神と天使
■title:神に見放された地にて
■from:史書官ラプラスの護衛 改め <死司天>サリエル
かつて、ワタシは救世神に仕える近衛の天使だった。
皆が言うところの<源の魔神>に仕えていた。
ただ、その源の魔神が行方不明になったため、ワタシは捜索を開始した。
源の魔神は「死亡した」と言われている。実際、死んだかもしれないが、あの御方が簡単に死ぬとは思えない。仮に死んでいても復活していてもおかしくない。
救世神は強大な力を持つ神であり、気難しい御方だった。近衛のワタシは癇癪を起こしたあの御方に何度か殺され、その度に蘇生してもらっていた。
救世神は強かった。
強かったが、寂しがり屋だったと思う。
神罰機構の皆は「蹴る・殴る・殺す」などの暴行を行うあの御方を疎んじていたようで、「源の魔神の死」以降、救世神からそっぽを向いた。
救世神を偶像として利用する事や、救世神の持っていた多数の権能の行方を心配する事はあったが、その身を積極的に案じていなかった。
我らの創造主だというのに、冷たいものだ。
ワタシは気難しく寂しがり屋な救世神が「どこかで困っていないか」と危惧し、プレーローマの職務の傍ら、捜索していた。今も捜索は続けている。
その捜索活動の中で、「ロイ」という放浪者と出会った。
彼は一見、ただの人間のように見えるが、ただ者ではなかったはずだ。
彼と初めて出会った時、ワタシは困っていた。
救世神捜索の路銀が尽き、さらに現住の人類に方舟を強奪され、海岸で三角座りして「どうしたものか」と思案していたワタシに対し、彼は声をかけてきた。「お困りだったら便乗するかい?」と言ってきた。
彼のおかげでワタシはプレーローマ本土に戻る事に成功し、今も救世神捜索が出来ている。その貸しは分割で返し、少し前に完済した。
彼との縁はネウロンで途切れた。
何故かネウロンで暮らしていた彼は、ワタシを呼び出して「手紙の配達を頼みたい」と依頼してきた。言われた通りにネウロンの外に持ち出し、投函しておいた。
それ以来、彼とは連絡が取れない。
ネウロン魔物事件に巻き込まれ死んだのかもしれないが、あの男がそんなサックリ死ぬかと問われれば……疑問が残る。
ロイは特別強い人間には見えなかったが、「賢く上手くやる」人間のようだった。魔物事件に遭遇しても上手く生き残ってみせてもおかしくない人間だった。
どこかで生きているかもしれないが、今のところ再会出来ていない。彼への貸しは全て完済済みのつもりだが――。
「……キミの父親は、いまどこにいる?」
簡単な手術後。
ロイの息子、フェルグス・マクロイヒに問いかける。
眠っているため返事はない。ただ、手術自体は成功した。
これで脚を壊死させずに済むはずだ。十分な設備が無いため、十分な治療は行えなかった。そのためリハビリは必要だが……そこまで責任を持つつもりはない。
「ワタシは人類の敵と呼ばれる存在だが、キミに対する敵意はない。今のワタシは、あくまで『雪の眼の外部協力員』に過ぎない」
本当だ。ロイの件に関しても大した報告はしていない。
三角座りしてちょっと困っていたところ、親切な人類に助けてもらった――と話した程度だ。<癒司天>は卒倒しそうになっていたが、<武司天>はゲラゲラと笑っていた。それなりにウケたようだ。
史書官・ラプラスの護衛をしているのも、プレーローマの意向は関係ない。
雪の眼に協力しているのは、救世神捜索に便利だからだ。ワタシは史書官の護衛を務め、代わりに救世神絡みの情報を提供してもらう。
自由奔放な史書官の言動は、たまに頭を引っぱたきたくなるが、耐えている。ラプラスは頭痛生成生物だが史書官としては優秀だ。
正体の関係上、交国にバレると大変なことになるが……ワタシの演技力は非常に高い。兄上はワタシの語りで爆笑してくれるし、姉様はワタシの語りで胃を痛めて心配してくれる。
そこまで他者の感情を揺さぶれるワタシには、演技力が備わっていると言っても過言ではあるまい。
まあ、仮にバレたところでラプラスの所為にすればよろしい。
死司天がウロウロしている事に気づかない交国も悪い。ワタシは悪くない。ワタシも悪気は無いので、皆が最終的に許してくれるだろう。
そもそもプレーローマがワタシの行動を――救世神捜索をよく思っていないが、兄上と姉様は許してくれている。一応許してくれている。問題あるまい。
「ワタシの素性はそのようなものだ。……それで、キミは何者だ?」
茶を飲んで一服しつつ、問いかけ続ける。
当然、返事はない。実質、ただの独り言だ。気にしていない。
フェルグス・マクロイヒは、放浪者の息子だ。
ただのネウロン人とは思えん。
実際、異常が発生している。生きている事が異常だ。
「キミとロイは、それなりに似ているが……本物の親子ではないな」
手持ちの検査装置で調べておいたが、結果が出た。
ロイの遺伝子も混ざっているかもしれないが、この子は少しおかしい。
一般的な方法で生まれた子供ではない。
製造されている。
「弟の方はどうだ?」
クーラーボックスに入っているそうだな。
調査のために取りに行く。途中、ハンモックに寝転びつつ、端末で動画を見ていたラプラスの頭を叩き、「見張りをしろ」と言っておく。
「いたた……。エノク、手術は終わったんですか?」
「終わった。問題ない。だが、この子の防腐処置もしておく」
クーラーボックスごと、スアルタウ・マクロイヒの遺体を運ぶ。
運び、細胞を採取してこちらも調べておく。
結果は同じ。この子も製造されている。
「人造人間の類いか……。ネウロン外の技術か……あるいはネウロンに残っていた<真白の魔神>の技術を使って造ったのか?」
どこの技術かわからないが、そこは些細かもしれない。
この子達の身体は「製造」されているが、そこまで特別ではない。
「身体構造は常人と大差ない。普通の人造人間と違うのは……ネウロン人として作り、巫術の才にも芽生えていることか」
身体を作る過程で、ネウロンの血も取り入れたのだろう。
これも輸血程度でどうにかなる話ではないが、ロイはどこかでそれを可能とする技術を手に入れたのだろう。あるいはロイ以外が造ったこの子達を強奪した。
この子達は、普通の人間ではない。
普通のネウロン人に偽装した人造人間だが――。
「……腑に落ちん」
本当に、大した性能ではない。
一般的なネウロン人と大差ない。
ネウロンにおいては、巫術の才もそこまで珍しいものではない。
この程度の性能しかない人造人間で、なおかつネウロン人に偽装したとなると……その辺の子供をさらった方が遙かに安上がりだ。
それなりのコストをかけているはずだが、出来上がったのは「凡人」と言っていい。わざわざ造る意図を理解できない。
「フェルグス・マクロイヒが生き残った理由。それは『特別な人造人間だから』と思ったのだが……そうではないな」
再生能力も凡人並みだ。
この子は、神器使いでもない。
当然、権能持ちでもない。
「生き残ったのは外的要因か?」
あの技術少尉は名医ではない。
ラート軍曹にも、この子達を助ける力は無かったはずだ。
「…………」
生者と死者両方の眼をよく見る。
異常はない。……ここに潜んでいる可能性も考えたが、いないか?
第三者に気取られるのを嫌って、隠れているのかもしれんな。
本気で隠れられたとしたら、ワタシでは見つけられないかもしれない。
「いや、そうか……。重要なのは肉体ではないのか……?」
目に見えるものに囚われていた。
急ぎ、それ以外を調べる。
予想通りだった。
だが、これは……思っていたものと違う。これじゃない。
しかし、この子達が人造人間である理由は大体察した。
「この子達は『器』か。なるほど。コストをかけて造る必要性は理解した」
理解したのだが……戸惑う。
人さらいをせず、人造人間を造った理由は大体察した。
「だが……これは失敗作だな」
失敗作だが、1つ謎が解けた。
フェルグス・マクロイヒは「失敗作の人造人間」だが、「ただのネウロン人」ではない。……そうか、だから奴はしくじったのか……。
ただ、あくまで失敗作だ。
どうやって造ろうとしたかはともかく――。
「ロイ。貴様、『神』を造ろうとしていたな? ……正気か?」
この子は『神』のなり損ないだ。
神を神たらしめる異能がない。
あるのは巫術と、「失敗作」という事実だけ。
「貴様があんなものを造ろうとしていたなら、さすがのワタシも止めるかもしれん。権能を使ってでも殺していたぞ」
ロイがそんな狂人とは思わなかった。
いや、ワタシの早とちりかもしれない。
この子達を造ったのは、ロイとは限らない。
だが、事情は把握していたはずだ。
「スアルタウ・マクロイヒの成否は判断できないが――」
この子はもう死んでいる。死んでいるため、確認できない。
だが、ロイの息子は2人と聞いている。
長男が失敗作だったとしても、三男が造られなかったという事は……次男の時点で「神」の作成に成功していたかもしれない。
実際は三号、四号もいた?
あるいは……二号が失敗だったとしても、打ち切らざるを得なかった?
ロイは技術者ではなかったはずだから、人造人間は何とか造れても「神」までは造れなかった可能性は高い。しかし、優秀な協力者がいた場合は?
それこそ、「神」自身が手を貸していたら――。
「――――」
スアルタウ・マクロイヒが「成功」していた場合、非常にマズい。
死んでいても、「神」になっていた場合は終わりではない。
「参った。よろしくない時に、よろしくない事実を知ってしまったな?」
今のワタシは雪の眼の外部協力員だ。
危険な事実を知ったとしても、それに干渉するのは許されない。
だが、まあ――。
「大丈夫か。スアルタウ・マクロイヒも『失敗作』である可能性の方が高い」
圧倒的に高い。
「神」など、造ろうと思って造れるものではないのだ。
この兄弟は人造人間だが、そこまで特別な肉体ではない。器が平凡な以上、「神」にまでは至れなかったはずだ。おそらく……。
「…………」
もう一杯、茶を淹れて飲む。
ロイがこのような所業に関わっていた事実を、少し、受け止め損ねている。
奴は何か企んでいても、善人だと思っていたのだが……実際は「親の皮」を被った狂人だったという事だろうか? そうであって欲しくない。そう思った。
でなければ、この子達はあの男の道具だ。
子供の皮をかぶせ、擬態させた兵器になってしまう。
「ロイ。お前は何を企んでいた?」
何かを企んでいたのは事実のはずだ。
奴はワタシに手紙を託した。
内容は確認していない。
託してきたから、ワタシも借りを返すために動いた。
誰宛の手紙かも把握していない。今更追うのは不可能だ。
だが、「神」が関わっているとしたら……最悪、多次元世界の勢力図が大きく塗り変わるかもしれん。あの「神」はそれだけの力がある。
「この件、ラプラスには…………まあ、いいか」
彼女には報告しなくてもいいだろう。
ワタシは護衛だ。調査まで手伝う必要はない。
それにそもそも、雪の眼は「歴史への干渉」が禁じられている。
護衛として雇われているワタシも、その決まりは守らねば。
ラプラスには、彼女が気づいた後に教えればいいだろう。
この件はひとまず……個人的に注視しておくだけでいい。
「…………。バフォメットは気づいていたのかもしれんな」
■title:失敗作の隣にて
■from:フワフワマンジュウネコモドキのマーリン
「にゃ~ん」
「…………? 誰かいるのか?」
「はぴはぴはぴ~」
「…………。いないが、いるのか?」
「はぴはぴはぴはぴ~♪」
「……まあいい」




