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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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死体だったもの



■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「…………」


 頭がぼんやりする。


 確か、私は技術少尉に撃たれて、医務室に運ばれて――。


「目が覚めたか」


「…………!?」


 部屋の隅。病室の隅に誰かいる。


 本を読んでいたらしく、その本を閉じながら私を見つめてきた。


 会うのは初めてのはずだけど、あの顔は確か――。


「く、久常中佐……! っ…………!?」


「楽な姿勢でいなさい。まだ脚が痛むだろう」


 立ち上がった中佐が近づいてくる。


 ベッドから上体を起こそうとした私の肩に手を添え、寝るよう促してきた。


 この人が久常中佐。子供達を酷使して、ラートさん達を繊三号に特攻させようとしたネウロン旅団の長。そして、玉帝の子供の1人。


「…………」


 許せない相手だけど、イメージと全然違う。


 無表情で顔に生気が無い。……人形みたいな印象。


 聞いていた話や、ネウロン解放戦線との戦いで見た「演説」からはかけ離れた雰囲気を纏っている。もっと短気で感情を表に出す人と思っていたけど――。


「怯えなくていい。キミに危害を加えるつもりはない」


 まるで信用できないけど、久常中佐はそう言ってきた。


 熱でも計るように私の額に手を伸ばしてきたけど――私が身を強ばらせていると、「すまない」と言って手を引っ込めた。


「まだ麻酔が効いていると思うが、脚に違和感はないか?」


「え、ええっと……。はい」


 技術少尉に撃たれた脚を触る。


 動くし、一応、大丈夫そう。


 傷跡は残っていない。かなり丁寧に手術してもらったみたいだ。


 特別行動兵(わたし)相手に、やけに丁重なような……?


「何か欲しいものはあるか? 何でも言ってくれ」


「は、はあ……?」


 久常中佐はベッドから一歩離れた場所に立ちつつ、問いかけてきた。


 随分と紳士的な物腰だった。本当にイメージと違うから戸惑う。


「あっ……! だ、第8巫術師実験部隊の子供達はどこに……!?」


 グローニャちゃん、アル君、ロッカ君、フェルグス君の姿がない。


 私が医務室に連れて行かれた時、引き離されたままだ。


 皆に会わせてほしいと言ったものの、久常中佐は首を横に振った。


「直ぐには難しい。いま、彼らの説得作業(・・・・)が行われている」


「説得……?」


「それに、キミは安静にしておくべきだ。後で必ず面会させるから、今は子供達の事を忘れ、休むのに専念しなさい」


「ですが――」


 私の言葉を遮るように、久常中佐の携帯端末が鳴る。


 中佐は「失礼」と言いつつ端末を手に取り、通信に応じ始めた。


 どうも、繊一号にタルタリカの群れが迫りつつあるらしい。


 その報告と対処に関し、指示を仰がれているようだけど――。


「関係部署には連絡済みだ。貴様らが気にする必要はない。……ああ、余計なことはしなくていい。全て問題ない」


「…………」


「一般人の退避は進んでいるのか? 地下避難所(シェルター)に急がせろ。貴様らがまず第一に考えるべきは一般人の安全だ。急げ。通信を切るぞ」


 中佐は淡々と言葉を紡いだ後、ほぼ一方的に通信を切った


 その後、私を見つめてきた。


「ところで、キミの名前は?」


「えっ……」


 そんなの、特別行動兵のデータを照会したら直ぐわかるはず。


 そう思ったものの、素直に答える。


「ヴァイオレット……。ヴァイオレット特別行動兵です」


「違う」


「え?」


「キミの本当の名前(・・・・・)だ。ヴァイオレットという名は、便宜上名乗っているだけの偽名だろう?」


 中佐の反応に戸惑う。


 私が記憶を失っている事を知っていても、おかしくはない。


 交国軍の人にもちゃんと報告しているし……。


 けど、「偽名」なんて断定しなくても――。


「…………」


「まあいい。直ぐに思い出させてやる」


「どういう……?」


「キミの本当の名前は、スミレ(・・・)だ」


 その言葉に、胸を突かれた気分になった。


 そんな名前、知らない。


 知らないのに……何故か、「知っている」という考えが脳裏を過った。


「ど、どういう事ですか……? 中佐、私を知っているんですか!?」


「当然だ」


「私は……交国人なんですか?」


「違う。……本当に覚えていないんだな、スミレ」


 その言葉と共に、久常中佐の表情がようやく動いた。


 微かな動きだったけど、悲しんでいるように見えた。


 中佐は病室の扉に向けて歩きつつ、「とにかく、今は安静にしていなさい」「後でまた来る」と言った。


「キミは自由だ。何人たりとも、キミを縛ることは出来ない」


「あなたは、私の何を知っているんですか!? スミレって、一体――」


「また来る」


 扉の向こう側に中佐が消えていった。


 まだ動作がおぼつかない脚を引きずりつつ、駆け寄ったものの間に合わなかった。……扉がロックされている。ハッキングを頑張れば開けるかもだけど――。


「……なんで」


 あの人、私を知っている様子だった。


 それも、私以上に。


 なんで? スミレって、いったい誰のこと?


 記憶を失う前の私が、「スミレ」という名前だったってことなの……?


 久常中佐は交国人。その中佐が私を知っているという事は、私も交国人と思ったんだけど……それは否定された。私は交国人じゃない。


 じゃあ、何者なの?


「あれ……?」


 違和感を覚え、首元に手を伸ばす。


 チョーカーがない。


 特別行動兵の証が外されている。


 ……ラートさんに貰ったネックレスもない!


 慌てて部屋の中を探すと、あった。ネックレスは部屋の机に置かれていた。


 何で、これは捨てられなかったんだろう……?


「……何とか、皆と連絡取らないと」


 いま、ここにはラートさんはいない。


 私がしっかりしないと。


 部屋に閉じ込められたけど、ここからでも出来る事はある。


 部屋の端末で調べよう。最悪、ハッキングしてでも外の様子を探って……何とか子供達のところに行かないと。技術少尉が何をやらかすかわからない。




■title:交国保護都市<繊一号>にて

■from:狙撃手のレンズ


 バレットと一緒に、副長に呼び出された格納庫にやってきた。


 タルタリカの大群が迫っているなら、機兵が必要だ。


 ここで新しい機兵を受け取れるはずだが――。


「副長! すみません、遅れ……」


「おう、レンズ、バレット」


 副長がいた。基地の格納庫の前で腕組みしつつ、変な顔をしている。


 副長は格納庫の中を見て、何か困っている様子だ。


「どしたんスか? 機兵受け取って、さっさと配置に――」


「その機兵が、受け取れねえんだよ……」


「ハァ?」


 副長に促され、格納庫の中を見た。


 そこで交国軍人達が取っ組み合いの喧嘩をしていた。


 どうやら、格納庫にある機兵を取り合っているらしい。


 どの軍人も「これはウチのモノだ!」「いーや、こっちのもんだよ!!」と言い合っている。言い合いで済まず、殴り合いをしている馬鹿達もいた。


 その馬鹿達を躱し、機兵を持っていこうとしている奴もいたが……操縦席から引きずり下ろされ、喧嘩の輪の中に放り込まれている。


「アイツら、何を遊んでるんですか? 喧嘩やってる場合じゃないでしょ」


「どうも、どの部隊も同じ機兵(・・・・)の受け取りに来たらしい」


 格納庫内には4機の機兵しかない。


 その4機に対して、何十人もの軍人が群がっている。


 上の指示で取りに来たらしいが、どうやら連絡の行き違いがあったようだ。


 いま、繊一号にいる軍人達は部隊編成すら決まっていない奴が多い。繊一号に運び込まれた兵器群は「誰がどれを使うか」もキッチリ決まっていない。


 だから旅団上層部が臨時で割り振りを決めているはずだが、その手続きにもミスがあったらしい。正式な命令で動いているけど、その命令が間違っているようだ。


「アイツら押しのけて、ウチで機兵をかっぱらうのは――」


「さすがに無理だ。戦闘前に無駄な怪我してられるか」


 ため息をついた副長が端末を見た。


 どうやら上に問い合わせていたらしい。


 その返事を見て、副長が眉をひそめた。


「機兵の振り分けは終了済み。そこに無いなら無いってさ」


「ハァ~……? じゃあ、オレらはどの機兵使えばいいんですか?」


「手近なところにある銃火器で武装し、配置につけってさ……」


「冗談でしょ!?」


 そりゃ、探せば歩兵用の火器なら見つかるだろう。


 でも、それでタルタリカとやりあえって無茶言いやがる!


 小型のタルタリカはともかく、大型相手ならまず勝てないぞ。


 副長も上の命令をおかしいと思っているため、困っているようだが……機兵の取り合いしている馬鹿に混ざるのは「もっと馬鹿らしい」と思っているようだ。


「どうやら兵器の割り振り以外にも、配置の指示もメチャクチャらしい。タルタリカは結構な数が来ているらしいが、このままじゃ町が危うい」


「久常中佐が、また無能やらかしたんですかね?」


「疑いすぎるのは良くないが、その可能性は十分あるな」


 現場以上に旅団上層部が混乱しているらしい。


 久常中佐がアホみたいな指示出してそうだ。


 繊一号にタルタリカの大群が迫ってる~! こわいよ~! とりあえずテキトーに何とかしろ~っ! とテキトーな指示を出しているのかも。


 マジで勘弁してくれ……と思いつつ、副長達と「とりあえず隊長と合流しよう」という話になった。車に乗り込み、移動していると――。


「機兵、結構あるじゃないですか」


 運転中のバレットがそう呟いた。


 その言葉の通り、繊一号の町中に機兵の姿がチラホラ見える。


 ちゃんと機兵を手に入れた奴らもいるわけだ。


 まあ、そりゃそうか……。旅団立て直すための物資はそれなりに送られてきたはずだしな。探せばあるだろう。


 パイプの話だと、なくなっている兵器もあるって噂だが――。


「ネウロン解放戦線との戦いで壊滅しなかった部隊もそこそこ集まっているらしいし、そいつらの機兵も混ざってるのかもな」


「そうなんでしょうか……?」


 さっきの格納庫には4機しか機兵が無かったが、別の場所にもあったはず。


 旅団上層部は無事な部隊も繊一号に呼び戻し、再編成の対象にしていたようだし……。停泊中の船に各部隊の機兵が格納されていたはずだ。


 まあ、そいつらも駆り出されているはずだが――


「…………。いや、そうだとしても……なんでアイツら、町中にいるんだ?」


 タルタリカは町の外から来る。


 町中で待機する意味はない。


 よく見ると、何故か流体装甲で兵器を作ったり、変形させたりしている。


 まるで、機兵の具合を確かめるように――。


『星屑隊総員、聞こえるか?』


 端末から声が聞こえた。


 隊長からの通信だ。


『歩兵用の銃火器でいい。かき集めて、15分以内に指定地点に集合しろ』


「は……?」


『急げ。出来るだけ、他の部隊に見られないようにしろ』


 旅団上層部の指示も意味不明なら、隊長の指示も意味不明だ。


 まあ、少ない機兵を取り合えって指示よりマシだが。


「これからタルタリカが来るっていうのに……大丈夫なのか?」


 繊一号にいる交国軍、グダグダってレベルじゃねーぞ。




■title:交国保護都市<繊一号>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「……あの、隊長。ちょぉ~っといいですかぁ?」


『何だ』


 切れた通信を再び繋ぎ、隊長に声をかける。


「ちょっと、お時間取れませんか? 紹介したい人がいるんですが~……」


『紹介? スマンが、後にしてくれ。先程の指示通りに動いてくれ』


「う……。わ、わかりました……」


 やべ……。どうしよ。


 なんで、こんな事になってんだ?


 ……機兵の件は、オレ、マジで知らねえぞ……?




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