こわれたフェルグス
■title:神に見放された地にて
■from:死にたがりのラート
「――――!」
星屑隊との合流地点に向け、逃げ続ける道中。
タルタリカの咆哮が聞こえた。
周辺を警戒しつつ、物陰に車を止める。いつでも車を出せる状態にし、技術少尉に運転席を任せ、タルタリカの位置を掴もうとする。
まだ見つかっていないようだが……確かにタルタリカの咆哮が聞こえる。
ピリピリしながら警戒を続けていると、咆哮は段々と遠ざかっていった。繊一号の方へ向かっているようだ。俺達を襲ってくる気配はない。
「は…………」
ひとまず、安堵の息を吐く。
気づくと冷や汗をびっしょりとかいていた。
繊一号脱出後の戦闘以降は……アルが死んで以降は、戦闘が発生していない。
少なくとも俺達は襲われていない。
襲われたら終わりだ。
繊一号周辺はタルタリカの掃討が概ね完了していたとはいえ、羊飼いの手引きでやってきたタルタリカの群れが徘徊しているはずだ。
ただ、あれ以来、何とか遭遇せずに済んでいる。
タルタリカの鳴き声は時折聞こえてくる。そのたびに隠れ、何とかやり過ごしているおかげもあってか……今のところ襲われていない。
車に戻ると、技術少尉がガタガタ震えながらハンドルを握っていた。
運転を代わると、技術少尉はブツブツと「なんでこんなことに」「死にたくない」などと呟き始めた。
いま、タルタリカに襲われたらひとたまりも無い。
俺達を襲ってきた交国軍の兵士から銃器を奪ってきたから、小型のタルタリカぐらいなら……何とか、対応できるはずだ。
ただ、俺の2倍以上の大きさのタルタリカが群れで来たら、まず勝てないだろう。車があっても……逃げ切れるか怪しい。
今は、敵と遭遇しない事を祈るしかない。
「なんなのよ、なんなのよっ、なんなのよぉ……! なんでアタシがこんな目にあってんのよぅっ……!!」
「落ち着いてください。想像より、タルタリカの数が少ない」
星屑隊以外にも、繊一号から脱出した部隊はいたはずだ。
だから、羊飼いはタルタリカを使って追撃してくると思った。
思っていたんだが……その様子がない。
確かにタルタリカはうろついているが、「追撃」というほど統制の取れた動きはしていない。はぐれていた奴らが繊一号に向かっていくだけに見える。
「…………」
例の放送を思い出す。
あの放送の裏には、絶対……羊飼いがいる。
放送でネウロン旅団の兵士を釣って、捕虜にしようと企んでいるんだ。そのためにタルタリカの活動を控えさせているのかもしれない。
きっとそうだ。
実際、タルタリカの活動は活発じゃない。
このまま行けば、タルタリカに襲われずに皆と合流できるはずだ。
「交国軍はなにやってんのよぉ……! さっさと繊一号を奪還するなり、そこらのタルタリカを殲滅しちゃってよぉ……!」
「今は……むしろ、そうしてくれない方が都合がいいですよ」
「はぁっ……!? アンタ、正気……!?」
「いま、俺達の近くで戦闘が起こると、フェルグス達が危ないかもしれない」
俺達はいま、鎮痛剤を持っていない。
フェルグス達が巫術で死を感じ取ってしまった場合、頭痛で苦しむ事になる。タルタリカが死のうが、交国軍人が死のうが、2人に被害が及ぶ。
「敵も味方も死なない方がいいんだ。今は……2人が危ない……」
「そんなこと言ってる場合!? というかそもそも、片方はもう死んでんのよ!」
「…………」
「それに、生きてるガキは眠ってる。眠っているなら巫術の感知能力も上手く機能していないはずだから、近くで誰か死んだところで問題ないはずよ」
技術少尉はそう言った後、ボソリと言葉を続けた。
「そもそも……このガキは……持たないかもしれないし」
「…………」
フェルグスも負傷している。
大怪我を負ったんだ。
アルが血を分けないと死んでいた。
アルは……俺とフェルグスに血を分けて…………。
「…………」
目の前が真っ暗になる感覚に襲われる。
しばし、車のハンドルに突っ伏す。
言葉にならない感情に突き動かされ、車を殴る。技術少尉が「びくり」とする気配を感じたが、気遣って止められる状態じゃなかった。
フェルグスも、未だ危険な状態だ。
技術少尉に「フェルグスを生かしてください」とお願いしているが……この人の力だけでどうにかなる話じゃない。
まともな医療設備と、ちゃんとした医者が必要だ。
技術少尉も医術の心得はあるらしいが、専門の医者じゃない。どっちかというと研究者らしいし……この人だけじゃ、フェルグスは助けられない。
ヴィオラか……キャスター先生なら、助けてくれるはずだ。
俺達が逃げた後、ヴィオラがどうなったかは……まだわからない。けど、方舟には隊長と副長が残ったんだ。あの2人ならきっと何とかしてくれる。
キャスター先生は星屑隊の皆と一緒に、繊一号の外に逃げたはず。無事なはず。連絡は取れないが……先生のところに連れて行くしかない。
もしくは……。
「繊一号に、戻るのも…………1つの手なのかも……」
「なっ、なに言ってんのよ……? 敵に殺されるでしょ……」
「フェルグス達は助けてもらえるかもしれない」
羊飼いは巫術師達を集めていた。
彼らに「真実」を見せて、焚きつけていた。
奴は巫術師達を利用しているだけだと思う。
けど、利用価値があるからこそ、生かしてくれる可能性もある。
それに、奴は<真白の魔神>の使徒だ。
雪の眼の史書官の話なら、真白の魔神と<叡智神>は同一存在。
「羊飼いが仕えていた叡智神は、『死者蘇生伝承』を残している。ということは、羊飼いはスアルタウを蘇生する方法を知っているかも……!」
「はあっ……? アンタ、ま、マジで何言ってんの……!?」
「俺達は殺されるでしょうけど、フェルグス達は助けてもら――」
「バカ! 全員殺されるのがオチよっ!」
技術少尉に頭を叩かれた。
正気に戻りなさいと言われた。
「死人が生き返るわけないでしょ!?」
「…………」
「繊一号に戻ったら殺される! あそこにはタルタリカが沢山いたでしょ!? 羊飼いとやらと遭遇する前に、殺されるのがオチよ!」
今は逃げるしかない。
敵を信用するのは馬鹿げている。
技術少尉にそう言われた。……確かにその通りだ。
羊飼いは、信用できない。信じるべきじゃない。
アイツは、巫術師を扇動して交国軍人を殺していた。
俺達の……敵だ。
「…………」
でも、奴は希望なのかもしれない。
フェルグスは通常の医術で助けられる。そのはずだ。
だが、アルはもう死んでいる。
死んでいるなら蘇生するしかないが、交国にそんな技術は無い。
アルを助けるためには、最終的に……真白の魔神の使徒に縋るしか――。
■title:神に見放された地にて
■from:死にたがりのラート
「…………!」
車を走らせていると、銃声が聞こえた。
フェルグスの様子を見る。起きている様子はない。
再び物陰に車を止め、様子をうかがう。
銃声は一発聞こえただけ。タルタリカの咆哮は聞こえない。
「ちょっと……待っててください。絶対にここを動かないで」
技術少尉に子供達を任せ、少し偵察に出る。
すると、水場近くで野営している交国軍を見つけた。
離れた場所にいるから、向こうはこちらに気づいていない様子だ。
「…………」
あれも、俺達と同じように繊一号から逃げた部隊だろうか。
一機だけ機兵がある。その周りには交国軍人の姿があるが、何やら揉めている様子だった。双眼鏡を使って見ると、全員疲れ果てた様子で揉め続けている。
仲間同士で罵り合っているようだが、遠いからよく聞き取れない。
微かに「逃げるな」とか「馬鹿野郎」とか「信じられるか」という言葉が聞こえる。どうも、交国軍人同士で揉めている様子だ。
先程の銃声はその口論を止めるためのものだったみたいだが、劇的な効果は無かったらしい。剣呑な雰囲気が漂い続けている。
「あっ……! こ、交国軍じゃないっ! お――――」
「…………!!」
遠くで野営している軍人達に向け、技術少尉が声をかけようとした。
飛びつき、口を塞いで黙らせる。
地面に引きずり倒し、隠れる。いま、向こうに気づかれるのはマズい。
幸い、向こうは口論に集中して周辺警戒が疎かになっているらしい。偵察用のドローンも飛ばしていない……いや、飛ばせていない様子だ。
「何でついて来たんですか……! フェルグス達を見ててくださいよっ……!」
「だ、だってぇ……! アンタ、帰ってこないから……!」
俺が3人を見捨てて逃げたと思ったらしい。
馬鹿な。ネウロンの大地を徒歩で逃げるなんて、自殺行為だ。
涙目の技術少尉をなだめる。技術少尉は野営中の交国軍人達に声をかけたがったが、ガマンしてもらう。……あの人達は危険だ。
「なんでよぅ……。繊一号の敵ならともかく、交国軍人なら――」
「その交国軍人に、俺らは襲われたでしょうが……!」
繊一号から脱出した直ぐ後、俺達は交国軍人にも襲われた。
二度も襲われた。……どちらもアルが倒してくれた。
多分、向こうも混乱していたんだと思う。あそこにいる交国軍人も、冷静ではないはずだ。知らない軍人と接触するのは怖い。
もし、あの人達が例の件を知っていたら……マズい。
繊一号での騒動に巫術師が絡んでいる事を知っていたら、マズい。
巫術師が羊飼い側について暴れていた事を知っていたら、フェルグスやアルがどうなるかわからない。最悪……フェルグスまで殺される可能性がある。
フェルグス達は無実でも、「巫術師」というくくりで見られたら――。
「おそらく、あの人達も繊一号から脱出した軍人です。あの混乱から逃げ出して……今も混乱し続けているみたいだ」
「それでも……味方でしょ……?」
「繊一号では、交国軍の機兵も暴れていた。味方である交国軍を襲っていた」
それは巫術師の操作によるものだが、それを知らなくても「ネウロン旅団の中に反乱を起こす奴が現れた」と認識している可能性も高い。
あの人達も、誰が敵で誰が味方か……よくわかっていない可能性もある。
「あの人達と接触するのは危険だ。多分……いま揉めているのは、例の放送を聞いて……どっち側につくか迷っている所為だと思います」
騙されて羊飼い側に――ブロセリアンド解放軍側につかれたら、明確に「敵」になる。羊飼いに逆らった俺達を奴に引き渡すかもしれない。
偽情報に踊らされている。
皆、冷静さを失っている。
「いま信用できるのは……星屑隊だけだ」
いま、他の交国軍人との接触は出来るだけ避けるべきだ。
アルの時のような事は……二度と起こしちゃいけない。
とりあえず車に戻って逃げよう。あの交国軍人達との接触は避ける。あの人達が口論している隙をつけば、このまま気づかれずに済むはずだ。
技術少尉は不服そうだが、「じゃあ、1人で合流してください」と勧めると、「わ、わかったわよぅ……」と言い、俺についてきてくれた。
2人で車に戻ると――。
「あっ……!!」
フェルグスが起きていた。
まだ朦朧としているけど、目を開いている。
車の扉を開いて声をかけると、俺を見つめてきた。
「ラー……ト……?」
「ああっ……! 俺だ、ラートだ。フェルグス……!」
繊一号脱出後の戦闘で大怪我を負った後、一度は目覚めたものの……直ぐに気絶し、眠ったままだったフェルグスが目を覚ました。やっと目を覚ました。
生きている。
幻覚なんかじゃない。
確かに生きている。
「っ……!」
「あっ……! こ、こらっ、あんまり動くな……!」
フェルグスは身を起こそうとしたが、うめいた。
身体が痛むらしい。それはそうだ、こいつも大怪我を負ったんだ。
無駄に丈夫な俺と違って、子供のコイツが生きているのは奇跡だ。
生きているとはいえ、無理しちゃいけない。安静にしてないと――。
「ら、ラート……。アルは……?」
「――――」
「アル、どこだ……? ここ……3人分しか、魂、観えない……」
フェルグスは朦朧とした状態で身体を起こし、辺りをキョロキョロ見渡した。
アルを探している。
痛みにうめきながら、弟のことを探している。
そして、すがるような目つきで俺を見つめてきた。
「な、なあ……。まさか、アル……どこかに置いてきたんじゃ……」
「…………。いや、いる。……ちゃんと、いる」
「でも、お前と、技術少尉のババアしか……」
車内に安置しているクーラーボックスを指さす。
フェルグスは「訳がわからない」と言いたげな顔をしている。
クーラーボックスを開くと、フェルグスは息を飲んだ。
「アル」
そう呟き、クーラーボックスに這い寄った。
「アル。アル……」
「…………」
「おい……なんてとこで、寝てんだよ……。狭いだろ……?」
「…………」
「それに、なんか、冷たい。え? なんで……?」
「…………」
「ラート。アル、なんで寝てんだ?」
「…………」
「何で、息してないんだ?」
「…………」
「なあ、なんで……? なんでっ…………?」
フェルグスは言葉と共に、ポロポロと涙もこぼした。
俺とアルを交互に見て、「なんで」と言い続けている。
スアルタウ・マクロイヒは死んだ。
「俺の所為なんだ。俺の所為で、アルは……」
俺の所為で死んだ。簡潔に説明した後、ひとまず皆で逃げる事にした。
野営中の交国軍との接触を避けないと。
…………フェルグスと向き合うのが怖かった。
■title:神に見放された地にて
■from:死にたがりのラート
「やっぱり、動かないかー……」
「は…………?」
交国軍人から十分距離を取った後、技術少尉にフェルグスを診てもらった。
フェルグスはずっと泣き続けている。
けど、生きている。
生きているが……技術少尉が、とんでもない事を言いだした。
「コイツの脚、ダメになってる」
「は?」
「そりゃ……あんだけ大怪我を負ったんだから、身体のどこかがダメになるでしょ……? というか、生きているのすら不思議な状態で――」
技術少尉に黙ってもらう。
聞きたくない。
もうたくさんだ。
技術少尉に離れてもらい、フェルグスと2人で話をする。
ちゃんと……向き合う。
俺が至らない所為でアルが死んだ。何があったかを教える。
フェルグスは呻いた。
元気だったら、大声で叫んでいたかもしれない。
頭を抱え、「うううううう」とうめき続けている。
フェルグスは生きている。身体は動いている。
けど、脚だけは「ピクリ」とも動かなくなっていた。
何で……こいつが、こいつらが……こんな目にあわなきゃいけないんだ?
フェルグスもスアルタウも良い子だった。
本当に良い子だったんだ。
それなのに、何で?
何で、こんな事になったんだ?
俺は……どうすれば良かったんだ?
どうすれば、2人を……。
「…………」
誰か死ななきゃいけなかったなら……俺が、死ねば良かったのに……。
守るって、誓ったのに……。
俺は…………おれは……。なんで、生きて……。
なんのために、生きて……。




