過去:うそつきファイアスターター
■title:エデン旗艦<アララト>にて
■from:炎陣・ファイアスターター
「ガマンばかりさせてしまって、スマン」
「たっ……隊長が謝らないでくださいよぅ……」
物資を引き渡した後、改めて部下達に謝る。
今回奪った物資は、吾輩の力だけで得たものではない。
皆の奮闘あってのものだ。それを自分達の自由に出来ない事に関して、色々と思うところはあると思うが……勘弁してもらう。
「下っ端のオレ達だって、エデンが苦しいのはわかってます」
「でも、アイツらエラそうで……カッとなっちゃって……。すみません」
「彼らもカッとなってしまったのだ。お互い……悪いわけではない」
物資管理なんて恨まれ役だからな。
吾輩のように前線に突撃していって、敵を蹴散らしていくだけの方がまだ精神的に楽な時もある。……守りたい者達の死さえなければな。
吾輩のような戦闘員と違い、物資管理の担当者達は常にストレスと戦っている。仲間のために動いているのに、仲間に恨まれる役回りだからな。
彼らがしっかり管理しているおかげで、エデンは何とか滅びずにいる。その感謝を忘れてはならん。
「けど、物資の配給……俺達がガキの頃より厳しくなりましたね」
「あの時は隊長達が凱旋してくるたび、何かしら土産くれましたよねー」
「まあ……昔とは事情が変わっているからな」
エデンは少数精鋭で戦ってきた。
神器使いである吾輩達なら、それが可能だった。
しかし、戦えば戦うほど守るべき者達が――流民が増えていく。
エデンの旗艦である<アララト>だけでは、全ての流民を収容出来なくなって久しい。戦闘員は少数精鋭だが、保護した流民は随分と多くなった。
そのおかげで、我々は物資補給のために奔走せざるを得なくなった。悪事を働いている者を襲い、成敗しつつ物資をいただいていく事が増えた。
そういう仕事が……どうしても吾輩達の時間を奪っていく。
そうしないと、保護した者達を飢え死にさせてしまう。
「…………。隊長、オレは海獣の血肉でも大丈夫です」
「あっ……! 俺も!」
「私も……! 子供達のために、私達は海獣を食べて――」
「駄目だ! 海獣は……避けるべきだ」
流民の糧となっている海獣。
アレのおかげで、多くの流民が飢えずに済んでいる。
海獣は混沌を与えておけば、死ぬまで血肉を提供してくれるからな。
畑など耕せない混沌の海では、海獣は貴重な栄養源なのだが――。
「海獣を食らえば深人化する。深人化は避けねば……」
「けど、隊長達はちょくちょく食べてますよね。物資節約のために」
「吾輩達はいいのだ。神器使いは深人化の耐性があるようだからな」
深人化したところで、死ぬわけではない。
恩恵もある。混沌の海で長く暮らすなら、深人化した方が得だ。
「恩恵もあるとはいえ、深人化は出来るだけ避けた方がいい。我々は深人であるか否かなど関係ないが、陸の者達は深人を特に蔑視するからな……」
流民というだけで差別されるのだ。
深人の流民は、人間扱いされない場合もある。
この手の差別は昔よりマシになってきたと聞くが、改善されたとは言いがたい。
深人化し、さらに「エデン構成員」のレッテルまであると、本当に行き場がなくなってしまう。陸で受け入れてもらうのは、かなり難しくなる。
部下達は「オレ達は隊長と最期まで一緒にいるつもりです!」と息巻いているが、この子達にも未来がある。……どこかに明るい未来があるはずだ。
吾輩やエデンと心中する必要などない。
深人化しなければ、まだ行き場があるはずだ……。
「けど、海獣の血肉を食べれば、エデンの物資問題も一気に解決――」
「そんな簡単な話ではない。海獣を嫌う流民もいるのだからな」
流民なら、海獣に抵抗がないわけではない。
あの化け物達を忌避する流民もいる。
エデンは海獣を食べる事を避けているため、特にそういう傾向が強い。おかげで物資の手配が本当に大変なのだが……若人達の未来のために必要な苦労だ。
仕方ないのだ。
正義を振りかざしたところで、万事が解決するわけではない。
むしろ……吾輩達は正義を振りかざし過ぎた。
神器と正義があれば全て解決するならば、こんな状況には置かれていない。
若い頃の吾輩達は……それを理解できていなかった。
正義の心を持って愚直に戦っていれば、いつか道が開けると信じていた。いや、今でも信じている……つもりだ。正義の心は捨ててはならない。
正義が呪いであっても、貫くことで祝福にせねばならんのだ。
「……襲撃対象を増やしましょう。そうするしかないですよ」
部下の1人が、ぽつりと呟いた。
言いたいことはわかるが、「ダメだ」と返す。
「プレーローマや人類連盟加盟国の軍隊だけではなく、一般の船も襲うという話だろう? それは断固反対させてもらう。吾輩はやらんぞ」
「けど……! 陸の奴らは流民達を差別してくるし……! 私達が明日食べる食事に困っている中、食べきれないほどの食料を消費しているんですよ?」
「そうだ……奴らは、くだらない催しで食べ物を浪費している。余るほど食事を作って、まだ食べられるのに捨てて……」
「奴らの残飯すら、流民にはやらないって――」
「憤る気持ちはわかる。だが、それとこれとは別問題だ」
先進世界の浪費に対し、苛つく気持ちはわかる。
吾輩も昔はそうだった。憤りから「先進世界の連中というだけで、襲う理由がある!」と言っていたほどだった。
ただ、ニュクスに窘められ、止められていた。
今ならわかる。総長の判断は正しかった。
細かなところを恨んでいても仕方が無いのだ。敵対していても……同じ人類である以上、本質的には仲間であるはずなのだ……。
「一般の船まで襲いだしたら、吾輩達は海賊同然だ。……今でも海賊行為を行っているのだが、一線は引くべきだ。襲撃相手はよく選ばねば支持を失う」
「誰が私達を支持してくれるんですか……。現状でも孤立してるじゃないですか」
「むぅ……。まあ、そうなのだが……。『先進世界の船だから』という理由で一般の商船なども襲っていたら、我らは本物の犯罪者になるぞ……」
人類連盟基準では、我らは既に犯罪者。
後ろ指を指される存在だ。
だが、それでも我らには我らなりの「正義」がある。
「これ以上、『悪事』へのハードルを下げていくべきじゃない。アレコレと言い訳して犯罪行為を重ねていけば……もっと大変なことをやらかすようになる」
これは正義のためだから。
これは大義のためだから。
そう言い訳しつつ戦っていれば、我らの正義は腐る。
間違いなく腐る。
……人類連盟と同じ末路に至るだろう。
おそらく、人類連盟加盟国にも最初は「正義」が存在していたのだ。
だが、「対プレーローマのために仕方なく」とか「自国民のために仕方なく」と悪事を働いているうちに、ハードルが下がっていったのだ。
ついには「バレなければいい」「国際法は私達が決める!」とばかりに蛮行を働くようになった。
大義を盾に、悪逆を正当と言うようになった。
奴らのようになってはならん。
「今は納得は出来んと思う。納得する必要もない」
だが、吾輩の目が黒いうちは、そのような事は許さん。
絶対に止めるぞ、と告げる。そうすると部下達は不服そうながらも「わかりました……」と言ってくれた。
「隊長相手に生意気なこと言って、ごめんなさい……」
「む……? そこは違うぞ? 生意気などではない」
お前達は、もっと吾輩に意見していいのだ。
吾輩は正義のつもりなだけで、正義ではない。
真に正しい存在ではない。……吾輩だって暴力を正当化している悪党なのだ。
「お前達はエデンの未来を考えてくれたのだろう? 意見ならどんどん言ってくれ。逆に……吾輩が間違っている時は説得してくれ」
可愛い部下達の頭を撫でる。
皆、恥ずかしそうに、それでいてくすぐったそうにしている。
子供扱いしないでくださいよー……と言ってくるが、戦闘時以外は子供扱いするぞ! 吾輩はお前達がもっと小さな頃から、お前達を知っているのだからな。
大きくなるまで、見守ってやれない子も沢山いた。
何人も守れなかった。子供達を……希望を……。
この子達は、生きて傍にいてくれるだけでも十分だ。
本当は……吾輩の下ではなく、もっと安全な場所で暮らしてほしいが……。
■title:エデン旗艦<アララト>にて
■from:炎陣・ファイアスターター
「…………」
部下達をなだめた後、1人であの場所に向かう。
「……ハァ」
正直、気が重いが……自分の発言の責任は取らねば!
「あッ! ファイアスターターのオジちゃん!!」
「「オジちゃぁ~~~~んっ!!」」
「……うむ」
遊技場に入り、そこで待っていた子供達に声をかける。
荷下ろし場に来ていた子供達以外にも、遊技場で遊んでいる子供達が大勢いた。
立派な「遊技場」ではないが、子供達にとって憩いの場だ。
皆がそわそわした様子で吾輩を見てくる。
良い子にしていたら土産を持ってくる――と告げていた件は、もう皆に知れ渡っている。……ワクワクしている子供達に対し、頭を下げて謝る。
「スマン……」
菓子を持ってくるつもりだったが、吾輩が至らない所為で持ってこれなかった。
約束を破った。
その事を謝る。
子供達の期待が失望に変わっていくのが、手に取るようにわかった。
「……うそつき!!」
「良い子にしてたら、お土産くれるって言った!!」
「なんでウソついたの!?」
「ウソつくヤツは、悪いやつだっ! オジちゃん、ひどいよ!!」
「…………スマン。本当に、スマン……」
平謝りするしかない。
物資管理の担当者に配給への融通を頼んだから――と言おうと思ったが、直前で思いとどまる。これも口約束になってしまうかもしれない。
吾輩だけが責められるならともかく、物資管理をしている者達まで子供達に恨まれるのは良くない。仲間内の喧嘩を止めるためには、言うべきではない。
それは卑怯な一時凌ぎにしかならん。
「本当にスマン。お前達の言う通りだ。吾輩は……悪い奴なのだ」
「うそつき!」
「ばかっ!!」
「スマン…………」
「み、みんな、落ち着いてっ……!」
怒り狂っている子供達の後ろから、年長の子が進み出てきた。
水色の瞳を持つエルフの少女が、吾輩と子供達の間に割って入ってきた。
「ファイアさんは、皆のために戦っているんだよ? そんな風に責めないで……」
「でもウソついたっ!」
「ウソつきは悪い子なんでしょっ!」
「ふぁ、ファイアさんは、きっと、ぜったい、ウソつきたかったわけじゃないのっ! 皆だって、ファイアさんのこと大好きでしょっ……!?」
「「「きらいっ!!」」」
嫌い、嫌い、と大合唱が起こり始めた。
泣いている子もいる。
吾輩を庇っているエルフの少女が、オロオロとしている。
……胸が痛い。
「ナルジス。いいんだ。悪いのは吾輩なのだ」
「で、でもっ……!」
「ナルジスねえちゃん、うそつきの味方するの!?」
「ねえちゃんもうそつき!! ズル!!」
「お菓子で買収されたんだ!!」
「そんなわけないでしょっ……!? 皆、落ち着いて……!」
マズい。
非常にマズい。
吾輩が責められるだけならまだしも、ナルジスまで責められるのはマズい。
短慮に短慮を重ねてしまった事を悔やみつつ、どう解決するか迷う。
迷っていると、ナルジスが吾輩の背後を見て「ハッ」とした表情をした。
「おかあさ…………総長っ!」
「やあ」
振り返ると、1人の女が立っていた。
我らが総長。ニュクスが笑みを浮かべ、籠を持ってやってきた。




