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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
251/875

技術少尉の勝利宣言



■title:交国保護都市<繊一号>にて

■from:死にたがりのラート


「皆が連れて行かれたのは、あの船ですか……」


「ネウロン旅団所属の<曙>だな」


 繊一号の交国軍基地に停泊している方舟を見つつ、隊長と言葉を交わす。


 連れて行かれたヴィオラ達が心配で、どうしても様子を見に行きたくなった。隊長に頼み込むと、隊長もついてきてくれた。


 星屑隊の全員が来たがったが、「あまり大勢でウロウロするのはマズい」という話になり、ついてきたのは副長とレンズとバレット。合計5人だけ。


 5人で並んで停泊中の<曙>を見ているが、さすがに内部は見えない。


 格納庫の昇降口は開いているんだが……。


「いったい……何がどうなってるんですか?」


「さあな」


「さあな、って……」


「ネウロン全体の話なら、部隊の再編成を行っている。全ての実験部隊がその影響で再編成の対象に組み込まれたのかもしれない」


 ネウロン解放戦線との戦いで、ネウロン旅団は大きな被害を受けた。


 軍人には死者も多く出た。


 その補充のため、界外からも交国軍人が追加派遣されてきている。その影響で繊一号は平時より軍人が多くなっている。


 ただ、部隊の再編成はイマイチ進んでいないらしい。


 界外の部隊を丸ごと引っ張ってきたわけではなく、浮いている人員を引き抜いてきた影響で、部隊の再編成がまだ終わっていないんだとか。


 兵器は届きつつあるが、部隊編成が終わっていないため、「どこの部隊にどの装備を振り分けるか」もまだ決まっていない。色々と混乱しているらしい。


 でも、そんなのアイツらの処遇と関係ないだろ……。


「第8巫術師実験部隊と星屑隊は、最高の相棒同士です。……部隊の能力を考えたら、このまま組ませてもらうのが一番ですよ……!」


「久常中佐の判断だ。仕方がない」


「でもっ……!」


「隊長、少しだけわかりましたよ。やっぱ他の実験部隊も解体されてます」


 そう言い、隊長との会話に割り込んできたのは副長だった。


 どこかと連絡を取り、色々調べてくれていたようだ。


 副長曰く、ネウロンで活動中の巫術師実験部隊は全て繊一号に移動。しかる後に解体し、久常中佐のところに集められているらしい。


「技術少尉の話を信じるなら、『巫術師部隊の再編成』するんでしょうけど……あの中佐が何で今更そんなことしてるんですかねぇ?」


「……俺の所為なのかも」


 心当たりがあるので、皆に話す。


 副長は既に知っている話だが、俺は休暇に入る前に中佐と会った。その時、中佐を怒らせてしまった。エミュオン攻略戦の件で――。


「あの件の懲罰人事なのかもしれません」


「仮にそうだとしたら、もっと我々に対して直接的な人事(いやがらせ)を行うだろう。久常中佐は、お前と特別行動兵達の仲は知らないはずだ」


「でも、向こうは技術少尉がついてますし……」


 あの人が俺達の仲を話したのかもしれない。


「彼女が久常中佐に貴様の急所を教えたとしても、それでネウロンで活動中の実験部隊全てを解体するのは行きすぎている」


「でも……」


「さすがにお前は悪くねえよ」


 方舟の様子を観察していたレンズが振り返り、声をかけてきた。


 けど、「久常中佐の命令」というのが引っかかる。


 あの人と俺の間には一応……因縁がある。


 久常中佐なら、色々とやりかねないんじゃ……?




■title:交国保護都市<繊一号>にて

■from:星屑隊隊長


 この人事に技術少尉が絡んでいる可能性は高い。


 ただ、ラート軍曹が考えている形ではないだろう。


 技術少尉は<交国術式研究所>所属であり、中央に戻りたがっている。


 研究所の人間として真っ当に働くより、「玉帝の子」である久常中佐に取り入る方が出世街道に戻る近道と考えた可能性はある。


 久常中佐は泥船だと思うが、「玉帝の子」という肩書きを魅力的に考える者達はいる。一応いる。


 だが、あの女が中佐を説得できたとは……考え難い。


 ヤドリギに関する研究を、あの女は大して理解していない。ヴァイオレット特別行動兵にまとめさせたデータをそのまま提出し、自身の功績としようとしていた。


 そのデータも提出させないよう差し止め、私の方で管理していたため、久常中佐をデータで説得するのは不可能だったはず。口先に頼るしか無かったはずだ。


 猜疑心の強い中佐が、あの女の言う事を聞くとは考え難い。


 しかし、可能性はゼロではない。


 今回の人事、もっと上の意向が働いた可能性もある。


 だからこそ、さっさとヴァイオレット特別行動兵を「誘拐」したかったのだが……様々な妨害の影響で失敗した。


 頼りの黒水守も、常に自由に動けるわけではない。交国の軍門に下った身とはいえ、宗像特佐長官達にマークされているため、あまり自由には動けん。


 タルタリカ討伐任務に戻りつつ、適当なタイミングで特別行動兵達の死を偽装して逃がすつもりだったのだが……またしても余計な横槍が入った。


 何とかしなければ。


 最悪、私が1人で忍び込んで――。


「つーか! 何であの無能中佐、更迭されてねえんですか!?」


 レンズ軍曹が自分の手のひらを「バチンッ!」と叩きつつ、不満の声を上げた。


 不満や疑問を抱くのはわかる。


 問題は、誰も答えを持っていないという事だ。


「久常中佐が解放戦線ごと一般人を吹き飛ばそうとした件は、『単なる脅し』として有耶無耶になっている。ゆえに旅団長に据え置きとなったのだろう」


「でも、その前から色々やらかしてるじゃないですか~……! 上はあの中佐を特別扱いしすぎですよ!」


 その意見は正しい。


 前々から軍事委員会の動きが鈍い。


 ここまで鈍いと……とてつもなく嫌な予感がする。


 予感自体は前々からあったが、具体的に何が起こるかはまだわかってない。私の権限も使って、委員会への探りは入れているのだが……。


「……少し調べ物をしてくる。お前達は宿泊所に戻っておけ」


 1人、基地に向かう。


 副長がついてこようとしたが、「軍曹達をよく見ておけ」と言って断った。




■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて

■from:甘えんぼうのグローニャ


「…………」


 知らないお船の中に連れてこられちゃった。


 レンズちゃん……大丈夫かな……。


 グローニャの所為で、イタイイタイされてた……。


 でも、なんでレンズちゃんとサヨナラしなきゃなの……?


 なんで、グローニャ達……こんなイジワルされなきゃなの……?


 タルタリカを……ネウロンの人達を「ころす」っていう、悪い事したから?


 地獄(バッカス)行きの悪い子だから、こんな目にあうのん……?


「ぅ……」


「グローニャちゃん、大丈夫……?」


「…………」


 ダイジョーブじゃないけど、ヴィオラ姉の言葉に頷く。


 怖いし泣きそうだけど、グローニャにはまだ……ヴィオラ姉達がいる。


 それに、レンズちゃんにもらったシャチちゃんもいる!


「っ……」


 シャチちゃんをギュッと抱きしめ、ガマンする。


 グローニャ、平気だもんっ! ……負けないもんっ。


 イヤなことばっかりする技術少尉(オバチャン)を見ていると、気づかれた。


 シワ寄せたオバチャンが、「なに、その反抗的な目は」と言ってにらみ返してきた。怖くて下を向くと、オバチャンの「勝った」って感じの鼻息が聞こえた。


 ……へーきだもんっ……!


 グローニャには、レンズちゃんに作ってもらったシャチちゃんがいる。


 この子いれば、ガマンでき――。


「さて、荷物は全部、この箱に入れなさい。ポケットの中身も全部よ」


「へっ……」


 軍人さん持ってきた箱を、オバチャンが足で軽く蹴った。


 ゴミ箱みたいな箱だった。


 ヴィオラ姉が「なぜ、私達の荷物を……?」と聞くと、オバチャンはニヤニヤと笑って「全部処分するからよ」なんて言ってきた。


「アンタ達は特別行動兵。罪人よ。罪人に物品所有の自由があるわけないでしょ」


「ふぇぇ……!?」


「そのぬいぐるみも、捨ててあげるっ!」


「やっ!!」


 オバチャンの手が伸びてくる。


 シャチちゃん、ダメっ!


 これ、レンズちゃんが作ってくれた大事な子なのっ!!


 逃げようとしたけど、逃げた先に怖い顔の軍人さんが立っていた。


 グローニャに銃を向けようとしてたから、怖くなって立ち止まっちゃう。


「さっさと渡しなさいっ!」


「やだぁっ!!」


「ちょ、ちょっと待ってください……!」


 ヴィオラ姉がグローニャごと、シャチちゃんをギュッとしてくれた。


 ギュッと守ってくれた。


 オバチャンは不機嫌そうな顔になっていく。


「子供のぬいぐるみですよ……!?」


「それが何よ。ただのゴミじゃない」


「違うもんっ! これ、グローニャがレンズちゃんに貰った子だもんっ!」


 この子も、すっごく大事。


 それに、それにっ――。


「グローニャが……グローニャが! この子を守るのっ!」


 パパ達にもらった子は、捨てられちゃった。


 グローニャ、守れなかった。


 でも、今度こそ……しっかり守るもんっ!


「うっとうしい。ほら、取り上げなさい」


「はっ……」


「やぁだっ! やぁだっ!」


「やめろっ! うわっ!?」


「アンタ達もよ」


 軍人さん達の手が伸びてくる。


 フェルグスちゃん達もグローニャのこと助けてくれようとしたけど、フェルグスちゃん達も荷物奪われていった。それだけじゃなくて、服も――。


「や、やめろっ!」


「ひぅっ……!?」


「くそっ! くそっ……!」


「シャチちゃっ! シャチちゃんっ……!!」


 シャチちゃんが、オバチャンに持っていかれちゃった……!


 持っていかれて、ゴミ箱の中に――。


「やだぁッ!! なんで!? なんでそんなことするのッ!?」


「うるさいガキねぇ……」


「子供達から大事なもの奪うなんて……あなた達、本当に軍人なんですか!?」


 ヴィオラ姉が叫んだ。


 恥ずかしくないんですか――って言った。


 けど、オバチャンはおかしそうに笑った。


「アタシは正規の軍人じゃないし、ガキの持ち物なんてどうでもいい」


「っ…………!」


「アンタら、生意気なのよっ! 特別行動兵のくせに! ……あの不良軍人達に甘やかされて、自分達の立場を忘れたようね? これがアンタらの立場よ!」


「ばかぁっ!! あほ~~~~っ!!」


 いじわるオバチャンに向けて、叫ぶ。


 オバチャンが笑って足を動かした。


 グローニャのこと、蹴って――。


「やめてっ!!」


「あっ……アルちゃんっ!?」




■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて

■from:兄が大好きなスアルタウ


 軍人さんの手を振り切って、技術少尉に飛びつく。


 体当たりして、グローニャちゃん蹴るの止める……!


「っ……! アンタ……! アタシに手をあげたわね!?」


「うぅぅっ……!!」


 ラートさんなら、絶対、グローニャちゃんを守る!


 ラートさんみたいに上手く出来なかったけど……ぼ、ボクも戦わなきゃ!


 ボクも、にいちゃんやラートさんみたいに戦わなきゃ……!


「アンタ達! 撃ちなさいッ! 上官への反抗よッ! 反乱よ!?」


「あっ、えっ……。し、しかし……」


 周りの軍人さん達が銃を構えている。


 けど、引き金に指をかけてない。


 さすがにちょっと戸惑っているみたい。


 皆がラートさんみたいじゃなくても……少しぐらい、思うところはあるはず。


「技術少尉! いい加減にしてくださいっ!」


 ヴィオラ姉ちゃんが叫んだ。


 軍人さんに羽交い締めにされたまま、叫んだ。


「この子達は、あなた達の道具じゃない! ちゃんと人権のある――――」


 パンッ(・・・)、と乾いた音がした。


 技術少尉の手に銃が握られていた。


 その銃から飛んだ弾が、ヴィオラ姉ちゃんに当たって……!


「ヴィオラ姉!?」


「ヴィオラ姉ちゃんっ……!!」


「やッ! やだあああああッ!!」


「…………!?」


「アンタ達は!! 道具以下の特別行動兵なのよっ!!」


 技術少尉が叫ぶ中、ヴィオラ姉ちゃんの身体が血で汚れ始めた。


 足から、どくどくと血が――。




■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて

■from:エンリカ・ヒューズ技術少尉


「星屑隊の後ろに隠れていた時は、よくもアタシを虚仮にしてくれたわね!」


 泣き叫ぶガキ共を尻目に、クソ助手(ヴァイオレット)に近づく。


 まだ反抗的な目でアタシを見上げている。


 けど、震えている。ザコが!


 アンタはオークに色目使って、盾にするしか能のない女なのよ!


 そのオーク達はもういない。ここにはいない。


「ボロ雑巾になるまで、こき使ってあげるからねぇ?」


 星屑隊のクソ隊長も、もういない。


 アタシは久常中佐という後ろ盾を得た。


 ガキ共を人質に取れば、クソ助手はヤドリギの成果を吐くはず……!


 それをまとめ上げれば……アタシは中央に返り咲ける!


 久常中佐がそう約束してくれた! ヤドリギの件を信じてくれた!


「もう! 誰も! アンタ達を助けないのよっ!」


 これは勝利宣言よ。


 アタシの勝ち! アンタらの負け!!




■title:交国保護都市<繊一号>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「おいっ……!! 馬鹿!! 止まれぇッ!!」


 ガキ共が連れて行かれた方舟から、銃声が聞こえた。


 それを聞くや否や、ラートが走り出した。


 方舟に乗り込むために走り出したが――。


「…………!? なんだ、貴様らッ!?」


「止まれッ!!」


 警備兵がこちらに銃を向けてくる。


 ラートは止まらない。


 だが、かろうじて届いた。


 後ろからタックルを仕掛け、ラートを巻き込んで転がる。


「気持ちはわかるが、止まれ!! 行くなッ!!」


「でも、銃声が!! ヴィオラや子供達がぁっ!!」


 警備兵達から銃を向けられている中、ラートが暴れる。


「俺は! 誓ったんです!! 守るって!! なのにっ!」


「っ……!!」


「それなのにっ! くそっ!! ちくしょうっ! ちくしょうッ!!」


「ぐッ……!!」


 暴れるラートの肘が腹に入る。


 痛みはない。だが、マズい。手を離して――。


「馬鹿野郎が…………」


 方舟に向け、走ったラートが警備兵に取り押さえられた。


 ……マズい事になった。色んな意味で……。


 よりにもよって、この大事な時期(・・・・・)に――。




■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて

■from:弟が大好きなフェルグス


「クソ女ァッ!! ブッ殺してやるッ!!」


 技術少尉に向けて叫ぶ。


 殴り飛ばしてやりたいが、軍人に押さえ込まれる。


 床に顔面を押しつけられ、立てなくされた。


 クソ女の高笑いが聞こえる。クソクソクソクソッ……!!


「何をしている」


「っ……!?」


 高笑いがやんだ。


 誰か来たのか?


「く、久常中佐っ……? どうしてここに?」


「銃声が聞こえた。貴様が撃ったのか? 技術少尉」


「え、ええッ。こいつらが反抗してき――」


 パァンッ! と大きな音が響いた。


 何故か、クソ女の「ぐエっ?!」という声が聞こえた。


 クソ女は平手打ちされたらしく、頬を押さえて倒れている。


「ちゅ、中佐……? なんでアタシを叩いて――」


「――――」


 中佐と呼ばれた男が、クソ女の頭を両側から押さえ込んだ。


 そして、思い切り膝蹴り(・・・)を入れた。クソ女の顔面に……。


「直ぐに医務室に連れて行け。治療しろ」


「え、ええっと……技術少尉を……?」


「違う。撃たれた特別行動兵だ」


「は? はっ……?」


 動かなくなった技術少尉は……何とか死んでいないらしい。


 死んでたら頭痛でわかる。床に転がったまま、手足を痙攣させている。


 それをやった「中佐」は、周りの奴らに命令し始めた。


 何故か撃たれたヴィオラ姉の方を「医務室に連れて行け」と言いだした。


「私の命令が不服か?」


「い、いえっ……。そのようなことは……!」


「急げ」


「はっ……!」


 床に押さえつけられたまま、中佐の顔を見る。


 氷みたいな冷たい表情をしている。


 中佐は「他の特別行動兵達は、例の部屋に連れて行け」と言った。


 そう言って、ヴィオラ姉の連れていかれた方に向かっていった。




■title:交国軍ネウロン旅団保有船<曙>にて

■from:兄が大好きなスアルタウ


「…………」


 中佐と呼ばれた人を、よく観る。


 なに、あの人。


 なんで、魂が2つあるの(・・・・・・・)






【TIPS:曙】

■概要

 交国軍・ネウロン旅団に配備されている方舟。


 大型艦だが流体装甲展開能力が乏しく、<星の涙>を使用できない。もっぱら輸送艦として使用されており、現在は繊一号に長期停泊中。


 久常中佐がネウロン旅団の司令部を<曙>内部に移し、内部の改装工事が行われている。第8巫術実験部隊の巫術師も含め、繊一号に呼び戻された巫術師達が多数収容されている。




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