! 一服盛りやがって――」


「よく眠れたでしょう?」


「まだ眠っておいた方がいい」


 そう言われたが、睨みつつ「ありがとよ!」と言うだけに留める。


 ビビった。史書官に眠らされた時は、どうなる事かと……。


 単に善意で俺を眠らせただけのようだ。


 ただ、勝手にアルの身体に触ったらしい。


「防腐処理をしておいた。この中でも2週間は持つだろう」


「勝手な事を……。いや、ここは感謝すべきだな。ありがとう」


 そうだよな。そうした方が良かった。そこまで頭が回らなかった。


 キレイなままの方が、蘇生とかしやすいかもしれない!


「落ち着いたら、キチンと弔ってやれ」


「――――」


「落ち着くのは当分先の話だろうが、それでも弔いの時間は設けるべきだ。キミ達自身の気持ちにケリをつけるためにも必要な儀式だろう?」


 葬式(それ)が当たり前の事のように、エノクさんは言ってきた。


 そうかもしれない。


 けど、俺はアルを諦めたくない。


 蘇生したい。死んで欲しくない。


 蘇生に誰かの身体が必要なら、俺が死んでやる。


 いま直ぐ生き返ってほしい。クーラーボックスの蓋を開け、おずおずと出てきて、控えめに「ばあっ」と言ってきたら……きっと可愛いだろう。


 アルが蘇るだけじゃなくて、フェルグスの脚も直ぐに動くようになる。そしたら全部元通りだ。ヴィオラとロッカとグローニャもいて、星屑隊の皆とも合流して……全部、何も解決して、前みたいな日常に戻る!


 いや、前みたいな日常じゃダメだな。うん。


 アル達は、争いから離れて平和な世界で暮らしてほしい……。


 それって、そんな欲張りな願いなのか?


「…………」


「…………。先程、軽く付近の偵察をしてきた。今のところ問題はない」


 3キロ圏内にタルタリカの姿はない。交国軍がいる様子もない。


 ただ、5キロ先にタルタリカの群れを見つけたらしいが、それは繊一号方面に向けて去っていったから、気にする必要はないそうだ。


 高台でもないのに、1人でよくそこまで索敵できたな。ひょっとして、小型のドローンでも持っていたんだろうか。


 改めて礼を言う。この人達……というか、この人のおかげで助かっている。フェルグスだけじゃなくて、アルのことも診てくれるなんて……。


「フェルグスの状態も昨日より改善した。大事を取って休みたいところだが、ここに留まっていれば敵が来る可能性もある。今のうちに移動しよう」


「はい……」


「統制の取れたタルタリカの群れと遭遇すると面倒だ。ネウロンの交国軍も混乱している様子だから、そちらとの遭遇も避けよう」


 行く当てはあるか、と聞かれた。


 部外者に交国軍の情報を言うか迷ったが……行き先は秘密の場所じゃない。星屑隊との合流地点だ。この人達なら言ってもいいだろうと思い、伝える。


「そっちは、これからどうする?」


「私は繊一号に戻りたいで~す」


「我々もそちらに同行しよう。繊一号に戻るのはリスクが高い」


 1人、死地に赴きたがっている史書官がいるが、エノクさんがその頭を押さえつけて黙らせると多数決で行き先が決まった。


 俺も繊一号に……というか、羊飼いに用事がある。けど、先にフェルグスを逃がそう。フェルグスを星屑隊(みんな)に預けないと……。


 俺の命は、その後で使おう。


「……アンタらはどう思う? この現状」


 雪の眼コンビに対して、現状を問う。


 羊飼いが繊一号を占領している。


 奴が前に暴れた時……ネウロン解放戦線の時を考えたら、他の都市も無事じゃない可能性が高い。もう襲撃されているかもしれない。


 そのうえ<ブロセリアンド解放軍>なんて輩もいるなら、ネウロンの交国軍は再び窮地に立たされたと言っていいだろう。


 交国軍人として、民間人に意見を求めるのはどうかと思ったが……俺1人で片付けられる話じゃない。良い意見を聞きたい。


「繊一号でネウロン旅団の兵士が大勢死んだ可能性があるが、まだ立て直しは可能だろう。他の都市にもそれなりの規模の交国軍が来ていた――という噂を聞いた」


「どうも、ネウロン旅団は解放戦線の事件の時より人員が増えたみたいですよ」


「それなら何とかなるか……?」


「だが、相手は腐っても<真白の魔神>の使徒だ。数が2、3倍になったところでネウロン旅団()勝てないと思った方がいい」


「けど……交国軍はネウロン旅団が全てじゃない」


 ネウロン旅団なんて、交国軍全体の1%にも満たない存在だ。


 上にネウロンの窮状が伝われば、神器使いが派遣されるかもしれない。


 そう話すとエノクさんは頷き、「神器使いが2、3人いればバフォメット相手でも勝ち目は見えてくる」と言ってくれた。


「雪の眼が蒐集した過去の記録と照らし合わせると、バフォメットは万全の状態ではない。全盛期より大幅に弱体化している」


弱体化(それ)が本当だとしても、神器使いが複数人いないと勝てないか……」


「悲観する必要はない。バフォメットは強いが、交国軍はもっと強大な組織だ」


 交国軍が全力を出せば、この問題は解決できる。


 プレーローマ相手でもやり合っている人類屈指の軍隊だからな。


 それはエノクさんも史書官も認めてくれてたが――。


「それでも、<ブロセリアンド解放軍>は行動を起こした」


 史書官が人差し指を立てつつ、そう言った。


「解放軍は反交国活動をしている犯罪組織です。だからこそ交国軍の実力を理解している。何の策もなく大きな蜂起を起こせば鎮圧されるとわかっているはず」


「俺は……その解放軍の存在、まだ怪しいと思っているんだが……」


 羊飼いのでっち上げだと思いたい。


 そう言うと、エノクさんも「いや、解放軍は実在するぞ」と言った。


「エノクさんが言うなら事実か……。クソッ……!」


「私の方がエノクより偉いのに、私の言葉は信じないんですか……?」


「話半分に聞いてる」


「しょんぼり」


 史書官は両手の人差し指をツンツンし、落ち込み始めたが、直ぐにまた喋りだした。「解放軍には、何か策があるはずです」と言いだした。


「策って何だ?」


「例の放送です。あれが彼らの策であり、勝算なのでしょう」


「交国のオークが、交国政府に軍事利用されている……ってやつか」


 アレも疑わしい。


 信じたくない。


 だから、放送もあれ以来見ないようにしている。


「あの放送を信じたオーク達が、ワーッと解放軍に寝返るって言いたいのか?」


「ええ。交国軍で大きな活躍をしているのは神器使いや、それに匹敵する武器を持っている方々ですが……土台を支えているのはオークの皆さんです」


 神器使いは強い。圧倒的な力で大軍を屠ってくれる。


 ただ、数は限られる。神器使いに活躍してもらうなら、特定の世界防衛ではなく、攻撃に力を割いてもらうべき――と言われている。


 神器の特性によりけりだが、単騎でも圧倒的な戦闘能力を持つ神器使いが「どこに投入されるかわからない」という運用をした方が効果的だ。


 神器使いが自由に動けないと……それこそカトー特佐が所属していた<エデン>のような状況になる。<エデン>は主力の神器使いが流民防衛に注力せざるを得なくなった結果、少数精鋭の強みを活かせなくなったらしい。


 まあ、エデンの場合は、それ以外の事情も色々あると思うが――。


「大多数のオークの皆さんが離反したら、交国軍は崩壊しちゃいますよ」


「けど、解放軍の偽情報を鵜呑みにする馬鹿なんて、そんな……いないだろ」


「情報の真偽はともかく、解放軍の放送内容はかなり『それっぽいもの』でした。信じなくても兵士達に動揺が走るだけでも、交国軍は相当困るのでは?」


「そりゃあ……確かに」


 ウソかホントかわからないだけで、皆浮き足立つかもしれない。


 信じない。絶対に信じないぞ――と思っている俺も、正直、動揺している。


 交国軍に所属している全てのオークが離反しなくても、動揺するだけで交国軍の「土台」が揺らぐ。……動揺以上の話になると、もっと大変な事になる。


「解放軍は『いまこうして放送している間も、多数のオークが我々に合流してきている』と放送しています。そこは真偽不明ですが、『実際に合流してきてるよ~』って映像はバンバン流れてますね」


「それも捏造は可能だろ。所詮、映像だろ……?」


「その通り」


 問題は、実際に兵士達がどんな反応を示しているか。


 あとは……交国政府の対応か?


「アンタらの方でも、界外の情報は入ってこないのか?」


 世界間通信において、雪の眼――というか、雪の眼が所属している<ビフロスト>は最大手だ。主要国の世界間通信にはビフロストが大きく関わっている。


 ビフロストは<龍脈通信>という通信網を構築し、人類連盟加盟国どころかプレーローマにも提供している。雪の眼の調査官ならそれを自由に使って界外の様子を探れそうなもんだが――。


「私も、界外の情報が入って来ないんですよ」


「羊飼いとか……解放軍の通信妨害の影響か?」


「『誰が』に関してはわかりませんが、龍脈通信そのものに障害発生中なのです」


「えっ? そうなのか?」


「ええ。それこそ繊一号で戦闘が起こる前から、ネウロンは界外から孤立気味でした。龍脈通信の障害で。あと……ネウロン以外でも大規模な通信障害が発生していたようなんですよね~」


「解放軍の仕業か……?」


「さあ?」


 ブロセリアンド解放軍は実在する。エノクさんはそう言っている。


 解放軍は前々から反交国活動をしているようだから、交国にダメージを与えるために龍脈通信の設備を意図的に破壊しているのかも……。


「解放軍が計画的に蜂起していた場合……交国領内の通信網を破壊する事で、自分達の蜂起が成功しやすい状況を作ったのかもしれないな」


「可能性は十分ありますね。断定は(・・・)できません(・・・・・)が」


「現状、悪さしているのは解放軍と羊飼いなんだ。奴らがやったに決まってる」


 龍脈通信に障害を起こし、多くの世界を孤立させる。


 そうする事で「余所の世界はどうなっているかわからない」という状況を作る。


 わからないからこそ、皆が不安になる。その不安に煽られて、普段は信じない偽情報に釣られちまう奴もいるかもしれない。


「障害自体はちょくちょくある事ですが、まだ復旧していないのは少しマズいかもですね。さすがにボチボチ復旧すると思いますが――」


「ネウロンだけじゃなくて、余所も大騒ぎになってる可能性もあるのか……」


「ですね」


 ブロセリアンド解放軍が「ネウロンだけ」で蜂起したとは考え難い。


 話を聞く限り、それなりの規模の反交国組織みたいだからな……。


「ただ、彼らだけで交国軍と正面衝突しても、交国軍の圧勝で終わるのがオチです。交国のオークさんに関する話が『殆どホント』だったとしたら……交国軍が圧勝しても、尾を引く話になると思いますけど」


「ウソに決まってる……」


 通信障害が早く回復してほしい。


 ネウロンの状況が界外に伝わらないと、助けも来ない。


 龍脈通信が復旧まで時間がかかるとしても、せめて星屑隊の皆と連絡取りたい。


 ……黒水守とも連絡を取りたい。


 あの人はヴィオラと子供達を『助ける』と誓ってくれた。


 羊飼いと解放軍の件が片付いても、ネウロン関係の問題は残っている。ヴィオラ達を逃がさない限り、俺は安心して死ねない。


 何とか黒水守と連絡取りたいが……連絡は向こうからしてくるはずだ。どういう方法かはわからない。けど、黒水守の準備が出来ていても、この状況じゃ……。


 そもそも、ヴィオラはまだ羊飼いに捕まっているかもしれないし、グローニャとロッカの安否もわからない。……どうすればいいんだ。


「な、なあ! アンタら、今でも使える連絡手段がないか? なんでもいい、方法があれば教えてくれ」


「無いです。障害が発生している以上、ラート様と大差ない状況ですよ」


 史書官は微笑し、「そこまで連絡取れないとマズいのですか?」と言った。


 少し、ギクリとする。……コイツは色んな情報を調べている。俺達と黒水守の繋がりがバレたら、黒水守にも迷惑かけちまう……。


 上手く誤魔化さないと。


「れ、連絡取れないとマズいのは当たり前だろ。ネウロン旅団の長である久常中佐も、おそらく羊飼いに捕まったままなんだ。……最悪、殺されている」


「バフォメットは、久常中佐を操っていたのだろう?」


 エノクさんが「なら、殺していないと思うぞ」と言った。


「久常中佐を操って、ネウロン旅団の命令系統をグチャグチャにした方が効率的だ。実際、繊一号ではそうやってしてやられたんだろう?」


「それは……確かに。まあ、だからこそ、界外と連絡が取れないと……」


 いま、ネウロンにいる交国軍のトップは久常中佐だ。


 中佐が「反逆者」とか「指揮できる状況じゃない」と認定されない限り、ネウロン旅団がまとまらない。羊飼いのやりたい放題になりかねない。


 交国軍の本部に状況を説明できたら、久常中佐をネウロン旅団の指揮系統から一度切り離し、別の軍人に仕切ってもらえるはずだが――。


「ねえ……! とりあえず移動しましょうよ! 時間を無駄にしすぎよっ!」


 貧乏揺すりしながら話を聞いていた技術少尉が、口を挟んできた。


 少尉の言う事も正しい。話なら車中でも出来る。


 まずは星屑隊と合流したい。そしたら、もう少し状況が改善するはずだ。


「とりあえず、移動するか。星屑隊との合流予定地点は……繊七号だ」


 史書官達も来てくれるらしいし、一緒に最寄りの町に……繊七号へ向かおう。


 史書官は「使徒・バフォメットに会いた~い」などと言っているが、エノクさんは「危険だ」と止めてくれている。


 目的地が同じなのは……かなり助かる。


「エノクさんのような医者がいてくれると、フェルグスの容態が悪化した時に……助かる。これ以上、悪くならないのが一番だが……」


「最善を尽くそう」


「エノクでいいなら、ただ働きさせちゃってください」


「いや、金は払うよ。何とか……俺の給金で」


 2人の言葉にホッと胸を撫で下ろす。


 技術少尉も賛成してくれた。「人が多い方がいい」と言ってくれた。


「そちらが良ければ、車1台で移動しないか?」


「ああ、それじゃあ、そっちの運搬車にしよう」


 荷物だけじゃなくて、燃料もそっちに移そう。


 相談を終え、動き出す。


 技術少尉は……自分の荷物だけ持って、さっさと運搬車に乗り込んだ。


 手伝ってくれる様子はない。まあ、いいけど……。


「じゃ、おふたりとも頑張って」


「アンタもかよ……。いや、いいけど……」


 史書官も技術少尉と同じく、自分の荷物しか持たないらしい。


 エノクさんに手伝ってもらい、乗り換え作業を進めていると――。


「なッ! 何よアンタぁッ!?」


「――――」


 悲鳴が聞こえた。


 運搬車の中から、技術少尉の悲鳴が聞こえてきた。


 走って様子を見に行くと、技術少尉が両手を上げていた。


 銃口を(・・・)突きつけられ、両手を上げている。


「フェルグス……?」


 車内に寝かせていたフェルグスが……少尉の拳銃を奪い、構えていた。




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