過去:加藤睦月の動機
■title:エデン旗艦<アララト>にて
■from:炎陣・ファイアスターター
ロレンス。
犯罪組織<カヴン>の傘下組織の1つであり、海賊を生業にする犯罪者達。
以前、奴らが「依頼」を持ちかけてきた時も、ニュクスは断った。
そして、あの判断も正解だった。そう言っていいはずだ。
「ロレンス首領のロミオ・ロレンスが直々に接触してきて、我らに依頼を持ちかけてきた時もお前は断った。おかげで……カヴンの騒動に巻き込まれず済んだ」
「巻き込まれる云々はともかく……。あんな事になるなんて思わなかった」
当時の事を思い出しているのか、ニュクスが目をつむっている。
「ロミオ・ロレンスが暗殺されるなんて……」
「まあ、犯罪者らしい末路だ」
ロレンス首領は死ぬ前、我らに「襲撃依頼」を持ちかけてきた。
標的は人類連盟加盟国の1つ。
そこの軍事基地をいくつか襲撃し、打撃を与えて欲しいと言ってきた。
その代わり、エデンへの支援は惜しまない――などと言ってきた。
前金代わりというように大量の物資も持ってきていた。物資を運搬してきたほぼ新品の方舟まで渡す、と言ってきた。
それを見たウチの老人会は「この依頼、受けるべきだ!」などと息巻いていた。……矢面に立つのは我らだというのに。
幸い、ニュクスが断ってくれた。
『確かに私達は人類連盟と敵対しています。でも、人連なら誰彼構わず喧嘩を売っているわけではありません。相手は選んでいます』
あのロミオ・ロレンス相手でも、まったく引かずに堂々と断っていた。
相手が暴力に訴えかけてくるなら、神器使い一同で相手をしてやるつもりだった。相手が格上だろうと皆を守るためなら戦うつもりだった。
しかし、ロミオ・ロレンスは引き下がった。
『まあ、覚えておいてくれ。こちらに協力してくれるなら、支援は惜しまない。正義だけじゃあ……メシを食っていけないだろう?』
奴はそう言い、物資を置いて帰ろうとした。
ニュクスはそれも返却し、老人会に責められていた。
あの後しばらくしてロミオ・ロレンスが暗殺された。アレを下手に受け取っていたら一連の騒動に巻き込まれる可能性もあった。返却は正解だったはずだ。
老人会は「いや、もっと上手くやれた!」などと言っているが……。
「そもそも……私はロレンス首領の依頼、受けようと思ってたんだ」
「むっ……? そうだったのか?」
「キミも反対してきたでしょ。あの時は」
「そりゃあ……吾輩は『ロレンス首領暗殺』なんて予測してなかったからな」
「それは私も同じ」
ニュクスが目を開き、吾輩の目を見つめてきた。
「エデンの物資事情は前々から苦しかった。だから……皆を守るためなら犯罪組織の靴を舐めるのも『仕方ない』と思っていた」
「…………」
「けど、あの時もウチの弟が頑強に反対したからね」
「あぁ……。まあ、奴の場合は……加藤睦月への反発が強いのだろう」
吾輩が反対した理由も……一応、加藤睦月関係だ。
加藤睦月はロレンス構成員ではないらしい。だが、食客のような扱いと聞く。
いや、扱いだったと言うべきか。
ともかく、当時は強い影響力を持っていたはずだ。ロレンス首領相手だろうと、加藤睦月は意見できただろうし……首領を動かせる発言力を持っていたはず。
ゆえに、吾輩もカトーも反対した。
加藤睦月は我々に復讐するため、ロレンスを動かしたのでは?
ロレンスの提案は甘い罠。エデンを破滅に追いやる罠なのではないか?
そう考え、慎重に動くべきだと反対した。
加藤睦月には……そこまでやる「動機」がある。
「私はキミ達ほど彼への警戒心とか、正義の心もないから……ロレンスとの提携も悪くないと思ったんだ」
「断ったのは我々の所為だったのか……。なんか、スマンな……」
「いやいや、キミ達の反対はあくまで参考意見として聞いただけ。……ロレンスとどっぷり付き合うのはリスクもあったから慎重になっただけだよ」
ただ、あの会談後に起きた事件までは読めていなかった。
ニュクスがいくら聡明でも、未来予知が出来るわけじゃない。
カヴンの内部抗争に乗じ、ロミオ・ロレンスが暗殺された事件。
あれ以降、ロレンスは殆ど接触してこなくなった。大きな影響力を持つ首領が倒れた事で、それどころではなくなったのだろうが……。
「他人事とはいえ、当時のことはさすがに驚いた。下手人が奴だからな」
「そうだね……。未だに信じられないよ」
ロミオ・ロレンスは加藤睦月に殺された。
2人はおそらく昵懇の仲だったはずだ。
それなのに加藤睦月はロレンス首領を殺害し、オマケにその遺体と神器を手土産に交国に取り入った。首領を死後も辱めた。
ロレンス構成員は当然、ブチギレている。加藤睦月や交国への報復を行おうとしているようだが……首領の死で組織がガタガタになり、上手くいってないようだ。
「大事件が起こる様子はあったんだけどねー……。まさか暗殺とは」
「兆候があったのか?」
「一応。ロレンスには、前々から妙な動きがあった」
ニュクスは情報網を通じ、それをある程度察知していたらしい。
まあ、犯罪組織は年がら年中妙な事をしていると思うが――。
「大龍脈封鎖でもしようとしていたのか?」
「いや、戦争だよ」
「は?」
「おそらく、<ロレンス>は戦争を起こそうとしていた」
ニュクス曰く、ロレンスの周りで大量の物資が動いていたらしい。
ウチの情報網はそこまで優れているわけじゃない。大国のような組織力はないからな。……そんなウチでもわかるほど、大きな物資の流れが生まれていたらしい。
「戦争だと? カヴンの内部抗争ではないのか?」
「内部抗争の可能性もある。実際、抗争は起きたしね。まあとにかく……大きな戦が起ころうとしていた」
ロレンスはカヴンの傘下組織だが、他の傘下組織と仲が良いわけじゃない。
カヴンは傘下組織同士でも、縄張り争いを行っているからな。
ただ、ロミオ・ロレンスが生きていた当時のロレンスは、カヴン内でも指折りの大組織だった。そんじょそこらの組織など鎧袖一触の強さを持っていた。
そんなロレンスが戦争を起こす相手といったら……。
「……大首領を倒そうとしていたのか? カヴンを我が物にするために」
「仮に大首領を倒したところで、カヴンの全てが入るとは思えない。けど……どこかと戦争しようとしていたのは確かだと思う。ロレンスはそこらの国家より武力を持っていたし……」
外部のニュクスでも、ロレンスの怪しい動きを掴んでいた。
戦争準備を察していた。
それに巻き込まれる懸念もあったからこそ、ロレンスの要請を断った。
「ロレンスは本当に強かったから、『勝ち馬に乗るのもアリかな』と思ったけど。与したら私達は鉄砲玉に使われるだろうから、さすがに控えたけど」
「ますますお前の判断が正しかったと思わされる……」
ロレンスの戦争準備。
それはプレーローマや人類連盟も察していたのか?
そう問うと、ニュクスは「当然、知っていたと思う」と答えた。
「私が察したぐらいだから、余所はもっと詳細に知っていたと思うよ」
「余所はロレンスの『標的』も理解していたのだろうか?」
「かもね。何にせよ、ピリピリしていたと思う」
カヴンの内部抗争が「戦争規模」になっただけなら、まだいい。
ロレンスが本物の戦争を行った場合、只事では済まない。
矛先がプレーローマなり人類連盟に向いた場合、当事者達は大変困るだろう。
ロレンスは多次元世界最強の組織ではないが、ロレンスが全力で動けば世界の1つや2つぐらいは楽に取れるだろう。滅ぼす事も可能だろう。
ロレンス首領のロミオ・ロレンスなど、吾輩以上に艦隊を潰している。武力でも統率力でも、ロレンス首領は傑物だった。
正直、吾輩は……伯鯨ロロに勝てる気がしない。年期も実力も違う。
「結局、戦争なんてものが起こる前にカヴンの内部抗争が始まったけどね」
「その内部抗争が、ロレンスが起こそうとしたものじゃないのか?」
「それは違う。あの抗争の発端は、ロレンスじゃなかった。……結局、あの内部抗争の中で……ムツキ君がロレンス首領を殺害。全てが有耶無耶になった」
「人連は胸を撫で下ろしただろうな」
「どうだろ? ロレンス首領が死んだ事で、ロレンスは統制を失ったから……」
「海賊組織の弱体化は、人連にとって良いことだろう?」
ニュクスが首を横に振った。
魔王を倒したら、世界に平和が訪れた。
その手のゲームのような話ではないらしい。
「死んだのはあくまで首領。ロレンスは統制を失い、傘下組織の多くも離れていったけど……首領の統制を失ったことで、あちこちで暴れ始めたからね」
「あぁ……なるほど。治安が悪化したのか」
「そう。それもかなり広範囲に渡ってね」
ロミオ・ロレンスが率いる<ロレンス>は、非常に強かった。
ただ、統制も取れていた。
ロレンスに対し、上納金を支払えば「ロレンスから襲われずに済む」というシステムが構築されていた。それが「首領の死」によって破綻した。
ロレンスは弱体化したが、統制を失った海賊達はあちこちで無秩序に海賊行為を繰り返している。それはそれで「交渉が面倒」なので、人類連盟としても困っているようだ。
「絶対的なカリスマを持つ首領が死んだ事で、下っ端達が好き勝手に暴れ出した。結果、トップ同士の話し合いで解決しなくなったという事か……」
「まあ、最終的に人連が鎮圧するだろうけど……苦労はするだろうね。お金で解決できないのは結構大変だよ」
「人連の一人勝ちではないわけだ」
ロミオ・ロレンスの死。
それを契機に、ロレンスは一気に弱体化していった。
ただ、それはそれで人連にとって「面倒な事態」となった。
それはつまり――。
「……最終的に一番得をしたのは、<プレーローマ>か?」
「そうだね。治安悪化したのは人類の文明圏だし」
「それが加藤睦月の『ロレンス首領殺害の動機』だったのでは?」
珍説は承知の上。
その上で告げる。
ニュクスは腕組みをしつつ、「続けて」と言ってくれた。
「加藤睦月は昔、プレーローマに捕まって人体実験を受けていた」
「私達と一緒にね」
「ただ、こうも言える。プレーローマが奴を工作員に仕立て上げる機会があった」
「……ロミオ・ロレンス暗殺が、プレーローマの指示だったと言いたいの?」
「ああ」
「有り得ない。ムツキ君はプレーローマを恨んでいた」
そう、吾輩達と同じだ。
吾輩達と同じ、人体実験の被害者だからな。
……そう思っていた。
「それすらも『演技』だったのでは……?」
「……愚弟といい、キミといい、彼を疑いすぎだよ」
ニュクスは「その珍説が正しいとしたら、どれだけ長期間に渡って潜伏していたの?」と言った。吾輩の説が正しいとしたら、かなりの長期間に渡る潜伏だ。
「彼はロレンス首領とかなり親しかったはず。暗殺ならいつでも出来た」
「最初は、コントロールのために派遣していたのではないか?」
加藤睦月が「実はプレーローマの工作員だった」という珍説。
ロミオ・ロレンスの側近として、神器使い・加藤睦月を送り込む。
その加藤を通じ、ロレンスをコントロールする。
ロミオ・ロレンスを言いくるめるなり、奴の後釜に座れば……ロレンスという大海賊組織が手に入る。プレーローマにとって魅力的な手駒だったはずだ。
「ただ、コントロール不可能になった。ロミオ・ロレンスがプレーローマ相手に戦争を吹っかけようとしたとかでな」
「ロレンスの戦争準備が、対プレーローマ用のものだったと?」
「そうだ。だから、プレーローマは作戦を切り替える事にした」
「…………」
「コントロールから暗殺に切り替えた。潜伏している工作員がロレンスに追われる身になっても、ロミオ・ロレンスの殺害を優先したのだ」
「その説が正しいなら、ムツキ君は今もプレーローマの工作員ね」
その加藤睦月は、いま、交国にいる。
交国が倒れれば、影響はロレンスの比ではないだろう。
「交国に潜り込んだ奴が、交国を内部から崩壊させれば……プレーローマは喜ぶだろうな。最高の工作員と言っていいだろう」
「有り得ない。絶対に」
「何故、そう言い切れる」
「逆に問いたいかな。何でそこまで彼を疑うの、と」
「……加藤睦月が神器を使い、我らの故郷と家族を奪ったからだ」
奴は大量虐殺を行った。
1つの世界を滅ぼした。
我らが流民となる原因を作った。
……ニュクスだって、オレと同じ立場のはずだ。
カトーも同じだ。だからこそ、奴はあんなことを――。
「彼は確かに大勢殺した。けど、彼の意志じゃない」
ニュクスは少し声を張り、奴を弁護し始めた。
弟の「カトー」とは違い、加藤睦月を弁護し始めた。
「彼は故郷と家族を奪われたうえに、神器の使用を強要されて――」
「お前は見たのか?」
「え?」
「奴の故郷と家族が、奪われる瞬間を」
そう言うと、ニュクスは珍しく困惑の表情を浮かべた。
そう、見ていないはずだ。
奴は我らの故郷を奪ったが、奴自身の故郷はわからない。
加藤睦月は我々とは異なる世界の出身者だったはずだ。
「奴はプレーローマを恨んでいる。その動機は『故郷と家族を奪われた』という事と、『プレーローマの実験体にされた』という2点だ」
「…………」
「しかし、全て嘘だったら?」
故郷と家族を奪われたのは嘘。
ただ、そう言い張っていただけの偽り。
実験体にされ、神器の使用を強要された。
その結果、吾輩達の世界を滅ぼしたのが『強要ではない』場合は?
「実は奴の家族……母親の死は偽りで、その存在を枷に命令――」
「いい加減にして」
ニュクスの語気がさらに強まった。
「さすがにそれはない。……彼のお父さんには、私達もお世話になったでしょ」
吾輩を軽く睨み付けてきた。
冷や水を浴びせられた気分になり、黙る。
「……すまん、さすがに邪推が過ぎた」
「…………。いや、キミがそう考えたくなるのも理解できるよ。一応ね」
そう言い、ニュクスは小さくため息をついた。
その後はいつもの雰囲気に戻っていった。
「まあ……確かに、私達は彼の故郷が奪われる光景は見ていない」
「…………」
「けど、エデンに保護されていた当時、ムツキ君の振るまいに嘘は感じなかった。彼だって……プレーローマの被害者なんだよ。工作員なんかじゃない。絶対に」
「…………そうだな」
少し、熱くなりすぎた。
陰口を叩きつつ、邪推しすぎるのは正義の行いではないな。
吾輩も、まだまだのようだ……。
「彼を疑いたくなる気持ちもわかるけど、他の人には言わないでね。私には……まあ、言ってもいいけど」
「いや、自重する。今のは吾輩の暴走だった。……加藤睦月の母親が亡くなっている件は、アイツ以外にも……あの人にも聞いた話だからな……」
胸を軽く掻きつつ、言葉を続ける。
「他の者には言わんし、もう二度と言わん。当然、お前の弟相手にもな」
「そうしてくれると助かる。ウチの弟は、竜国の件でも不安定になっているから」
竜国リンドルム。
我らも大恩のある国。
そして、人類連盟に苦しめられている国家。
恩義と苦境に関しては、カトーもよくわかっている。いや、奴がエデンの中で最も竜国に対して恩義を感じているからこそ、苛立っているのかもしれない。
助けるべき弱者を、救えない状況に――。
「ともかく……吾輩は総長の判断を支持する。全面的に」
「私が折れて、『マーレハイトに行く』と言いだしても?」
「ああ。それがエデン総長の決定なら……従うだけだ」
マーレハイトの要請を受けるのはリスクが高い。
ただ、大きなチャンスに繋がるかもしれない。
「カトーが主張している『例の案』を実現するためには、少しでも味方を増やす必要がある。マーレハイトは……その第一歩になるかもしれない」
「例の案……ね」
「実現は極めて困難だろう」
カトーは夢想家だ。
エデン最強の神器使いだが、時々、「現実がわかっていない」と言いたくなる事がある。奴は確かに強いが……中身はまだまだ子供だと言いたくなる時がある。
だが、奴はエデンに必要な人材だ。
実力的にも、思想的にも。
流民にも「夢」は必要だ。
それが儚いものでも……暗い海で生きていくためには、夢や希望が必要だ。
「実現困難だろうと、実現したら……現状を一気に改善できる案だと認めざるを得ない。……いや、『一気に』というのは言い過ぎか」
「…………」
「ん? どうした?」
「いや、キミがウチの愚弟の考えを支持するなんて……意外だったからね」
驚きの表情を浮かべていたニュクスが、微笑した。
そこまで支持しているわけじゃない。
バカカトーの言動には、辟易させられる事も多いからな。
奴が好き勝手に大暴れする所為で、ニュクスがどれだけ困っているか……。
「人類連盟の靴を舐めるよりはマシだと思っている程度だ。賛同はしていない」
そう言ったが、ニュクスは笑い、あまり真剣に取り合ってくれなかった。
まあ、いいさ。
吾輩の心は決まっている。
「我が主はお前だ。お前の征く道が地獄に続いていようと、最後まで付き合うさ」
「さすがにそこまで付き合わなくていいよ。私と心中する必要なんてない」
ニュクスは目を伏せ、言葉を続けた。
「そこまで無理をされても、私の『答え』は変わらないし――」
「わかっている! 総長の決定に全面的に従う代わりに……そのっ……告白の返事を曲げろとか、卑劣なことは言わんっ……!」
それは正義の行いではない!
悪党のやり方だ。
「吾輩は、お前と共に戦えるだけでいい」
「ありがとう。……ごめんね」
「み、惨めになるから謝るなっ……!」
「ふふっ……。ゴメンゴメン」
ニュクスは総長として、構成員に平等に接している。
難しい決断を何度もしてくれた。……負担をかけてしまっている。
そんなニュクスを傍で支えられるだけでも、吾輩は満足だ。
ニュクスの愛情がナルジスやアイツにしか向いていなくても、それでも――。
「命令をくれ、総長」
お前の征く道が、我が征く道だ。




