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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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打つ手無し



■title:<繊一号>の宿泊所にて

■from:狙撃手のレンズ


「…………」


 グローニャを模した人形を眺める。


 こんな形で別れる事になるなんて、夢にも思わなかった。


 アイツはうるさくて鬱陶しくて……明るくて、笑顔で素直な感想を言ってきて……隣にいないと、とても騒がしい奴だった。


 いなくなったから、静かになった。


 元々いなかったんだから、元通りなんだが……。


「……これで終わりじゃ、無い……よなぁ?」


 ろくにお別れだって言えなかった。


 グローニャは死んだわけじゃない。同じ交国軍で戦っていれば、いつか再会できるかもしれない。……けど、アイツは特別行動兵だ。


 連絡取る自由もないし、そもそも新しい配属先は久常中佐直轄部隊。あの無能中佐の部下にされたら、ろくな目にあうはずがない。


 最悪、死――――。


「っ…………!」


 両頬を叩き、最悪の想像を頭から吹っ飛ばす。


 ありえねえ。そんなこと、あっていいはずがない……!


 きっと、何か……何か手があるはずだ! 何とか、助けて――。


「隊長が戻ってきたぞっ!」


「…………!!」


 宿泊所の入り口が騒がしくなった。


 オレも向かう。隊長のところに向かう。


 何か手は無いんですか、と聞くために。


 それと、副長達の件も聞かないと――。


「隊長! 副長とラートは――」


「ラート軍曹は懲罰房に入れられた。副長は――」


「戻ったぞ~。ハァ~、シャバの空気うめぇ~」


 入り口から入ってきた副長が、両手を広げて大きく息を吸った。


 副長の方は無事みたいだが、ラートは懲罰房行きか……。


 グローニャ達が連れ込まれた方舟。そこから銃声が聞こえると、ラートは全力疾走して侵入しようとした。だが、さすがに警備兵に止められた。


 止めに来た警備兵を殴っちまったラートは、タコ殴りにされて止められ……副長共々連れていかれちまった。


 ほぼとばっちりだった副長は解放してもらえたようだが、ラートに関しては直ぐには戻れそうにない。隊長が弁明しに行ってくれたんだが――。


「警備の長に弁明してきた。正直に理由を話してな」


 向こうも堅物ばかりではないらしく、理解を示してくれたらしい。


 ただ、警備側にも体面がある。ラートは強行突破するために警備兵をブン殴っちまったから、直ぐには出してもらえないらしい。


 アイツ、殴った以上にボコボコ殴られていたが……まあ、死にはしないだろう。


「何事もなければ、明後日には出してもらえる。ラート軍曹はな」


「けど、隊長……。ラート軍曹の行動は正しかったと思います……」


 隊員の中から代表して、バレットが声を上げた。


 遠慮がちに、申し訳なさそうな顔で声を上げた。


「自分は怖じ気づいて動けなかったんですけど……確かに銃声が聞こえました。アレは方舟の中から聞こえてきたものだと思います……」


「…………」


「結局、あの銃声はなんだったんですか?」


 バレットはへっぴり腰ながらも、前に進み出た。


「も、もしかして……ロッカ達に何かあったんじゃ……!?」


「…………。特別行動兵が撃たれたらしい」


 隊長の言葉を聞いた皆がざわめいた。


 皆、アイツらのことが気になっている。


 心配を口にしつつ、「どういうことですか!」と隊長を問い詰め始めた。


 ただ、隊長も詳細は知らないらしい。特別行動兵が<曙>内部で撃たれたと聞いたらしいが、具体的に誰が撃たれたかわからないらしい。


 まさか、グローニャが…………。いや、そんな、まさか……。


「アイツら、まさかガキを撃ちやがったんですか?」


「特別行動兵とはいえ、明らかに横暴ですよ」


「あの子達は良い子なのに……」


「もっと詳しいこと、わからないんですか!?」


「つーか、あいつら連れ戻しに行きましょうよっ!」


「久常中佐の気まぐれで、ガキ殺し始めたんじゃあ無いでしょうね!?」


 星屑隊の全員が隊長に食ってかかり始めた。


 隊長が「落ち着け」と言っても、今回ばかりは止まらなかった。


 そんな中、隊長達の後ろから来た奴が声を出した。


「撃ったのは技術少尉みたいです」


 そう教えてくれたのは、パイプだった。




■title:<繊一号>の宿泊所にて

■from:星屑隊のパイプ


 気になって調べてきたことを話す。


 本来の調べ事とは別に、別の事件が起こるとは思わなかったけど……。


「知人から聞いた話なので、ここだけの話にしてほしいんですが――」


 さすがに憲兵としてのコネを使って聞いた、とは言えない。


 適度にボカしつつ伝える。


 発砲したのはヒューズ技術少尉。


 彼女はヴァイオレットさんが「刃向かってきた」と言い張り、発砲したらしい。その弾がヴァイオレットさんに当たったらしい。


「ヴァイオレットちゃんは、無事なのか!?」


「医務室に運び込まれたようですが、一応無事のようです」


 結構出血したらしいけど、死んだわけじゃない。


 だから子供達も無事。巫術で死を感じ取って苦しんでいたりしない。


「久常中佐はむしろ、止めてくれたみたいですよ」


「はあ? 何で?」


「さあ……? そこまではさすがに」


 意外だったけど、久常中佐は止めた側だったらしい。


 あの中佐にそういう人道的な判断が出来たんだな……と少し驚いた。


 それはともかく……肝心要のことは何もわからなかった。


 久常中佐が未だに更迭されていない理由は不明。ネウロンにいる軍事委員会憲兵の間でも中佐は評判が悪いので、何度も彼に関する意見書が上げられている。


 けど、上は久常中佐に干渉せずにいる。


 さすがに多少は注意しているらしいけど……旅団長の地位や、指揮権取り上げなどは行われていないみたい。不思議を通り越して不気味なことに……。


「技術少尉は技術少尉で、大怪我を負ったみたいだよ」


「子供達が抵抗したから?」


「いや、久常中佐が蹴る殴る等の暴行を加えたみたいで……」


「意味がわからん」


「ごめんね。僕もあくまで人づてに聞いた話だから……」


 実際、どういう経緯でそうなったかわかってない。


 現場にいなかったし、本人達と話も出来ていないしね。


 とりあえず、あの子達が無事で良かったけど……根本的な解決が出来たとは言いがたい。技術少尉の発砲は「正義の行い」とは言いがたい。


 前の発砲の件も含めて、委員会を動かせたらいいんだけど……技術少尉を何とかしたところで、子供達はそのままだろうしなぁ……。


 どうすればいいのか、僕もわからない。


「あと、これは噂レベルの話なんですが……」


「なんだ?」


「ネウロンに運び込まれた物資が、消えている……かもしれないらしい」


「ハァ? どういう事だ?」


 ネウロン解放戦線が暴れた事で、ネウロン旅団は大きな被害を受けた。


 その損害を補填するため、余所から人や物資がやってきている。


 けど、その物資が一部消えている――という噂がある。まだ調査段階だけど。


「誰かが横領(・・)してるって話か?」


「その可能性があって、調査が行われているみたいだね」


「そいつはいま、関係ない話だろ。ガキ共の事はいいのか?」


 副長がそう言うと、皆が「そりゃそうだ」と騒ぎ始めた。


 子供達をどうするかについて、話が戻っていった。




■title:<繊一号>の宿泊所にて

■from:狙撃手のレンズ


「隊長……今からでも、何とかならねえんですかっ!?」


 パイプは「久常中佐の発砲じゃない」と言ったが、信用できない。


 パイプは信用している。


 けど、あの無能中佐は信用できねえよ!


 あのクズ。オレ達を繊三号に特攻させたんだからなっ……!


「グローニャ達だって、久常中佐よりオレらと一緒がいいって言うはずです!」


「まさか、レンズがそういう事を言うとはなぁ」


 副長がニヤリと笑いつつ、軽く茶化してきた。


 ムッとしつつ睨みつつ、「心配なんですよ。悪いですか?」と開き直る。


「ハッキリ言っちまうと、久常中佐は良い噂を聞きません。実際、オレ達はあの人に振り回された。繊三号では酷い目にあったでしょ!?」


「確かに」


「無能中佐に、ウチの可愛いガキ共を預けてらんねえよ!」


 他の隊員達の言葉に頷き――まではしないが、同意する。


 久常中佐の好きにさせちゃいけねえ。


 あのクズ、また何か企んでいるのかもしれねえ。


「隊長、オレ達は第8巫術師実験部隊への『恩義』があります」


「…………」


「羊飼いに勝って生き残れたのは、アイツらが頑張ったおかげですよ!?」


 オレ達も頑張ったが、オレ達は負けた。


 アイツらがいないと、全員死んでいたはずだ。


 あの恩義はまだ返せてねえ。


 こんなお別れなんて、絶対に嫌だ!


 ……オレもラートと一緒に走れば良かった。


 アイツと2人がかりなら、どっちか1人はアイツらのとこに辿り着けたかも。辿り着いてどうするんだって話になるけど……それでも……会いてえよ。


「無害なアイツらに対して銃を向ける技術少尉(クズ)共に、任せてらんねえ。軍事委員会に直談判してでも、何とかしましょうよっ!」


「我々は交国軍人だ。軍人は、上官の命令に絶対服従が原則だ」


「隊長っ……!!」


 隊長はいつも通りの無表情。


 今日はそれが、凄く冷たいものに感じる。


「個々人の行動が正しかろうと、独断専行が常態化した組織は弱くなる。我々は自ら襟を正し、規律に従って動くべきだ」


「じゃあ、アイツらが射殺されそうな時も、上官命令って言い訳して見捨て――」


「レンズ! そこまでだ。やめろ」


 物申そうとしたが、副長が遮ってきた。


 けど、隊長を睨むのはやめない。


 他の奴らも同じ気持ちなのか、皆も隊長を睨んでいる。


 ……隊長にここまで逆らうの、初めてかもしれない。


「隊長だって好きで規律の話をしているわけじゃない。お前達を守るためなんだ。規律(レール)から外れた奴を、交国軍はけっして許さない」


「アイツらだって規律を守ってましたよ! 脱走とかせず、良い子にしてました! それは副長だってよくご存知でしょう……!?」


「そりゃあ、そうだけどよぉ……」


「おかしいですよ! どう考えても……! なんでアイツらがこんな目に遭わなきゃいけないんですか!? アイツら、まだガキなんですよ!?」


 こんな仕打ち、ねえよ。


 こんな横暴、許していいはずがない。


 副長を押しのけつつ、隊長に向けて叫ぶ。


「そもそも、アイツらが戦わされてること自体がおかしいんだ! 巫術師だから危険!? アイツらが危険だったこと、一度でもありましたか!?」


「上の決定に従え。レンズ軍曹」


「ッ……!! クソったれがッ!!」


「レンズ!!」


 鉄面皮の隊長に訴えても意味がない。


 副長を皆の方へ押しのけ、宿泊所の外に出る。


「レンズ軍曹」


 隊長に呼び止められ、反射的に足を止めてしまう。


 この人と話しても、時間の無駄なのに――。


「我々は船と機兵を失ったままだ。繊一号に届いているものを与えられる予定だが、今は繊一号での待機が命じられている」


「…………」


「誰かが問題を起こせば、部隊の連帯責任になる。大人しくしていろ」


「…………」


「繊一号内で、貴様の権限で行ける範囲なら好きにうろつけ」




■title:<繊一号>の宿泊所にて

■from:星屑隊のパイプ


 レンズが肩を怒らせ、宿泊所から離れていく。


 バレットが後を追って行った。


 僕は――。


「すみません。隊長、副長……」


 レンズに代わり、隊長達に謝っておく。


 隊長達の言う事は正しい。


 正しいけど、レンズが言いたい事もわかる。


「レンズも頭に血が上っているんです。子供達が心配で……」


「わかっている」


「まあ、レンズは帰ってきたらオレから説教するよ」


 副長が片手の平をバシバシ叩きつつ、そう宣言した。


 その後、周囲の星屑隊員に向け、「テメエらも散れ!」と言って追い払った。


「心配するな! 久常中佐の件は……どうせ、直ぐ解決する!」


「副長、そう思う根拠は?」


「えっ? あ~…………あー! とにかく! 散れ! 部屋で待機!」


 皆不服そうだけど、ひとまずは指示に従って動き始めた。


 星屑隊の空気がこんな風にピリピリしているの、初めてかも。


「……少し休む」


 隊長の声色も、今日は少し疲れ…………いや、いつもこんな感じか。


 いつもと同じ平坦な声を出しつつ、自分の部屋に向かっていく。副長に対し、「何かあったら起こしてくれ」と言い、歩いて行ってしまった。


 残された副長と顔を見合わせ、お互いにため息をつく。


 どうしましょうね、この状況。


 憲兵(ボク)でも、どうしようもないよ……。


 軍事委員会(うえ)の動きがやけに鈍い。


 子供達を連れていったのは久常中佐。僕個人じゃ逆らえる相手じゃない。


 これはさすがに、委員会が動く案件だと思うんだけどなぁ~……!


「副長。ボクもちょっと出かけてきます」


「頼むから、厄介事を起こすなよ~?」


「ボクが厄介事を起こすように見えますか?」


 日頃から良い子でいるおかげもあり、副長は見逃してくれた。


 もう少し、現状を調べよう。


 あと、久常中佐に関する情報も調べよう。


 中佐は明らかに失態をおかしている。突けば埃の出る相手だ。


 もっと中佐の失態を暴けば……更迭に追い込めるはずだ。……多分。


 このまま引き下がるのは「正義」じゃない。




■title:<繊一号>の宿泊所にて

■from:肉嫌いのチェーン


「……マジで頼むぜ」


 誰も、予想外の問題を起こしてくれるなよ。


 あと少し。


 もう少しで、全部(・・)解決するんだから。




■title:交国保護都市<繊一号>にて

■from:不能のバレット


「待ってください! 待ってくださいよ! レンズ軍曹……!」


 肩を怒らせ、基地の方へ歩いて行く軍曹を呼び止める。


 隊長に「問題を起こすな」と言われたのに、そっちに行くのはマズい!


 腕を掴んででも止めるが、振り払われた。


 ただ、止まって俺の顔を見てくれた。


「バレット! お前、このままでいいと思ってんのか!?」


「よくありません! 俺だって……! 俺だって! 子供達が心配ですよ!」


 けど、俺は動けなかった。


 港でも、方舟の前でも動けなかった。


 怖くて……ロッカを見捨てた。


 こんな自分が嫌になる。……俺は、ずっと、卑怯なままで……。


「……無策で動くのは駄目です。方舟に乗り込む気ですか?」


「さ……さすがに、そこまでバカはやらねえよ」


 軍曹は基地の方を見つつ、鼻を鳴らした。


「けど……何もせずにはいられないんだよっ!」


「……具体的に、何か打つ手があるんですか?」


 あるなら乗っかりたい。手伝いたい。


 ロッカ達を助けるためなら、出来るだけのことをしたい!


 このままじゃ駄目だ! この状況も……俺自身も。


「打つ手無しだ。軍事委員会に直談判……ぐらいか?」


「軍事委員会が動くとしたら、もうとっくに動いていると思います」


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ……!」


「……情報を集めましょう」


 あの子達と会うのは難しくても、基地に入ることは出来る。


 俺達は交国軍人だ。レンズ軍曹の権限で入れる範囲なら訪問できる。


 情報を集めて、策を練ろう。


 何も出来ないかもしれないけど……それを決めるのは早すぎるはずだ。


「いま、ラート軍曹は動けませんが……。軍曹がいたら、そうするはずです」


「……だな。よし、どこに行く?」


「アテは無いので、とりあえず……基地に入りましょう」


 懲罰房にいるラート軍曹の様子も見に行きたい。


 ひょっとしたら、面会出来るかもしれない。





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