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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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ブロセリアンド解放軍



■title:神に見放された地(ネウロン)にて

■from:死にたがりのラート


 妙な質問をしたエノクさんが、車に戻っていく。


 運搬車の扉が閉まる音が聞こえた。今度こそ手術を進めてくれるらしい。


 俺達が話をしている間、史書官はせっせと茶を淹れる準備を進めていた。お湯が沸いたので、あとは史書官だけで出来るだろうと思ったが――。


「さ、ラート様。ここに座ってくださいな」


「俺は見張りが――」


「貴方は私達に恩義があるでしょう? フェルグス様を助けてもらう、という恩義がある以上、同席してお茶を飲むぐらいはしてくださいな」


 確かに……付き合うのが筋か。


 周辺を警戒しつつ、史書官の傍に立ったが、「座ってください」と促された。今のところ敵が来る気配は無いので、仕方なく史書官の対面に座る。


 カップに入った茶を受け取り、少しだけすする。


「竜のウンチを土代わりに育てたお茶の葉です。美味しいでしょう?」


「俺は味覚が無いけど、さすがにマズく感じてきたぞ……。聞きたくなかった」


「まあ! これ、結構お高級なものですからね? 交国の起こした戦争の所為で、今は一層手に入り難くなっているんですから……」


 史書官はニコニコと笑いつつそう言った。


 適当に聞き流し、話を聞く。


「アンタらも、繊一号にいたのか?」


「ええ。調査から戻ってきたところでした。で、運悪く事件に巻き込まれ、エノクと2人で逃げてきたのですよ」


「交国政府の監視は?」


 そう聞くと、史書官はお茶をすすった後、「戦闘の所為ではぐれちゃいました」と言った。監視を撒いたの間違いじゃねえだろうな……。


「しかし、アレは何だったんでしょうね? タルタリカの襲撃に乗じて、交国軍……というか<ブロセリアンド解放軍>が蜂起したって感じですか?」


「いや、羊飼いの仕業だ」


 例の放送は聞いたらしいが、正確な情報はわかってないらしい。


 助けてもらっている恩もあるし、繊一号で何があったか説明する。


 不確かな噂とか、巫術師が暴れていた事は出来る限り伏せて……。


 俺の説明を聞いた史書官は、興味深そうに聞いてきた。「貴方達が言うところの『羊飼い』には会えましたか?」と聞いてきた。


 その問いに頷きと、詳しい話を返す。


「奴は『バフォメット』と名乗っていた。あと『最初の巫術師』とも言っていた。アンタの推測通り、羊飼いの正体は<真白の魔神>の使徒だったんだろう」


「繊三号で貴方達が勝利したものの、仕留められてなかったのですね」


「みたいだな……」


 繊三号の戦いで、俺達は羊飼いを海門(ゲート)経由で混沌の海に追い出した。


 あとは荒れ狂う混沌が奴を殺してくれると思ったが……あの野郎、奇跡的に生き残ったらしい。強いうえにしぶといとか、嫌になる相手だ。


「繊三号での戦いからそうなんだが……羊飼いはタルタリカを自由に操っている様子だった。繊一号に来たタルタリカも、奴が操っていたもんだろうよ」


「ネウロン旅団、再び大打撃ですか」


「ああ。繊一号でも……軍人が大勢死んだはずだ」


 一般人も死んでいるかもしれない。


 ただ……俺達が逃げる時、町で一般人の姿は見なかった。


 戦闘前から避難所に逃がされていたのかもしれない。繊三号でも一般人の被害はそんなになかったし、羊飼いは一般人の虐殺は避けたいのかもしれない。


 …………なんでだ(・・・・)


 繊一号どころか、ネウロン中で無茶苦茶やりやがった奴なのに、被害を受けているのは交国軍ばかりだ。


 羊飼いが黒幕と考えられる事件では、一般人の被害はそんなに聞いていない。ゼロではないが極端に少ない。


 奴は「敵はあくまで交国軍」と考えているのか?


 犯罪者のくせに随分と紳士的だ。


 もしくは……何か目的(・・)があるのか?


 例えば「ネウロン人を助けたい」って考えがあるとか……。


 ……本当にそうか?


 奴は<真白の魔神>の使徒だ。史書官の推測通りならそうだ。


 真白の魔神は<叡智神>と同一存在で、叡智神はかつてネウロン人に反抗され、ネウロンを出て行った。その使徒がネウロン人を守る義理なんてあるのか……?


「…………」


「おっ、ラート様。頭がボンヤリしてきましたか? それとも考え事?」


「あ、あぁ……。スマン……」


 少し、考え込み過ぎた。


 それに……倦怠感が強くなっている気がする。


 しゃんとしないと、と思いつつ、茶を一気に飲み干した。


「繊一号の事件の裏に……使徒・バフォメットがいたとしたら、私が逃げたのは失敗でしたね。あそこに留まって、彼の使徒と接触すれば良かった」


「そりゃ無茶だろ。殺されるぞ」


 雪の眼の上にいる<ビフロスト>は中立の組織。


 交国どころか、プレーローマとも中立の組織だ。


 だから犯罪者(バフォメット)相手でも殺されない約束があるのか――と聞いたが、さすがにそんなものはないと言われた。じゃあ危ないだろ。


「逃げて正解だよ」


「私的には不正解です。まあ、エノクに首根っこを掴まれて車に叩き込まれ、窓から脚を突き出した状態で脱出開始したんですけどね」


「エノクさんは苦労人だな……」


 護衛対象が嬉々として死地に飛び込むと、護衛は苦労するだろう。


 繊一号から逃げた後も、この人に付き合わされていたうえに……フェルグスの手術までしてくれている。頭が下がるよ、ホントに……。


「幸い、追撃はされなかったんですけどね。使徒・バフォメットが今回の事件に絡んでいて、彼がタルタリカを操っていたなら納得ですね」


「何で……。ああ、そういう事か」


 いま、羊飼いはブロセリアンド解放軍という組織をでっち上げている。


 放送を通じ、交国軍人にそれに合流するよう、促してきている。


「繊一号で軍人を待ち構えるために、あえて繊一号で待ち構えているって言うのか? ブロセリアンド解放軍なんて嘘組織、誰が信じるんだよ」


「あら。ブロセリアンド解放軍は実在する犯罪組織ですよ?」


「えっ……?」


「犯罪組織といっても、人類連盟の認定ですけどね」


 <ブロセリアンド解放軍>という組織は、400年ほど前からいるらしい。


 そいつらは「反交国」を掲げ、地下活動を行っていたらしい。


 だから交国も人類連盟も、解放軍関係者を摘発していたそうだが……なかなかしぶとい組織なんだとか。400年も生き残るのは、確かにしぶとい。


「こういう形で表舞台に出てくるとは、ちょっと意外です。機が熟したって感じなのでしょうかね~?」


「まさか……羊飼いは解放軍設立にも関わっているのか?」


「いやぁ、そこまでは知りません。設立に関わっていなくても、利害が一致して組み始めたのかもしれませんよ? 使徒・バフォメットも交国と敵対しちゃってますからね~」


 混乱する。話についていけない。


 ブロセリアンド解放軍が実在する? 嘘っぱちの組織じゃない?


 仮にそうだとしても――。


「ブロセリアンド解放軍が放送で言っていることは、さすがにウソだろ?」


 俺達(オーク)に関する話。


 あれはさすがに偽情報のはずだ。


 解放軍が実在していたとしても、そこまではさすがに――。


「あ~、その話は交国との契約上、言えませんね」


「…………」


「冗談です。まあ、あくまで解放軍の話と限定してしまえば――」


 史書官も放送の件は詳しくないらしい。


 ブロセリアンド解放軍が言っている件の、真偽は正確に知らないらしい。


「しかし、彼らが言っているような噂なら、何度も耳にしましたね」


「……所詮は噂だろ。要するにウソなんだ。交国があんなことしてるはずない」


「でも、あの放送ってなかなか興味深いんですよね。連日、交国がオークの皆さんを騙して不正を働いている証拠を提示してますからね~」


「…………ぜったい、ウソの証拠だ」


 そうじゃないとおかしい。


 そうじゃないと、ダメだ。


 俺達の家族が幻? 存在しない?


 冗談じゃねえ。……本当だったら、俺達一体、何のために……。


「しょ、証拠なんて捏造できる。誰も……ブロセリアンド解放軍なんていう、怪しい団体の言葉なんて……聞かねえよ……」


「そうだといいですねぇ――」


「――――?」


 史書官の声が、遠くから聞こえた。


 いや、目の前にいる。


 目の前にいるのに……なぜか、遠ざかっている感覚がする。


「――――」


「おっ。やっと効き始めましたか」


「――――?」


 史書官が「くすり」と笑った。


 何がおかしいか聞こうとしたが、舌が回らない。


 持っていたコップが落ちた。……手が、上手く動かない。


「少し、眠くなるお薬を混ぜておきました」


「て…………テメェ…………」


「ラート様、ろくに眠っていないのでしょう?」


 休まないと、死んでしまいますよ。


 そんな言葉が…………、――――。




■title:神に見放された地にて

■from:史書官ラプラスの護衛


「エノク~。指示通りにラート様を眠らせておきましたよ」


「そうか」


 車内にやってきたラプラスから報告を受ける。


 ラート軍曹は疲れ果てていた。


 目は虚ろで覇気もなく、いつ倒れてもおかしくない状況だった。オークゆえに無理が利いていたのだろうが、怪我人である以上、休んでもらわねば死ぬ。


 再び車外に出て、地面で眠っているラート軍曹のところへ行く。


 ワタシの護衛対象(ラプラス)は気が利かないため、ラート軍曹を寝かせるだけ寝かせて放置している。寝床を整えてやった後、運んで寝かせる。


 改めてラート軍曹の身体を診たが、今のところ問題はない。軍曹の方が少年より丈夫なこともあり、こちらは多少、手当するだけで良さそうだ。


「せめて、今夜ぐらいは休んでもらう」


「ですね。ラート様は問題ないとして、フェルグス様の方は大丈夫そうですか?」


「処置しなければ、本当に脚を切断しなくてはならん」


 死ぬ可能性は低い。ただ、前の状態に戻すのが危うくなる。


 ワタシが処置さえ施せば、リハビリで済むだろう。技術少尉の処置だけでは脚が壊死しかねない状態だったが、今ならまだ間に合う。


「長期のリハビリは必要だが、再び歩ける日が来るだろう」


「リハビリ出来ますかね? 交国が特別行動兵相手にそこまで手厚い支援をしてくれるとは……とても思えませんが」


「では、<ビフロスト>の方で引き取ってくれるのか?」


 そう言ったものの、ラプラスは肩をすくめるだけだった。


 あの少年にそこまでする価値を感じていないのだろう。実際、組織(ビフロスト)としてリスクを冒すだけのメリットも無いように思える。


 彼は特別行動兵。交国の管理下にある少年兵だ。


 交国との外交問題に発展しかねないから、ビフロストの外交部も「元のところに返してきなさい!」と言うのがオチだろう。ラプラスの権限なら押し切れるだろうが、そこまでやるまい。


 ラプラスと言葉を交わしつつ、車内に戻る。


 少年を見つつ、言葉を吐く。


「この子は奇跡的に生存した。何故、生存したのか気になる」


「ラート様の話だと、スアルタウ様をフェルグス様が庇い……2人をラート様が庇ったのですよね?」


「ああ」


 彼の記憶は多少、混乱しているかもしれない。


 だが、大筋は問題ないだろう。


 問題ないが大きな違和感がある。一番生存率の高い子が死に、残る2人が生き残った。ラート軍曹は「アルの輸血のおかげだ」などと言っていたが――。


「ともかく、手術をしてこの子を生かす。問題ないな? 史書官」


「ええ。さすがに、この程度のことで目くじら立てたりしませんよ」


 ラプラスは笑みを浮かべたまま目をつむり、そう言った。


 雪の眼は歴史蒐集を行っており、史書官達はあくまで「観測者」の立ち位置厳守を求められている。歴史への過干渉は史書官も護衛も基本的に禁じられている。


 史書官の命が脅かされた場合、正当防衛は認められている。だが、少年の生死は史書官には関係無い。史書官次第では「見捨てなさい」という判断も有り得る。


「情報収集のために、現地の方々と交流するのも大事です。フェルグス様の証言も気になるので、チャチャッと生かしちゃってください」


「わかった」


 有り合わせの医療器具を手にしつつ、少年に向き直る。


 眠っている。意識がない。一応、麻酔はもう打っておいた。


 自己紹介ぐらいはしておこう。


「改めて正式な自己紹介をしておこう。ワタシは神罰機構(プレーローマ)の天使だ」


 ラプラスが「ちょっと」と言ってきたが、構わず続ける。


「<死司天(・・・)>のサリエルと言う。現在は『エノク』という偽名を使い、雪の眼の史書官・ラプラスの護衛を務めている。そして、今からキミの手術を担当させてもらう。手術といっても、手当の延長の簡単なものだ。安心してくれ」


「コラコラ。サクッと正体を明かさないでくださいよ~」


「この子は眠っている。ワタシが何を言っても聞こえまい」


 一応、名乗っておきたかったのだ。


 この子は放浪者(ロイ)の息子だからな。


「手術を始める。ラプラス。邪魔だから退出してくれ」


「はいはい。お茶飲んでますから、何かあったら言ってくださいな」


「見張りもしろ。働け」


「私、貴方の護衛対象なんですけど~……」


「タルタリカが来る可能性もある。警戒しておけ」


 来た場合、ワタシが対処する。


 ラプラスが襲われた場合、雪の眼にも「正当防衛だった」と言い訳できる。





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