造られし者達
■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて
■from:死にたがりのラート
「交国軍人と、特別行動兵がやり合ってるって事か……!?」
艦内の軍人達が戦っているのはタルタリカじゃない。
流体甲冑だ。それを使っている巫術師だ。
久常中佐が巫術師実験部隊の解体を決め、<曙>艦内に巫術師を集めていた。
その中にいる巫術師が、タルタリカの繊一号襲撃に乗じて暴れ始めたんだ。
……本当にそうか? 本当にそれだけか?
艦内の戦闘に驚いたものの、徒手空拳で参戦するのは無理だ。
戦闘を避け、艦内を進む。
どこかで武器を確保しつつ、第8の皆を探そう。アイツらが戦闘に参加しているとは思えない。一部の巫術師が暴れていても、加担したりしないだろう。
アイツらが艦内のどこにいるかわからない。
ひょっとしたら、外の戦闘に駆り出されているかもしれないが――。
「多分、こっちの方に医務室が……!」
ひとまず医務室に向かう。
<曙>艦内で技術少尉に撃たれたヴィオラは、医務室に運ばれたと聞いた。
医務室に行けば、少なくともヴィオラはいるはずだ。アイツなら懲罰房にいた俺よりも情報を持っているはずだ。助けるためにも、今はヴィオラと合流を――。
「うっ……!」
『…………』
廊下の曲がり角から流体甲冑で作られた大狼が現れた。
敵か味方かわからず戸惑う。戸惑いつつも両手を上げる。
「俺は星屑隊所属のオズワルド・ラート軍曹だ! 話を聞きた――」
『黙れ交国軍人! よくも……よくも騙してくれたなァ!!』
敵意に満ちた声が返ってきた。
フェルグス達の声じゃない。知らない奴の声だ。
だが、年齢的には俺と大差なさそうだった。
「ま、待ってくれ! 落ち着け! 何のことだ! 何の話だ!?」
『母さんは無事って言ったくせに! 手紙まで偽装して……!!』
大狼が駆け寄ってくる。
巨体を廊下の壁にこすりつつ、「よくもよくもよくも……ッ!!」と憎しみに満ちた声を出しつつ、迫ってきた。
生身で勝てる相手じゃねえ。
流体甲冑はタルタリカ相手でも勝てる装備。銃火器を持っていても歯が立たない可能性高いのに、ただの機兵乗りの俺が生身で勝てる相手じゃない。
話も通じそうにないため、脱兎の如く逃げる。
来た道を戻る。
開いている部屋に飛び込み、何とか撒こうとしたが――。
『死ねッ!! 殺してやる! 殺してやるッ!!』
「…………!?」
相手は執拗に追いかけてきた。
面識はないはずだが、この敵意には覚えがある。
出会って間もない頃のフェルグスにブツけられた敵意だ。
コイツはフェルグスじゃないが、抱いている感情は似ている。
ネウロンを「侵略」してきた交国軍人に対し、強い恨みを抱いている。
それにコイツ……「手紙まで偽装して」って言った。
手紙って、アル達も偽装されていた手紙の件か!? <曙>艦内にいる巫術師達が手紙偽装の件を知り、怒り狂っているのか……?
というかそもそも、何でコイツらもその件を知っているんだ?
コイツらも、アルみたいに確かめたって事か……!?
「うおッ…………!?」
大狼が金切り声を上げつつ、物資の入った箱をブン投げてきた。
何とか直撃は避けたが、箱からこぼれた物資に足を取られる。スッ転ぶ事になったが、転がりながら立ち上がり、逃げ続ける。
速度も力も負けている。
このままじゃ直ぐに追いつかれて――。
『そのまま止まらず走って!』
「…………!?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
小型の飛行ドローンが飛んでくる。
ドローンは俺と併走しつつ、スピーカーを使って話しかけてきた。
背後で何かが噴射される音が響いた。
一瞬だけ振り返ると、消火剤が撒き散らされていた。その直撃を受けた大狼が怒声を上げている。ひるんでいる。
少しだけ、大狼との距離が開いた。
けど、目の前の隔壁が下りてきて――――。
「っ…………!」
ギリギリのところで隔壁の向こうへ滑り出る。
背後で、隔壁に大狼が激突する音が聞こえた。
隔壁を叩く音も聞こえる。
『い、いまのうちに、この部屋に……』
声と共に、少し先の扉が開いた。
そこに逃げ込め――という事らしい。
声に従い、急ぎ、ドローンと共に部屋に入ると扉が閉まった。
大狼が廊下を走ってくる音が聞こえる。中身が巫術師で間違いないなら、巫術で隔壁に憑依し、無理矢理こじ開けたんだろう。
『まだ追ってきます。逃げてください……』
部屋の反対側の扉が開く。
相手が巫術師なら、部屋に隠れても魂感知で位置バレする。
ドローンの主の指示に従い、引き続き逃げていると――。
「ふ、振り切ったか……?」
大狼が追ってこなくなった。
けど、大狼のいる方向から悲鳴と銃声が聞こえてきた。
銃を持った交国軍人と交戦しているんだろう。俺を追う余裕は無さそうだ。
『こちらへ……』
「お前、ヴィオラだよな!?」
ドローン越しに聞こえる声に話しかける。
返事は無い。返事代わりというように、また扉が開いた。
暗い部屋だ。中に誰もいない。……ヴィオラもいない。
『ラートさん、来てくれたんですね……』
「やっぱ、ヴィオラだよな? いま、どこにいるんだ?」
『…………。隣の部屋です』
暗闇の中、壁を見ると扉を見つけた。
そこを開け、隣室に行こうとしたが――開かない。
扉はキッチリとロックされてる。
「ヴィオラ? おい、開けてくれ! 俺だ、ラート軍曹だ!」
『…………。ラートさん、聞いてください』
ヴィオラは何故か、ドローン越しに話しかけてくる。
近くにあった机に着地し――隣室の扉を開かず――話しかけてきた。
ドローンを手に取り、「扉を開けてくれ」と言ったが、「無理みたいです」と言ってきた。そんな馬鹿な! ここに来てそれは無いだろ!?
多分、さっき大狼を振り切れたのはヴィオラのおかげだ。
<曙>艦内のシステムにアクセスし、消化剤や隔壁を操作したんだろう。
普通なら出来ないことだが……ヴィオラは今まで何度も「普通なら出来ないこと」をやってのけてきた。今回だってヴィオラのおかげかもしれない。
そのヴィオラがこの扉一つだけ開けないなんて、そんなこと――。
『私の話を聞いてください』
ヴィオラは俺の言葉を遮り、一方的に喋り出した。
『曙艦内だけじゃなくて、繊一号で巫術師が暴れています』
「タルタリカの襲撃に乗じてか?」
ヴィオラは「はい」と言いつつ、部屋のディスプレイを使って艦外の光景を見せてくれた。……繊一号の市街地や基地で、激しい戦闘が始まっている。
暴れているのはタルタリカだけじゃない。
交国軍の機兵が、交国軍の機兵を襲っている。
似たような光景は繊三号でも見た。
ただ、前回と違うのは――。
「巫術の使えるタルタリカじゃなくて、巫術師が暴れているのか?」
『曙に集められた巫術師の子達が、久常中佐に扇動されているみたいです……』
「く、久常中佐に……!?」
『中佐は……巫術師の皆に「真実」を暴露したみたいです』
ディスプレイの映像が切り替わる。
誰かが射殺されていく光景が映っている。
射殺されていく人達は、武装しているように見えない。
……一般人に見える。それも、植毛を生やした一般人だ。
『交国軍がネウロンで一般人虐殺を行った……。しかも、その中には皆の……巫術師の家族も、含まれるって……』
「――――」
『久常中佐はその証拠を暴露して……。巫術師の家族も、殆ど死んでいるって言いだして……。手紙も、全員、偽装されたものだって証拠も――』
手紙の偽装は、アルの告白から俺も知っていた。
けど、そこまでの規模だったのか?
アル達の両親だけじゃなくて、もっと多くの人が殺されていた。
ただ殺されるだけではなく、偽の手紙を使って「死の偽装」まで行っていた。
『中佐から真実を聞いた巫術師が怒りだして……。中佐は、巫術師に機兵を与えて……暴れさせているようです。どこかでヤドリギまで手に入れて、与えて……』
「何であの人がヤドリギ持ってんだよ……!?」
ヴィオラは弱々しい声で「わかりません……」と言った。
本当に弱々しくて、消え入りそうな声だった。
……何かおかしい。
久常中佐のやっていることだけじゃなくて、ヴィオラの様子がおかしい。
それを問いただすより早く、ヴィオラが言葉を続けてきた。
『そっちの部屋に、携帯端末……用意してます。その端末、見てください……』
ヴィオラの声と共に、部屋に転がっていた携帯端末が起動した。
手に取って見ると、艦内の地図が表示されていた。
地図には経路表示までされている。
『フェルグス君達が、その先にいます……』
「皆、無事なんだな!?」
『あの子達は、蜂起に……参加、してません……』
声が乱れている。
通信障害とは、別の要因で乱れている。
『ら、ラートさんしか……頼れないんです……。あの子達を……』
「わかった、助けに行く。けど、お前も助けるからな!?」
『先、行ってください。こ、ここ……方舟のシステムにアクセスしやすい場所なんで、私……ここからサポートしますんで……。先に……』
「ヴィオラ……!」
扉を叩く。
「ここ開けろ! そこにいるんだろ!?」
『…………』
「無事なら、姿ぐらい見せられるだろ!?」
ヴィオラの様子がおかしい。
声しか聞こえないが、おかしい。
「お前の無事が確認できなきゃ、俺はここを――」
扉が開いた。
中に、人の気配がいる。
ただ、その人の息は乱れていた。
腹を押さえ、床に赤黒い血だまりを作りながら、俺を見上げてきた。
■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「ヴィオラ、お前……!?」
「……は……はっ……」
ラートさんだ。
ラートさんが来てくれた。
……よかったぁ……。
いま、一番、会いたい人が来てくれた。
せっかく会えたけど――。
「お前、なんで……!」
真っ青になったラートさんが近づいてくる。
私のお腹からこぼれて出来た汚い血だまりで、ラートさんが汚れちゃう。
近づいちゃダメです、って言おうとしたけど無理だった。
さっきまで頑張って喋ってたから……口から「ひゅー、ひゅー」という息しか出てこなかった。情けない……大事な時なのに……。
「ヴィオラ! ヴィオラっ……!?」
「ごめん……なさい……。私も、助けに行きたい……です、けど……」
私、どんくさくて。
何とか医務室を脱出したけど、艦内の様子がおかしかった。
戦闘に巻き込まれて……撃たれ、流体甲冑にお腹まで割かれちゃった。
まだ生きているのが不思議なぐらい。
あはは……私、ひょっとして、人間ですら無いとか……?
「わたし、どんくさいですけど……これで、まだ生きてるのは……へへっ……こ、根性、あるでしょ……?」
「喋るな! た、頼むからっ……!」
これはもう助からない。
軍人のラートさんだって、わかっているはず。
だから――。
「私は、ここまで――」
身体が揺れ、視点が動いた。
ラートさんに抱き上げられた。
「ら、ラートさん……」
「お前も子供達も全員助けるっ!」
ラートさんはそう言い、子供達の方に向けて走り始めた。
極力、私を揺らさないようにしながら――。
「子供達とわたし、どっちもあぶない時は……子供達、優先……約束……」
「いやだっ! 俺は、お前ら全員守るんだ!!」
「…………」
甘い人だなぁ、と思った。
けど、こういう人だから、私…………。
「必ず助ける! お前ら全員、助けるって誓って――」
「…………、――――」
■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて
■from:死にたがりのラート
「ヴィオラ……! ヴィオラッ!!」
ヴィオラの身体が、どんどん冷たくなっていく。
どうすりゃいい。医務室に連れて行っても……この状況じゃ……。
戦闘中なのに……。敵がヴィオラを助けてくれる保証もない。
かといって、子供達連れて逃げていたら、ヴィオラが――――。
「――――」
ヴィオラを抱き上げたまま移動していると、直ぐ隣の扉が開いた。
いや、内側からブチ破られた。
部屋の中から化け物が――タルタリカが出てきた。
「ぐッ…………?!!」
体当たり――いや、殴られた……!?
不意の衝撃に負け、ヴィオラを手放してしまった。
宙に浮いたヴィオラに向け、タルタリカが飛びかかり、丸呑みにした。
「ヴィオラっ!!」
敵の攻撃の衝撃で壁に打ち付けられ、転ぶ。
起き上がった時にはもう、ヴィオラを丸呑みにしたタルタリカが遠ざかっていくところだった。俺を襲わず、そのまま逃げ始めた。
「まっ……! 待ちやがれ!! 待てッ!!」
ふらつきつつ、追いかけ、転んだ。
身体が動かない。痛みはないが、身体の芯までダメージが入ったらしい。
そうこうしている間に、タルタリカは走り去っていった。もう姿が見えない。
悪態をつきつつ再び立ち上がり、壁に手をつきながら走る。
この方向……ヴィオラが指示した経路と同じだ。
マズい。さっきのタルタリカが子供達のところに向かっていく。あの子達が襲われる。……でも、何でさっき、俺のことは食おうとしなかったんだ……!?
「くそっ……。待て……!」
追いつけない。追いつけないが、多分、方向は合っている。
いま進んでいるルート、脇道は殆ど隔壁が閉じている。多分、子供達を助けに行きやすいよう、ヴィオラが事前に隔壁を閉じておいてくれたんだろう。
ただ、このルートにも軍人の死体が転がっている。
タルタリカや流体甲冑との戦闘があったんだろう。
「借りるぞ……!」
落ちていた銃を拾い、構えつつ進む。
艦内の戦闘の音はまだ聞こえるが、何とか敵に会わずに進めている。
進んでいると――。
「…………! お前ら! 無事かっ!?」
「ラートさん……!?」
「ラートちゃぁんっ……!」
子供達の姿があった。
廊下の隅にうずくまり、身を寄せ合っている。
駆け寄ると、皆も駆け寄ってきた。
特に近くまで駆け寄ってきたグローニャとアルを抱きしめる。……グローニャは大泣きしていたのか、泣きべそをかいている。
フェルグスもロッカもいる。4人共ケガしてない。
「ラートちゃん……! ラートちゃんっ! パパとママと、じっじとばっば……死んじゃったって、ウソだよねぇっ……!? うっ、うそだよねッ!?」
「――――」
グローニャの言葉に絶句する。
ヴィオラは「久常中佐が『真実』を見せた」と言っていた。
グローニャも見せられたのか。
この口ぶりからすると、かなり具体的なものを――。
■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて
■from:弟が大好きなフェルグス
「久常中佐に見せられたんだ。ネウロン人が交国軍人に殺された証拠」
混乱しているラートに軽く説明する。
久常中佐は巫術師を集め、「交国が隠しているもの」をたくさん見せつけてきた。交国軍人が一般人を殺しまくった証拠を見せつけてきた。
その中の映像を見て、グローニャが悲鳴を上げていた。
映像には武器なんて持っていないネウロン人が映っていた。交国軍人にバンバン撃たれ、転がって……ピクリとも動かなくなる4人のネウロン人が映っていた。
グローニャはそれを見て、「パパ」「ママ」「じっじ」「ばっば」と言っていた。叫びながら画面にすがりつき、泣いていた。
オレ達も「手紙は偽物」と言われた。
交国が偽の手紙を用意しているだけで、全員の家族がもう生きていないと言われた。オレとアル、それとロッカは家族が実際に殺されているとこ見せられたりしなかったけど……でも……1つの答え合わせにはなった。
交国はマジでメチャクチャやってるっていう、答え合わせになった。
「ら、ラート……! 手紙が偽物って、ホントなのか……!?」
狼狽えているロッカがラートにすがりついた。
アニキが送ってきてくれた手紙、偽物なのか? アニキはどこにいるんだ――って言いながら、困惑しているラートにすがりついている。
そう言いたくなるのもわかる。
オレはアルのおかげで覚悟出来ていたし、アルも「交国がやばい」というのはわかっていた。けど、ロッカとグローニャは……。
「……ロッカ、落ち着け! とりあえず、ヴィオラ姉を連れて逃げるぞ。ラートも……詳しい話は後でするから、とりあえず逃げよう!」
「あ、ああ……! そのヴィオラが、タルタリカに丸呑みにされたんだ!」
「なっ……!?」
「あくまで丸呑みにされただけだ! まだ助かる可能性が……あるはずだ!」
ヴィオラ姉を丸呑みにしたタルタリカは、こっちの方に逃げてきたらしい。
ついさっき、タルタリカがオレ達の横を走っていった。
オレ達に目もくれず、向こうへと走っていった。
「アイツを追えばいいんだな!? 魂は観えてるし、まだ――――ッ?!!」
「ぅっ……?」
「あうぅっ……!?」
「だっ、大丈夫か!? お前ら、まさか鎮痛剤無しで――」
「だ、大丈夫……! 薬は、打たれた」
久常中佐は何故か鎮痛剤も用意していた。
戦闘が起こるのを見越して用意していたようだった。
ただ……さっき、町の方でたくさんの魂が一気に消えた。
さすがに一気に死を感じ取ると、鎮痛剤ありでも頭が痛む。
痛むけどこれぐらいなら平気だ。……鎮痛剤が効いている間は大丈夫。
「ヴィオラを助けに行く。お前らは俺の後ろに隠れてろ」
ラートに先導され、船の中を進んでいく。
今はラートが頼りだ。ヴィオラ姉を助けたら、皆で逃げよう。
逃げて、星屑隊の奴らと合流して……この状況を何とかしよう。
これぐらいのピンチ、もう繊三号でくぐり抜けた! ラート達と一緒なら、今回だって……ぜったい……絶対に大丈夫――。
「ラート、この先に誰かいる。4人分の魂が観える」
「――艦橋だな」
1つはヴィオラ姉。もう1つはタルタリカだろう。
あと2人分は誰かわからない。
■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて
■from:死にたがりのラート
「――――」
子供達を艦橋の外で待たせつつ、銃を構えて侵入する。
艦橋内にも死体が転がっている。船を動かしていた軍人達だろう。
艦橋のモニターには、艦外の光景が映し出されている。
繊一号のあちこちで激しい戦闘が起こっている。タルタリカだけではなく、交国軍の機兵が入り乱れて乱戦状態に陥っている。
ヴィオラの話によると、大半の機兵は巫術師達が操っている。交国軍側がここから逆転するのは難しいだろう。
この状況、あの時と似ている。
繊三号の時とよく似て――。
「――久常中佐?」
「…………」
艦橋の中心に、久常中佐が立っていた。
モニターを見つめたまま、黙っている。
「ら、ラートさん……! 気をつけて! あの人、魂が2つある!」
「――――」
艦橋の入り口にいたアルが教えてくれた。
久常中佐に魂が2つあるって事か?
中佐は人間だぞ。……どういう事だ。
「…………」
中佐が無言のまま振り返った。
この状況で、眉1つ動かさない無表情でいる。
「……誰だ、テメエ」
「上官に銃を向けるとは……自分の立場がわかっていないのか?」
「テメエ、久常中佐じゃねえな!?」
銃をしっかり構えつつ叫ぶと、相手は否定の言葉を吐いてきた。
「いいや、この身体は久常竹という中佐のモノだ」
「身体は……?」
「繊三号で刃向かってきた巫術師達と行動を共にしているということは……貴様、あの時のオークか。彼らと同じく、私に刃向かってきたオークか」
久常中佐の顔をした輩が、久常中佐の声で喋っている。
だが、雰囲気が全然違う。
感情が顔に出やすい中佐なのに、今は何の感情も表に出していない。
いまの状況。
いまの台詞。
ひょっとして――。
「お前、羊飼いか……!?」
「お前達は、私をそう呼称しているようだな」
「ラートさんっ! 左!!」
「ッ…………!」
アルの忠告に従い、左側にも視線を向ける。
そこに敵がいた。
艦橋の陰から、鈍色の巨体が「ぬらり」と姿を現した。
『まだ名乗っていなかったな』
繊三号で見た羊飼い。
そいつが俺に向け、語りかけてきた。
『我が名はバフォメット。最初の巫術師だ』




