2人のプレイヤー
■title:神に見放された地にて
■from:【占星術師】
「…………」
例の魔神の所為で、計画に修正が必要だった。
だが、その修正も概ね完了し、今は計画通りに進んでいるはずだった。
俺の計画に穴はない。
俺は未来を知っている。
<予言の書>により、運命に干渉できる遊者なのだ。
俺は選ばれた存在のはずなのに――。
「……俺の知る未来と違う」
馬鹿な軍人共を扇動してけしかけたのに、マクロイヒ兄弟を殺せなかった。
弟の方は殺した。しかし、兄の方は殺せなかった。
それに奴らと一緒にいた軍人も殺せなかった。
おかしい。何故、奴らが生きている?
運命を変えられるのはプレイヤーだけ。俺の干渉によって、奴らの死は確定したはずだったのに……殺せたのは何故か、スアルタウ・マクロイヒだけだった。
「まさか、俺以外のプレイヤーが干渉してきたのか……?」
そんな馬鹿な。
いま、ネウロンにいるのは【占星術師】だけのはず。
それとも、まさか、あの兄弟が自ら――。
【認識操作開始:考察妨害】
違う。有り得ない。
運命を変えられるのは遊者だけだ。
ただの労働者如きが、運命に抗えるはずがない。
マクロイヒ兄弟は、ただの労働者――。
【認識操作休眠状態移行】
「ああ、そうだ……。奴らはノンプレイヤー……運命を変えられるはずがない」
マクロイヒ兄弟の片割れが生き残ったのは、偶然だ。
俺の干渉が甘かったのだろう。……手心を加えたつもりはなかったが……俺自身が気づいていない手落ちがあったのかもしれない。
俺は特別な存在だが、実際にけしかけた軍人共は特別じゃない。どこにでもいる普通の軍人であり、奴らが弱すぎただけだろう。
「俺が直接、殺しにかかるべきだったか……? いや、だが、それは……」
俺自身が表舞台に出るのはマズい。
他のプレイヤー、あるいはプレイヤーキラーに見つかる可能性がある。
俺が直々に出るべき舞台は、まだ未来だ。
そもそも、マクロイヒ兄弟は大した存在ではないし……。
【認識操作開始:考察妨害】
確実に確保したかった明智光とは違う。
リスクを冒して殺す必要があるほど、重要な駒じゃない。
奴らを殺しておきたいのは、計画の妨げになる可能性があるから。
予言の書にそう書かれているから、一応、殺した方がいいだけ――。
【認識操作休眠状態移行】
「…………フン。認めてやる。確かに俺に手落ちがあったのだろう」
それ以外、失敗の原因が考えられない。
マクロイヒ兄弟は雑魚なのだ。奴らはただの巫術師だ。
奴らの存在が「計画の妨げになる」と予言の書に書かれていたところで、そこまで重要視する存在ではない。平凡なノンプレイヤー如き、どうとでもなる。
「俺の計画は完璧だ。俺には、未来が視えるのだから……」
「キミ、まだそんな戯言を言ってるの?」
「…………!?」
後ろを取られた。誰かが背後にいる。
マクロイヒ兄弟の監視を中断し、急ぎ、振り返る。
そこには岩に腰掛け、スケッチブックに何かを描いている女の姿があった。
女は俺の顔を見て、ニコリと笑って挨拶してきた。
「やあ、久しぶりだね。【占星術師】」
「【絵師】……!」
俺と同じく、運命を変えられる選ばれし者。
その1人である【絵師】が、俺に微笑みかけてきた。
……何故、この女がここにいる?
ネウロンには、俺以外のプレイヤーはいないはず。
そこらの雑魚ならともかく、よりにもよってコイツがいるなんて……!
知らない。
こんな未来知らない!!
「こんな未来知らない、とか思ってるの?」
「きッ、貴様……! 俺の心を読んだのか……!?」
顔面を手で押さえつつ、身構える。
警戒度を最大まで上げていると、絵描き女は可笑しそうに笑った。
「ウチは読心能力なんて持ってないよ。キミがわかりやすいだけ」
「…………」
「【占星術師】、キミは相変わらず予言の書を過信しているようだね。ウチらは未来が視えるわけじゃないのに……」
落ち着け。
【絵師】の戦闘能力は大して高くない。
ただ、厄介なだけだ。俺が苦手な相手というだけだ。
俺の計画がバレたわけではないはず……。
「…………」
【絵師】は俺の天敵……<観測肯定派>のプレイヤーじゃない。
奴らと違って、見つかったところでそこまで大事ではない。落ち着け。
姿勢を正し、努めて冷静に振る舞い、相手の目的を探ろう。
「【絵師】……今更、ボクの邪魔をしに来たのかな?」
「出た。その一人称。取り繕う時はいつもそれだよね~」
「質問に答えたくないのか? そういう事でよろしいか?」
「ウチがキミの邪魔なんてするわけないでしょ。する意味がない」
【絵師】は笑みを浮かべたまま、スケッチブックに視線を落とした。
何かを描き続けている。隙だらけに見えるが……。
「ウチらは目指すところが違うけど、キミがやろうとしている事はウチも望むところ。キミの計画が成功した方が面倒がなくていいんだよね」
「…………」
「警戒してもいいけど、キミの邪魔はしないよ。約束しよう」
この女の言葉など、何1つ信用できない。
この女は俺の計画を把握しているのか? そうだったとしてもおかしくない。【絵師】は何人もの同胞を葬ってきた最悪のプレイヤーだ。
他のプレイヤーから奪った予言の書により、自身の予言の書をさらに強化している。戦闘能力は低いが、警戒を緩めていい相手じゃない。
「ボクの予言の書を奪いに来たのでは……ないのか?」
「いらないよ、キミの予言の書は。というか、それは譲ったものでしょ」
「ええ、ええ……。その件はお世話になりましたね」
俺達の分水嶺。
いや、俺の……転換期。
それをもたらしたのは、この女だった。
その恩義はあるが、この女は信用できない。
「邪魔や回収でないなら、協力しに来たのですか?」
「いや、そこまでのリスクは踏めないよ。キミに裏切られて、キミが警戒している観測肯定派が来たら困るからさ」
応援はしてあげる。
ただ、「がんばれ~」と言うだけだよ――と【絵師】は言ってきた。
胡散臭い。この女の言葉ほど信用できないものはない。
【絵師】は千の毒を煮詰めて作られたようなプレイヤーだ。他者を騙し、扇動する専門家だ。<源の魔神>すらも、この女の手にかかれば稚児同然だった。
「今回は……ちょっと確認したい事があったから立ち寄っただけだよ」
「確認したい事……? こんな辺境の世界なんかで?」
「キミが殺したがっていたマクロイヒ兄弟の生死だよ」
それを確認しに来たらしい。
【絵師】ほどのプレイヤーが、あの兄弟に注目していたのか?
「彼らはあなたの計画に必要なのですか? それほどの駒とは思えませんが……」
マクロイヒ兄弟はともかく、【絵師】は侮れない。
【絵師】に認められ、予言の書にも記されている奴らは脅威――。
【認識操作開始:考察妨害】
いや、【絵師】も間違う事はある。
【認識操作休眠状態移行】
俺が兄の方を殺し損なったように、【絵師】も過大評価しすぎているのだろう。
マクロイヒ兄弟は大した存在じゃない。
どう考えても雑魚だ。
しかし、【絵師】ほどの歴戦のプレイヤーの手にかかれば、雑魚のノンプレイヤーでも戦力になるかもしれない。【絵師】にはそれだけの予言の書がある。
俺だって、【絵師】程度のこと……やろうと思えば出来るさ。
あのガキが「特別」なはずがない。
特別なのは、俺だ……! 俺の計画が成就したら、【絵師】だって……俺には勝てなくなる。いや、【絵師】どころか他のプレイヤーだって――。
「彼らはそこまで重要じゃない。ただ、出来れば片方は死んでおいてほしいなぁ~と思ってただけ。最悪、いなくても……何とかなるはずだし」
「では、お喜びください。ボクのおかげでスアルタウ・マクロイヒは死にました」
「ふぅん。やっぱキミが扇動してたんだ」
「あっ……!」
「ふふっ……。まあ、とりあえず『ありがとう』と言っておくよ」
【絵師】が再び顔を上げ、胡散臭い笑みを浮かべながらこっちを見てきた。
昔から、この女の視線が苦手だ。
心の奥底まで見透かされている気がする。
貴様、本当に読心能力がないのか……?
「手間が省けたお礼に忠告……もとい、基本的な授業をしてあげよう」
「授業?」
「ウチらがどんな存在か。その基礎知識の授業だよ」




