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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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使徒、再び



■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて

■from:死にたがりのラート


 バフォメット。


 そう名乗った輩の隣に、1匹のタルタリカが姿を現した。


 ヴィオラを丸呑みにしたタルタリカだ。


「てめえ……! そのタルタリカ操って、ヴィオラを食いやがったな!?」


『やむを得なかった。私が目を離した隙に……スミレは瀕死の重傷を負っていた』


 羊飼いは隣のタルタリカを撫でつつ、言葉を続けた。


『スミレは常人より丈夫な身体をしているが……過信できるものじゃない。だから今はタルタリカの細胞を使い、応急処置しているところだ。邪魔をするな』


「わけのわからん事を……!」


 久常中佐は相変わらず無表情のまま。


 多分、中佐は羊飼いに操られている。


 アルが観た魂の1つが、羊飼いのものだったんだろう。


 けど……どうやって人体を操っているんだ?


 巫術師が憑依できるのは人工物だけのはず。バフォメットは憑依中でも自分の身体を動かせるっぽいし、特別な巫術師だから出来るのか?


「俺はヴィオラの話をしているんだ! スミレって誰だよ!?」


『この子は「ヴィオラ」などという名ではない。スミレだ』




■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて

■from:弟が大好きなフェルグス


 ラートが羊飼いと話をしている。


 つーか、なんで羊飼いがここにいるんだ……!?


 混沌の海に追い出して、混沌でブッ倒したはずだろ?


 どっかのバカ(・・)が救助して連れてきたのか……?


 いや、それよりも――。


「ロッカ、ちょっと手伝え……!」


 ロッカを連れ、来た道を戻る。


 ラート1人で羊飼いに勝てるとは思えない。


 オレ達も加勢しなきゃ!


「エレイン。案内してくれ」


『ああ、こっちだ』




■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて

■from:死にたがりのラート


『ヴァイオレットというのは仮初めの名。この子はスミレだ』


「どういう――」


『この子は記憶を失っていただろう? 記憶を失う前は「スミレ」だったのだ』


 羊飼いはヴィオラの事を知っている。


 だからか。


 だから、繊三号でヴィオラをさらったのか?


 知り合いだったから危害を加えず、連れ去るだけだったのか。


 ヴィオラが羊飼いを知らなかったのは、記憶喪失だったから――。


「……色々と知っているみたいだな」


 聞きたい事が山ほどある。


 だが、その前に――。


「とりあえずヴィオラを返せ! テメエなんかに任せておけねえ……!」


『何故だ?』


「俺はヴィオラと子供達を守ると誓ったんだ! 敵のお前には任せられな――」


『貴様に守れるのか? いいや、無理だ。木っ端の兵士如きには』


 羊飼いが一歩前に出てきた。


 胸に手を当てつつ、「だが、私なら守れる」と言い切りやがった。


「お前が久常中佐を操ってこの状況を作り出したとしたら、ヴィオラが怪我したのはお前の所為だろ!? テメーだって守れてねえだろうが……!」


『…………』


「ハッ……! 図星か!?」


 羊飼いの身体から流体が湧き出してきた。


 さすがに、前みたいに機兵を作る気はないらしい。狭い艦橋内だからな。


 ただ、俺の身体なら真っ二つに出来そうな剣を生成しやがった。


「ラートさん……!」


「来るなよ、アル……!」


 銃を構えたまま、携帯端末を操作する。


 操作し、アルに向けて投げる。


 端末に「フネ乗っ取れ」と書いておいた。アルはそれを見て、廊下に戻って乗っ取り作業に入ってくれたようだったが――。


『無駄だ。この船は私の支配下にある』


 相手は羊飼い。そう簡単には乗っ取れそうにない。


「お前1人の力で押さえてんのか? 巫術で……? 巫術師は憑依中、本体ががら空きになるはずなのに……なんでお前は大丈夫なんだ?」


 銃を構えたまま問いかける。


「いま、久常中佐の身体も乗っ取ってるよな!?」


『そんじょそこらの巫術師とは違う。ただそれだけだ』


 否定されなかった。


 久常中佐の身体を乗っ取っている事を。


 ……どうやって中佐を操っているんだ?


 巫術で人間を操ることなんて、不可能――。


「――――」


 いや、不可能じゃない。


 俺は人体憑依(それ)を一度、目撃している。


 ヴィオラにお説教されていたグローニャが、お遊びで憑依を仕掛けた事がある。


 ヴィオラに対して巫術憑依を使い、ヴィオラの身体を乗っ取っていた。


 人間を(・・・)乗っ取っていた。


 いや、今はそれよりも――。


「この状況を作ったのは、お前だな!? 久常中佐を操って――」


『然り』


「テメエは……繊三号で倒したはずだ!」


『然り。貴様達はよくやったが――』


 羊飼いが生成した剣を肩に担ぎつつ、言葉を続けた。


『私は生きている。……久常中佐というの愚かな男のおかげでな』


「…………」


『そこの男は混沌の海を彷徨っていた負傷者(わたし)を保護してしまった。私がタルタリカを指揮出来る事を知り、私こそが魔物事件の元凶だと考えた。私のコントロールに成功すれば、大きな功績になると考えた』


 久常中佐は功績に目がくらんだ。


 羊飼いの生存を隠し、自分の成果にしようとした。


 手に負える存在じゃないのに……!


『その男が馬鹿なおかげで、傷を癒やす時間が出来た。感謝しなくてはな』


「……人間の久常中佐を操れているのは、お前が『優れた巫術師』だからか?」


『違う。巫術は基本的に生物への干渉は出来ない。ただ、例外もある』


 羊飼いがタルタリカを手で示しつつ、言葉を続けた。


『例えばタルタリカ。ネウロン人が(・・・・・・)素材となった彼らは、私の力とよく馴染む。<ドミナント・プロセッサー>の支配下に置かれた者達だったからな。さすがにネウロン人を完全にコントロールする事は出来ないが……自我らしい自我のないタルタリカ程度なら、操作可能だ』


「――――?」


 プロセッサー?


 何の話だ……?


『タルタリカは私の下僕だ。私の(ちから)で軽く脅してやれば、どんな命令でも従う。進化を促す事も出来た。この者達のコントロールには巫術も交えている。ゆえにこの者達も巫術で操れる生物の例外と言っていいだろう』


「久常中佐は、タルタリカでもネウロン人でもねえぞ……!」


『結論を急くな。確かにそこの馬鹿はタルタリカではない』


 久常中佐がゆらりと動く。


 糸で操られた人形のように、ゆらりと動いた。


『巫術で操作できるのは、そこの男が作り物(・・・)だからだ』


「は……?」


『普通の人間ではない。機械のように製造された存在……人造人間(・・・・)だ』


 作られた人間。


 人間の形をした人工物。


 だから、憑依できるのか?


 それは、つまり――。


「前に……ヴィオラが憑依されたのを見た事がある」


『――――』


「ヴィオラも、人造人間……なのか?」


『――――』


 羊飼いは答えなかった。


 ただ、俺の身体からぶわりと汗が噴き出た。


 羊飼いの雰囲気が変わった。


 抜き身の刃を喉元に突きつけられているように感じる。


 俺の言葉が、羊飼いの地雷を踏み抜いたらしい。


「ラートさん! ダメですっ! 方舟全部取り戻すのは無理ですっ……!」


 アル達が憑依を試みてくれているが、やはり無理らしい。


 いま、<曙>は飛行している。何とか着陸させないと逃げ道が無い。


 いや、格納庫に行けばアレが――。


「――――」


 一瞬。


 ほんの一瞬、羊飼いから視線を切った。


 その一瞬で、羊飼いが俺の眼前に詰め寄ってきた。




■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて

■from:使徒・バフォメット


『――――』


「くっ……!?」


 隙を突き、オークに詰め寄って銃を斬りつける。


 オークが慌てて飛び退いたが、もう遅い。銃は破壊した。


「て、テメエ……! 何が目的なんだ!? 巫術師(みんな)に虐殺の映像を見せて――」


『真実を教えて何が悪い?』


 真実を知った巫術師達が復讐に走るのは、当然のこと。


 葦原に炎を放てば、大きく燃えさかるように当然のことだ。


 だが、それをやって何が悪い。


 隠していたのは交国だ。殺したのは交国だ。


 火種を作ったのは交国だ。


 私は久常中佐の権限を足がかりに、交国が隠していた真実を解き明かした。ネウロンで酷使されていた巫術師達に教えてやった(・・・)だけだ。


 いや、それだけではないな。


 復讐のための道具を――流体甲冑や機兵、そしてヤドリギも用意してやった。


『1、2世代前のネウロン人なら、復讐に走らなかったかもしれないが――』


 真白の魔神(マスター)がネウロン人に与えた「枷」は、効果を失いつつあった。


 それでも2世代前ほどであれば、枷の影響で恨みを呑み込めたかもしれない。


 真白の魔神はネウロン人を強制的に(・・・・)「温厚な人種」に改造した。


 それこそが罰。罪を犯した報いだ。


「お前は巫術師達を煽って、自分の戦力にしようとしてるんだろ!?」


 オークが叫ぶ。


「テメエ都合で扇動してんだろ!?」


『然り。結局、私の都合だ』


 交国は強大な敵だ。


 ネウロンにいる交国軍ぐらいなら、楽に蹴散らせると思った。


 しかし、私は敗北した。


 スミレの助力を得た交国人と巫術師に――貴様らに敗北した。


 戦い続けるなら戦力増強は必要不可欠。だから久常中佐を使って巫術師を集め、彼らの復讐を手伝ってやることにした。火をつけることで煽った。


 ……スミレは悲しむかもしれないが、必要なことだ。


『だが、私は嘘はついていない。いま巫術師達が暴れているのは、正当な理由があるからだ。交国はついた嘘の報いを受けているだけだ』


 例外もいる。


 このオークと共にいる4人の巫術師は、「復讐」に加担していない。


 少なくとも、今はまだ。


 ……だが、お前達も火種を抱えているはずだ。


『真に悪しきはお前達、交国人――』


 流体で作り上げた剣を振る。


 艦橋の入り口から襲いかかってきた敵を迎撃する。


『――保管しておいた流体甲冑を引っ張り出してきたか』


 2人の巫術師が、流体甲冑を使って襲いかかってきた。


 初撃を回避しつつ、片方の流体甲冑に軽く剣を当てる。


 流体で編んだ触手を鞭として振るい、もう1体も殴りつける。


 それで終わり。


『憑依が甘い』


「「…………!?」」


 接触の瞬間、巫術憑依(ハック)を仕掛けた。


 それで相手の憑依を無理矢理剥がし、流体甲冑の制御を失わせる。


 ドロリと溶けた流体の中から流体の発生装置のみを奪う。巫術師2人が――子供2人が驚愕の顔つきで見ている中、オークが殴りかかってきた。


 その拳を手のひらで受けつつ、投げ飛ばす。


 オークは空中で身をひねり、何とか着地しようとしたが――。


『2対3だぞ』


「…………!?」


 着地の瞬間を、久常中佐に狙わせる。


 遠隔憑依で操作している久常中佐に体当たりを行わせ、オークを押し倒させる。


 流体甲冑の無力化完了。オークも久常中佐に拘束させた。


『――――』


 手始めにオークの首を切り落とそう。


 そのために剣を振り下ろした。


『――――』


 振り下ろす最中、剣の軌道を変える。


 艦橋の入り口の方に向け、飛んできた銃弾(・・)を切り落とす。


何奴(なにやつ)


 新手が来た。艦内の魂の動きは戦闘中も見ていた。


 だが、新手は異常な速度でやってきた。


 艦橋の入り口にいた巫術師の子供達も、ギョッとした様子で新手を見上げている。……敵は常人では不可能な速度でやってきて、奇襲を仕掛けてきた。


 オークだ(・・・・)


 見覚えの無いオークがやってきた。


 そのオークは銃を構えたまま、こちらに突っ込んできた。


 宙に飛び、そのまま発砲してきた。だが、その程度、軽く回避でき――。


『…………!』


 回避先で衝撃を受けた。胴体に着弾している。


 敵の銃口を見て回避したつもりだったが、銃弾に当たってしまった。


 流体の鎧で受ける。大したダメージはない。だが、回避に失敗した……?


 いや、それどころか――。


『いつの間に――』


 私の背部に、2つの手榴弾が浮いていた。


 既にピンが抜かれている。


 だが、投げられた様子は無かった。


 手榴弾だけが瞬間移動してきたように――。




■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて

■from:死にたがりのラート


「っ…………!?」


 艦橋内で何かが爆発した。


 爆発の煙の中、飛び込んで来た誰かが久常中佐を蹴り飛ばした。


「立て、ラート軍曹」


「隊長……!?」




■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて

■from:影兵


「……まだ終わってない」


 足下のラート軍曹に語りかける。


 敵はまだ健在。


 爆発の煙の中から、小揺るぎもしない巨体が現れる。


 権能を使って不意を突いたが……ほぼ無傷か。化け物め。


 ……さすがに、相性の悪い相手だな。






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