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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.3章:我が征く道【新暦1237年】
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過去:うそつきファイアスターター



■title:エデン旗艦<アララト>にて

■from:炎陣・ファイアスターター


「ガマンばかりさせてしまって、スマン」


「たっ……隊長が謝らないでくださいよぅ……」


 物資を引き渡した後、改めて部下達に謝る。


 今回奪った物資は、吾輩の力だけで得たものではない。


 皆の奮闘あってのものだ。それを自分達の自由に出来ない事に関して、色々と思うところはあると思うが……勘弁してもらう。


「下っ端のオレ達だって、エデンが苦しいのはわかってます」


「でも、アイツらエラそうで……カッとなっちゃって……。すみません」


「彼らもカッとなってしまったのだ。お互い……悪いわけではない」


 物資管理なんて恨まれ役だからな。


 吾輩のように前線に突撃していって、敵を蹴散らしていくだけの方がまだ精神的に楽な時もある。……守りたい者達の死さえなければな。


 吾輩のような戦闘員と違い、物資管理の担当者達は常にストレスと戦っている。仲間のために動いているのに、仲間に恨まれる役回りだからな。


 彼らがしっかり管理しているおかげで、エデンは何とか滅びずにいる。その感謝を忘れてはならん。


「けど、物資の配給……俺達がガキの頃より厳しくなりましたね」


「あの時は隊長達が凱旋してくるたび、何かしら土産くれましたよねー」


「まあ……昔とは事情が変わっているからな」


 エデンは少数精鋭で戦ってきた。


 神器使いである吾輩達なら、それが可能だった。


 しかし、戦えば戦うほど守るべき者達が――流民が増えていく。


 エデンの旗艦である<アララト>だけでは、全ての流民を収容出来なくなって久しい。戦闘員は少数精鋭だが、保護した流民は随分と多くなった。


 そのおかげで、我々は物資補給のために奔走せざるを得なくなった。悪事を働いている者を襲い、成敗しつつ物資をいただいていく事が増えた。


 そういう仕事が……どうしても吾輩達の時間を奪っていく。


 そうしないと、保護した者達を飢え死にさせてしまう。


「…………。隊長、オレは海獣の血肉でも大丈夫です」


「あっ……! 俺も!」


「私も……! 子供達のために、私達は海獣を食べて――」


「駄目だ! 海獣は……避けるべきだ」


 流民の糧となっている海獣。


 アレのおかげで、多くの流民が飢えずに済んでいる。


 海獣は混沌を与えておけば、死ぬまで血肉を提供してくれるからな。


 畑など耕せない混沌の海では、海獣は貴重な栄養源なのだが――。


「海獣を食らえば深人化する。深人化は避けねば……」


「けど、隊長達はちょくちょく食べてますよね。物資節約のために」


「吾輩達はいいのだ。神器使いは深人化の耐性があるようだからな」


 深人化したところで、死ぬわけではない。


 恩恵もある。混沌の海で長く暮らすなら、深人化した方が得だ。


「恩恵もあるとはいえ、深人化は出来るだけ避けた方がいい。我々は深人であるか否かなど関係ないが、陸の者達は深人を特に蔑視するからな……」


 流民というだけで差別されるのだ。


 深人の流民は、人間扱いされない場合もある。


 この手の差別は昔よりマシになってきたと聞くが、改善されたとは言いがたい。


 深人化し、さらに「エデン構成員(テロリスト)」のレッテルまであると、本当に行き場がなくなってしまう。陸で受け入れてもらうのは、かなり難しくなる。


 部下達は「オレ達は隊長と最期まで一緒にいるつもりです!」と息巻いているが、この子達にも未来がある。……どこかに明るい未来があるはずだ。


 吾輩やエデンと心中する必要などない。


 深人化しなければ、まだ行き場があるはずだ……。


「けど、海獣の血肉を食べれば、エデンの物資問題も一気に解決――」


「そんな簡単な話ではない。海獣を嫌う流民もいるのだからな」


 流民なら、海獣に抵抗がないわけではない。


 あの化け物達を忌避する流民もいる。


 エデンは海獣を食べる事を避けているため、特にそういう傾向が強い。おかげで物資の手配が本当に大変なのだが……若人達の未来のために必要な苦労だ。


 仕方ないのだ。


 正義を振りかざしたところで、万事が解決するわけではない。


 むしろ……吾輩達は正義を振りかざし過ぎた。


 神器と正義があれば全て解決するならば、こんな状況には置かれていない。


 若い頃の吾輩達は……それを理解できていなかった。


 正義の心を持って愚直に戦っていれば、いつか道が開けると信じていた。いや、今でも信じている……つもりだ。正義の心は捨ててはならない。


 正義(それ)が呪いであっても、貫くことで祝福にせねばならんのだ。


「……襲撃対象を増やしましょう。そうするしかないですよ」


 部下の1人が、ぽつりと呟いた。


 言いたいことはわかるが、「ダメだ」と返す。


「プレーローマや人類連盟加盟国の軍隊だけではなく、一般の船も襲うという話だろう? それは断固反対させてもらう。吾輩はやらんぞ」


「けど……! 陸の奴らは流民(わたし)達を差別してくるし……! 私達が明日食べる食事に困っている中、食べきれないほどの食料を消費しているんですよ?」


「そうだ……奴らは、くだらない催しで食べ物を浪費している。余るほど食事を作って、まだ食べられるのに捨てて……」


「奴らの残飯すら、流民(おれたち)にはやらないって――」


「憤る気持ちはわかる。だが、それとこれとは別問題だ」


 先進世界の浪費に対し、苛つく気持ちはわかる。


 吾輩も昔はそうだった。憤りから「先進世界の連中というだけで、襲う理由がある!」と言っていたほどだった。


 ただ、ニュクスに窘められ、止められていた。


 今ならわかる。総長(ニュクス)の判断は正しかった。


 細かなところを恨んでいても仕方が無いのだ。敵対していても……同じ人類である以上、本質的には仲間であるはずなのだ……。


「一般の船まで襲いだしたら、吾輩達は海賊(ロレンス)同然だ。……今でも海賊行為を行っているのだが、一線は引くべきだ。襲撃相手はよく選ばねば支持を失う」


「誰が私達を支持してくれるんですか……。現状でも孤立してるじゃないですか」


「むぅ……。まあ、そうなのだが……。『先進世界の船だから』という理由で一般の商船なども襲っていたら、我らは本物の犯罪者になるぞ……」


 人類連盟基準では、我らは既に犯罪者。


 後ろ指を指される存在だ。


 だが、それでも我らには我らなりの「正義」がある。


「これ以上、『悪事』へのハードルを下げていくべきじゃない。アレコレと言い訳して犯罪行為を重ねていけば……もっと大変なことをやらかすようになる」


 これは正義のためだから。


 これは大義のためだから。


 そう言い訳しつつ戦っていれば、我らの正義は腐る。


 間違いなく腐る。


 ……人類連盟と同じ末路に至るだろう。


 おそらく、人類連盟加盟国にも最初は「正義」が存在していたのだ。


 だが、「対プレーローマのために仕方なく」とか「自国民のために仕方なく」と悪事を働いているうちに、ハードルが下がっていったのだ。


 ついには「バレなければいい」「国際法(ルール)は私達が決める!」とばかりに蛮行を働くようになった。


 大義を盾に、悪逆(クロ)正当(シロ)と言うようになった。


 奴らのようになってはならん。


「今は納得は出来んと思う。納得する必要もない」


 だが、吾輩の目が黒いうちは、そのような事は許さん。


 絶対に止めるぞ、と告げる。そうすると部下達は不服そうながらも「わかりました……」と言ってくれた。


「隊長相手に生意気なこと言って、ごめんなさい……」


「む……? そこは違うぞ? 生意気などではない」


 お前達は、もっと吾輩に意見していいのだ。


 吾輩は正義のつもり(・・・)なだけで、正義ではない。


 真に正しい存在ではない。……吾輩だって暴力を正当化している悪党なのだ。


「お前達はエデンの未来を考えてくれたのだろう? 意見ならどんどん言ってくれ。逆に……吾輩が間違っている時は説得してくれ」


 可愛い部下(こども)達の頭を撫でる。


 皆、恥ずかしそうに、それでいてくすぐったそうにしている。


 子供扱いしないでくださいよー……と言ってくるが、戦闘時以外は子供扱いするぞ! 吾輩はお前達がもっと小さな頃から、お前達を知っているのだからな。


 大きくなるまで、見守ってやれない子も沢山いた。


 何人も守れなかった。子供達を……希望を……。


 この子達は、生きて傍にいてくれるだけでも十分だ。


 本当は……吾輩の下ではなく、もっと安全な場所で暮らしてほしいが……。




■title:エデン旗艦<アララト>にて

■from:炎陣・ファイアスターター


「…………」


 部下達をなだめた後、1人であの場所に向かう。


「……ハァ」


 正直、気が重いが……自分の発言の責任は取らねば!


「あッ! ファイアスターターのオジちゃん!!」


「「オジちゃぁ~~~~んっ!!」」


「……うむ」


 遊技場に入り、そこで待っていた子供達に声をかける。


 荷下ろし場に来ていた子供達以外にも、遊技場で遊んでいる子供達が大勢いた。


 立派な「遊技場」ではないが、子供達にとって憩いの場だ。


 皆がそわそわした様子で吾輩を見てくる。


 良い子にしていたら土産を持ってくる――と告げていた件は、もう皆に知れ渡っている。……ワクワクしている子供達に対し、頭を下げて謝る。


「スマン……」


 菓子を持ってくるつもりだったが、吾輩が至らない所為で持ってこれなかった。


 約束を破った。


 その事を謝る。


 子供達の期待が失望に変わっていくのが、手に取るようにわかった。


「……うそつき!!」


「良い子にしてたら、お土産くれるって言った!!」


「なんでウソついたの!?」


「ウソつくヤツは、悪いやつだっ! オジちゃん、ひどいよ!!」


「…………スマン。本当に、スマン……」


 平謝りするしかない。


 物資管理の担当者に配給への融通を頼んだから――と言おうと思ったが、直前で思いとどまる。これも口約束になってしまうかもしれない。


 吾輩だけが責められるならともかく、物資管理をしている者達まで子供達に恨まれるのは良くない。仲間内の喧嘩を止めるためには、言うべきではない。


 それは卑怯な一時凌ぎにしかならん。


「本当にスマン。お前達の言う通りだ。吾輩は……悪い奴なのだ」


「うそつき!」


「ばかっ!!」


「スマン…………」


「み、みんな、落ち着いてっ……!」


 怒り狂っている子供達の後ろから、年長の子が進み出てきた。


 水色の瞳を持つエルフの少女が、吾輩と子供達の間に割って入ってきた。


「ファイアさんは、皆のために戦っているんだよ? そんな風に責めないで……」


「でもウソついたっ!」


「ウソつきは悪い子なんでしょっ!」


「ふぁ、ファイアさんは、きっと、ぜったい、ウソつきたかったわけじゃないのっ! 皆だって、ファイアさんのこと大好きでしょっ……!?」


「「「きらいっ!!」」」


 嫌い、嫌い、と大合唱が起こり始めた。


 泣いている子もいる。


 吾輩を庇っているエルフの少女が、オロオロとしている。


 ……胸が痛い。


「ナルジス。いいんだ。悪いのは吾輩なのだ」


「で、でもっ……!」


「ナルジスねえちゃん、うそつきの味方するの!?」


「ねえちゃんもうそつき!! ズル!!」


「お菓子で買収(ばいいしゅー)されたんだ!!」


「そんなわけないでしょっ……!? 皆、落ち着いて……!」


 マズい。


 非常にマズい。


 吾輩が責められるだけならまだしも、ナルジスまで責められるのはマズい。


 短慮に短慮を重ねてしまった事を悔やみつつ、どう解決するか迷う。


 迷っていると、ナルジスが吾輩の背後を見て「ハッ」とした表情をした。


「おかあさ…………総長っ!」


「やあ」


 振り返ると、1人の女が立っていた。


 我らが総長。ニュクスが笑みを浮かべ、籠を持ってやってきた。






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