過去:巫術師の正体
■title:ネウロン・シオン教総本山<新宿>にて
■from:人類の味方・メフィストフェレス
「真白の遺産ちゃ~ん……出ておいで~」
書庫の術式防壁を突破し、隠し通路に進んでいく。
奥には部屋があったけど、ここには大した遺産はない。
「ここか」
部屋の一角に、再び術式防壁を見つけた。
この奥に、さらに何かが隠されている。
けど、これはさっきの防壁よりずっと厄介そうだ。
<叡智神>は「用心深い真白の魔神」だと思ったから、二次防壁あるとは思ったけど……この調子ならまだまだあるかもね。百次までありそ~。
さっきの防壁は「私はキミを仕掛けた本人だよ~。ご主人様だよ~。噛んじゃダメだよ~」と誤魔化して無力化したけど、同じ手は通用しないタイプのようだ。
「地道に突破していくしかないね」
寝起きでこんなクソつまらん作業させられるのは腹立たしいけど、<叡智神>が遺した真白の遺産は私も興味がある。
防壁解錠のために解析術式を走らせつつ、下僕クンに貰った端末を見る。
彼の調査内容、鵜呑みには出来ないけど……参考になりそうだ。
暇つぶしに読もう。
出来れば本人の解説込みで聞いて、その反応を見ながら内容を吟味したかったけど……まあ、それに関しては別の機会で。
死ななければ話す機会はある。死んでも私は復活するし、最悪死んでも何とかなる。問題は死んだら「今の私」の記憶を維持できるか怪しいとこだけど――。
「ネウロンの歴史も書いてある。……今のうちにお勉強しておきますか」
元々、ネウロンには「ネウロン人」がいた。
彼らはプレーローマによって、ネウロンという畑に撒かれた種。
しかし、源の魔神の死をきっかけに始まった「プレーローマの混乱期」により、天使達はネウロンの放棄を決めた。
天使達は<永遠の冬>という置き土産によって、ネウロン人を全員殺そうとした。永遠の冬の影響で、ネウロン人はじわじわと数を減らしていった。
降り積もる雪の中、ネウロン人はひっそりと絶滅するはずだったけど……そこに真白の魔神がやってきた。彼女は永遠の冬を取り除き、ネウロンを救った。
救い、ネウロン人に知恵を授け……ネウロンを発展させた。
その対価として、彼らに人体実験を行った。
「実験によって、ネウロンに<巫術師>という術式使いが生まれた」
ネウロンの真白の魔神……<叡智神>は彼らを配下に組み込んだ。
ネウロンという辺境の世界で軍備を整え、巫術師という「精鋭兵」を作ろうとした。その実験はそれなりに成功したようだ。
巫術は人工物への憑依が可能。
機兵や方舟といった機械を、自分の手足のように動かせる術式。通常は複数人で動かす方舟も1人で動かせるのは大変便利だ。
「憑依による一撃必殺も便利だろうけど~……。それらはあくまで副産物かな」
叡智神が作ろうとしたのは、単なる術式使いじゃない。
魂の感知という「第3の目」は、優れた索敵能力になる。
ただ、それすらも副産物だ。
「巫術師を作った目的は……<死司天>対策だろうね」
叡智神の考えは、大体わかる。
彼女のクセは、思考に関しても理解できる。
納得は出来ないけど理解は可能だ。
巫術師は一種の「魂干渉能力」を持っている。
対して、プレーローマの死司天……睨むだけで人を殺せるあの天使は、権能によって魂を破壊できる。クソ便利な大量殺戮能力を持っている。
兵士の数を揃えたところで、死司天の視線は大軍を蹴散らしてくる。睨むだけで人を殺せるからね。光速のヘッドショットが飛んでくるようなもんだよ。
幸いと言うべきか……彼は「ご主人様」の捜索に集中しているらしく、対人類戦線にはあまり顔を出さない。ただ、姉の依頼でたま~に前線に出てくる。
プレーローマを滅ぼすとなると、どこかで死司天との対決が必要となる。
だから、死司天対策を施した精鋭兵を揃えようとしたんだろうね。彼の権能対策さえ出来れば……数の暴力で死司天を倒すのも不可能じゃないはずだし。
「実際に死司天対策が出来たかどうかはともかく……術式使いを量産出来たのは大きいね。特別な才能無しでも、人口増やせば量産できるのはデカい」
現代のネウロン人は全員、どこかで巫術師の血を引いている。
親が巫術師でも、その直系の子が必ず巫術師になるわけじゃない。
ただ、隔世遺伝によって巫術師になる可能性がある。「遺伝」も一種の才能と言えるけど、ネウロン人をジャンジャン増やせば「特別な才能」ではなくなる。
非巫術師も訓練を積めば一般兵として使えるし、兵士以外の用途もある。軍人だけ用意したところで、待っているのはブロセリアンド帝国と同じ末路だ。
叡智神の目論見は、それなりに成功していた。
善人のフリをしてネウロン人を助け、彼らを自分達の尖兵に仕立て上げた。
それなのに――。
「ネウロンを放棄した? ちょっと飼い犬に噛まれた程度で?」
非効率過ぎて舌打ちしたくなる。
バカか? 叡智神! 私なら絶対、こんなことしない!
驕り高ぶったネウロン人が多少反抗してきたところで、首謀者を処刑して関係者も厳しく罰して統制を取ればいいんだよ。この措置に関しては理解に苦しむ。
「偽善者が……。自分でネウロン人を利用し始めておいて、半端な状態で手放すなんて……。いや、『枷』の事を考えたら半端未満か」
叡智神は非常に勿体ないことをした。
もちろん、ネウロン放棄したところで「成果」はあっただろう。
巫術師という「術式使いの量産」に成功した以上、その成果を別の場所で活かす事もできる。ひょっとしたらネウロンの外で別の巫術師を量産したかもしれないし……何人かの巫術師は界外に連れていって、子孫を量産しただろう。
けど、ネウロン放棄はマジで理解に苦しむ!
せっかくネウロンで基盤を整えたのに、ちょっと反抗されたからって逃げ出したわけだからね。マジでくだらん偽善者だわ、コイツ。
ヤることヤってんだから、最後まで徹底しろよ。
そんなだから負けるんだよ。負け続けてんだよ。
「巫術師以上にヤバいモノも作ってたくせに……その成果を放棄するなんて」
【占星術師】の情報を読み解き、確信に至る。
叡智神は「世界」に術式を仕掛けていった。
ここにある防壁術式のようなチャチなものじゃない。
もっとトンデモないものを仕掛けて去っていった。
正確には「世界」ではなく、別のものに仕掛けられているけど――。
「ドミナント・プロセッサー……。コイツ、結構ヤバイとこまで辿り着いてたな」
ネウロンで作られたそれは、あくまで試作型のようだ。
完成形じゃない。
あの偽善者は、試作型だけ仕掛けてネウロンを放棄した。
その後も研究を続けて完成を目指していたはずだけど……叡智神は失敗した。
ネウロン放棄なんて馬鹿げたことをやった挙げ句、志半ばで死亡した。放棄後のネウロンでもデータは取っていただろうけどね。
おそらく、叡智神は<ドミナント・プロセッサー>を完成に導けなかった。
巫術師なんか話にならないほど、有用な発明だったのに……!
「クソクソクソ……! 交国が来てなきゃ、この試作型ドミナント・プロセッサーをじっくり私が調べられたはずなのに……! 」
近衛兵がいて、特佐長官も迫っている状況じゃ時間が足りない!
交国も、コレは欲しがるだろうなぁ~……。
毒林檎と違って、コレに関しては「理解」のための時間が足りない。
勿体ない。メチャクチャ勿体ない!
ただ、まあ、仕方ない。そこはガマンしよう。
交国に捕まって殺されるなり、監禁されるよりはマシだ。
「…………」
下僕クンの調査結果をさらに読み進める。
ドミナント・プロセッサー以外だと、気になるのは……。
「ネウロンには、使徒が2人もしくは3人いる可能性が高い」
叡智神の使徒。
あの偽善者直属の部下が、2~3人潜んでいる。
1人目は使徒・バフォメット。ネウロンを焼いた裁きの雷。
彼はネウロンのどこかで眠りについている可能性が高く、発見して見つけた場合、こちらの手駒に出来るけど……。
「やめてくれ? なんで?」
【占星術師】クンはハッキリした理由を書かず、「使徒・バフォメットは放置していい」なんて注釈を書いている。理解に苦しむぅ~。
使徒・バフォメットはおそらく、受肉した神器だ。神器そのものは失っているかもしれないけど、結構な戦力になるはずだ。
出来れば欲しいけど……交国の支配下にあるネウロンで呑気に使徒捜索なんかしていたら、特佐や近衛兵に囲んで棒で叩かれるのがオチだ。
残り2人は「戦力としては警戒しなくていい」などと書いている。
どちらの所在も不明。もし仮に遭遇しても大した脅威ではないと書いてある。叡智神の使徒だけど、「戦闘員」というより「後方支援担当」だったらしい。
そもそも、両方死んでいる可能性すらあるんだとか――。
「……ちょっと過小評価しすぎじゃない?」
戦闘能力だけを尺度にするのは危険だ。
叡智神の使徒なら、十分警戒するべきだと思うけどね。
彼らの強さと厄介さは、私もよく知っている。
眠りこけている使徒・バフォメットはともかく、今もネウロンのどこかで活動している可能性がある使徒なら、十分に警戒するべきだ。
ひょっとしたら、既に私達のこと見張ってるかもね?
急に現れて首を掻き切ってきたりして! おお、こわい!
「やれやれ、私は頭脳労働担当なのに」
敵地で護衛無しでワンオペとか、さすがに荷が重いよ。
まあ、私自身……興味ある案件だから頑張るけどね。
そう思っていると、明智光の助手の声が聞こえてきた。
明智光を呼んでいるらしい。めんどくさ~……。
「また後でね」
解析中の防壁に対しそう告げ、この場を離れる。
さてさて……ここにはどんな遺産が眠っているのかな?
<ドミナント・プロセッサー>以上のモノなら……相当な爆弾だね。




